東急東横線の目黒区内に大学の名前の駅が2つ連続で存在する。ひとつは学芸大学駅。東京学芸大学のことを指してるのだが、しかし僕が上京した30年以上前には東京学芸大学は既に目黒区ではなく小金井市にあり、学芸大の目黒区時代を僕は知らない。少なくとも学芸大学駅が学芸大の最寄りでなくなって35年以上経ってるはずだが、件の駅は現在でも学芸大学を名乗っており、駅名の改称の予定もなさそうである── お隣の都立大学駅の近くには、こちらは僕の上京当時には東京都立大学はまだ存在していた。しかしこちらも僕が上京して数年後に都立大は八王子市の郊外に移転して、都立大学駅からは遠く離れてしまった。さらに何年か前には大学の名称も首都大学東京に改称され、現在東京都立大学は存在しない。しかしこちらも駅名は現在でも都立大学であり、こちらも駅名改称の予定はない──これについて以前に鉄道雑誌か何かで「駅名改称には看板の変更その他でかなり金がかかるから」と解説されてたように記憶してるが…、しかしその割には同じ東急東横線の多摩川園駅が多摩川に、田園都市線の二子玉川園駅が二子玉川に改称されてるし、田園都市線は渋谷~二子玉川間を新玉川線と称してたのが二子玉川以遠に合わせて田園都市線になっている。金持ちの東急がそんなところで金をケチるとも思えないし…? その“金持ち”東急の中でも最もブランド価値が高い印象の東横線の“看板に偽りあり”駅の片方、都立大学駅から徒歩10分くらいのところに、こちらの彼女が入学した大学の女子寮があった。その寮にはいかにもキリスト教系らしく英語っぽい名前がカタカナでついていたのだが、ある暇な時にふと思い立って、その読みからスペルを推測してそれっぽい単語を和英辞典で探してみると、似たような発音の言葉が見つかったのだが、日本語の意味が何と「断絶」「分離」「切断」とあるではないか! さすがキリスト教系、なんて思ってしまったのだった──後日彼女に会った時その話をしたら「大学創設者の名前だよ」と大笑いされてしまいましたがw まあその大学は男女交際に厳しい学校では決してない(むしろややチャラめである)し、寮への男性の出入りも割と自由みたいだった(実際僕も一度だけ訪れたことがある)けど。 で、その最寄駅である都立大学駅は“金持ち”東急のメイン路線であり、かつ自由が丘の隣の駅という恵まれた立地ではあるが、優等列車には通過されて各停のみしか停まらないだけあって、駅舎も高架下に収まってて駅前広場もなく、面してる道路も狭い、しかしバス通りなため混雑感があるという、文章だけで読むと下町の庶民的な駅のように聞こえるが、そこは所得高めの人の比率が高い目黒区の住宅地の駅だけあって、商店街の店舗もどこか高級そうな印象である…。やはり京成線や東武東上線の沿線風景とは違う気がするのは、単なる気のせいだろうか。30年ほど前までは大学最寄りの学生街だったはずだが、そういうノリもあまり感じないんだよな。現在はもちろんだが、まだ都立大があったはずのあの当時も。少し駅を離れれば高級そうな住宅やマンションが並ぶたたずまいは、住むにはとてもいい環境だな、と当時も今も感じるものの、やはり東急のハイグレードなイメージは、低所得な庶民の僕にはちょっと居心地が違うかな…? その、ハイソなイメージだった東急東横線なのだが、数年前に地下鉄副都心線を経由して、あろうことか東武東上線&西武池袋線と相互乗り入れしたもんだから、東急沿線でそれらの東武や西武の車両が頻繁に走ってる光景と言うのは、正直「どうよ?」なんだけど──各私鉄には良くも悪くも沿線独自のカラーというものがあって、それが持ち味な面が少なからずあるのだが、それがどんどんごっちゃになっていくのは一抹の残念さを否めないのは確かである。 |
再び3月が訪れた。いつものやつが今年も訪れた。そう、花粉症である── 僕の花粉症の発症は15年前。すでに年齢が結構いってからの発症である。前年まで全く何ともなかったのがその年いきなりだったから、やはり「ついに僕もなっちゃったか…」と最初は少なからずショックではあったのだが…、それでも発症後10年以上も経過すると大体何月ごろからどのような症状が出始めて、いつ頃にどんな感じでピークに達して、いつぐらいに収束して、というのが大体読めるようになってきたので、マスクや点鼻薬などの対策も何とかそれに応じてそれなりにできるようになってきていたのだが… しかし、今年はまず、症状が上向きになる時期が例年よりも早かった。