美味しいって笑おう♡ -20ページ目

美味しいって笑おう♡

10年間におよぶ深刻な摂食障害から
それはそれは大きくて温かな学びと
愛の本質を知る喜びを体験しました。
すべてが必然すべてがギフトです♡
ここからありったけの「ありがとう」を込めまして。




私は親友を7年前、亡くしている。


その時にお母様からいただいたお手紙を今も大切においている。


そして、くじけそうな時はいつも読み返している。



お母様は、子供に何か辛いことが起きた時、いつもこう言ったそうだ。



『ポリアンナの日記を思い出してみて?ほら、イイコト探しをしよう?』


一つ、また一つ、と。
自分に起きているイイコトをみんなで口にして、箇条書にしていくのだそうだ。


・お天気が良かった☆
・愛犬が甘えてくっついてきた☆
・TVに〇〇〇が出てて格好良かった☆
・お風呂が気持ち良かった☆
・可愛いお洋服をGetできた☆
・ダンスを通して、憧れのアーティストに会えた☆
・上手にお料理が出来た☆



素晴らしいお母様だと思う。


辛いことのない人間など、いないんだ。

一日一回、何かしら嫌なことあるもんだ。


でも、
それをクリアする精神力。

ここが人間の要となるんだと思う。



私は、恥ずかしながら、ポリアンナの日記を読んだことがないですが。。


きっとね。
こう思うの。



例えば、


嫌な事1個見つけてしまった、


ならば、


イイコト10個見つけよう、


見つけてしまった嫌な事を、

イイコトで埋め尽くしてしまえばいい、


そういうことかな。。。




私は、『幸せ』、の概念を勝手に造っていたんだと気付く。


幸せって、大きな、とてつもなく強固な、遠く遥かなところの、形ある、手に出来るものだ、と、そう思ってた。



違うのかもしれない。



幸せって、小さくて、すごく繊細で、近くすぐそばに寄り添っていて、形にはし難く、目には見えにくい、ゆえに、心でしか感じとれ得ないものなんだ、と、そう今感じている。



人生には、

人それぞれに、

ステージが用意されていて、


日々、

愛への学びさえ、

忘れなければ、

必ずステージは、

拓けてくる、

そう信じたい。



自分自身に負けないために、

毎日、イイコト探し、心のレッスン。


簡単ではないけれど、きっと大丈夫、そう信じて。
美味しい!って笑おう☆~我慢とはバイバイ~-111129_192403.jpg



愛してやまない、ゆたぽん。私の救世主だから、買ってしまいました。



さて。



母と二人暮らしを初めて三ヶ月。
毎日毎日ケンカして泣いて、今でも、ね。

でもケンカの質がだいぶ変わってきたと思う。


ケンカってね、噛み合ってない質の場合って多いんだよね。
噛み合っていない、ということは、それはコミュニケーションや関係性の意義が飛んでしまってるということ。


でも、最近の私たちはようやく『噛み合ったケンカ』が出来るようになってきたのね。ケンカって、一概に良くないものではないと思うの。その関係性をより陽の方向へ導くものならば、必要とさえ言えると思う。


色んな意味で、噛み合ってきた今。

ふと思うんだ。


私と母と、似てる。

『可哀相な女』。


それは女性、つまるところ、雌として、ね。


女って、結局、最後まで、女でいたいもの。



愛されていたい。
そして愛していたい。
自分を磨きたい。
キレイでいたい。


でも、そこを、失ってしまったんだよね。お互い、経緯は違うけどね。


女性として、寂しい、よね。。。


母は、父から暴力を受け、言葉で人間全否定され、(初めて出来た彼氏が父で、そのまま結婚したので)、男性から女性である自己を愛してもらった経験が全くないのである。

一人の女性として私は、やっぱり母が可哀相だと思うのだよね。


そしてそれは、祖母(母の母)も同じなんだ。


じいちゃん、イケメンやから、稼いだ金を酒と女に使い切って、家庭にお金入れなかった。ばあちゃん、あくせく働いたけど身体壊して病んだ。浮気相手の女が家に嫌がらせの電話してきたりもしてたらしい。


やっぱり、、、

可哀相な女。


女って強い。

でも。


女として永遠に可愛がられたい生き物なの。


だから、そこを失った時、狂う。何かが、壊れてしまう。そんな気がする。


摂食障害になる女性、
そしてその母親、
その母親の母親…


『可哀相な女』。


これ共通項じゃないだろうか?(あくまで私の想像にすぎませんが。)



