こんにちは。
世界中の人と友達になりたい
ショコです
家族旅行も終わり、
バンコクに帰ってきました
今回の旅行で
一緒になった参加者の中に
トルコから女子旅で
グラビ・カオラックに来ている
2人組と知り合いました
そのお二人、
ツアー参加者の中で
唯一のアジア人客で日本人の
我が家を見て日本人だと思ったそう。
けれど、私たちが急に話しかけたら
嫌な気持ちになるんじゃないかと思い、
気になりながらも声かけるのを
躊躇っていたって言うんです。
なんて優しい気づかいを
してくれる方達なんだろう~
そんなお二人と話せたのも
フレンドリーなガイドさんが
『この子達かわいいだろー』と
息子たちを見せびらかしながら
一緒に泳いでいたのに
この2人組が
「KAWAII」と答えてくれたのが
きっかけで話せたんですが、
日本語を片言知っていたり
表情やその後の気遣いからも
話しかけたかったって言う
想いが伝わってきて
とっても心温まりました
今までもありがたいことに、
トルコの方とはご縁があって
アメリカ留学中にも
クラスメートで
一緒にニューイヤーパーティをした人もいれば
日本で子育て中に
トルコ人ご夫婦と知り合い
一緒にBBQしたり、
日本語も英語もしゃべれないママと
一緒に遊びに出かけたり
料理教えてもらったり
そんな繋がりがあったトルコ
どの方もすごく優しくて、
心温まる接し方で大好きです♡
そんな出会いから
とても日本に対して
トルコっていう国が友好的なのか?!
と思い、調べてみました!
そしたら言わずと知れた
親日国なんですね
トルコは親日国第7位にランクイン!
ちなみに第6位にタイ
第1位は台湾と思わず納得
そのきっかけは、
1890年に和歌山県で起きた
エルトゥールル号遭難事件だそうです。
以下、内容を抜粋します。
1890年(明治23年)に日本の皇族がイスタンブールを訪問したことから始まります。明治天皇よりお礼に送られた新書や勲章に対して、今度はトルコ皇帝がそのお礼を明治天皇へ奉呈するべく日本にトルコの親善使節団を派遣します。奉呈団は3か月間の滞在ののち、軍艦エルトゥールル号に乗って日本からトルコに帰ろうとしましたが、その途中で和歌山県串本町の沖で台風により座礁し沈没してしまいました。この時、多くの乗客が犠牲になったのですが、海に投げ出された人を串本町をはじめとして和歌山の人が必死で助けました。助けただけではなく、当時非常に貧しくて自分たちの食べる食料もなかった中で、それを割いて助けたトルコの海軍の人たちに分け与えて、さらに非常食としてとっておいた分まで差し与えたということをトルコは非常に感謝しました。 また、1921年シベリアからトルコ人捕虜を椅子端部ルールへ移送中に、エーゲ海でギリシャ軍に長期抑留されてしまった日本船平明丸の事件。そして、1985年イランとイラクが戦争。壊滅したイラン首都テヘランに取り残された日本人を助ける唯一の術が飛行機だったが、時の大統領フセインの一言「イラン上空を飛行すれば全て無差別に攻撃して撃ち落とす」で救助困難な状況に。そんな中、トルコが恩返しにと一色触発の激化した戦地の上空を飛んでトルコ航空の飛行機で助け出すことに成功しました。
100年もの絆によって
トルコが今度は日本を助けてくれた。
こんな義理堅いお国トルコと
親交があったからこそ
助かった。
こんなことが
実際にあるんだなと思いました。
夫につい先日
このイラク戦争の危機一髪の中、
日本人は優遇され助かったと言う
その場で実際に助かった人の話を
聞いたばかりだったんです。
この件と実際に絡んでいるのかは
分かりませんが、
こんなトルコとの繋がりがあったから
助かったのかもしれないと
しみじみ思ってしまいました。
恩返しの精神
こんな考え方が通じる国だから
言葉がたとえ通じなくても
お互い知りたいこと、
やりたいことを助け合え仲良くなれたのかも。
でも、
これって案外どこでも共通しているような・・・
皆さんどう思いますか?
それではまた
ショコ
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