大体いつも点鼻薬を使い始めるのは3月に入ってからなのだが、今年は2月の20日頃にはもう症状が強くなり始めて、点鼻薬の使用開始が例年よりも10日早かったのである。そして、鼻水のキレがいつもの年よりも悪い気がして、鼻をかんでもかんでも鼻の奥に鼻水が残ったままでなかなか落ち切ってくれないので、息を吸うたびにズルズル、このズルズルで揺れる残存鼻水が鼻の奥を刺激してくしゃみを誘発、という頻度が例年よりも多い気がするのである──さらに今年は、鼻とならぶ花粉症の2大症状である目のかゆみの方は僕は例年それほどひどくは感じなかったのだが、今年は何だか目がとってもツライ。今までの年は目をこすり過ぎてここまで真赤に充血はしなかったぞ。明らかに今までの年よりも症状が激しい。 では、今年は例年よりも花粉の飛散量が多いのか? 当初の気象庁の予報によると例年よりも少ないとのことだったし、実際今のところ『非常に多い』の日は数えるほどしかないし『やや多い』以下の日の方がずっと多い状況である──てことは、悪化してるのは僕のアレルギー症状の方? 発症がある年突然なのは重々承知してるけれど、発症後も症状が進行していくものなの? 僕の花粉アレルギーは今のところスギだけのようで、通常スギ花粉症の人は必ず併発すると言われてるヒノキのピークの季節には、僕の症状は終息期に入ってるのが例年のパターンなのだが、まだ症状が続いている状態ではあるので、あるいはヒノキ花粉にも反応してるのかも知れない。それはどちらとも言えないが、この状況だとヒノキのピークの頃にも症状全開状態を保ち続けてる可能性も…。てか、秋になったらブタクサデビュー、なんてことになったりしないよな…? まだ花粉症の季節は始まったばかりだというのに、早々と迎えたピークの症状が例年より長く続くと思うと、あるいは秋にも新たに始まるかもって思うと…、鼻と目の症状以上に憂鬱になってきてしまう── |
これまでの『おずもう』記事でも何度となくそういうニュアンスで書いてきたし、実際にそのように予測していたこと──結局、稀勢の里はこのまま一度も優勝できずに万年大関で終わるよ──はい、みなさんご存知の通り僕のこの予想は完全にはずれました。来たる春場所には稀勢の里は新横綱として、雲竜型の土俵入りを大阪の相撲ファンの前で披露いたします。 いや、何でこうなっちゃったんだろうか…。昨年初場所の琴奨菊に始まり、秋場所には豪栄道と、それまで長らく途切れていた日本出身力士の優勝が昨年は2度、そして今年に入ってから先場所ではついに稀勢の里までが悲願の初優勝を遂げるに至る。今回の稀勢の里だけでなくその前の2人も、初優勝までは大関として実に物足りない成績が続いてて、特に豪栄道などはいつ陥落してもおかしくない状態だったのに、いきなりの全勝優勝だった。先場所の稀勢の里も、14日目に優勝を決めた後の千秋楽の白鵬戦でも見事に勝利を収めるなど、堂々たる優勝である。それ自体は文句なく讃えていいとは思うのだが── やはり、これまで何度も優勝の期待を長年裏切ってきた力士が今回1度優勝しただけで即横綱昇進が決まってしまうということにどうしても違和感を覚えてしまうのである。特に先場所の場合だと日馬富士と鶴竜、横綱が2人も途中休場し、大関でも琴奨菊と照ノ富士が2ケタの負け越し、白鵬だって決して全盛期の本調子ではなかったことを考えると、今回の稀勢の里の優勝は少なからずラッキーだった面が否めないし、今までが今までだった分その印象はさらに強い。当然、来場所以降この調子で行けるのか? という不安は否めない。大関ならまだ「今度こそは」という期待で応援することができても、横綱になってしまってからではそれでは許されないわけで、過去にもそれまで“強い大関”でいられたのに綱を締めたばかりに逆に印象を落としてしまった横綱が何人いたことか(例えば前の日本人横綱とか)──早くから横綱を期待されてたがためについ期待はずれな印象で見がちではあるが、大関として見れば成績は申し分なかったし、十分“強い大関”と言ってもよかったであろう。すでに30歳(白鵬とわずか1歳違い!)稀勢の里が活躍できる年数は決して長いとは言えないだろうし、大関時代以上の成績を、大関在位期間よりも長く残すのは厳しい気がするのである── 尤も、僕が悲観してるよりも実績を上げる可能性もあるかも、とも思ってはいる。