『グッバイ・ゴダール!』の
予告を最初に見たときに思った。「これはアンヌ・ヴィアゼムスキーではない」。彩度と露出度が高いフェミニンなファッション、ボブスタイルの髪、キュートな笑顔、それはむしろどちらかというとアンナ・カリーナの印象に近い。ゴダール作品の中のアンヌはあまり笑うこともなく、スタイリッシュだけれどもどこか野暮ったさのある洋服を着込み、政治について議論を交わしたり、本を読んでいたり、銃を構えていたりする。私はそんなアンヌがアンナより(ややこしい)好きなのだが、一般的なゴダール映画のイメージはやはりアンナとその辺りの時代なのだろうと思う(ファッション雑誌の特集などで『中国女』が取り上げられているところはほとんど見たことがない)。リアルそのままだと、いわゆるヌーベルヴァーグ的ヴィジュアルを期待して観る人たちにとっては「思っていたゴダールっぽさではなかった」となる恐れがある。そこで登場したのが、ヌーヴェルヴァーグシーンすべての空気を含むセミフィクション映画というコンセプト。
衣装デザイナーのサブリナ・リカルディのインタビューでもたびたび「フィクション」と語られており、主演のステイシー・マーティンもいくつかのインタビューで似たようなことを話している。
■madame FIGARO japon 7月号 ステイシー・マーティン インタビュー
「彼ら(ゴダールとアンヌ)にオマージュを捧げる一方で、映画、文化、ファッションという60年代の側面を使って、いかに私たちの物語を紡げるのかが大切で。アンヌだけでなく、ゴダール映画のヒロインすべての物語にしたかったし、時代の一部になるために、トリュフォー映画のヒロインの独特の喋り方のトーンも参考にした」
■映画.com ステイシー・マーティン インタビュー
https://eiga.com/news/20180712/14/「外側の演技としては、コピー&ペーストにしないことが大事でした。この作品はゴダールの伝記映画ではなく、アザナビシウス監督によるコメディなので、伝記もの以上にしなければという思いがありました。私が演じたアンヌは、ビアゼムスキーその人というよりも、60年代のアイコン的な女性たち、それからゴダール映画に出ている女たち。そのコラージュのつもりで演じています。彼女が持っていた好奇心やオープンさを大事にしました」
■Lula JAPAN ステイシー・マーティン インタビュー
http://lulamag.jp/art-and-culture/interview-01/stacy-martin/le-redoutable「あとは監督と話し合って、モノマネはしない事に決めました。なんと言ってもこの作品は伝記映画ではないので、Anneそっくりな演技をするのではなく、例えば60年代のアイコン的な女性たちや、Godard作品に登場する女性たちを象徴するように演じました。言うならば、Godard作品の新しいアイコンともいえる女性として演じました」
■『グッバイ・ゴダール!』公式サイト
http://gaga.ne.jp/goodby-g/《アザナヴィシウス監督の制作秘話》
「衣装については、サブリナ・リカルディが膨大な貢献をしている。人物描写に衣装は欠かせない。内面的な変化があれば外見的にも変化がある。たとえば映画の冒頭では、ゴダールはスーツとネクタイでびしっと決めているが、段々彼の服装は崩れていく。アンヌは映画『夜霧の恋人たち』(68)のクロード・ジャドを思わせる、型にはまった外見となっているが、時が経つにつれ、子供っぽさが抜け、くつろいだ女性らしい装いに変化していく。終盤には彼女は赤を着るようになる。赤は冒頭ではベレニスに使うための色であり、これはアンヌが自立していくことを意味するかのようだ」
《ステイシー・マーティンのコメント》
アンヌの役作りに取り組むにあたり、ステイシーはゴダール作品はもちろんだが、トリュフォーの作品もたくさん見たと言う。「ゴダールの映画は完全に編集されているので、当時の直接的な情報を得るのが難しかった。あの時代の人々の話し方、身のこなし、ふるまいを見るためには、もっと日常的で自然なものが必要だと思ったの。トリュフォーの作品にはこの点でとても助けられたわ」
また、公式Twitterからは、
“本作をご覧頂いて「ゴダールは本人に似てるけど、アンヌは似てないなあ」と思われたかも多いのでは?実はアンヌの役作りはアンヌ本人には似せず、60年代に活躍した女優さんたちのイメージから役作りをしたそう。中でも「男性・女性」のシャンタル・ゴヤを一番参考にしているそうです。納得ですね!”
という
ツイートがポストされている。
サブリナの「実際のミシェル・ロジェには影響されていません」やステイシーの「トリュフォー映画のヒロインの独特の喋り方のトーンも参考にした」といった発言にはちょっと驚く。伝記的映画(あくまでも“的”)のアンヌ・ヴィアゼムスキーの髪型にシャンタル・ゴヤを引っぱってくるというのも結構な衝撃。では、なぜゴダールは本人そっくりにしたのか? anan No.2112のコラム“シネマ・ナビ!”には、「ゴダールを演じたルイ=ガレル、役に合わせて髪の毛を相当抜いたようですが、それでも格好よかった」とある。そうとうのリアリティ追求。
『グッバイ・ゴダール!』のポスターやフライヤー、パンフレットの表紙にも多く使用されている小さな赤い本の並んだ本棚の前に座る『中国女』撮影中のアンヌ。


実際の『中国女』でのアンヌ。

公式サイトのステイシーのコメントにもある『夜霧の恋人たち』のヒロイン、クリスチーヌ(クロード・ジャド)も似たような黄色のセーターを着ている。監督の言っているのはこういった衣装のことだろう。

同じく『夜霧の恋人たち』のクリスチーヌの衣装とそれに近い感じのアンヌのコート。


監督が言うところの「型にはまった外見」、サブリナがインタビューで言う「ツインニット+プリーツスカート+Pコートの3点」は、『はなればなれに』のオディル(アンナ・カリーナ)も思い出させる。

アンナ・ヴィアゼムスキー、クリスチーヌ、オディルは裕福な家庭の女の子ということが共通している。
そして、アンヌ・ヴィアゼムスキーのラフな赤毛の髪とは異なり、かなりさっぱりとこぎれいな印象……と思った髪型はシャンタル・ゴヤから。シャンタル・ゴヤ演じる『男性・女性』のマドレーヌは、やはりいわゆるファッションにおけるゴダール的ゴダール時代の作品のヒロイン。

また、インタビューなどでは名前は挙がっていないが、ボーダーはジーン・セバーグ、ギンガムチェックはブリジット・バルドーといったイメージも思い浮かぶ。

『グッバイ・ゴダール!』公式サイト加えて、現代の(あるいは現代的な)服を着せて、今の女の子たちにも興味を持ってもらわなければならないなどという大人の事情もあるのかもしれない(ステイシーはmiu miuの広告に登場している)。
Stacy Martin for Miu Miu Fragrance Campaignヴィジュアル的には、ゴダールはかなりリアルだけれど、アンヌはさまざまなところから持ってきたパーツを貼りつけたヌーヴェルヴァーグ女優のコラージュ。当時、ゴダールと会話をしたり、一緒に作品を作ったりし、そして、去っていった女性たちをひとりにまとめたような存在。自分で作り出したヌーヴェルバーグのゴダールという存在に悩まされることになるゴダール、この作品の中で、リアルなゴダールとヌーベルヴァーグという概念の具現化のようなアンヌというのが対照的な存在となっているのかもしれない。
……と、ここまではまだ作品を観ていない時点で主に衣装について思ったこと。
観たらまたそのほかのことについても書く。