やけに赤く、きれいな夕焼けです。
はるか彼方の地平線の向こうが赤く染まっています。

住宅街から見える夕焼けは、この地球上で生きる人間の営みそのものを
映し出しているように見えました。
「美しいなぁ」
夕陽の周りが赤く見えるのは、太陽から届く光の距離の変化によるものです。
私たちから見ると太陽の動きは真上から横へ移動していきます。
と同時に、私たちのいる場所と太陽との距離は長くなります。
大気層を通過する光の距離は日中よりも長くなります。
青い短い波長の光は大気中のチリや水蒸気に反射して拡散します。
日中、空が青く見えるのは、その拡散している距離内に私たちがいるからです。
赤い長い波長の光は遠くまで届きます。
地球が自転しているので私たちは日中いた場所よりも太陽から離れた距離にいます。
その場所で長い波長の光が拡散をします。
その時、私たちから見える空は赤く染まります。
「そんなことはどうでもいいのです」

前日から一睡もしないでこの日を過ごしていた私には、この夕焼けが
「明日もおもいっきり地球を照らしてやるから、お前さんもがんばれよ!」
と太陽が言っているように思えました。
2018年11月25日(日)
夕焼けを見てから数時間後 私は2度に分けて合計14時間眠りました。
それから1週間以上経ちました。
私のブログにはこれといった変化は起きていません。
記事を更新できませんでした。
毎日とか頻繁に記事を更新できている方は本当に偉いと思います。
ひとつの記事にまとめるだけでも、アップする画像を準備するだけでも
相当な時間が必要なはずです。
本当にみなさんはすごい人たちです。
何もない状態からモノを生み出せるのはクリエイターだと思います。
本当に偉い・・。

ずっと真面目に、ひたすら仕事をしています。
天気が良い日の帰りはいつも歩いています。
歩く時のBGMはもちろんBoAさんの曲です。

今現在の曲よりもデビューしてから数年の間の曲の方が完成度が高いと思います。
曲のノリもいいし、格好いいし。
歌詞を聴いていて多くの単語がこころにひっかかります。
まぁ、どうでもいいですね。

で、歩いている時はいろいろな事を考えながら歩くわけです。
家族、友達のこととか。 ずーっと遠い記憶とか。
その中で、みなさんの事もよく考えます。
ブログを通して、今現在 私とかかわりのある方々はブログを始める前までは
一切認識出来ていない方々でした。
いわば、自分以外の地球上で暮らすその他の方々だったのです。
あたりまえのことですが、ブログを通して知っている人が単純に増えました!
記事を読ませていただくことで、どんな考え方をする方なのか。
どんなことに興味を持って日々の生活をされている方なのか。
生活をしている環境はどんな場所なのか。
人を知るということはすごく面白いです。
刺激があります。
ほとんどの方が、私にはない感性や才能を持っている優れた方々です。
こんな頭のいい人いたんだな。 とか 本当にこころがやさしい人なのだろうな。
とか。 仕事をしながら試験に挑み勉強しているがんばり屋さんとか。
ちょっとした工夫と知恵で毎日の生活を豊かにしている方 とか。
夫婦仲がよくてご主人を最大に立てて、理想的な家庭を築いている方とか。
好奇心旺盛でかわいらしさがある方とか。
事象の捉え方が詩的で美しい言葉が並ぶ文章を書ける方とか。
しかも、すさまじく美人な方 とか。
みなさん、いろんな魅力を持っていて記事を読ませていただいているだけで
毎日があっという間に過ぎてしまいます。
(記事が書けない理由を人のせいにするなよ!)