先場所も日馬富士と鶴竜が休場し、照ノ富士はボロ負けし、白鵬も全盛期を過ぎた感があるように、モンゴル勢の天下もかなり下火になってると思われ、稀勢の里が巻き返す余地は大いにあるからである。今一歩突き抜けない感じはあるものの、相対的には好成績で安定してたのは間違いない(今回の横綱昇進もそのことが大きく加点されたからだ)し、それほどの安定感を持つ力士は他には見当たらない。豪栄道も琴奨菊もその意味では論外だし、御嶽海や北勝富士などの後進がその地位をおびやかすのはまだもうしばらく先のことであろうから、ほんの数年ではあっても、稀勢の里の天下と呼べる期間があるかも知れない…、と、これまでさんざん期待を裏切られてきたのにそれでもまだ期待する気持ちはあったりするわけだ── 短い期間だとしても横綱として全盛期を送れれば、もちろんそれまでの足踏みも期待外れも帳消しになるばかりか、その時期も含めて見事花開くまでのステップとして肯定的に語られることにもなろう。そうなるかどうかはもちろん稀勢の里の横綱としての頑張り次第であるが、横綱昇進から番付発表までの様子を見る限り、本人に浮かれたところは全くなく、一生懸命に精進してる様子は大いに窺える──今度こそは期待してもいいかもだぞ。 そんな、期待膨らむ春場所が、もうすぐ初日を迎える── |
先月、若手人気女優の清水富美加が突然、自らの信仰する宗教団体への出家宣言をしたというニュースに驚いた人は少なくないのではなかろうか。朝ドラで主人公の友人役でブレイクしたのをきっかけにテレビドラマや映画、CMへの露出が一気に増加し、現在も主演予定の映画の撮影があらかた終了してて封切りを待つばかり状態と、順風満帆で上り調子の芸能活動だったから──宗教のこともさることながら、所属プロダクションの待遇の問題とか、同じ宗教の信者である父親との関係の問題とか、これもいきなり出された告白本の件とか、そこにも書かれてた人気ミュージシャンとの不倫の件とか、いろいろとよからぬ話がどんどん出てきてて、状況はますますぐちゃぐちゃになってるところであるが、そんな中で当の清水富美加本人が全く顔も声も出してこないという状況がさらに謎を呼んでいるのである…。 かつてのT教だったり今はなきO教だったりもそうだったが、それらにハマってあっち側に行こうとしてた人たちに、どこか切迫感から来る視野の狭さが感じられ、その結果として既存の仕事関係や家族関係に修復困難な亀裂が生じる場面は、これまでのそのテのニュースでも何度も見られたし、今回の清水富美加にもそうした様子は大いに感じられる。もちろん本人の資質だけでなく、彼女を取り巻く環境の要因もあるのだろうが。社会常識をタテにしてその点で彼女を難じる意見も多く聞かれるし、それら意見も尤もだとは思うのだが──今回の彼女の迷走を、単に若さのせいと断じられるだろうか…? 若くなくたって、地位的に偉くたって、視野狭窄に陥る人は陥るし、傍から見れば何だかなぁ、って状況はいくらでもあるではないか…。 例えばトランプ氏がアメリカ大統領に就任した途端にバンバン出してる大統領令、その発想の核になっている地球温暖化は嘘だという認識とか、対日本貿易でも関税についての認識とか、ちょっと勉強するなり周囲に訊くってことをすればいいのに、と思うことだらけである。とりわけ移民に対する認識は、そもそもアメリカ合衆国が建国された経緯に考えが至ったなら、それがどんだけブーメランかわかりそうなものなのだが──『アメリカンファースト』を前面に出すあまり「アメリカさえよければ」になってしまってることに気づいてないのか、それとも自覚してわざとやってるのか…、いずれにせよ他国の立場から見れば「周囲を見ろよ」であることに違いないだろう。 それは北朝鮮の金正恩氏も同様。この人やこの国に関しては今さら…、ではあるが。今回の金正男氏暗殺の件では数少ない友好国であるマレーシアを完全に敵に回してしまいましたね。中国にも以前から半ばハシゴをはずされた状態になっちゃってはいたけど、常に護衛をつけて警護してた正男氏が国外で殺されてメンツが完全に丸潰れだし、かなり怒ってると思いますよ──しかも、外交官が工作員をやっていた疑惑さえ持ち上がってる状況。外交官特権を利用して薬物も持ち込み放題という噂がもしも事実であれば、そんな国と今後も国交を続けたがる国はまずいないでしょうねぇ。 いい年齢をしてそこまでの人生の中での実績も積み重ねて一国の国家元首にまでなるほどの人だって、目標にとらわれて視野を狭めてとんでもない行動に出ることがある、そんな状況をこうも世界中で見せられるのと並行しながらでは、清水富美加が報じられてる通りの状況の中で視野狭窄を起こしてしまっても仕方ないな…、なんて思えてしまうのです。もちろんよくないことなのよ。この社会で生きる以上はスジは通してルールを守らなければならないのは当然なこと。それを教えてあげられるのは、彼女の狭まった視野を補えるのは、周囲にいる人たちでしょ? まだ若手で地位も力も大したことない彼女の号令で、クビになったり粛清されたりだなんてことはまずないだろうし── |
