大分での仕事が無事に終わりました。
予想通り、つらかったなぁ。

(大分市から豊予海峡をはさみ高島、その左奥は四国の愛媛 wiki)
作業量が多いので稼働時間を長くしないと終われませんでした。 トホトホ。
でも、一日に2度 夜と朝に温泉に入っていました。
まるで温泉宿に泊まりながら過ごす、湯治をしているかのようでした。
温泉の効果があったのかもしれません。
左腕にずっと痛みがあって、動かすと激痛が走っていたのですがその痛みがなくなり
楽に動かせるようになりました。
わーぃ! これで病院へ行かなくて済みそうだ!
朝食はホテルの無料朝食がでるので、普通のごはんを食べていましたが、それ以外は
ほとんど、ファミリーマートのお弁当でした。
毎昼、毎夜 コンビニです。

さすがに飽きるものですね。

わーぃ! Tポイントがずいぶんたまったぞ!
今回、おいしい飲み物をみつけました。
この画像の右に見える「カフェオレ」です。

すごくおいしかったですよ。
ほぼ、毎日これを飲んでいました。
で、仕事がすべて終わった翌日、私は早朝の5時半に起きてまず朝風呂に入り、
それから、みなさまのところにちょっとおじゃまして、7時に朝食をとり
(たまごかけご飯を2杯食べました。)8時にはホテルをチェックアウトしました。
本来であれば、それほど急ぐこともなく のんびりと商店街などを散策しておみやげを買う
などしてから東京に戻ればいいのですが、今回はちょっと違いました。
大分に入った時から、私の遺伝子がざわつきだしていたのです。
大分に来た理由は、仕事をするためだけではありませんでした。
もちろん、メインは仕事ですからやるべきことはきっちりと完了させます。
しかし、それ以外に私には重大な任務があったのです。
はっ、はっ、はっ!
2017年8月26日 ホテルを出てまもなくすると雨が本格的に降りだしました。
深夜から降りだした雨は九州の北部をかすめ、本州、東北と広範囲に渡っていました。
やめてほしいです。
大分に来てから、ずっと晴天でした。
関東や東北が大雨でも大分はずっと晴れあがっていました。
なぜ、今日に限って雨が降るんだ!
でも、こればかりはなんともなりません。
本当は晴天の中で実践したかったです!
大分駅から日豊本線の普通列車に乗ります。

佐伯(さいき)・幸崎(こうざき)方面です。
私の目的地は「坂ノ市(さかのいち)駅」です。(運賃は片道 大人280円です)

大分から東京へ戻るには列車での移動であれば、大分から小倉へ、小倉から新幹線
で東京までです。
「坂ノ市駅」は小倉駅とは正反対の方向になります。
いいのか! 本当にまっすぐ帰らなくてもいいのか! どんどん遠くなるだけだぞ!
自問自答しますが、もちろん 答えは決まっています!

依然として雨です。
「晴れてくれないだろうか・・」 「少しだけでもいい・・一瞬だけでもいい」
しかし、雨は降り続けています。

晴れそうにありません。 「まぁ、雨の日もあっただろうからいいか・・」
大分駅から「坂ノ市駅」は列車に乗ってから20分ほどで到着します。
私のすべきことは、この駅で降りて、この町の風景を見て、
<何を感じるのかを検証すること>なのです。
大分は初めて来た土地です。
当然、「坂ノ市駅」も私は何も知りません。
しかし、初めてみる景色でも場合によっては「懐かしい」と思うかもしれません。
海岸が近いはずです。 潮の香りがするでしょうか。 私の嗅覚は時として異常に機能
を発揮します。 潮の香りの中で時間をさかのぼることが出来るかもしれません。
気のせいか、私の遺伝子がさらに激しくざわつき始めました。
いよいよです。
以前、父から何度か聞いた話がありました。
父が若いころ、九州の大分で働いていた時期があるということでした。
場所は駅で言うと「坂ノ市駅」です。 19歳頃と聞いていました。
期間は3年間ほど。 職種は電気の配線の仕事だったそうです。
会社の名前は「渡辺電機」と聞きました。
今回の大分への出張のお仕事が入った時に真っ先に頭に浮かんだことは、この機会に
「坂ノ市駅」まで行ってみたい ということでした。
実際に父が若いころに暮らした町を見てみたい。
身体を通して感じたい。 という思いでした。
そして、一番の目的は私の遺伝子が父の若いころの記憶を継承しているかどうかの
検証をする ということでした。
こんなチャンスはめったにありません。
父が若いころに見た景色が父の細胞の中に宿り、その記憶が私の細胞へと受け継がれてい
るかもしれないのです。 試してみたい。 と思ったわけです。
私は前々回の記事で「プラナリア」が1つの身体が細かく切断されても再生するという
話を書きました。