仕事場と家とを往復しているだけでは人間関係も希薄になります。
私の場合、仕事関係以外での友人、知人というのはほんのわずかな人たちだけです。
ブログを通して人間関係がふくらんだというのはやはり私の人生に於いて
大きな収穫だと思っています。
実際に何名かの方たちとお会いしたこともあります。
会ってがっかりしたという方はひとりもいませんでした。
それまでは文字だけでしか知り得なかった方たちの実像は実にエネルギッシュで
日常を愉しんで生きているという感じの方々でした。
そして、当然のようにしっかりとした自分を持っています。
実際には思い悩む事柄も抱えているかもしれません。
けれども話をしていると、こちらまで元気になったり、何かヤル気が起きたり
といった刺激を受けている自分に気がつきました。

で、頭に浮かんだのは「袖振り合うも多生の縁」という言葉です。
まさしく、これは今起きている事を言い得ていると思うのです。
人との縁はすべて単なる偶然ではなく深い因縁によって起こるものであって
どんな出会いも大切にしなければならないという仏教的な教えに基づく
ものだそうです。
「多生」というのは六道を輪廻して何度も生まれ変わるという意味です。
「六道」とは冥界にある世界の事で「地獄道」「餓鬼道」「畜生道」「修羅道」
「人間道」「天道」の6つの世界をいうのだそうです。
現世で生きている間に行った行為によって、死後にこの6つのうちのどこかの世界へ
行きあちらこちらへと魂が6つの世界を回り続けるのだそうです。
冥界は極楽と地獄の2種類だけの世界ではなかったのですね。
「多生の縁」は前世で結ばれた因縁のことだそうです。
前世での縁によってすでに会うことが決められている
ということらしいです。(ホントかよ!)
ということは、今のこの現世で交流できている方々とは過去のどこかの時代に
すでに会っていて、「生まれ変わったら会おうね!」とか約束していたのでしょうか?
そういえば、○○さんとは1657年の振袖火事の直前に長屋の水桶を置いて
ある場所で「生まれ変わったらまた会おうね!」と約束したような気がします。
※(少しずつ妄想モードのギアが上がってきていますのでご注意ください)

そうか、人は生まれ変われるのか。
ムムッ、待てよ。
生まれ変わるという事は現世から いなくなった人はどうなるんだ!?
冥界に行って、そこで花畑とかがあってのんびりと暮らしているのではないのか?
生まれ変わったら、冥界での存在はなくなるのか?
そんなはずはないはずです。
冥界に旅立った方たちは永遠の命を得てずっとそこにいるのではないでしょうか?
しかし、生まれ変わるということは・・。
うーん、矛盾が生じますね。
いくつもの場所に同じ人が何人も存在出来るわけはないのです。
おっ、そうだ! 考え方を変えれば可能だぞ!
パラレルワールドが存在すればこれは可能になるのではないでしょうか?
パラレルワールドとは現行の世界と並列に存在している別の世界です。
パラレルワールドと現世とが、どこかで時空のトンネルで結ばれているとしたら・・。

私の過去記事を全部読んでくださった方がいます。
人類史に残る名言「ご飯って幸せです」という言葉を発信された あきさん です。
私からすれば、世の中のおいしい食べものすべての研究者です。
食べるだけではなく、同じものを作れるプロ顔負けの技術があります。
(余談ですが、サンマの塩焼きを食べさせたら世界一きれいに食べる方です。)
私の過去記事にコメントが入り、私も過去に戻りました。
不思議な感覚に陥りました。
その方と私は過去の時代で会えたように思えたのです。
その方は自分の現在生活しているタイムライン上で自分の過去の時間に
私との出来事を置き留めたのです。
私も同様にその記憶を自分の過去のものとして(脳が勝手に)認識しました。
これって、精神的なパラレルワールドなのではないでしょうか?
すべてを精神世界に結び付けたら世の中の矛盾はなくなるかもしれません。
けれども、今 私が考えている矛盾はこうでも考えない限り整理が出来ません。