6年くらい前にこちらの記事をUPして2週間くらいした頃、その記事の前半あたりで例として取り上げた人物が、自身のブログにて、件の記事のリンク付きで僕にしつこく粘着されてると訴え、"粘着野郎"である僕に対する罵詈雑言の限りをぶちまけていた。記事中で「1~2年に1回くらい僕のことを書いてる」旨を指摘したのを見て、僕が彼のブログをずっと拝見し続けてることを知り、そのことを以て「粘着された」と息巻いてたわけなのだが──え? 定期巡回でのブログ閲覧って『粘着』になるの? そんな話もちろん聞いたこともないし、定期的閲覧=粘着(読者=粘着者)なんて公式が成り立ってしまったらブログと言う形式自体の存在意義が根本から崩れてしまうやん── まあそれはさて置いて、僕がその『粘着』とやらをしてることを彼が知ったのは上述の通り件の記事を彼が見たからなのであるが、それについて彼は上述の自ブログ記事にて「奴のページを時々監視目的で閲覧していた」ことを臆面もなく述べている。6年前のその時期というのは僕が諸事情で1年余り記事更新を一切停止しURLも閲覧不能状態にしてたのを久々に再開して2ヶ月くらいの頃だったのだが、彼の記事によれば休止中も見れないURLに何度もアクセスしてきてたらしい──何のことはない。彼基準での『粘着』行為を彼自身が僕に対して、僕よりもディープに繰り返してた(ほら、ここにもダブスタがあるでw)わけだ。そこでこれも6年ぶりに自分への言及を見つけて『粘着』呼ばわりである。 上記の記事では「その『粘着』とやらおまえがやってることじゃん」と示唆したこちらの記事もリンクしといたのだが、当時もその後も理解できなかったらしい──他にもこちらのリンクを無視して「は? 俺がおまえのこと書いてるだと? 根拠もなく妄想で言うな、バ~カ!」と罵倒したり(ここ以外に人物特定のヒントになりそうな記述はどこにもなく、これが根拠にならないとなると逆に「おまえは何を根拠に自分のことを書かれてると思うんだ?」ってなっちゃうのだが)、そもそも僕のこの文章を「僕は彼のことなんか相手にしない」と書いてるなどと実際の「自分で言ってる通り僕のことを相手になんかしないでスルーしてろよ」という文意とは真逆の解釈をしてわざわざ相手にしてくれたりと、何から何までトンチンカンなリアクションなのであった…。 …というこの事例。設定をネットではなくリアルの出来事に置き換えて『粘着』を『ストーカー』に変えてみるとどうだろうか。端的に言えばこれ、長年ストーキングの対象にして1年余りの長期留守中にも何度も家の前を訪れてた人物の自室の窓の外で中の様子を窺ってたら自分(と名指しは全然されてないがどうやらそうらしい)の悪口を叫んでるのが聞こえてきて「みなさん、こいつ俺のストーカーですよー!」と被害を訴えてる、みたいな話なのであるが──しかしいじめや痴漢、セクハラなど「被害者がそうだと感じたらそうだ」「される方にも問題があるなどとは絶対言ってはいけない」という暗黒のルールが罷り通る事柄がいくつかあり、ストーカーもそれに含まれる。このストーカーの主張を一方的に鵜呑みにしてただの被害者を捕まえようとしてしまう人は少なからずいることだろう。こんな、ちょっと状況を考えれば「そんな莫迦な話があるわけないだろ」な話でヘタすると刑法犯にされてしまいかねない、そうならないまでも容疑者として取り調べをしつこく受けるハメになりかねない…、その怖さ、わかりますか? そんなわけで"善意の第三者"のみなさん。被害を訴えてる相手のことなら無条件に鵜呑みにするのは果たして善意でしょうか? その結果無実どころか実は被害者でさえある人に悪のレッテルを貼り付けて、自分は善意の第三者だから、ですまされるのでしょうか? その辺、心しておきたいものです── |
