作業を終えて、素早く帰り支度をしてエレベータに身をゆだねる。

1階と印されたボタンを押して、眼を閉じる。

「右か左、どっちだ?」

 

広いエントランスホールの壁には薄く切られた白い大理石が貼り付けられている。

「豪華さはあるが温かみがない」 毎回この場所を通るたびに思う。

 

 分厚いガラスの自動ドアが開く。

と同時に外の音が耳に入り、全身が現実に包み込まれる。 

まぶしい。

道路を行き交う車輛の音、外人女性が連れた犬、足早に横断歩道を渡るスーツ姿の男性。

みなの始まったばかりの一日が眼に入ってくる。

「いったん 帰ろう シャワーを浴びて少し休んで、また戻ってくれば今日中になんとか

区切りはつけられるだろう」 

 

 この玄関を出て右に向かうと、渋谷のスクランブル交差点方向になる。

井の頭線を使うならばこの方向だ。

左に向かえば井の頭通りを歩いて帰るか、小田急線を利用するかどちらかになる。

私は左を選らんだ。

 渋谷の駅までには歩くとそこそこ時間がかかる。

それに人が多い通りは歩いていると疲れる。

早朝の時間帯なので人はまばらだろうが、夜に遊んでいた人たちの散乱させた空き缶や

ゴミを見たいとは思わない。

 

 左に向かいしばらく歩く。

30メートルほど先にある信号の場所に着くまでにその先からの方向を選択すればいい。

「歩き」を選択するならば<まっすぐ>だ。

「電車」ならばこの交差点を右に向かうことになる。

どっちだ。 「疲れている また戻るのだ。 電車だ。」

 

 始発からまだ数本目の車内はどの車両も乗客がまばらだ。

座席に座り、一度 眼を閉じる。

眠ってしまわないように、携帯端末を手にして画面を見入る。

 

 降車駅のすぐ近くには公園がある。

大きな木々もあるし露出した地面も多い。 

そのせいだろうか、近くに来ると半袖の腕がひんやりとした。

 

 白いシャツ、白いパンツ姿の年配の方々が歩いている。

みな お揃いのスポーツウェアのように見えた。

軽い足取りで石段を上がっていく。

後姿に気品がある。

 

 

 「元気があっていいな」

公園でのラジオ体操に参加する人たちだ。

上下白色の服装はかなり、主張がある。

「私は健全、健康、まっとうな市民です」と言っているように感じる。

そうであることに越したことはない。 私は白い服、白いズボンは身に着けない。

 

 「疲れたな。 なんで毎回こんなことになるのだろう。」

「仕事として向き合う対象は変われど作業内容はいつも似たりよったりだ」

「これで生計を立ててきた。 自分の好きな世界に身を置いている」

「幸せなことなのだと思う。 仕事があるのだから。」

 

 ゆるい坂道を登りながら、様々なことに思いをめぐらす。

私は歩きながら考える。

今までもずっと、そうしてきた。

でも、そうして考える時の答えはいつもみつからない。

 

 坂道を下りかけたところで、私はあることに気がついた。

今まで、見えていなかったものが見えている。

 

 この道は明るい時間帯はあまり使わない。

使う時は、ほとんどが深夜の時間帯になる。

 

 

  所々に街灯はあるが、道路の狭い範囲だけをぼんやりと照らし出しているだけである。

「薄い闇の住宅街」という認識だった。

 

 私が眼を向けた場所にあるのは保育園だ。

この場所に保育園があることは何年も前から知っていた。

けれども、その事に全く気がついていなかった。

 今までは薄暗い中でこの場所を通過していた。

見えていなかった。

そうか、こんなものがあったのか・・。

 

 

 

 私はひとつひとつに眼を通した。

 

 

 

 小さなタイルを上手に使い、カラフルに動物や果物、昆虫などが描かれていた。

 

 

 「作っている時は大変だったろうか。 楽しかったろうか。」

小さい子が真面目な顔をして、小さなタイルを持っている様子を感じる。

 

 

 にぎやかな教室の中での笑い声も聞こえてきそうだ。

 

 

 「先生も苦労したかもしれない。 それにしても教育方針がいい。」

 

 

 

「この子たちは、その後 この場所に何度も足を運んだことだろう。」

 

 

 

 ゾウさん、キリンさん、ロケット。

 

 

 子供たちが当時 興味を持っていたものが形にされている。

それは自由に思い描いた夢なのかもしれない。

すべては純粋無垢なこころで描かれているみごとな作品だ。

 

 

 平成19年度 卒園制作と書かれている。

6歳の子供たちの作品ということになる。

今は平成29年だ。 10年前のものなのか。

子供たちは成長して、高校生になっているはずだ。

自分の進路を決める大事な時期になっている。

どんな大人になってゆくだろう。

 

 

 十年前にこの場所で過ごした子供たちの時間が明確に刻まれている。

 

 

 そして、作品完成から10年後に疲れた大人がその作品に眼を向け 

感心し、癒されている。

 

 

 ちょっと遅れて子供たちからのメッセージを、今 受け取っている。

 

 

 文字は私よりも上手だ。 先生が書いたのだろうか。

  私の身体の中にある、疲れてドロドロした何かが浄化されていくように思えた。

深く息を吸い込む。

なんて、気持ちがよくて 清々しい朝なのだろう。

 

 

 「今日はいい日になるな。」

 

 立ち止まっていた私は、新たな気持ちで 一歩を踏み出した。

 

 

  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。  

 夜もだいぶ深まり、その日も私はまだ仕事をしていました。

せめて、電車があるうちに帰りたいなぁ。

お腹が空いたなぁ。

 

 あんパンとクリームパンでも食べようかな。

などと思っていると、何か妙な音が耳に入って来ました。

「クオォン、クオン」  「カリカリ、カカカカ」

なんだ!? 

天井? カベ? 幽霊が出る部屋とは聞いていないけど・・。

あっ、私のパソコンだ!

パソコンがうなっています。 音はCPUファンからでした。

あぁ、もう限界が近づいているのだろうなぁ。

だいぶ前からその兆候はでていました。

 このパソコンは私が仕事をしている時にずっと一緒にがんばってきてくれた

パソコンです。

5年前に程度の良さそうな中古をみつけて、購入して以来ずっと私のそばに

いてくれました。

Lenovo Thinkpad X-61 発売は2008年3月の機種です。

当時の発売価格は約22万円です。

5年落ちの商品として私と出会いました。

メモリーを最大に増設して、バッテリーの交換やOS、ハードディスクの換装など

その都度 改善して使ってきました。

このパソコンがあるおかげで、仕事の効率はグッとあがりました。

なにせ、私の記憶が曖昧になっても記録されているデータが私を支えてくれます。

私にとってはなくてはならない大切な相棒なのです。

 

 あーっ、CPUファンか。 そう簡単には手が届かない場所だ。

いずれ、画面に「ファンエラー」などという文字が現れて起動しなくなるはずです。

まずい! このままだとパソコンは死んでしまうかもしれません。

まいったなぁ。 などと思いながら、あんパンをかじりながら今後どうするかを

考えていました。

 

 そして、後日 私の相棒の大手術に踏み切ることにしました!

 

 悪いところがあるならば、新品の部品と交換すればいいだけです。

しかし、今回はメモリーを増やすとかハードディスクの換装のように単純なものではあり

ません。

CPUファンの交換はパソコンの内部まで一度分解しなくてはなりません。

場合によってはパソコンの命を絶ってしまうかもしれません。

すべては私の技術にかかっているのです!  (ダメかも・・)

 

 以前、機械式腕時計の調整をしていて内部を見ていたら面白くなって、そのまま

分解してしまった事があります。

「へぇー、こんな部品でこの歯車を回しているんだ! 面白いなぁ」

などと次々と部品をはずしているうちに、何がどこの部品か分からなくなり分解していた

はずの作業が、ただ単に壊してしまったという苦い経験があります。(おバカさんですね!)

 

 同じ失敗はしたくはありません!

 

 今回はそうならないように、慎重にどこの場所のネジなのかどんな風に組み込まれて

いるのか写真やメモを撮りながら分解していくことにしました。

分解をして、CPUファンを新品に交換できたら、今度は同じ工程を逆に戻ってくれば問題

は解消されるはずです。 

 

 早速、新品のCPUファンをオークションで落札しました。

 

 値段は600円です。  とてもお手ごろな価格です。

メーカーに修理に出せば工賃だけでも8000円近くかかるはずです。

1万円コースか? 600円コースか?  

メーカーに修理をお願いすれば確実にパソコンは復帰します。

しかし、見積もりやら修理期間やらと時間とお金がかかります。

 自分でやれば、失敗するかもしれません。

でも、うまくいけば最低限の費用で復帰ができます。

 

 私の選択は600円コースしかありません。 

がんばれ! 600円の男!!(安っ!)

 

 では、始めます!

精神を集中して、パソコンの分解をはじめましょう!

 

 まずは、作業中のショートを防ぐためにAC電源コードとバッテリーパックを取り外し

ます。

 

 次はキーボードをはずしましょう。

このメーカーのパソコンは基本的に分解される事を前提に作られているような

パソコンです。 

 

 裏面を見るとキーボードのマークが見える部分のネジをはずしていきます。 

 

 キーボードを固定しているネジは全部で4本です。  

<ネジを緩める時は反時計周り、締める時は時計回り>です。

ネジをはずしたら、キーボードを手前側から液晶パネルのある方向にじわっと押す

ように力を入れるとキーボードの下側に隙間が出来ます。

そこから、ゆっくりと上に持ち上げます。 

 

 キーボードケーブルをシステムボードから取り外します。

力まかせに引っ張っていけません。

引っ張りあげるための、とってがあるので、そこを持ってやさしく上に持ち上げれば

取りはずせます。

 キーボードをとりはずせました。  簡単ですね。

 

 今度はキーボードの周りにある、上部ケースをはずします。

 

 この場合もキーボードと同様に裏面に四角い上部カバーのアイコンがついた部分のネジを

はずします。 6本のネジをはずすことになります。

ディスプレイに近い方の上部ケースを上に持ち上げながら、パームレストを自分に引き寄

せるようにずらすとケースを留めているツメがはずれます。

 パコッ。 ねっ。 

 ハードディスクを取り外しましょう。

 

 右側にハードディスクが納まっています。

裏面のネジを1本はずし、細いカバーを湾曲させながらはずし、あとはゆっくり

とハードディスクを引き抜きます。

 

 

 2.5インチのハードディスクが出て来ました。

このハードディスクは2つ目です。 

私の頭脳よりはるかに高い記憶力が、情報をぎっしりと留めてくれています。

 

 金属カバーをはずします。

 

 

 電源端子、モジュラー端子もはずします。

カバーの手前のツメを押して上の方向に持ち上げると簡単にカバーは外れます。

 

 あとは挟まっている、電源端子モジュラー端子もはずします。

 

 ケーブル類をシステムボードに固定してあるテープ類もきれいにはがします。

 

 システムボードと様々な部品とをつなぐケーブルをはずしていきます。

まずは、無線LANカードとつながっているアンテナケーブルをはずします。

 

 グレーのケーブルと黒のケーブル2本です。

ケーブルを持って引っ張るのではなく、端子を確実に持って上に持ち上げます。

はずしたものはいずれ、すべてを元に戻すことになります。

曲げたり、欠けたりさせないように慎重に扱います。

 

  他のケーブルも全部はずします。

MDCのケーブル、これもコネクタの部分を持って引っ張ります。

スピーカーケーブル、液晶パネルのケーブルなどシステムボードから全部はずします。

 

 

 

 目指すCPUファンが確認できました。

もう少しで交換できます!