(動物トリビアんワールドHPより)
そして、記憶までもが受け継がれることも書きました。
その数日後、テレビで心臓移植した人が提供をしてくれた方の記憶が受け継がれて
いるというような内容の番組を見ました。
「こ、これは プラナリアの例と一緒だ!」 「記憶を留めるのは脳だけではない。
細胞の中に記憶は宿るのだ!」と私は確信したわけです。
で、あるならば・・父の細胞に刻まれた記憶が遺伝子の中に組み込まれ、私の身体の
中にも記憶が継承されている可能性があるのです。
雨の中、列車は「坂ノ市駅」へ到着しました。
ホームは1本だけです。



その両側にのぼりとくだりの列車が停車します。
階段を使い片側の線路の上をまたぐような形で改札口とを結んでいます。

線路の上を歩く橋の上から町のはじっこにそびえる山並みが見えました。

こぶりな山がいくつか連なって見えます。
特徴があると言えば、それが特徴なのでしょうが、眼を凝らしてみても私の心に変化は
何も起きませんでした。
「この景色は初めて見る」 山並みだけを見ていると群馬の磯部とちょっと雰囲気が似ています。
けれども、町の規模もよくわかりません。
大きな違いはこの町には海があるということです。

海を目指すことにしました。
駅員さんに聞いたら、「海はすぐそこですから」と言いました。
私が「海水浴場とか砂浜のある場所は近くにありますか?」
と聞くと、少し表情が変わりました。
「うーん・・近くにはないと思います」
「わかりました。 ありがとうございます」
とにかく、海はすぐ近くにあるはずです。
行ってみた方が早そうだ。 海までの道を尋ねてすぐに駅を出ました。

駅を出て、左手へ。
住宅地の間の道を歩きます。
古めかしい建物は一切ありません。

戸建てや集合住宅などが軒を連ねています。
線路をまたぐバイパスにぶつかります。
その上から町を見ます。
(↑ バイパスの上から坂ノ市駅のある方向を見ています)

相変わらず、先がとんがっているこぶりな山がいくつか眼に入ります。
それほど大きくない山のかたまりが所々に確認できます。

可愛い山が連なっているということか。
しばらく眺めてみるのですが、これといって私の気持ちに何か変化が起きることはあり
ませんでした。

(↑ バイパスの上から見えた 山並み)
ただ、純粋に初めてみる風景を認識している感じです。
「懐かしくはないのか!?」 「デジャブ感はないのか!?」
「以前、この景色を見ているだろう!?」 「気合を入れて よーく見ろ!」

「ないっ!」 まったく初めてみる景色です。
海に行こう。
父の話では休みの日は友達と浜辺に行って遊んだそうです。
砂浜の穴をみつけて、その中に塩を入れるのだそうです。
すると、不思議なことにその穴の中から貝が出てくるという話でした。
その貝は「マテ貝」です。
蒸して食べたという話を聞きました。
私はマテ貝を知りませんでした。
居酒屋のメニューに「マテ貝」を見つけたときはうれしかったです。
こんな貝なんだ。

(↑ 居酒屋で食べた マテ貝のバターソテー 680円 )
塩を入れると穴から出てくるのか、面白いだろうな。
砂浜に行って、穴を見つけて同じことをしようと考えていました。
塩も用意していたのです。


(↑ ホテルの食堂で手に入れた 食塩)
砂浜に出られて、貝の穴を見つけられたら、雨が降っていても実践しようと
思っていました。

(↑ バイパスの上から 海岸方向を見る うっすらと海が見えました)
海へは歩き出して10分ほどで出ることが出来ました。

けれども、砂浜がありません。
海に出てからは右方向に進むことにしました。
左手には海があるのですが、延々と船が係留されてあります。
その向こうは埋立地でしょうか。 草木がじゃまをして海を確認できません。
どこまで続くのだろう。
延々と、歩いても 歩いても同じような景観が続きます。