『揚げ足取り』という言葉について解説したこちらの記事の最後で「人の『揚げ足取り』とやらを彼は非難してるが本来の語義からは彼のやってることこそが『揚げ足取り』ではないか?」と書いたのだが、これを見た直後に彼が自分のサイトで言った反論「これのどこが瑣末なことだよ!」──本文にある通り僕の言う"瑣末な失点"の前には"本題と無関係なところで"の条件が付けられてるのだがそこは無視して(本文の論旨とははずれてると言う意味での)"瑣末な"人格問題に終始するという、どっちが『揚げ足取り』だという問いへの答えが『揚げ足取り』で返ってきたという、漫才みたいな話であるが…。 その時の"反論"でも依然として一切触れられなかった"本題"である『サークルの会誌の掲載基準』の不平等を訴えてる彼自身がきっちりと基準通りに掲載されていた件については、彼は現在に至るまで一度も説明責任を果たしていないわけで──他にも僕の言い分を「感情論」と非難しながら自分はその後嫌悪感むき出しの人格攻撃しかしてこないこととか、僕がその後オフ会の場で(彼自身が声高に叫んでいた)疑問点の解消を試みる方向に転じたのに対して彼は自身でそれを行おう("人民の意志"を強調しながらその"人民"のひとりである自らその"意志"を行動に移そう)とは一切せず、本来ふたりの連帯責任であるはずの上述の行為をひとりでやっている僕に対して賛否両論あった中の否の側の声(本来の彼の言説からすれば絶対そちらに賛同はできないはずなのだが)だけを取り上げてそれを攻撃材料に用いたりなどなど…、とにかく言うことやること「どっちなんだいっ!」の嵐なのである── 上述の一件の中で彼があっちでもこっちでも見せてくれてるいろんな「どっちなんだいっ!」な言動のことを一言で表す言葉が表題にある『ダブルスタンダード』。日本語で言えば『二重規範』であるが、「それはA基準だろうが!」と主張してくる相手にA基準の対処をしたところ、前言を翻して「B基準だろうが!」と噛みついてくる。「ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う」という言葉もあるが、その前者と後者の"ああ"と"こう"がそれぞれイコールの同一物なのだから全く処置なしである── で、そのダブスタをさんざん駆使してくれたこの彼、あろうことかその後、ネットで臆面もなくどっかの厨年オジサンとかブルーな板前猫とか、他人のダブスタをあげつらっては容赦なく糾弾してるのを見させていただいて正直「はぁ? お前どの口でダブスタ批判してるんだよ」って唖然としてしまったのだが──しかしその程度で驚いてはいけない。彼がダブスタを嫌悪してやまなくなった原因であって反面教師が、何とこの僕なのだそうだ──しかし僕のダブスタとやらの具体例(ダブスタの、ね。単に悪いとか許せないとかではなくダブスタに該当してるかどうかが問題)として出されてるのって、この件しかないんだよね…。そちらにも書いた通り、この時の僕の行為は言わばまさに彼らのダブスタのツケ。そこでの彼らの中にはもちろんこの彼も含まれており、これも彼のダブスタの中のひとつ──てめえのダブスタ(のワンオブゼム)のツケをやむなく引き受けたその行為(それ一点)を以て「こいつとんでもないダブスタ野郎だぜ。こんなやつは絶対許さん。俺はこうはならないようにしよう」って言ってるようなものなわけで…。 ちなみにこのサークルで彼が普段仲良くしていた相手の多くは、彼が常々非難していた「トップに重宝されて作品発表で優遇されてるブルジョアジー層」のトップクラスに該当していたのだが、その指摘に対して彼は「大半の友好関係は自らの"外交努力"で成し得たもの」と豪語していた。彼の場合はメンバーの特権階級で、僕の場合は運営側というだけで"非難してたはずの側に取り入ってつるんでる"(わけではないが傍目にそう見えても仕方ないのは否めない)という意味では全く同じだと思うのだが──ダブスタ非難の根拠としているプロブレムの中でさえもしっかりダブスタをぶっ込むという芸の細かさ…、これぞ"ダブスタ職人"の匠の技である。 |