システムボードをはずします。

 

 それにしても、よくこれだけのスペースにすべてが収まっているものですね。

日本の電子技術は世界のトップクラスです。 おみごとです!

 

 CPUファンは4本の小さなネジで固定されています。

それをはずして新品のファンと交換です!

 CPUファンは、ほこりまみれになっていました。

熱を受けながら、ずっと回転を続けてきてかなり痛んでいます。

愛機の異音は私へのSOS信号だったのですね。

「ずいぶん、がんばりましたね!」  「とても偉いですよ!」

 

 隙間埋めのシールを接続面と側面に貼り付けます。 

風漏れと消音の働きがあります。

 

 あとは来た道を間違えないで戻ることが出来れば完了です。

 

 せっかく、キーボードをはずしてあるのでこの機会に小さなゴミやホコリを綿棒など

を使って取り除いておきましょう。

 

 慣れた人であれば40分くらいでできるようですが、私は4時間かかりました。

ゆっくりと確実に、ひとつひとつの工程を記録に残し、写真を撮ったりしたためです。

それにしても時間がかかりました・・。

(あっ途中でお腹が空いたのでコーヒーを入れてバナナやクリームパンを食べたしね)

 

 パソコンの電源を入れてみます。

電源ランプが点灯してハードディスクのアイコンランプが点滅しています。

データを読み込んでいます。

やる気充分のようです。

 

 CPUファンからの異音はなくなりました。

静かに回転しています。

今回の分解では、ネジが1つ余るとか足りなくなるということもなく

無事に終えることが出来ました。 よかったです。 

 

 CPUファン交換を経て何日か経ちました。

愛機は、とてもいい状態を維持しています。

これでまたあと数年は私を支えてくれるはずです。

 

 コメントをいただいても、すぐにお返事が出来ないと思います。

ごめんなさいです。 

 

 

 夏が終わりに近づいた頃、帰省しました。

まずはお墓参りです。 もう、みんな十万億土の彼方へ戻ってしまいましたね。

「遅くなりました。すみません・・」 最近は謝ることが多いです。

以前は何年も実家に来なかった時期もあります。

その頃と比べたら、来ているだけいいと思うのですが、そんなことを言っても許されないの

でしょうね。

 

 家のお墓と本家のお墓にも行きます。  

この場所は緑が多く、落ち着きます。

 

  私の気に入っている場所のひとつです。

 

  本家のお墓の手前に総本家のお墓があります。

広いスペースがとられてあり、墓石がずらりと並んでいます。

 

  この辺に私のルーツがあるということになります。

向かって左側から古い順に並んでいます。

墓石が崩れて文字を確認出来ません。

はじっこから3つめになりなんとか読める文字が確認できました。

 

  宝永元年と刻まれています。

西暦1704年です。 ほぉぉ、江戸時代が始まって101年目ということになります。

5代目将軍 綱吉の時代です。 

 治世をおさめていた前半は善政の時代といわれています。

しかし、後半 綱吉は儒学に大きく影響を受けます。

その時代に生まれた法令に生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)というものがありま

す。 後に「悪政」と言われる元となった法令です。

元禄期に制定された殺生を禁止したお触れ(法令)で、犬や、牛、馬、小鳥は妙に大事に

されていました。

 こんなことがあったようです。

貞享4年(1687年)4月30日 持筒頭下役人が鳩に投石したため遠流処分。

貞享4年(1687年)6月26日 多々越甚太夫(旗本・秋田采女季品の家臣)

     が徳川家綱の命日である5月8日に吹矢でツバメを撃ったため死罪。

     これに参加した同僚の山本兵衛は八丈島へ流罪。

元禄2年(1689年)2月27日 病馬を捨てたとして陪臣14名 農民25名が

     神津島へ流罪。

元禄8年(1695年)10月16日 鉄砲で鳥を殺し、その鳥で商売をしたとして

大阪与力はじめ10人が切腹、1人が死罪。 

                                               ( wiki )

 などなど、ありました。   信じられないほど厳しい処罰です。

 

 崩れた墓石は何も語ってくれません。

置かれてから何百年とその場所にじっと佇んできました。

ご先祖様たちは私を見て笑っているでしょうか、悲しんでいるでしょうか、

「末裔がコレか!? 情けない!」 「まともな奴はいないのか!?」

いろいろと勝手な事を言っているはずです。

 

   会話に参加してみたくなります。

安土桃山、江戸時代と生きぬいてきたご先祖様たちに、その時代の話を聞いてみたいです。  伝えられていることは事実なのかどうか。

政権の中央ではないにしろ、時代の片隅で法令をどのように受け止めていたのか。

何が楽しくて、何が悲しかったのか話をしてみたいです。

( いずれその機会は訪れると思うのですが・・今は無理なんでしょうね。 ) 

 

 

 約3か月振りに「Kei」さんと再会出来ました。

彼女のお名前は「SUZUKI Kei」さんです。

私が惚れ込んでいる、色白の可愛い彼女です。

軽の車です。  走行距離は私が運転しているときに15万キロを越えました。

 

 

  地球一周(赤道の距離)は約4万キロです。

おっ、3.75周していることになりますよ。

ずいぶん走ったものです。(5月に14万キロ越えの走行距離で家にきました。)

故障や部品交換はあったと思いますが、今までがんばってきましたね。 

偉いぞ!Kei さん!

今回の帰省で楽しみにしていることがありました。

彼女にお化粧をしてあげることです。

 リアのドアに付けられた元々のエンブレムはシールでした。

 

  それはそれで、純正のオリジナルなので格好いいと思うのですが、半分以上がはがれています。

 なんとかしようと思い、オークションでピカピカのエンブレムを落札しました。

自分の手で車に付けたいと思い、ずっと今回のチャンスを待っていたのです。

 

 ねっ。 きれいになりましたね! 

眼をみはるほど美しい後姿です。

Keiの文字の大きさはぴったりだったのですが、SUZUKIの文字が大きすぎました。

別にサイズの小さいものを求めました。 

あまった大きいサイズのエンブレムはサイドに付けました。

 

 こんな所にSUZUKIのエンブレムを付けている車は世界中でこの車Keiさんだけです。

  ハッ、ハッ、ハッ!    横顔も素敵ですよ! (アホですね!)

 

 そして、かねてからの懸案事項であった降雪対策として今回思い切ったことをしました。

なんと、無理やり、車を留めるスペースの上に屋根を作りました!

 「よし、今日はKeiさんの上に屋根を作る!」 

父 「はぁ!?」

私 「まかせておけ! 野郎ども 持ち場につけ! とりかかれぃ!」

 「急に言われても・・ぶつぶつ」

 

 父はあまり、やる気は見せませんが、基本的には器用な人で何かモノを作るということに

関しては人並み外れた知恵と技術を持っています。

 

 現場で大体の完成予想図を話し合います。

材料はどうするか、柱を立てる位置は、高さは、傾斜は、屋根の構造と素材はと、きめ細かく決めていきます。

 柱は鉄パイプで作ります。 

よく工事現場などで簡易的に足場を作る時に使われるものです。

屋根は角材と板とを敷いてその上にトタンを敷くことにしました。

材料はすべて、家の周辺に保管されているもので間に合わせることにしました。

 作業1日目。 

柱は私が担当します。 鉄パイプで柱を立てて最終的には数箇所にかすがいをかけ

ることにしました。

 

  釘は一切使いません。

 

  鉄パイプをつなぐのはジョイントだけです。 固定ジョイントと自在ジョイントの

2種類あります。 

専用の工具を使えば簡単にパイプをつなぎ合わせていくことが出来ます。

 

  キュキュとネジを締め付けていけば固定されていきます。

鉄パイプが長過ぎれば、ちょん切ります。  

鉄を切る工具も家にはありました。

 

 

  いろいろな工具がある家です。 

半日かけて、柱は立ちました。

 

 

 

  いい加減に疲れたので、今日はここまでにしました。

 

 翌日、気分転換にドライブがてら魚とりに出かけました。

とてもいい、水路があるのです。  場所は秘密です。 

 

 

 

 

  ここにはタナゴと元気なドジョウが暮らしています。

 

  ホタルが幼虫時代に食べるカワニナという貝もいます。

 

 

  近隣の田んぼはこれから黄金色に変わろうとしています。

 

  あと、1か月ほどで稲刈りが始まります。

おいしいお米がまさに今、生まれつつあります。

 

 

作業2日目。

今日でKeiさんの車庫を完成させます。

天井というか屋根を作ります。 棟上ですね。

 

  角材をパイプの上に載せて固定します。

今度は板をその上に置いてそれぞれを固定します。

その上にトタンを打ち付けていきます。

 角材と板は私が置きましたが、トタンはすべて父が釘を打ち付けました。

始めたら面白くなったようで、全然 下に下りてきません。

 

 私は下で棒を持って「落ちるなよー」とか言いながら、ストレッチをしていました。

 

 で、完成です。  制作費ゼロ円!!! 

