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美味しいって笑おう♡

10年間におよぶ深刻な摂食障害から
それはそれは大きくて温かな学びと
愛の本質を知る喜びを体験しました。
すべてが必然すべてがギフトです♡
ここからありったけの「ありがとう」を込めまして。



数字だけ見たらすごいね(笑)けど、理論上だけで言えば私はこのカロリーを吸収したらしい。



1kg増やすのに7000kcal必要らしい。そんなこと一切知らず拒食症やってきましたが何か?^_^;



ずっとしがみついてた体重から約3kg増やしました。いや、増えてしまいました?(苦笑)


でもさ。
気づいたの。


体重なんて増えても減っても、結局私は私でしかないんだなあ…って。
これは良い意味でも悪い意味でもね。


なんか、空虚感が浮き彫りになった感が否めません。

つまり私は、痩せにしがみつくことで心の空虚感をゴマカソウとしてきたんだな。

本当に見たくなかったものは。
本当に怖かったものは。

この『空虚感』だったんだ。


孤独、閉塞、居場所の無さ。


実際、ガリッガリの時はこれらのものを忘れられたもん。摂食ISLANDに陶酔してるからねぇ。


でも、体重増えてゆくにつれ、感じたくなかったものや見たくなかった現実が姿をあらわにしてきた…


はっきり言って、体重にしがみついている方が精神的にはラクかもしれない。
自己満足だけでの陶酔ができるのだから。



山場。


私の人生の最大の山場だ。


この『空虚感』を受け止め、その上で『喜び』を探す道。
そこを通っていけるのか?いや、いきたい。


今逃げたら、
たぶん、
もう二度と、
私は、
笑って暮らせない。



辛いけど、
先には必ず、
今よりは少し、
愉しい毎日が、
待ってると、
信じて。



まずは、先生との約束。
あと、21000kcal=3kg。
負けるな、私。
美味しい!って笑おう☆~我慢とはバイバイ~-111113_174215.jpg





久しぶりの更新になってしまった。



実は、昨日ふと何かが舞い降りて勝手にメールを打ってた。
関東に住む親友へだった。
彼女とは昔から、精神世界を共有できる尊い絆がある。すごく近くにいて時間を共にした関係ではないけど、何ていうのかな…


ソウルメイト。

お互いにそんな感じだね、って話してる。


後から聞いた話だけど、私がメールを打った時、携帯のアドレスが全削除されて、誰にも連絡取れない状況だったらしい。


必然として起こること。


やっぱりあるんだと思った。

私はただただ、すがるような感覚で打ったメールだったのだけどさ。


改めて思う。


『生きよう』
そう思えるのは、大切な誰かが居るから。それしかない。
これが真実なんだと痛感した。
人は絶対に一人では生きていけない。

彼女とメールをしていて深くそう学んだ。



誰かの喜びを心から共有して、嬉しくって泣けてきちゃうこと。

あるいは。

誰かの悲しみを痛いほど沁みて涙が止まらないということ。



これが『愛』という真実なんだと思う。
それは、恋でも友でも家族でも、みな同じこと。
〈寄り添う〉ということは、そういうことなんだと思う。



私が病気になったのは、この真実に対する不信感からだったに違いない。

父親。
母親。


私が幼少期から見てきたもの、聞いてきたこと、全て暴力だったから。


恐怖。

この一言に尽きる。



また、もう一つの要素として、摂食障害の根本には『性的暴力』の傷痕が絡んでいることが多いと思う。

実際、私もそうだ。
直接にセクハラされたりレイプされたわけじゃない。でも、父親や母親から「恋愛や性行為は罪なことである。汚らわしい、排除すべきものである。」と教えられてきた。
従順で、優等生な私は、その教え通りに生きてきた。


その潜在意識が、私の女性性を殺していった。
胸もお尻も生理も無い体を、清く正しいものだと思い込んだ。





私は、正直、両親の作ってきた家庭環境は立派な虐待だと考えている。


でも、
時は戻らない。

前にしか進まない。



涙が枯れるほど、泣いたから。もういいや。

誰かをうらやんでも、親を憎んでも、現実は一つ。



それならば、幸福に貪欲に生きるしかないじゃない?


一人じゃないなら
何とか生きていける。

孤独だけは避けて生きたい。


こうやって。
『糸』が出逢って、布を創って、笑っていれば、何とか歩けるだろう。
険しい道でも、死ぬよりは愉しいんじゃない?


そういや、前に、私が死にたいと言った時。
「死んでも意味ないよ。だって、来世持ち越しやから。死んでも苦しみは変わらんから、無駄やで。」
って、アッサリバッサリ斬られたなあ。(苦笑)
ははは。


結局、人生そんなもんや。みんな苦労してるんや。
だからって「自分も甘えちゃいかん!耐えなきゃ!頑張らなきゃ!」って思うのは病気になるだけ。

そうじゃなく。

「みんな辛いねん。だから、寄り添いたいねんなあ、手繋ぎたいねんなあ、愛に触れたいねんなあ、笑いたいねんなあ。」、って心を治めるってことやと思う。

それが幸福への鍵かもしれない。



私には恥ずかしながら、好きな人がいる。99%叶わない恋。ほんまはちょっと切ないけど。

でも。

恋を出来る心が戻ったことが1番の喜びだと思う。

誰かを大切に想うということは、自分自身を大切に想うことと同じだから。


ようやく私、少し、自分を大切に想えるようになったんかな?って…





私は最近『自然淘汰』の念について深く思わされている。


悲しくも絶えるべきもの消えゆくべきものがある、しかし決して揺るぎなく残ってゆくものも必ずある。


それが『自然淘汰』。

厳しく言えば、弱肉強食なのかもしれない。しかしそれは仕方ないことでもある。私たちは、私たち自身の力ではどうすることもできない大いなる流れの中で生きているのである。


感情。
人間には感情がある。それが時にその大いなる流れに逆らいアラガおうと、波を打つ。


私は今まで、何もかも、人間本位に、無理矢理に、全てを成し遂げ手に入れようと、あがいて生きてきたのだと気づいた。


体重もそうではないか?


体重こそそれは自然摂理でしか有り得ないものなのに。自分自身の力でどうにかしたかったわけである。


人間関係においても。
無理矢理に相手の期待像を造り必死で人形になった。ありのまま、なんて言葉さえ知らなかった。


今改めて気づく。


そうやって人間本位に手に入れたものは淘汰されてしまうということに。


逆に言えば、大いなる流れの中で残るべきものは、私がどうこうアガかなくとも必ず残るのだ。

自然に残ってくる。
成ってくる。
そんなものなのだ。


もうジタバタする必要はない。ありのままに、逆らうことなく、波打つことなく、優しい素直な心で生きていけば、必ずや幸福は成る。そう思う。


人間だから、やっぱりジタバタしちゃう日もある。
でも出来るだけ、ね?
優しい穏やかな自然の摂理に委ねたい。


今年のX'masこそ、柔らかな時間を過ごせますように…☆