その昔、僕が参加していた文芸誌のサークル。サークルとはいえ会誌が書店販売されるくらい大規模で、会員は全国に100人以上いた。その活動は会誌での創作文芸&イラスト作品発表をメインとしつつ、その他に定期的に主要都市でオフ会が催され、会員及びフリーの読者同士の交流の場となっていた。そのオフ会は、それぞれの地区の会員有志の現地スタッフが企画して仕切っていたのだが、各地のオフ会で司会役だったひとりの編集部スタッフYさんが、対外的には本誌&オフ会の顔として、会員&読者との直接の窓口としての役割を果たしていた── 主宰者のS氏は良くも悪くも文士気質の人で個々人の会員には基本的にノータッチ。それが逆にやりやすかった面もあるにはあったが、作品掲載の公平性やら会員間のいざこざやらオフ会運営の苦労やらに対する姿勢に温かみがまるで感じられないとマイナス面が多く、そのYさんが不満の聞き役だったりスタッフへの気遣いだったり、あるいはサークル以外のプライベートな相談にも乗ったり等、ともすればギスギスしがちなサークル内を丸く収めて何とかまとめてたような感じであった。 僕も含め、上述各地スタッフを始め多くの主要会員たちが当時のYさんにはかなりお世話になってたのだが、他のメンバーがYさんを必要以上に持ち上げる中で、僕だけは相手がYさんであっても違うと思った時は容赦なく指摘して文句を言っていたので、当時Yさんとはしょっちゅう対立しており、関係は決して良いとは言えなかったのだが──上述S氏が諸事情で引退し、Yさんが後任主宰者となった時、上述のYさんと仲良し小良ししてたメンバーたちがそれとほぼ前後してこぞってサークルを離れて行ったのだった。あれだけ世話になったはずのYさんがホントに大変で助けてほしくなった、モロにそのタイミングで! Yさんの手に余ってオフ会の面倒まで見きれなくりオフ会廃止になったのが大きいのだろう。書店流通こそ継続されたが、サークルの規模はかなり縮小された。僕は本誌での作品発表にも重点を置いていたので残ることを選んだのだが…。 で、古くからのメンバーかつサークル運営をある程度わかってる、かつ地理的に本部の近くに住んでるメンバーと言うのが僕だけになってしまったのである──必然的にYさんからスタッフとしての会誌編集の手伝いの依頼が僕のところにくる。上述の状況を考えれば無碍に断る気には、なれなかった…。サークルが小規模になった分スタッフも少人数(僕の他にもうひとり、Yさん含め計3人)であり、必然的にスタッフとしての活動が目立つことになる。上述の通り会誌の書店流通は残っている。去っていった上述の元仲間たちの中にも本誌を手に取ってた者が少なからずいたのはわかっていた。正直、自身のスタッフ活動に対して『Yさんに手のひら返した彼らのツケを一手に押しつけられた』感を拭いきれなかった面は少なからずあり、僕的には「おいお前ら、あれだけ世話になったYさんがこんなに必死に頑張ってるぞ。いちばんYさんと対立してた僕にスタッフを頼まざるを得ないくらい大変な思いしてるぞ。何とも思わないのかよ?」なんて内心思ってたのだが…、彼らは果たしてホントに何とも思わなかったのだろうか? ──何とも思わなかったのだったらまだマシ。彼らは僕のことを「Yさんと敵対して体制に反旗を翻してたくせにコロッとすり寄って体制側に寝返りやがって、変わり身の早いやっちゃな」などとさんざん人格中傷してコキ下ろしまくる(僕のいない場所で。直接その種の非難が僕宛に届いたことは全くない)ばかりなのだった。ちょっとYさんに「どういうことですか?」とでも訊いてみればわかることなのに、それをやった人間はいない(とYさんは当時言っていた)。結局、彼らはサークル時代もその後も、誰か愚か者や悪者を作って文句言ってたいだけだったのかな…? それにしても自分たちのツケを押しつけておいて、それをやむなく引き受けたそのことをネタに逆に嘲笑するとは一体…。 そんな経緯を引きずりながらのYさんとの共同作業が長続きするはずもなく、僕のお手伝いは5年弱で終わり、15年前にYさんと何度目かの訣別をして現在に至ります。会誌の書店流通も3年前に終了。サークルは継続し会員頒布に切り替える旨、商業誌として最後の号に案内されてはいたけど、以後の状況は寡聞にして知りません── |