   見た目は、かなりビンボーくさいです。

今の時代、これだけ粗末な車庫を見つけるのは至難の業だと思います。

おそらく40年位前の時代の雰囲気をかもし出しています。 

別な言い方をすれば、レトロっぽくていい とも言えそうです。

昭和ですね。 

オリジナリティーがあって気に入っています。

壁がない分、強度は劣りますが、少なくても降雪の問題は解消されるはずです。

                                                          (↑かつての愛車 vivio  660)

  Keiさん、よかったね。 

 

 

 6月に作った畑が豊作祭りになっていました。

ナス、トマト、ミニトマト、キュウリ、ツルムラサキ、すべてが順調に育っていました。

                                                           (6月 畑 完成時)

 

 

 

 

 

   サトイモは、まだ これからですね。

 

 自分の家で食べるものが手に入るのはすごく贅沢な感じがします。

味もすこぶるいいし、みずみずしくておいしかったです。

 キュウリ、トマトはそのままサラダに、ナス、ツルムラサキは炒めたり、おみそ汁に入れたりして食べました。

やはり、畑を作ってよかったです。 

 

 

 

 

 

  福島 飯坂温泉の「いづみや」さんにまたお世話になりました。

 

 食事なしの素泊まりで宿泊しても、夜の時間には「冷やしうどん」「ハヤシライス」

が用意されて、朝には「おかゆ」「コーヒー」まで用意されます。

                                  (↑冷やしうどんとハヤシライス)

 

                           (おかゆとホットコーヒー)

 

 先着順でなくなり次第終了ですが、こんなサービスをしてくれる宿は他に知りませ

ん。

 

  食事を堪能したい方には向きませんが、とりあえず安くあげて、温泉に浸かりたい

という方にはお勧めです。

 

 福島駅の下にあるパン屋さんで、カメパンに次いで 新しいパンが発売されていました。

赤いパンが見えたので何だろうと近づいてみたら、「あかべこ」と書いていました。

 

 ウシパンですね。

 

 いろいろと楽しませてくれるパン屋さんです。

 

 

 福島駅のホームの下にある「極楽湯」に久し振りに行きました。

 

 やはり、ここは落ち着きます。

会員になっていると、入湯料や食事代が大幅に割引になります。

 

 食事も味付けがよくて、とてもおいしいです。

のんびりと出来て、まさに「極楽」です。

 

 

                                   (↑ソースカツ丼とオニオンリング)

 

 他にもいろいろな出来事がありましたが、すべてを書いていたら収拾がつかなくなるの

でこのへんでやめておきます。

              ( 「ひよこ」のおばちゃんのところへ  仲間が増えていました! )

 

                              ( 私がよく行く スーパー銭湯 )

 

              (おちゃめな妹 可愛さ パワーアップ!?)

                                   (私の手作り アンクレット)  

 

 

 単なる2017年 夏の備忘録のような内容になってしまいました。

お付き合いくださいまして、ありがとうございました。

 

 私の休暇は終わり、これから日常に戻ります。

 

 次に帰省出来るのは年末になると思います。

雪景色の中でKeiさんが私を迎えてくれるはずです。 

 

 大分での仕事が無事に終わりました。

予想通り、つらかったなぁ。

                            (大分市から豊予海峡をはさみ高島、その左奥は四国の愛媛 wiki)

 

  作業量が多いので稼働時間を長くしないと終われませんでした。  トホトホ。

でも、一日に2度 夜と朝に温泉に入っていました。

まるで温泉宿に泊まりながら過ごす、湯治をしているかのようでした。

温泉の効果があったのかもしれません。

左腕にずっと痛みがあって、動かすと激痛が走っていたのですがその痛みがなくなり

楽に動かせるようになりました。 

わーぃ! これで病院へ行かなくて済みそうだ!

 

  朝食はホテルの無料朝食がでるので、普通のごはんを食べていましたが、それ以外は

ほとんど、ファミリーマートのお弁当でした。

毎昼、毎夜 コンビニです。

 

  さすがに飽きるものですね。 

 

  わーぃ! Tポイントがずいぶんたまったぞ! 

 

 今回、おいしい飲み物をみつけました。

この画像の右に見える「カフェオレ」です。 

  すごくおいしかったですよ。

ほぼ、毎日これを飲んでいました。

 

 で、仕事がすべて終わった翌日、私は早朝の5時半に起きてまず朝風呂に入り、

それから、みなさまのところにちょっとおじゃまして、7時に朝食をとり

(たまごかけご飯を2杯食べました。)8時にはホテルをチェックアウトしました。

本来であれば、それほど急ぐこともなく のんびりと商店街などを散策しておみやげを買う

などしてから東京に戻ればいいのですが、今回はちょっと違いました。

 

 大分に入った時から、私の遺伝子がざわつきだしていたのです。

大分に来た理由は、仕事をするためだけではありませんでした。

もちろん、メインは仕事ですからやるべきことはきっちりと完了させます。

しかし、それ以外に私には重大な任務があったのです。

はっ、はっ、はっ!

 

 2017年8月26日 ホテルを出てまもなくすると雨が本格的に降りだしました。

深夜から降りだした雨は九州の北部をかすめ、本州、東北と広範囲に渡っていました。

やめてほしいです。

大分に来てから、ずっと晴天でした。

関東や東北が大雨でも大分はずっと晴れあがっていました。

なぜ、今日に限って雨が降るんだ!

でも、こればかりはなんともなりません。

本当は晴天の中で実践したかったです! 

 

 大分駅から日豊本線の普通列車に乗ります。

 

  佐伯(さいき)・幸崎(こうざき)方面です。 

私の目的地は「坂ノ市(さかのいち)駅」です。(運賃は片道 大人280円です)

 

  大分から東京へ戻るには列車での移動であれば、大分から小倉へ、小倉から新幹線

で東京までです。 

 「坂ノ市駅」は小倉駅とは正反対の方向になります。

いいのか! 本当にまっすぐ帰らなくてもいいのか! どんどん遠くなるだけだぞ!

自問自答しますが、もちろん 答えは決まっています!

 

 

 依然として雨です。

「晴れてくれないだろうか・・」 「少しだけでもいい・・一瞬だけでもいい」

しかし、雨は降り続けています。

 

  晴れそうにありません。 「まぁ、雨の日もあっただろうからいいか・・」

 

 大分駅から「坂ノ市駅」は列車に乗ってから20分ほどで到着します。

私のすべきことは、この駅で降りて、この町の風景を見て、

<何を感じるのかを検証すること>なのです。 

 

 大分は初めて来た土地です。

当然、「坂ノ市駅」も私は何も知りません。

しかし、初めてみる景色でも場合によっては「懐かしい」と思うかもしれません。

海岸が近いはずです。  潮の香りがするでしょうか。 私の嗅覚は時として異常に機能

を発揮します。 潮の香りの中で時間をさかのぼることが出来るかもしれません。

 

 気のせいか、私の遺伝子がさらに激しくざわつき始めました。 

いよいよです

 

 以前、父から何度か聞いた話がありました。

父が若いころ、九州の大分で働いていた時期があるということでした。

場所は駅で言うと「坂ノ市駅」です。 19歳頃と聞いていました。

期間は3年間ほど。 職種は電気の配線の仕事だったそうです。

会社の名前は「渡辺電機」と聞きました。

 

 今回の大分への出張のお仕事が入った時に真っ先に頭に浮かんだことは、この機会に

「坂ノ市駅」まで行ってみたい ということでした。

実際に父が若いころに暮らした町を見てみたい。 

身体を通して感じたい。 という思いでした。

 そして、一番の目的は私の遺伝子が父の若いころの記憶を継承しているかどうかの

検証をする ということでした。

こんなチャンスはめったにありません。

父が若いころに見た景色が父の細胞の中に宿り、その記憶が私の細胞へと受け継がれてい

るかもしれないのです。  試してみたい。 と思ったわけです。

 

 私は前々回の記事で「プラナリア」が1つの身体が細かく切断されても再生するという

話を書きました。

                                                                             (動物トリビアんワールドHPより)

 

   そして、記憶までもが受け継がれることも書きました。

その数日後、テレビで心臓移植した人が提供をしてくれた方の記憶が受け継がれて

いるというような内容の番組を見ました。

「こ、これは プラナリアの例と一緒だ!」 「記憶を留めるのは脳だけではない。

細胞の中に記憶は宿るのだ!」と私は確信したわけです。

で、あるならば・・父の細胞に刻まれた記憶が遺伝子の中に組み込まれ、私の身体の

中にも記憶が継承されている可能性があるのです。

 

 雨の中、列車は「坂ノ市駅」へ到着しました。

ホームは1本だけです。

 

 

 

 

 

  その両側にのぼりとくだりの列車が停車します。

階段を使い片側の線路の上をまたぐような形で改札口とを結んでいます。

 

   線路の上を歩く橋の上から町のはじっこにそびえる山並みが見えました。

 

   こぶりな山がいくつか連なって見えます。

特徴があると言えば、それが特徴なのでしょうが、眼を凝らしてみても私の心に変化は

何も起きませんでした。

この景色は初めて見る 山並みだけを見ていると群馬の磯部とちょっと雰囲気が似ています。

けれども、町の規模もよくわかりません。

大きな違いはこの町には海があるということです。

 

 海を目指すことにしました。

駅員さんに聞いたら、「海はすぐそこですから」と言いました。

私が「海水浴場とか砂浜のある場所は近くにありますか?」

と聞くと、少し表情が変わりました。

「うーん・・近くにはないと思います」

「わかりました。 ありがとうございます」

 

 とにかく、海はすぐ近くにあるはずです。

行ってみた方が早そうだ。 海までの道を尋ねてすぐに駅を出ました。

 

 駅を出て、左手へ。 

住宅地の間の道を歩きます。

古めかしい建物は一切ありません。

 

  戸建てや集合住宅などが軒を連ねています。

線路をまたぐバイパスにぶつかります。

その上から町を見ます。 

 

                                 (↑ バイパスの上から坂ノ市駅のある方向を見ています)

 

   相変わらず、先がとんがっているこぶりな山がいくつか眼に入ります。

それほど大きくない山のかたまりが所々に確認できます。

 

  可愛い山が連なっているということか。

 しばらく眺めてみるのですが、これといって私の気持ちに何か変化が起きることはあり

ませんでした。

                             (↑ バイパスの上から見えた 山並み)

 

  ただ、純粋に初めてみる風景を認識している感じです。

 

 「懐かしくはないのか!?」       「デジャブ感はないのか!?」 

「以前、この景色を見ているだろう!?」   「気合を入れて よーく見ろ!」

 

「ないっ!」  まったく初めてみる景色です。 

 

 

 海に行こう。 

父の話では休みの日は友達と浜辺に行って遊んだそうです。

砂浜の穴をみつけて、その中に塩を入れるのだそうです。

すると、不思議なことにその穴の中から貝が出てくるという話でした。

その貝は「マテ貝」です。

蒸して食べたという話を聞きました。

 

 私はマテ貝を知りませんでした。

居酒屋のメニューに「マテ貝」を見つけたときはうれしかったです。

こんな貝なんだ。

                     (↑ 居酒屋で食べた マテ貝のバターソテー  680円 )

  塩を入れると穴から出てくるのか、面白いだろうな。

砂浜に行って、穴を見つけて同じことをしようと考えていました。

塩も用意していたのです。

 

                             (↑ ホテルの食堂で手に入れた 食塩)

 

 砂浜に出られて、貝の穴を見つけられたら、雨が降っていても実践しようと

思っていました。

            (↑ バイパスの上から 海岸方向を見る うっすらと海が見えました)

 

 海へは歩き出して10分ほどで出ることが出来ました。

 