雨はずっと降っています。
靴はいつしか、びしょ濡れ、ズボンもひざ下はびしょ濡れの状態になりました。
デイバッグにはパソコンが入っています。
防水のカバーは使っていません。 まずいなぁ。 濡らしたくない。
もうひとつ、大きめのバッグを持っています。
雨の水分を吸い、黒いバッグがさらに黒くなっています。
中には仕事の資料や着替えが入っています。
まぁ、こっちは濡れてもいいや。
とにかく、パソコンだけは守ろう。



1時間近く歩いて、やっとボートの係留がなくなりました。
細い道が目の前に続いています。
そして、港で感じる潮の香りが漂い始めました。
不思議なことでしたが、この場所に来るまで潮の香りは感じませんでした。
周りが港ではなく、ボートを係留していただけだったのが原因だったように思います。
潮の香りとか海の匂いとかいうのは結局、何かが腐ったにおいです。
港などで感じる潮(磯)の香りというのは、魚を捕る網に何か腐るものが付いたまま天日
干しされてあったりするのが原因です。
よく見ると船を陸上に揚げる場所のようです。
海中の植物や生物も一緒に陸に揚げられて腐っているのだと思います。
このあたり一帯は漁港でもなく、工場がある地帯のようでした。

途中あった看板には「三井造船」の文字がありました。
大きな道路とそれらの工場がある場所は橋でつながっていて、頻繁に大型のトラックが
出入りしていました。

で、潮の香りをやっと確認できたのですが、その中に特別な感情は湧いてきませんで
した。
ただ、どこかの港でかいだことのある あの匂いでしかありません。
うーん、私の遺伝子や細胞はどうしたのでしょうか?
すべてが、ただ初めての場所だと認識しているだけです。

やはり、細胞に記憶が継承されることはあり得ないのでしょうか。
「あり得るのか、あり得ないのか」言い切るにはまだ早すぎます。
サンプルが1つだけですからね。
道なりに先に進みます。

私道である事を書いた看板が立てられています。
内容は「この道で事故が起こっても一切の責任は負わない。」
なぜ、わざわざこんなことを 書いて出しているのでしょうか。
以前、事故って何かもめたことがあったのかもしれません。
ずっと、同じような景観でしたが、ここに来てちょっと様変わりしました。
駐車場があり、テトラポットがあり、その先に海が広がっています。

そして砂浜が少し確認出来ました。
狭いですが、砂浜はありました。

あまり、きれいな砂浜ではないように見えました。
無理をすれば、行けなくもない場所でしたが、無理はしません。

私の事ですからテトラポットの上を移動しているうちに落ちるでしょう。
大ケガをして動けなくなり、そのまま死んでしまうかもしれません。


カニの餌食になってしまうことでしょう。

目の前に砂浜を見ても、私の心に変化は起きませんでした。
な―んにも。 何もかも初めての場所だし、初めて見るものばかりです。
つまらない細胞だなぁ。 遺伝子はどうなっているんだ!
それか こんなものなのかなぁ。
雨はやむこともなく、私の体は下半身はほぼ、水浸しの状態になっています。
細胞に記憶が宿っているのかどうか以前に、単純に気持ちが悪いです。
雨の中を重い荷物を持って傘を差して歩くのは疲れます。

歩き始めてから1時間以上は経っています。
大分駅に14時まで戻れば、それほど遅くならない時間に家に帰れます。
そろそろ、検証を終えなければなりません。

結果です。
私が望むような、いい結果は出せませんでした。
何もかも新鮮で、見るのが初めての場所でした!
(冷静に考えてみれば あたりまえですよね)

でも父には思い出の場所の最新の写真を見せてあげることが出来ます。
それだけで十分なのかもしれません。
時代を経て、同じ土地に対しての思いを親子で共有できるのです。
雨の中を歩いた見知らぬ土地は私にとっても、印象深い場所になりました。
できるだけ、風景を目に焼き付けたつもりです。
生きている限り忘れないでいられたらいいなと思います。

行きの運賃はパスモ(カード)で支払いましたが、帰りは坂ノ市駅で切符を買いました。


今回の出張では誰にもおみやげが買えませんでした。
ただ、来て仕事をしていただけです。 (遊びではないのでそれでいいのでしょうけど)

大分駅の改札の横の窓口で事情を話して、「この切符を記念に持ち帰りたい」と話したら
快く 乗車記念のスタンプを押してくれました。

この切符は父に預けます。



ずっと降り続いていた雨は小倉に着いた時にはもう止んでいて、ホームから見上げた空に
は気持ちのいい青空が見えていました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。