NHKの朝ドラ『あさが来た』が始まる前、それに先駆けて主題歌がAKB48の曲に決まったというニュースが報じられた時、案の定だがアンチ連中はもちろん、そうでない人たちからも、まだ実際の曲も全く発表されない前からブーイングが殺到したようだ。実際ヤフーニュースのコメントの中にも好意的なものはほとんどなく、ほぼすべてと言っていいくらい非難の声だったような── しかし、朝ドラが始まって以降、AKB48が歌うこの主題歌『365日の紙飛行機』は、かなり評判がいいのである。主に配信の方で数字が伸びていて、カップリングで『唇にBe my Baby』とセットで発売されてるCDの方が、たかみな卒業記念のメモリアルでありながらこれまでのAKB48の曲ほどには売上が伸びてないことから考えても、AKB48人気ではなく純粋に楽曲の勝利なのであろう。曲を聴く前から思い込みでブーイングしてた人たちはおそらく「びっくりぽん」なことでしょうが、何か御意見は? この『Jダベ』コーナーで僕はこれまで何度となく、アイドルソングをアイドルソングというだけの理由で聴かず嫌いする音楽好き(のつもり)の人たちを皮肉っぽく批判し続けてきた。そしてこちらの記事では「AKB48に関してはそれらの声がさらに一段と高い気がする」とも書き、楽曲そのものについての議論がまるで見当たらない。それをしようとしてもAKB商法の話やヲタの異常行動の話にどうしてもスライドされてしまい楽曲論にならない状況を憂えたのだった──今回のこの『365日の紙飛行機』がそういう状況に風穴を空ける契機になればと、僕はひそかに期待してるわけなのだが…。とにかく、何度でも口を酸っぱくして言うけれど"聴かず嫌い"してはいけませんってば…。 ──しかしながら僕は実は、決してアイドルソングを聴かず嫌いする自称音楽通だけにではなく、演歌を聴かず嫌いする若い人たちにも、同じことを言いたいんですよね…。小林幸子の歌う『千本桜』はお聴きになりましたか? あれ、単なる若者ウケ狙いのキワモノとして扱ってはダメだと思います。和楽器バンドのオリジナルの方の『千本桜』聴いて思ったのですが、楽曲も演歌テイストをしっかり有しつつ、その持ち味をきちんと生かしてる女性ボーカル・鈴華ゆう子の歌唱(この人、詩吟の師範でもあるそうですね)とも合わせ、この曲は演歌としても十分通用すると思います。なので"ラスボス"なんて言われてるけど、今回の小林幸子の歌唱には実は僕的には決して違和感はなかったりするのですよ。 『千本桜』が若い人に演歌を見直させ、朝ドラがAKB48を多くの人に見直させるきっかけになるのだとしたら、それは世代間の相互理解のためにもとってもいいことだと思うのだけど──そのためにはとにかくそれぞれが"聴かず嫌い"をやめなければ、ですからね…。 |
| ずいぶん前にこちらの記事で頻尿について取り上げた。ここでも主に夜中の就寝中の尿意についてが中心だったし、一般的にも頻尿と言えばこの"夜間頻尿"のことがメインで語られてるようである。そちらにも書いたが通常夜中に3回トイレに起きると"頻尿"と診断されるらしい。就寝時間(実質的な睡眠時間ではなく、布団に入ってから布団を出るまで)を7時間半とすれは2時間半に1回の計算になる── しかし、これって"頻尿"というほど短い間隔だろうか。冬の寒い時とか、状況によっては普通に2時間半起きくらいに「ん? ちょっと尿意があるな」なんて感じること、ありません? 日中活動してる時なら、乗り物で移動中とか現場で作業中とか会議中とかで我慢せねばならない状況も多々あって、実際にトイレに行く感覚はもっと長いかもだけど、夜寝てる時ならば我慢が必要な状況でもないし、我慢しててもさらにおしっこが溜まって尿意が強くなって眠れなくなるだけだからトイレに起きて出しちゃった方が得策、ってことなのでは? 僕自身も御多聞に洩れずではあるが、いわゆる"頻尿"の症状を訴える人は年齢が上がるほど多くなる。若い時にはそんなことはなかったのに年齢をとってから、ってやつである。しかし、夜間のそれと同レベルで昼間の尿意も若い頃よりも感覚が縮まったかと言われると、実はそうでもなかったりする──要するに"尿意"の感覚が近くなったというよりも"尿意"で睡眠が中断されるハードルが下がったってことなのではなかろうかと…。 "尿意"同様に年配者からよく聞かれること──年齢を取ってから若い頃みたいに眠れなくなった。ちょっとのことですぐ夜中に目が覚めてしまう…。加齢によって身体の機能のいろんな部分が衰えるのは普通のことであるが、それは睡眠についても同様である。年齢を取るにつれて眠りも徐々に浅くなってしまって熟睡ってやつがなかなか困難になるらしい。なのでよく言われる通り「年寄の朝は早い」ということになるわけで── 眠りが浅くなって眼を醒ましやすくなるということは、当然"尿意"に関しても同様で、若い頃なら目を醒ますほどではなかったレベルの"尿意"でも睡眠が破られて目が醒めてしまう。ちゃんと眠れてれば感じないレベルであっても目が醒めてしまえば"尿意"を感じてしまうし、上述の通り我慢する必要もないのでトイレに起きる──つまりはそういうことなのではなかろうか? どちらにしても夜中に何度もおしっこしたくなるという状況には変わりはないわけだけど…、でも単純に膀胱などの泌尿器だけに着目するよりも、睡眠障害に着目してそちらからアプローチする方が可能性は広がるように思えるのだ。以前の記事にも書いたように"頻尿"の大半が心因性と考えられるのであればなおのこと睡眠との関連には結びつけやすいのではなかろうか? ぐっすり眠れてた若い頃には気づかなかった"尿意"なのだから──ちょっと、眠りの方から見直してみませんか? |