  けれども、砂浜がありません。

海に出てからは右方向に進むことにしました。

左手には海があるのですが、延々と船が係留されてあります。

  その向こうは埋立地でしょうか。 草木がじゃまをして海を確認できません。

どこまで続くのだろう。

 延々と、歩いても 歩いても同じような景観が続きます。

 

 

 雨はずっと降っています。

靴はいつしか、びしょ濡れ、ズボンもひざ下はびしょ濡れの状態になりました。

デイバッグにはパソコンが入っています。

防水のカバーは使っていません。  まずいなぁ。 濡らしたくない。

もうひとつ、大きめのバッグを持っています。

雨の水分を吸い、黒いバッグがさらに黒くなっています。

中には仕事の資料や着替えが入っています。

まぁ、こっちは濡れてもいいや。

とにかく、パソコンだけは守ろう。

 

 

 

 

  1時間近く歩いて、やっとボートの係留がなくなりました。

細い道が目の前に続いています。

そして、港で感じる潮の香りが漂い始めました。

 不思議なことでしたが、この場所に来るまで潮の香りは感じませんでした。

周りが港ではなく、ボートを係留していただけだったのが原因だったように思います。

潮の香りとか海の匂いとかいうのは結局、何かが腐ったにおいです。

港などで感じる潮(磯)の香りというのは、魚を捕る網に何か腐るものが付いたまま天日

干しされてあったりするのが原因です。

 よく見ると船を陸上に揚げる場所のようです。

海中の植物や生物も一緒に陸に揚げられて腐っているのだと思います。

このあたり一帯は漁港でもなく、工場がある地帯のようでした。

 

  途中あった看板には「三井造船」の文字がありました。

大きな道路とそれらの工場がある場所は橋でつながっていて、頻繁に大型のトラックが

出入りしていました。

 

 で、潮の香りをやっと確認できたのですが、その中に特別な感情は湧いてきませんで

した。  

ただ、どこかの港でかいだことのある あの匂いでしかありません。

うーん、私の遺伝子や細胞はどうしたのでしょうか?

すべてが、ただ初めての場所だと認識しているだけです。

 

 やはり、細胞に記憶が継承されることはあり得ないのでしょうか。

「あり得るのか、あり得ないのか」言い切るにはまだ早すぎます。

サンプルが1つだけですからね。

 

 道なりに先に進みます。

 

  私道である事を書いた看板が立てられています。

内容は「この道で事故が起こっても一切の責任は負わない。」

なぜ、わざわざこんなことを 書いて出しているのでしょうか。

以前、事故って何かもめたことがあったのかもしれません。

 

 ずっと、同じような景観でしたが、ここに来てちょっと様変わりしました。

駐車場があり、テトラポットがあり、その先に海が広がっています。
 

 

 そして砂浜が少し確認出来ました。

狭いですが、砂浜はありました。

 

 あまり、きれいな砂浜ではないように見えました。

無理をすれば、行けなくもない場所でしたが、無理はしません。

 

 私の事ですからテトラポットの上を移動しているうちに落ちるでしょう。

大ケガをして動けなくなり、そのまま死んでしまうかもしれません。

 

  カニの餌食になってしまうことでしょう。 

 

 目の前に砂浜を見ても、私の心に変化は起きませんでした。

な―んにも。  何もかも初めての場所だし、初めて見るものばかりです。

 つまらない細胞だなぁ。 遺伝子はどうなっているんだ!

それか こんなものなのかなぁ。 

 

 雨はやむこともなく、私の体は下半身はほぼ、水浸しの状態になっています。

細胞に記憶が宿っているのかどうか以前に、単純に気持ちが悪いです。

 

 雨の中を重い荷物を持って傘を差して歩くのは疲れます。

 歩き始めてから1時間以上は経っています。

大分駅に14時まで戻れば、それほど遅くならない時間に家に帰れます。

そろそろ、検証を終えなければなりません。

 

 結果です。

私が望むような、いい結果は出せませんでした。

何もかも新鮮で、見るのが初めての場所でした!

(冷静に考えてみれば あたりまえですよね)

 

 でも父には思い出の場所の最新の写真を見せてあげることが出来ます。

それだけで十分なのかもしれません。

時代を経て、同じ土地に対しての思いを親子で共有できるのです。

 

 雨の中を歩いた見知らぬ土地は私にとっても、印象深い場所になりました。

できるだけ、風景を目に焼き付けたつもりです。  

生きている限り忘れないでいられたらいいなと思います。

 

 行きの運賃はパスモ(カード)で支払いましたが、帰りは坂ノ市駅で切符を買いました。

 

 

  今回の出張では誰にもおみやげが買えませんでした。

ただ、来て仕事をしていただけです。 (遊びではないのでそれでいいのでしょうけど)

  大分駅の改札の横の窓口で事情を話して、「この切符を記念に持ち帰りたい」と話したら

快く 乗車記念のスタンプを押してくれました。

 

  この切符は父に預けます。

 

 

 

 ずっと降り続いていた雨は小倉に着いた時にはもう止んでいて、ホームから見上げた空に

は気持ちのいい青空が見えていました。  

 

                     最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

2017年8月18日(金) 私は珍しく独りで居酒屋にいました。

 

「はーい、活きづくり お待ちどうさまでーす!」

「ありがとうございます」

 

「うーむ、こ、これが最高級のブランド魚か」

皿の上の切り身を見ると分厚く切っているにもかかわらず、透明感があります。

艶もあります。

 

 小皿に醤油を入れて大きめの皿のはじっこに置かれたワサビをちょっと箸でつまみ

魚の切り身に載せます。

そして、醤油をちょっとつけて口に運びました。

「んっ・・・歯ごたえがある」

噛んでいると口の中にまろやかな甘みが湧き出てきます。

「確かにうまい! この歯ごたえは身が新鮮な証拠だ」 

 私はこの日、生まれて初めて「関(せき)アジ」を食べました! 

 

この地に来たら、必ず食べようと心に決めていたのです。

「関アジと関サバ」それに「とり天」という料理です。

 

 この3品でどこの特産品かお分かりの方も多いと思います。

そうなんです。

私は今、大分にいます!

出張でやってきました。

しばらく、ここにいます。(本音としては、はやく帰りたいです)

 

 この仕事がこの夏の最後の仕事です。

無事に終われば、少し休めます。

 

 

 朝、みなさんのブログにちょっとおじゃましてから新幹線に乗りました。

 

 久し振りの東海道新幹線「のぞみ」です。

座席の足元がすごく広いです。

 

 いつも乗っている山形新幹線の「つばさ」と比べると20センチほど広いです。

ゆったり出来ていいなぁ。

 

 途中富士山は見えるかな?と思ったのですが曇っていて見えませんでした。 残念。

京都に着いて、やたら、キョロキョロしていたのは私です。

 

 「近くまで来ているよ!」と心の中で言いましたが聞こえるわけはないですよね。

まぁ、いいか。

 

 

 新大阪・広島を経て、小倉(こくら)で乗り換えです。

 

 

 特急ソニック31号に乗り換えました。

 

 

 車両すべてが青いです。

それも、やや濃いめの色なので、パッと見ると「重量感がある印象です」

             ( ↑ ソニックの車内のドアはガラス張りです とてもしゃれています )

 

  小倉で見かけた他の車両の全面は赤と黒の2色でした。

 

 あまり、見ないカラーリングだと思いました。

濃淡など甘ったるいものはなく、ズバッと濃い色というのが九州的なのでしょうか?  

 

 別府を経て、目的地の「大分」です。

 

 隣のホームには派手な列車が停車していました。 何なのでしょうね。

 

 遂に来たぞ! 生まれて初めて来た土地です。

見るものすべてが、初めてなのですべてが新鮮です。

途中までは進行方向、右側は山ばかりでした。

左側は田んぼとたまに見える海。

 

 

 

  ( 一瞬 アメリカかと思いましたが「うさ」という場所に出ていた大きなプレートです )

          (ソニックの座席には切符を入れるための小さなポッケがついています)

                                       ( ↑ 別府駅前です )

のんびりとして、いい場所だと思っていたのですが、大分に着いたら忽然と巨大都市が現れた感じでした。

 

 大きな街ですね。

駅舎もきれいで立派です。 

大友宗麟(おおとも そうりん)公が出迎えてくれました。

 

 今から450年前大友宗麟はフランシスコ・ザビエルと出会います。

それがきっかけで宗麟公はキリスト教と共に異国の文化に強く惹かれていきます。

宗麟公はキリスト教を保護して豊後府内(現在の大分市)をヨーロッパ文化の受け入れ先

として発展させたのだそうです。

 

 このようなことを今日、初めて知りました。  うーん、新鮮だ! 

 

 うわーっ、立派なホテルです。

 

 きれいな部屋だろうなぁ。

 

 うわーっ、普通のホテルです。

 

 私がお世話になるところです。 

でも、大浴場があって、そこは温泉なんですよ! 

                             ( ↑ ホテルのHPより )

 

 さすが大分です!  「おんせん県」と銘打ってPR活動していますからね! 

 

 地味な部屋です。  しょぼ・・。

でも、無線LANがあるからいいかな。

窓を開けると普通の事務所や住宅が目の前に広がっていました。 (・・ですよね)

 

 で、ホテルに荷物を置いて街にむかったわけです。

刺身を食べるのでお寿司屋さんか居酒屋がいいのかな? と思いながら歩いて店を探しま

した。 

      ( ↑ この店にしようかな?と思ったのですが とり天がなかったのでやめました )

 

  食べたいのは「刺身」「とり天」です。

店の前に出ているメニューを見てこの2つが出ている居酒屋に入ることにしたのです。

 

 実は独りで居酒屋に入るのは生まれて初めてのことです。

普段、お酒はほとんど飲みません。

お酒を飲める場所に入ることも、めったにありません。

私もずいぶん大人になったものです。

「どうだ!アダルトだど!」  (おバカさんですね!) 

 

 私はカウンター席に案内されました。

「飲み物は何にしますか?」

「グレープフルーツサワーはありますか?」

「そういうのはちょっと・・置いてないのですが」

「炭酸の入ったものは何がありますか?」

私にメニューを見せながら「この辺のサワーとかになります」

よくわからなかったので「白いサワー」と書かれているものにしました。

 

「うん、おいしい」 カルピスなのかな?