私は、人生もう遅いんじゃないか?と思うと、生きることにひるんでしまう。


でも。
そう思ってしまったら、もう二度と、はい上がれないもん。

大丈夫。


ばあちゃんは70歳でフラダンスを始めて、先生にまでなって、みんなに愛されて愛されて、大往生したんだから。。


私は、この代々続く、
『可哀相な女』像を、
断ち切りたいと強く思ってる。


愛されて。
愛して。
自分磨いて。
キレイでいて。

そういう女を生きたい。


病気が教えてくれる様々な学びを、大切に大切に、感じながら、強くなっていけたらな…。




さて。
昨日診察でした。


ここ最近、心身共に不調だったから、先生に会ってすごく気持ちが安定した。


不思議だね。
私は今まで、医者に会って気持ちが安定するという経験をしたことは無かった。
いつも何かしらストレスを受けて、帰り道では不安定になり、泣くか怒るかしていたなあ。
まあ摂食障害は、精神病の中でも特殊な病気だから、診察=敵と対峙する、という意味合いが強いため、そうならざるを得ないのも事実。
でもやっぱり、患者としては癒されに行きたいよね。


私の今ぶつかってる壁は、『女性性』を取り戻すことへの拒否感だ。
3kgでも結構違うよ?お尻も丸くなった。背中も骨が隠れた。女らしい体にゆっくりだけど戻って行ってる…





突然>>>>>>>>>>
「ダメだ!セックスは罪だ!恋愛は愚かだ!女性になるな!」


幼少期から両親が植え付けてきた思想が、悪魔の囁きを放つ。


頭おかしいって?
うん、おかしいと思う。
暴力や虐待を受けてきたら、人間はおかしくなるの。


そういう辛い気持ち、先生にぶつけた。いつも通り、優しい心で、ただ聞いてくれた。


ただ、有り難いのは、「女になりたい」と思う自分も居るという事実。
それはやっぱり、好きな人のおかげに尽きる。
片想いやし、叶うこともないやろうし、連絡取ったりも殆どないけど…

でも9月に、電話した時から彼を好きになって、私は明らかに変わったと思う。勝手な妄想&期待だけで突っ走って正直馬鹿みたいやけど、3kg増やしたんは事実なんやから。

彼を好きになってなかったら、確実に私は「女になりたい」とは思えなかったし、体重も増やせなかったと思う。



心にまだ住んでる傷ついた悪魔ちゃん。毎日一回は、囁きを放ってくる。


でもそれに引っ張られてはオシマイだから。



はっきり言って、今、彼と付き合っているならば、私は脂肪WELCOME骨子bye-byeで突き進める自信がある。先生にもそれ伝えた。


悪魔ちゃんが囁いたとしても、彼が喜んでくれて私の手をとって共に歩んでくれるなら、勝てる。
病気に勝つ最大の味方になるだろう。


私、うらやましい。
既に彼氏や旦那様が居てる人が。

辛い摂食障害も、手を取り合えるパートナーがいるだけで、どれだけ気持ち穏やかに通っていけるだろうか、と思う。



でも、現実は一つ。
私は一人。
仕方ない。


無い物ねだりしたって現実は変わらない。



本当は愛する人に、ついた脂肪を褒めてほしい。

けど仕方ない。

今は先生に褒めてもらうことで擬似体験させてもらいます(苦笑)


「先生がオッサンじゃなくて良かった。同じアラサー同士、人間として、男女として、客観的に私の女性性を褒めてくれるから頑張れる。オッサンな医者やったら、絶対響かんわ。」

と、本人には高評価(☆☆☆☆)与えておいた。
我ながら、最高にツンデレな患者だと思う←



先生が九州に行ってしまったら… どうしよう。
なんか今はそればっかり、寂しくて、、、。


私は異端児やから、医者と馬が合うことはそうそうないと思う。薬貰うだけなら、別にどんな医者でも同じやし、わざわざ二週間に一度、話しに行く意味もないしね。



なんだか。
やっぱり。



自分自身に起こる、全ての出会いに、ありがとう。


当たり前なんかじゃない。
奇跡。

必然やけど、それは奇跡だから。


このblogで出会ってくれた皆様にも、ありがとうございます。



人に感謝。
食べ物に感謝。
自然に感謝。