タロー頑張れ

１階に定食屋があって、このあたりのサロンになっている。顔見知りが集まってがやがやする店で楽しい。

ここにほぼ毎日のように同じ席に座って飲んでいる職人風の気のいい男がいる。年の頃は４０代後半か。仮に「タロー」と名付けよう。

ある日彼が珍しく中年の女性を連れて飲んでいて、よくよく耳を傾けると保険の外交員さんのようだ。目に余る営業活動に、この店のママがやんわりとそれを止めるよう諭したりするシーンがあった。その後、別の日にほかのお客さんが「おいタロー、あの保険の女とはうまくやってるか？」と尋ねられて「うるせー、あの女は結婚しているよ！」

何気ない会話だが、この店で仲良くしている仲間たちは、タローが騙されて保険契約をさせられたと思っている。その証拠にその女性はすっかり姿を表さない。自分にも似たような経験があるけど、保険のおばさんとはそういうもんだ。

タローは東北出身で今は一人暮らし。腕のある職人で仕事はあるようだ。かつて結婚して娘もいるようだ。根っからの巨人ファンで、店のテレビで応援している。負けると寄った勢いで機嫌を損ねる。時々顔に絆創膏を貼っているのは、寄ってころんだかららしい。

心の中で「タロー頑張れ」と思っているのは自分だけではないだろう。

彼は自分の直感で生きている。自分にとって耳障りのいいことだけが生きがいだ。時々店のママに「飲みすぎるなよ」と言われてもお構いなし。周囲のいろんな方に迷惑をかけながら生きている素朴で素直な男である。とても魅力的だ。

耳障りのいいことしか聞こえない、というのはまぁ誰にでもある現象である。他人のことを偉そうに言うことはできない。

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