 

 お通しでポテトサラダが来ました。

ポテトの上に載っているのは味噌ではありません。

「ウニ」です。

深い甘みがあり、とてもおいしかったです。

 

「トリの天ぷら」が登場しました。

 

 トリのから揚げではないのです。

「天ぷらなのです」

ポン酢にからしを混ぜて食べてくださいと説明を受けました。

サクサクしていておいしかったです。

「地元の人たちは家庭でも鳥のから揚げは食べないんですか?」

「家庭によってまちまちだと思いますが、食べますよ!」 

 

 メニューで見つけた「マテ貝のバターソテー」も来ました。

 

 ちょっと味は濃い目ですが、珍しいものだろうなぁと思いながら食べました。

日本酒に合いそうな料理でした。

 

 私が注文したのは「関アジの活きづくり(小)」です。

それでも2200円もするんですよ。

 

 関サバも食べたかったのですが、メニューを見ると半身で5000円でした。

なので、今回は関アジ1本にしぼりました。

(初日でお金を使い果たすと明日からの生活に影響します)

 

 「関アジ」というのは地域団体商標登録された名前です。(関サバも同じです)

大分市の目の前にある豊予海峡で漁協の漁師さんによって1本釣りされて佐賀関で水揚げされた魚に対してのブランドなのだそうです。

この海峡は潮が速く網は使えません。

  ( 大分県関崎(左側)と愛媛県佐田岬(右側)とに挟まれる豊予海峡-wiki )

 

 そのために1本釣りです。

釣ったその場で生き締めにしてその日のうちに市場に出ます。

鮮度が高いわけですね。

あれっ? 私が食べたものは活魚の刺身でしたけど・・。

そういうのもあるのですね。

魚1匹1匹に<関アジとか関サバ>と書かれたタグがついているという話だったので

居酒屋でタグを見せてほしいと言ったら、生の魚には付かないと説明されました。

そういうのもあるのですね。

 

 この海域で育った魚は身体をよく動かし、食べ物のプランクトンも豊富なので身体が

大きくなって、身も締まっているのだそうです。

 

 私が食べた刺身は(小)の刺身ですが、大きいものになるとプラス15センチもの大きさになると言っていました。

そういうのもあるのですね。

 

 その土地、土地に特産品は数多く存在します。

大分には地形が作り出した「海の幸」がありました。

すばらしい事ですよね。

 

  この先も長く、いつまでも「関アジ・関サバ」が存在してくれたらいいなと思いながら

ほろ酔いで自分のホテルに戻るのでした。   

                          ( 豊予海峡 手前が関崎で左手奥が佐田岬 右手の島は高島- wiki  )

 もう、満足しました。

後は帰るだけです。  

「この馬鹿者がぁーっ!!」

「まだ、何も仕事していないだろ!」

「働け!」 「へぃ!」

 

  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 みなさま、お久し振りです。

暑い毎日ですが、元気にお過ごしのようでなによりです。

 

 わたくし事で恐縮ですが、最近は土日も休めていません。

今年はお盆休みもありません。  

こんなに働いて何になるのでしょうか?

家と仕事場の往復だけ、朝起きて、みなさまのブログをチェックして

夜、帰ってきて、みなさまのブログをチェックしているうちに気を失う。

ただ、それだけです。

友達と会いたい、釣りに行きたい、サイクリングに出かけたい、キャンプに行きたい、

ボウリングに行きたい! 実家に行って車に乗りたい!

なんも出来ませんなぁー

でも、いいのです。

今年の夏は最大限 稼ぎまくるどー!!! と割り切れば・・。

ハッ、ハッ、ハ!  あーっ、虚しい。

 

 

 「永遠なんてくれてやる!」

 格好いいセリフですよね。

映画「パイレーツ オブ ザ カリビアン」(第4作品目)~生命の泉~ 

の中のキャプテン・ジャック・スパロウの言葉です。

あれ? セリフとしてあったかなぁ? まぁ、いいや。

 

 画像は、DVDかCDBOXの中に入っていたポストカードです。

(もったいなくて開封していません)

私は、このパイレーツ・オブ・ザ・カリビアンの映画がとても好きです。

帆船が好きというのもありますが、大海原で自由に生きる人たちにロマンを感じます。

もちろん全作品のDVDも持っています。

しかも、サントラ盤の豪華CDボックスまで手に入れています。

 

(上の子がパン屋さんでアルバイトをして私の誕生日プレゼントに買ってくれました。 

とても、いい子ですね。)

 

 

 で、「永遠なんて」についてですが、そもそも この世の中に「永遠なんて」ものは

ありえません。

「永遠に続く愛」とか「永遠に生きる生物」などあり得ないはずなのです。

もちろん文学的表現や精神的な表現としてはあるでしょうが、それでも厳密に言えば

「永遠に続(けばいいな)く愛」なのです。 

もし、実際に「永遠」を手に入れてしまったら、どれほど自分の人生がつまらなくなるで

しょうか。

 友達と会っている時間は限られている時間に会えているからこそ、貴重な時間になるわ

けで、永遠に生きていたら いつでも会えるということになり、会っていても楽しめなく

なるのではないでしょうか?

 永遠に続く「若さ」とか「命」もあり得ません。

限られた時間を生きていることで、「かけがえのなさ」が発生しているのです。

 地球も、太陽系も宇宙も永遠に続くものではありません。

私たちの日常の中に存在するもの、目に触れるものすべてに「永遠」なんてあり得ません。

 

 で、私は何を言いたいのか!? 

何を考えているのか?

 

 最近 日々の中で不思議なことに出くわしました。

私の家には水槽がいくつかありまして、その中でメダカやミナミヌマエビ、クチボソ

ドジョウなどが暮らしています。

(タナゴもいたのですが、異常に気温が上がった日に旅立ちました。)

 

 家の中に置いてある水槽は2つです。

そのひとつにはミナミヌマエビだけが暮らしていました。

かわいいエビなので毎日観察しています。

「他の魚は入っていないのでタマゴをつけて繁殖してくれないかなぁ」などと思いながら

水槽を見ているのですが、最近妙なものがガラスの裏側についていることに気が付きまし

た。

 

 体長は5ミリほどです。

色は白っぽいです。

動きは意外に早くクネクネと身体をよじりながら あっちに行ったりこっちに行ったりと

動いています。

薄っぺらいナメクジのような感じにも見えます。

 

「何なのかなぁ 水槽に悪い病気が発生したのかなぁ」と思いつつ、毎日見ていました。

その物体は少しずつではありますが、大きくなっているようにも思えます。

他にもすごく小さいものがいることを確認しました。

少なく見積もっても10匹から15匹くらいの数は確認できました。

 

 新しい生物がいつのまにか水槽の中で発生していたのです。

「いったい、この生物は何なんだ!?」

この、クネクネ感、以前 見たことがあるような気がします。

「そうだ」! あいつだ!」 「間違いない!」

 私の頭に浮かんだのは「プラナリア」という生物です。

                                      (ようこそ「いきもの」HPより)

                                 (動物トリビアんワールドHPより)

 

 だいぶ前のことですが、仕事の関係で「プラナリア」と接したことがありました。

その時のプラナリアは京都大学で研究に使われているものでした。

あまりにも面白い生物なので数匹をわけてもらい、家の水槽で飼育観察したことがありま

す。

けれども、1か月もしないうちにそのプラナリアは消滅してしまいました。

水槽のどこを探してもみつけられませんでした。

あれから、もう何年も経っています。

 

 なぜ、突然 家の水槽に発生しているのでしょうか?

まるで、「生命の泉」のようです。

うちの水槽は生命を生み出す泉なのか!?

 

 記事の冒頭で「永遠」にちょっと触れました。

そして「プラナリア」です。

この関係を察していただけているでしょうか。

 

 何を隠そう、このプラナリアという生物はとんでもない生態を持っているのです。

「永遠の命」を持っている(と言える)生物なのです。

このプラナリアは普通では信じられない<再生能力>を持っています。

                                     (ようこそ「いきもの」HPより)

 例えば、1匹の身体をスパッと切断したとします。

頭がある部分とない部分の2つになりました。

ここからが大変なことになります。

 

 あんれまっ! いつのまにやら、2匹になっています。

なにっ! 普通死んじゃうでしょ!

死なないのです。

死なないどころか増えるのです。

 

 ある学者が1匹のプラナリアを100の断片にしてみたら

そこからそれぞれの断片が再生して100匹になったという逸話があります。

恐ろしい再生能力です。

 そして、ただ単に再生してひとつの身体になるというものではありません。

このプラナリアは脳も持っています。

なんと、記憶までもがすべての身体に引き継がれるという研究報告があります。

(アメリカ・マサチューセッツ州タフツ大学)

 このことから言えることは、必ずしも記憶は脳の中に存在しているわけではなく

細胞の中にあるということになります。

信じられないような話ですが、これは本当の話です。  現実ですよ!

うーん、現代の科学・医学をひっくり返すような結果ですよね。

 

 すごいのは再生能力だけではありません。

繁殖能力もすさまじいのです。

このプラナリアはひとつの身体の中にオスとメスの機能を持っています。

(ミミズなんかもそうなんですよ)

雌雄同体といわれるものです。

でも独りでは繁殖は出来ません。

普通のオスとメスがするような繁殖もしますが、1匹の身体から自分で身体を

切って(自切)増殖もします。

まるで不老不死の身体のようにも思えます。

私の説を否定する生物です。

 

 でも、以前 私の水槽では消滅しました。

「生命の泉」だからでしょうか?

 

 調べてみると意外に繊細な生物で身体を切った時に未消化のものが身体の中に残ってい

ると自分の消化液で死んでしまうそうです。

また、きれいな水じゃないと生きていけません。

みじん切りには耐えられますがつぶされると生きていけないそうです。

 やはり、完全な「永遠」なんてないようです。

 

 この生物の不思議な能力を人間に応用できないかと世界中で研究されています。

いつか、プラナリアが再生医療の中で活躍する時代が訪れるかもしれません。

そんな時代が早くくればいいなぁと切に思います。

 

 私の家の水槽に発生した生物はいったいどこからやってきたのでしょうか?

記憶をたどると生物が発生する2週間ほど前にベランダにある水槽に入っていた

水草を入れました。

その水草は元々はペットショップで購入したものでした。

そうか、ペットショップからやってきたということなんですね。

どうやら、家の水槽は「生命の泉」ではなさそうです。 やっぱりね。

 

 もし、私の目の前におせっかいな神が現れて「永遠の生命」を授けようと言ったとしても私は断ると思います。

「永遠」ほどつまらないものはないと思うからです。

限られた時間で充分です。

その中でどんなことが出来るか、どんな人と会えるか、どんな仕事をするか

どんな生き方をするか そう考えた方が刺激があって楽しいです。

時間は無限ではありません。

 

 私は「あーっ、面白い人生だった」と思いながら旅立つ予定です。

といっても、あと60年くらい後になるかもしれません。

いや、石が落ちてきて頭にあたるかもしれません。

それが明日かもしれないのでなんとも言えませんが、先のことはわかりませんね。

 

 今回の結論です。

キャプテン・ジャック・スパロウのように

「今日をおもいっきり生きよう」です。   

「野郎ども! 持ち場に着け!」 

「水平線まで突き進め!」

 

 

   最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 

  みなさま、お暑うございます。

1週間以上のご無沙汰でした。

毎日、みなさまの所にはちょこちょこお邪魔していましたが記事を読んでいるうちに

気を失ってしまうことが多い毎日でした。

(ただ、単に記事が書けなかったという理由か!?  情けない)

すみません。

(いいか! 耳をかっぽじってよく聞けよ!

