黒田官兵衛黒幕説は変わらないですが、もうひとつ気になる点。
信長は商工業を飛躍させたが、百姓との関係はどうだったのだろうか??
て言うか、信長の直轄領ってどこ??
岐阜城くらいまでは治めていたかもしれないが、安土城できてから戦ばかりしてるイメージ。
明智光秀は丹波を手中にして領国支配して善政のイメージがある。
が、信長は戦ばかりのイメージで兵糧米により、米価が高騰していたのではないだろうか?
それを憂いた、朝廷や公家または鞆の浦にいる足利義昭が明智光秀をそそのかしたと言う線もある。
足利再興の考えは、足利に求心力が無さ過ぎて消えるとして、正親町天皇や公家衆は京都の暮らしが一向に良くならぬと憂いていた可能性がある。
甲斐で言うと甲斐を統一したが戦ばかりの武田信虎。
明智を倒した羽柴秀吉は、朝廷に取り入る。
京都でお金を使いまくり京都経済を回す。
近衛家の力添えで関白になり、権威がつく。
この後、味方勢力が増えスムーズに全国統一する。
織田信長と百姓に関する記述が、いろんな書籍のどこにも見当たらないので、百姓をただの兵糧米マシーンと見てた可能性も・・・
兵農分離があったとしても年貢の徴収は厳しかったのではないかと。
羽柴秀吉は明智・柴田を倒してすぐに太閤検地に取りかかった。
やり方は苛烈だったが、百姓のための政策であった。
明智が目指していたことをやったのが羽柴秀吉でないかと。
明智と羽柴は意思疎通をしていたが、明智が実行した後、羽柴は明智を裏切った。
だから明智光秀は摂津衆となぜか戦闘になり、遅れて羽柴のひょうたんが見えたら、そういう事かと敗走した、、、と。
明智光秀は愛宕百韻で公家達と連歌をしている。
朝廷の意向も無視できないなと思った。
と同時に羽柴・黒田黒幕説も残す。