東北新幹線の主要駅の外観って、何か似たような造りになってるような気がするのって、僕だけでしょうか? 大宮駅西口のデッキからの光景と小山駅や郡山駅のそれは似通ってるように思えるし、駅前風景抜きで駅舎だけで見れば宇都宮駅も福島駅も、少なくとも新幹線側だけ見ればさほど変わりはない。ちょっと違うけど盛岡駅なんかも似てるとはいえるだろう。上越新幹線の高崎駅や長岡駅なんかもそうだが、いずれも新幹線を開業するにあたって既存の駅舎を改築して新幹線と一体化したからだろう。改札部分が2階にあって下に在来線、上に新幹線のホームがあるというスタイルで共通している。これ、東海道・山陽新幹線の駅ではあまり見かけないスタイルである── で、そんな"よく見るスタイル"の中で最も標準型に見えるのが、今回取り上げる仙台駅。上述の東北新幹線駅によく見られる駅舎の特徴に付け加えるプラスアルファ(大宮駅や福島駅のように在来線側と新幹線側がわかりやすいとか、郡山駅のようにメイン口側と駅裏側の開け具合いが極端に違うとか)がない。メインの西口側が市内一の繁華街でありオフィス街になってて、デパートや量販店が集中していながら、地方都市特有の大きなアーケード商店街に中小さまざまな商店が軒を連ね、その先には国分町という有名な歓楽街なんかもあったりと、よくある大都市の光景が繰り広げられている。東口は裏口に当たるものの、それなりにオフィスビルやマンションやホテルなども見られるし、広々とした道路の交通量もそれなりにあって、うらぶれた感じはない。とはいえ、こちらもわかりやすいツッコミどころというのはなく、パッと特徴を上げることはできない。 要するに、駅及びその周辺を見る限り、地方の大都市で賑わいはあるけど「ここは」という個性が足りない街、という感じだろうか──実は初めて仙台に行く前に誰かから「仙台には何もないよ」と言われた記憶があるのだが、実際に初めて仙台駅に降り立って街を散策してみて「なるほど」と思ったのは事実。広島のお好み村みたいな"牛タン村"的に牛タンを食べさせてくれる店が軒を連ねてたり笹かまぼこが店頭に並ぶ海産物屋さんが並んでるという光景は見当たらなかったし、大通りなどで青葉城や伊達正宗を前面に押し出して観光アピールしてる感じもなかった──まあ、東北を代表する大都市で、敢えてそれらをアピールしなくても産業は回せるからなのだろうけど、やはり東北6県の代表としてはもう少しそういう面もアピールして欲しいところである。七夕祭りの頃になるとまた違うのだろうか? 青葉城址は駅西口から中心街を抜けて広瀬川を渡り、街外れに来たなと感じたあたりで坂を上って行ったところにあり、伊達正宗公の銅像もそこに立っている。普通は地下鉄なりバスで行くのだろうけど、決して仙台駅から歩けない距離ではないので、ちょっと散策がてらぶらり歩いてみることをお勧めしたい。まあ坂も上らなければだし、天守閣もないただの城址公園だから、そうまでして行く? ってのはあるけど、でも土産物屋や休憩所はそろってるから、観光名所としての体は成してるのでは? この青葉城址、仙台駅及び西口の市街地と同じ青葉区にあるが、実はこの青葉区、さらに街をはずれて山奥に進み、作並温泉あたりも含んでて、山形県と境を接してたりする──仙台市の中心市街地と観光地、そして市内一の過疎地が同じ区という…。 青葉区以外の他の区は、駅東口側の宮城野区を始め、基本的に普通の住宅地や工業地などが広がっててわかりやすい特徴はない。実は2度ほど当時若林区に住んでた友人宅にお泊りでお邪魔したことがあるけれど、普通にマンションや一戸建て住宅のある漠然とした光景という記憶しかなかったりする。とは言え、市内で遊んだり買い物したりには事欠かないから、そこで生活するにはいい街には違いないのだろうけど── |