人気ブロガーというものは自分の寝る間も惜しんで記事を出しているんだぞ!)

無理です! 寝たいです。 

(そうなのか! 所詮 お前はてっぺんをとれない男だな!)

今のままで充分だと思っています。 

Choco人生の中では、すでにてっぺん状態です。

(上には上があるんだよ! お前は井の中のかわずだ!)

「かわず」って漢字で書くと河津ですか?

早春の桜が美しい名所ですよね?

(まるっきり わかっとらんな! まぁこの暑さでは無理もないか・・)

 

 次は何の記事を書こうかな?

なんか、面白いことないかなぁ?

 

 20年以上、使っていた大型冷蔵庫が壊れてしまって新しいものが家に届くまで

の様子を記事にしようかなと思っていました。

暑いのに、家の中に冷たい飲み物がない! チョコアイスが溶けている!

わざわざ実家から持ってきていた「高麗人参」をミキサーで細かくしたものにカビ

が生えた! 牛乳・ヨーグルトを置けない! 今までの日常が完全に崩れた。

冷蔵庫のことを言わないでおいて、彼女に擬人化して話を進めれば長い間一緒に

暮らした女性が何の挨拶もなく、私の元から去っていくというドラマになります。

妄想を膨らまして考えてみたのですが、うまい「オチ」が見つかりませんでした。

               (現在 私の生活を支えてくれている冷蔵庫です)

 

 人間にとっての冷蔵技術が作り出した「現在の文明」という路線も考えましたが

うまくまとめられる自信がなかったので、結局 没にしました。

 

 で、時期的にお子様たちは夏休みなので自由研究の手助けになるような

ものを提示できれば少しは世の中のためになるかなぁとも考えていました。

 海岸で歩いているヤドカリを飼育して、背負っている貝の交換の様子を

観察できれば、ものすごい衝撃的な記録になるはずです。

ヤドカリの真の姿を知っていますか?

                                                      (参考過去画像 八丈島  また行きたいにゃぁ)

 

 私は大人になってから、この姿を目の当たりにしました。

「えっ!そ、そんな構造の身体だったのか!?」 

衝撃的ですが、研究の域まではたどりつけませんね・・。

 

 では、井の中の河津 蛙らしく 井戸がらみで考えてみましょうか。

 

 私は古い井戸の底でのんびりと暮らしているカエルです。

LAN回線がつながっているのでyoutubeも見られます。

「吉本新喜劇」を見たり「yahooのオークション」にも参加します。 

 

 ある日、おせっかいな人間がこの井戸をみつけました。

そして、私のこともみつけて長いロープを垂らしてそれにつかまれば

「地上に出してあげる」と言うのです。

私は一度 断りましたが、しつこく言うので助けられてあげることにしました。

おせっかいな人間の足元には石が1個転がっていました。

 

 ここで問題です。

どれだけの長さのロープが必要でしょうか?

 

 おせっかいな人間は石を井戸の中に落とすことでしょう。

これで大体の井戸の深さは分かります。

けれども、おおまかな数字でしかありませんよね。

 

 正確な数字が知りたいです。

さぁ、どうしますか?

 こんな時に便利な式がありますよ!

 

 

 これです!

二分の一 g×t二乗    あれ、うまく書けない。

こうかな? h=1/2gt^2(^2は二乗のことです) 

 

hは高さです。   gは重力加速度(9.8)  tは時間です。

 

tに入れられる数字が分かれば、この数式から高さを導き出すことが出来ます。

 

 この場合、石を井戸に落として底に着くまでにかかった時間になります。

 

 じゃ、やってみましょう!

 

 おーらよっと!  1秒、2秒、ポテッ! (ウンギャー) 

井戸の底までの時間は2秒でした。

 

tの所には2という数字が入りましたね。

2の二乗は 2×2 で 4になりますね。

その4に重力加速度の9.8を掛けましょう。 

この数字は定数です。 

地球の地表近くで、自由落下であればどこでも同じ数字の9.8になります。

39.2になりました。

二分の一なので 39.2を2で割ると・・・19.6になりました。

 これがh 高さの値になります。

必要なロープの長さは 19.6m ということになります。

 

 さぁ、蛙は無理やり助けられたのでしょうか?

実は助けられませんでした。

ロープの長さが足りなかったわけでもありません。

おせっかいな人間が石を落とした時に石がカエルの頭に当たり、カエルは

気を失ってしまいました。

 

 おせっかいな人間が立ち去った後にカエルは気を取戻し、何事もなかったかのように

また、パソコンに向かうのでした。 (なんじゃそりゃ!)

 

 世の中には多くの数式が存在します。

私がいちばん好きな式は今日ご紹介した式です。

 

 私には難しい数式や方程式は理解出来ませんが、比較的わかりやすいものであれば

食いつきます。

より単純なものほど「美しさ」があります。

人間が数式を考えるのは「世の中で起きる事象には法則がある」と考えられて

いるからです。

規則性があるのだと考えたからこそ、式が生まれました。

 

 aとbが分からなくとも、どちらかが分かればどちらかの値が分かる。

こんな便利で面白いものはありません。

 

 科学や物理学、数学、天文学は世の中のたくさんの不思議を解明してくれます。

先人たちや、さまざまな分野の学者さんって頭いいですよね。

 パソコンが手元にあって、インターネットが使えれば百科事典があるのと同じです。

最新の情報が得られることを考えればそれ以上の価値があるはずです。

カエル(私)は、知識も発想もないのでパソコンが必要なのです。

いい時代に生きていられてよかったなぁと思いながらカエル(私)は今日もパソコンに

向かうのでした。

 

          最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 最近、家の近くで鳴いている鳥の鳴き声で目が覚めることが多いです。

 

「チュン、チュン、チュ、チュ、チュン、チューン、チュ、チュ」

スズメか!  

 

「チィ、チィ、チィ、チィ、チューン」「チュン、チュン、チィ、チィチィ-ン」

鳴き交わしている声は歌を歌っているようにも聞こえます。

 

そして、あの時のスズメかもしれないなって思うのです。

 

 この出来事は私がブログを始める以前の出来事です。

6月25日、しばらく続いた雨があがった日の夜のことでした。

私は仕事からの帰り道、家の近くの「マイバスケット」という食品店で買い物をして家に向かっていました。

時間はすでに23時近くになっています。

店を出てちょっと歩くと道路の右端で動めくものに眼が行きました。

すごく悪い予感がします。

「うっ、ゴキブリか?」 「いや、もっと大きいな」

「じゃぁ、ネズミか?」あまり見たくはないのですが確認します。

「んっ?違う」なんかパタパタ動いている。

「あれっ!鳥だ」

小さな翼を持った鳥がパタ、パタしています。

よく見てみると、生れたばかりのスズメのヒナでした。

巣から落ちたのか!? ケガはしていないかな?

まともに歩けずに左右にコケながらバタバタしていました。

 

 今までに何度か路上で、死んでいるヒナを見かけたことがあります。

タマゴが割れて中に小さなヒナの姿が見えたもの、完全に干からびてまるで

せんべいのようにぺしゃんこになってしまったものなど、気の毒だなぁと思いながら

もその場を離れるしかありませんでした。 

 

 どうすればいいんだろう。

目の前では小さなヒナがチュ、チュと鳴きながらバタバタしています。

この場所は細い道ですが、車もよく通ります。

ネコも多く見かけます。

このままにしておいては、危険なのではないのかなぁ。

しゃがんでよく見てみました。

ケガはしていないようでした。

とりあえず、一緒に家に行こうか?

現状を考えたら、このままスズメのヒナを置いてその場を離れることは出来ませんでした。

 

 私の手のひらに載せて家に向かいます。

手のひらにわずかにヒナの体温を感じました。

この後はどうすればいいんだろう?

お腹が空いているから鳴いているのかなぁ。

スズメは雑食だったよな。 なんでも食べるのかな?

とりあえず、帰ったら水を飲ませてみよう。

 

 家に入って気が付いたことがありました。

このヒナからはとてもくさい臭いがします。 

何なんだ、この臭いは! 獣の臭いだ!

都会で暮らす方には想像できない臭いだと思います。

生臭い、とにかく臭い、野生の生き物の臭いです。

 

 部屋の明かりをつけて、ヒナを見てみたらもっと驚いたことがありました。

私の手のひらが真っ黒になっています。

汚いなぁ、こんなに汚れていたのか? と思ったらその汚れが動き始めました。

「何っ!?」 汚れが動いている!  ゾワゾワ、ザワザワとものすごく小さな黒いものが手のひらの上にいます。

「ひぇーっ!」  こ、これは! ダニでしょうか? 

1匹や2匹ではありません。

私の手のひらをおおい尽くすほどの数です。

数百、数千という数だとおもいます。

「まずい!」 このままではダニが私の部屋の中に拡散します!

とりあえず、ヒナをどかして手のひらに殺虫剤のスプレーをかけました。

お湯で手を洗います。

殺虫スプレーをかけたティッシュペーパーを小さな箱の下に敷き詰めて、その上にヒナを

置きました。 

しばらくすると、悪臭はしなくなりました。

臭いの原因はおそらくダニだったのだと思います。

おそろしい数のダニが身体についていたんだなぁ。

スズメや鳥たちが水浴びをする気持ちがわかります。

 

 ヒナは家に入ってきて急に明るい場所に来たせいもあるのか、ずっと鳴きっぱなしです。

「ピィ、ピィ、チュ、チュ」 何を言っているのかさっぱりわかりません。

そうだ、まずは水を飲ませよう。

絵画用の極細の筆先に水を湿らせてクチバシに近づけました。

あっ、飲んでいる。 とりあえず、ほっとしました。

 

 あとは何か食べ物が必要かな?

家には淡水魚用のエサはありますが、小鳥用のエサはありません。

冷蔵庫を開けると生タマゴがありました。

ゆで卵の黄身なら食べるかもしれない・・。

ゆで卵を作りました。

黄身と白味を小さくちぎって、ピンセットで口の中に入れてみました。

水を飲むようにはいかず、大きく首を振ります。

 

段ボールの小さな箱の壁に白味のかけらが付きました。

「食べないのか・・」

 

 ヒナの入った小さな箱の上にタオルをかぶせて暗くしてみました。

明るい状態よりは鳴き声はおとなしくなりましたが、それでもずっと鳴き続けています。

 

 ダニに触った後なので、まずはシャワーを浴びることにしました。

「どーすればいいのかなぁ?」

 

 ヒナは依然と鳴き続けていたようでした。 

深夜ということもあり、意外に鳴き声は響きます。

隣から苦情が来るかなぁ? 

「そうだ、困ったときはネット検索だ!」

 

 「スズメのヒナ」などで検索するといろいろな情報が出てきました。

真っ先に眼が行ったのは、野生のスズメが人間に慣れて「手乗りスズメ」になっているも

のでした。

ケガをしたスズメを保護して、そのまま人間と共に生活をするようになったようです。

部屋の中を飛んで、飼い主の手に止まります。

「楽しそうだな!こんな風になれるかな?」

「実家に連れていって父に面倒をみてもらおうかな?」

 

 「ピィ、ピィ、チュ、チュ」        「静かにしてくれ」

 「チュン、チュチュ」          「かわいい顔しているね」

 「ピピィ、ピピィ、チュ、チュ」    「食べちゃおうかな?」

 「・・ (シーン) ・・」             「冗談だよ!」

 「ピ、ピ、ピ、ピピ―ッ」   

 

 小さな生き物はとても可愛いと思いますが、冷静に考えてみれば私にはスズメのヒナの

面倒を見ることは出来なさそうです。

自然の鳥の子育ては、親が頻繁にヒナに食べものを運びます。

食べものが多く手に入れられる時期に合わせて繁殖をして、急激に成長をさせてあっという間に一人前の鳥にさせます。

 私はほとんど家にいません。  

仕事場にヒナを連れて行くわけには行きません。

 

 ヒナはずっと、鳴いています。

水は飲んでくれましたが、食べ物は依然と口にしません。

このままだと、きっと餓死してしまうことでしょう。

 

 「スズメの育て方」とかまたネットで検索してみます。

いくつかの記事を読んでいるうちに、自分がとんでもないことをしていることに気がつき

ました。

 

 私と同じように6月頃に道路でスズメのヒナを保護するというケースは多いようでした。

この時期はスズメのヒナが巣立ちをして、いよいよ外の世界に飛び出すタイミングです。

ヒナの近くには親鳥がいて、見守っているはずだと書かれていました。

これから大空に飛び立とうしている「巣立ちヒナ」を家につれてきてしまいました。

私がヒナを見かけた時に周りにはスズメはいなかったように思います。

ただ、夜だったせいもあって私が気づかなかっただけかもしれません。

 

 「巣立ちヒナ」を見かけてもむやみに手をかけてはいけない と書かれています。

本来、野生の生き物なのですから人間の手をかりなくても生きていく力を持っています。

 ヒナを保護してから数日は現場近くに親鳥がいるはずなので、安全な場所にヒナを戻し

てください という内容でした。 

 

 「保護」というと聞こえはいいですが、私のしたことはスズメにしてみれば「誘拐」

同じです。

親鳥は突然、可愛いわが子を大きな生き物に奪われて、悲しみにうちひしがれているはず

です。

ヒナの事が心配で眠れなかったと思います。

「ま、まずいな!」 「確かに身勝手すぎたことをしてしまった!」

「誘拐は罪が重いぞ!」   

 

 翌朝、ヒナと共に誘拐した現場へ行ってみました。

親鳥がどこかから見ているはずです。

ヒナはずっと鳴きっ放しです。

道の近くにちょうどいい、植え込みがあったのでそこにヒナを放しました。

私はその場所から少し離れて、ヒナを見ていました。

 

 

 20秒後、カラスが近くに飛んできました。

「あれ、まずいな 大丈夫かな? ヒナを持っていくなよ!」

 

 30秒後。

今度はスズメが、けたたましく鳴きながら飛んできて真上の電線にとまりました。

カラスは飛び去りました。

「親鳥だ!」 「んっ? 3羽いる!」 両親と兄弟でしょうか? 

電線から地面に一度 降りてきました。

     (画面 中央の地面の上に親鳥がいて、その60センチほど後ろにヒナがいます)

 

 親鳥は一度 ヒナの近くに行き、そばのコンクリートの塀の上に行きました。

  (確認しにくいですが、塀の上に2羽の親鳥がいて、シャッターの前のパイプの前に1羽、

                             そして、スロープと地面の境にヒナがいます)

 

 ヒナはすぐさま、急ぎ足で親鳥に誘導されるかのように建物とカベの隙間に入って行き

ました。

 

 子供の面倒は親に任せよう。

私が出る幕ではないのです。

 

 ヒナは私の家に一泊だけしました。

野生の生きものと同じ時間を過ごすことがどれほど大変なのか身を持って知りました。

今後は、もし道路でスズメのヒナを見かけても誘拐はせずに安全な場所へ誘導するように

しようと心に誓いながら仕事に向かったのでした。   

 

 もう、1年以上前の出来事ですがこの季節になるとヒナを誘拐した時のことを思い出しま

す。

 

 そして、複雑な心境になります。

スズメのヒナは親鳥に返すことが出来たので安心できました。

その点については結果として、よかったと思っています。

しかし、それと同時に、私は大量のダニの命を奪ってしまいました。

ダニにしてみれば、これから明るい未来が拓けるかも知れないという矢先に殺虫剤で殺さ

れてしまったわけです。

ダニは私に対して、殺されなければならないようなことは一切していません。

 

 命の重さに差はないといいます。

やってしまいました。

 

 私の軽はずみな行動が取り返しのつかない重大な事件を引き起こしました。

「世田谷 誘拐事件ならびに大量虐殺 事件」です。 

 

 いずれ、私にはバチがあたると思います。

バチがあたればいいと思います。  あたらなければフェアじゃありません。

                                  (すでにあたっている可能性もありますが・・)

 

 野生の生きものとは、むやみに関わりを持たないようにした方がよさそうです。 

 

               最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 漆黒の闇に浮かぶ美しい宝石のような球体。

私たちが生きている惑星 地球です。

 

 1972年12月 アポロ17号による撮影です。

画像の下に見えているのは南極大陸です。

 

  アフリカ大陸とマダガスカル島が見えています。

この宇宙に存在する、生命がみなぎり躍動する惑星です。

 

 そして、こちらも・・。

光が反射しています。

 ひょっとしたら地球と同じように1億5000万km先には恒星(太陽)があり、その周り

を公転している惑星かもしれません。

 

 

 大きさや質量はどのくらいでしょうか?

うっすらと白い模様が見えます。

                                                                    (木星 wiki)

                                       (木星 大赤斑 wiki)

  まるで木星の大赤斑(だいせきはん)の渦のようにも見えるのは、この天体には大気があり

その中で風が巻きあがっているという事なのでしょうか。

    (水星         金星               地球          火星  wiki )

 全体が赤っぽく見えているのは火星のように地表に酸化鉄が多いためなのでしょうか。

                                                                                                        (NASA)

 まだ、NASAからの発表もありません。

 

 今後どれほどの時間が経ったとしても発表されることはないでしょう。

これは宇宙にたったひとつしか存在しない私だけの球体なのです。  

 

 

 私は趣味が多い方かもしれません。 

単なるもの好き。 下手の横好き。 広く浅く・・・。 熱しやすく冷めやすい。

 

 今年から始めたものに「ボウリング」があります。

土日が仕事の休みと重なった時は早朝からボウリング場に行き、自主トレをしています。

最近よく行くボウリング場で料金を払っている時にいただいたチラシがありました。

そこには、こんな内容が書かれていました。

 

 「マイボールが0円」「マイボールを無料でもらおう!」 えっ!

タダでいただけるんですか!? 

 私は「タダ」というものにはすごく弱いのです。

「タダより高いものはない!」ということも承知ではあるのですが、やはり「タダ」には

吸い寄せられてしまいます。

 

 そこでチラシに書かれてある通りに6月3日に自主トレに行って、清算をした後に「マイ

ボール」の発注をしました。

その直前のハイスコアは<132>でした。 (情けない)

恥ずかしくてたまらなかったのですが、この日を逃すと、タダのマイボールは手に入らなく

なります。 

 恥を覚悟でマイボールを依頼しました。

 

 自分の中ではせめて、スコアが200を越えられたらマイボールを持とうと考えてい

ました。

 けれども、最近のハイスコアは調子がよい時で180ちょっとです。

 

 190すら越えられていません。

「200越えは難しいなぁ」「一度でいいから越えてみたい!」

 

 ひとつの救いは、いただけるボールが初心者用のボールだということでした。

初心者でもマイボールを持ってもいいのです。

「下手な人はマイボールを持ってはナラズ」などという法律はないのです!

このことで少し、吹っ切れました。

私はすごく下手ですがマイボールを手に入れました!

んで、あまり人のいない時間帯にボウリング場に行って、ひっそりと練習を続けています!

 

 

 ボウリングのボールは固いので作ったら一生使えるのかな?と思っていたのですが

約200ゲーム分の使用か、およそ2年間くらいの寿命なのだそうです。

 確かに、ボウリング場に設置されているハウスボールの中には欠けがあったり、傷があった

りするものがあります。

使用できる期間は意外に短いのですね。

 

 私の右手のサイズに合わせて開けられた3つの穴があいたマイボールが仕上がりました。

「これですねー」

 

 

「あれっ!? 希望したカラーが第一希望でも第二希望でもない!」

「重さの関係で希望の色がなかったのでしょうね」

 

「黒かブルーじゃないのか、か、か、か、かっ」

 

ボールに穴を開けるドリル代はかかりますが、ボールはタダです。 

基本はボウリング場で余っているボールの処分のためのイベントなのでしょうから

あきらめる他ありません。

作っていただいたタダのマイボールの色は<パープル>でした。

 

 まぁ、きれいな色だしいいのかな。

 

 重さは14ポンドにしました。(6.35kgということになります。)

通常、適正とされているボールの重さは自分の体重の十分の一くらいなのだそうです。

 

 1ポンドは453.6グラムです。  約0.5kgですね。

私はボウリング場の方に15ポンドのボールを薦められました。

「そんな重いボールは持てません。 最近の投げているボールの重さは14ポンドです」

実は14ポンドでも重いと感じています。

これでいいのかなぁ?  まぁ、いいか。

 

「マイボールというのは曲がるボールのことですか?」

「マイボールといっても様々です。 このボールはおそらく曲がりません!(きっぱり)」

「えっ!?」

「ボールが曲がるのは中に入れられてあるウエイトブロックによる影響が大きいです」

「回転力の強化や曲がり具合の調整などの目的でウエイトブロックが入れられています」

「はぁ、そうなんですか」

 

「表面を見てもらえれば分かると思いますが、このボールの素材はポリエステルです。」

「ツルツルです。」

「曲がるボールというのはオイルの上では真っ直ぐに進んでピンの手前でオイルがない場所に入ってからレーンとの摩擦によって曲がります。」

「はい」

「これはツルツルです。」

「なので-→↑(語尾が上がりました)「抵抗がないので曲がりません」

「そうなんです 曲がるボールは素材や構造が全然違うのです」

 

「あれっ?何のためにボールを作ったんだろう?」

「まぁ、自分専用のボールを持ったということかな」

 

 タダのマイボールを投げてみました。

あまりに美しいボールなので投げて転がすのがもったいないくらいです。

キズをつけたくないなぁ。

オイルまみれにもしたくないなぁ。

大切に転がそう。

いつもよりも力を抜いているのでスピードは出ません。

ガターにしたらキズも付きやすいので慎重に転がします。

 投げる右手の中指と薬指は第一関節よりちょっと中に入るくらいの深さにしてもらいま

した。

ハウスボールよりもコントロールが安定するように思えました。

この日、タダのボールでの最高スコアは159でした。 

 

 スペアがとれないフレームが3つもあります。

まだまだです。 

 

 もう少し、がんばって練習をすれば スコアは確実にあげられそうな感じがします。

そして、いつの日か、200アップゾーンへ突入です!

ふっふっふっ・・何の根拠もなく強気です。

身の程を知らない私です。

                       (2016年12月18日 ひまわり8号 初画像  気象庁)

 私が14ポンドのタダのマイボールを手に入れたのとは関係なく、今日も地球は、

自転をしながら太陽の周りを公転しています。

突然フックするわけでもなく、きれいな楕円の軌道を描いて太陽の周りを回ります。

私のタダのボールもレーンの上にきれいな軌道を描く・・といいのですが・・。

 

     最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 とてもハードな1週間でした。

でも、刺激的なことが多く充実していました。

 

 6月20日(火)からの3日間、私はサラリーマンのような生活をしていました。

朝の5時前には起床! 7時半くらいには電車に乗って渋谷から銀座線に乗り換えます。

「なんだよ!この人の多さは!」 新橋まで行くのですが電車を待つ人がホームにあふれ

改札を抜けてすぐのところで先に進めなくなります。

満員電車は好きではありません。

見ず知らずの人とくっつきたくありません。

空気がよどみ、気持ちが悪くなります。

 

 「こんな日々を毎日のように送っている人はたくさんいるんだろうなぁ」と思いながら

ひたすら解放されるのをじっと待ちます。

                                                                 (新橋駅 SL広場のC11蒸気機関車)

 

 新橋に来ている理由は「二級ボイラー技士」の資格取得のための実技講習を受講するため

です。

                                                                     (日本ボイラ協会東京支部)

 

 

 学科2日間、実技1日間。 

朝9時から16時40分まで、法令で定めた時間をきっちりと受講しないと失格になります。

遅刻、早退は厳禁です。 (意外と厳しいのですね)

 

 参加者はおよそ62人(choco調べ) 年齢層は20代から60代くらいまで。

ほとんどが男性ですが、その中に女性3人がいました。

(とてもきれいで可愛い人たちでした。)

                                        (撮影   お昼休み)

 休憩は午前中と午後にちょっとずつあります。 お昼休みは45分。

ほぼ、みっちり勉強します。

じっとして講義を受けるのは疲れます。

                                                                                       (撮影   お昼休み)

 この実技講習の費用は21600円にテキスト代2260円 計23860円

かかっています。 それに交通費もかかります。

お金がかかっているのですから、無駄には出来ません。

 ひたすら、真面目に受講しました。

懸命にノートをとりながら、テキストに眼を通していきます。 

一度、自分で勉強した内容をプロの方から教わるので内容は比較的すんなりと

頭に入ってきます。

 

 資格取得のためには学科の試験と実務経験がない人は実技講習を終えていなければなり

ません。

ただ、順番はどちらが先でもかまいません。

 人によって考え方は違うかもしれませんが、私は試験を先に受けておいてよかったと

思いました。

何も知識がない中で、いきなりテキストに沿って難しい話をされても全然理解出来る感じ

がしなかったのです。

専門用語だらけで、わけが解らないまま終わっていたはずです。

 受講したからと言って、そのまま学科試験を受けても絶対に合格は出来ません。

なにしろ、学科受験科目の「関係法令」の項目は実技講習では一切やりません。

 

 受講している人たちの中ですでに学科試験に合格している人たちは約半分くらいのよう

でした(choco調べ)

 

 初日、私は隣の席の方とあいさつをしただけで、他の誰とも話しはしませんでした。

ふと、見ると何人かの人たちが話をしています。

しかも、仲良く話しています。

「どういう関係なのだろう? 同僚かな?」 その人たちの年齢層には幅があります。

上司と部下という雰囲気ではありません。

「なんなんだろう?」疑問に思ったのですが、声を掛けてみる気力もなく疲れてしまい、

初日はそのまま帰りました。 

 

 21日(水)、実技講習2日目、この日は朝から雨でした。

 

 教室の近くにある休憩スペースで、ひとりの男性と話が出来ました。

個人で受講していること、二級ボイラー技士の学科試験を通過していること、次に「第二種電気工事士」の資格をとるつもりでいること、すでに(乙何種かはわかりませんが)「消防設備士」の資格を持っていると話してくれました。

 この方とは5月28日、千葉での学科試験の時に同じ教室にいたことがわかりました。

試験開始から1時間ちょっとで退出したそうです(優秀な方ですね)

もちろん、お互いそれぞれを認識はしていませんでしたが、ちょっと親近感がわきました。

来月から仕事をすると言っていました。仕事をしながら独学で勉強をするつらさは身にし

みてよく分かります。 

よく、気力が続くなぁと思いながら「将来的にはどういう方向を目指しているのですか?」

と聞いてみました。

返ってきた答えは「自分でもわからない!」  爆笑でした。  

                                                                                    (撮影   お昼休み)

 22日(木)、実技講習3日目 いよいよ実技です。

本物のボイラーに触ります。

                                                                                          (撮影   お昼休み)

 これは炉筒煙管(ろとうえんかん)ボイラーというものです。

                                                                                          (撮影   お昼休み)

 最高使用圧力は0.98MPa(メガパスカル) 蒸発量 1800Kg/h  パワーのある

蒸気ボイラーです。

 このボイラーを私は自分の手で起動させました! 

こんなドデカイ機械に今までの人生で触れることなどありませんでした。

操作を間違えれば爆発します。 

                                                                           (撮影   お昼休み)   

 命がけでスイッチを入れていきます。

給水ポンプ→自動!  押し込み通風機→自動!

自動燃焼運転スイッチ ON! 

バーナから噴射されるガスが勢いよく青い火炎を伴い燃焼を始めます。

                                                                                            (撮影   お昼休み)    

 地下室にはファンが回転する音とボイラーが稼動する音が響きます。

指先が震えることはありませんでしたが、相当 ビビリました。

(操作は基本的にはシーケンス制御といってすべて自動運転です。よほどのことがない限り爆発することはありません!)

 

 今までは、テキストに出てきていたイラストなどでしか見ていなかったものが目の前に

そびえています。

絵本でみていたアフリカゾウを動物園に行って初めて見た時の感動と似ています。

「すごいな!未知の世界だ!」

 

 休憩時間にドヤドヤっとグループが近くに来ました。

「みなさんはグループで参加されているのですか?」

「そうです」 「同じ会社なのですか?」 「学生ですよ。 そうは見えないでしょうが」

と少年っぽい親父さんが言いました。

「資格を取るための学校なのですか?」 「まぁ、そうですね。」

「職業技術校でしょ?」 住宅の建築現場で見かける感じのおじさんが口をはさんできました。 「専門の学校があるのですか!」

話を聞くと、半年間で6つの資格をとるのだそうです。 

神奈川県の学校と言っていました。 入学金、授業料は無料。 就職率は100パーセント

だそうです。 (コースによって無料、有料あります)

 自宅に戻ってから調べてみると建築設計、溶接板金、コンピュータ組み込み開発、自動車

整備や造園、電気工事、給食調理など多岐に渡り職業別に16ものコースがありました。

 実技講習を受講している方たちはビル設備管理のコースの方たちのはずです。

 

 この方たちが取得する資格は「第二種電気工事士」「二級ボイラー技士」「危険物取扱者(乙4種)」「高圧ガス製造保安責任者(三冷)」「消防設備士(乙4種)」それに最終的には実務経験を経て「ビル設備管理士」の資格を取得するはずです。

 いわば、この方たちは資格取得のためにひたすら毎日勉強しているエリート集団です。

一番年配に見えた方に聞いてみました。

「将来的にはビルの管理人さんになるのですか?」 「うん、そうです。なれればね。」

「学校に入っている全員が全部の資格をとれるんですか?」「大体は取れるはずです」

「9月の卒業の頃にはみなさんは就職が決まっているということですか?」

「おそらくですけどね。 決まっています!

 

 みな、自信にあふれていて、とてもいい顔をしています。

がんばっている人の魅力的な顔をしています。

どのような事情があって、今 ここにいるかはわかりません。

一度は就職をしたけれども離職したかもしれないし、定年を迎えてもう一度 がんばろうとしているのか、年齢からしておおよその想像は出来ますが詳しいことはわかりません。

 そんな事はどうでもいいように思えました。

今、懸命にがんばっていてその先には自分の選択できる道が拓かれるのです。

ひとつの夢を実現しようとしているのです。

 

 私は、不純な動機で試験を受けて、たまたま まぐれで合格して流れに乗って実技講習ま

で参加しています。

切実な夢を叶えようとか、しっかりした未来の構想もなくこの場にいます。

とても自分が恥ずかしく思えました。

 

 ここにいる方たちは、いわば「タマゴ」です。

いろんな色、大きさ、重さ すべてまちまちのふぞろいのタマゴたちです。

いずれ、タマゴの殻が割れて元気なひよこが飛び出すはずです。

ピヨピヨと元気に鳴く声が聞こえてきそうです。

 

 今回の実技講習は自分にとっては1つの資格をもたらしましたが、それ以上に自分の可

能性を最大限に広げてがんばっている人たちに出会えたことが大きな収穫でした。

「資格」は今後の自分の人生を考える上での重要な手助けになり得ます。

それは、お金を出せば簡単に手に入るものではなく、時間も努力も必要です。

でも、それに見合った結果をもたらしてくれます。

 

 いろんな方と話が出来てよかったです。

とても、いい経験になりました。  

 

 講習を終えて、各自に「終了証」が手渡されます。

みんな、未来への切符とも言える「大切な証」を手にして新橋の街に消えていきました。

 

 「新橋」です。

みなさんのこれからの人生に新しい橋が架かり、その先には輝かしい未来があることを

切に願い、送る言葉にかえさせていただきます。 

 

 私もがんばらないといけませんね。  

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。