私にとって、コンピュータの存在(特にインターネット)は全く新たな世界
を切り拓いてくれました。
2016年に「ブログ」の世界の扉も開けてしまいました。
これにより、また もうひとり新しい自分と出会えたのです。
私がブログを運営されている方たちと会うことや文字上での交流で、
何かしらの形で摩擦は起きます。
物理的というよりは精神的に受ける摩擦の方が大きいと思います。
その摩擦は時には互いに感じる「刺激」であったりします。
人と接すれば摩擦が起きて、熱が生まれます。
熱はエネルギーに変換できます。
その熱は時には予期しない大きなエネルギーを生み出すというわけです。
そこに「まったく新しいモノ」が生み出される可能性があるのです。

私はみなさんのおかげで、たくさんの刺激を受け それをエネルギーに
変換してきました。
本当にありがたいことです。
私のプロフィール画像はこれです。
私とは似ても似つきませんが、かわいいでしょ!?
( ↑ ルイちゃん 作 2017年3月26日 受け取りました)
この絵はブログで知り合い、交流させていただいている ルイちゃんが
(当時 小学6年生)わざわざ描いてくれて私に贈ってくれたものです。
私がブログの扉を開けなければ、ルイちゃんもこの絵を描くことはなかった
はずです。 ルイちゃんがこの絵を描いていなければこの記事も存在しないはずです。
(そういえば、太古の時代 恐竜に追いかけられている時に横で一緒に走って
逃げていたのはルイちゃんだったような気がしてきました・・ホントかよ!)

( ↑ 2018年2月14日 ルイちゃん 作)
かわいいイラストを描く方で、私もよくおじゃまさせていただいている
イラストレーターの先生がいます。 さいとう まり先生です。
プロ中のプロの仕事人だと私は思っています。
揺るがない長い実績もある方です。
アーチストというか芸術家なのに、ありがちな自己中心的な部分が一切ありません。
仕事は個人だけでするものではなくて、チームでするもの。
だから同じチームの意見にはしっかりと耳を傾ける。
作品に反映させる。 といったポリシーの方です。
しっかりとした自分自身の考えを維持してさらにチーム全体の意見も取り入れて
作品に反映させるその姿勢はプロ中のプロと言えるのです。

描く絵にもこまやかなメッセージが含まれています。
本来 家族ってこんな感じであるべきとか 夫婦ってこんな感じであるべき とか。
見ているこちらまで、穏やかで幸せを感じられるような絵を描く方です。
1つの表紙のイラストの中にきめ細やかなストーリーがふんだんに取り入れられています。
登場人物の話している内容が自然に聞こえてくるようです。
記事の内容は主に月刊誌の表紙のイラストが完成するまでを惜しげもなく公開しています。

今年の8月、私は先生の記事にコメントを入れました。
そしたら、アシスタントでもない私の意見を先生は受け止めてくれました。
そして、すぐに自分の作品に反映できるかどうか試してくれたのです。
その作品がこれです。

クロスワードDAY 12月号 (30周年記念号) これはchoco家の家宝 確定です。

( ↑ 2018年12月号 表紙 制作途中 さいとうまり先生)

( ↑ 2018年12月号 表紙 制作途中 さいとうまり先生)

( ↑ 2018年12月号 表紙 完成版 さいとうまり先生)
下書きからはじまり、最終的な完成版までです。
先生の試行錯誤の連続でやっとひとつの作品が生まれます。

先生は私の実家の愛車Keiさんまで描こうとしてくれました。
とても うれしかったです。

( ↑ 2019年2月号 表紙 ラフ版 さいとうまり先生)
このアイディアは編集部の意向によって結局 ボツになりました。
(車のスペース分、愉しげな雪投げの描写に使えるのでその方がよかったなと思います。)
けれども、先生のしゃれっ気というか粋なはからいにはとても感激しました。

( ↑ 2019年2月号 表紙 完成版 さいとうまり先生)
これもまた、人と人が出会ったことによる、摩擦からのエネルギーへの変換
が成されたと言うことが出来ると思うのです。

現世の時間軸で考えると、ブログの世界はまるでパラレルワールドの
ように思えます。
現実の世界のはずですが、手を伸ばしても届かない世界です。
でも、その世界の方とは実際に文字で会話も出来るし、会えたりもします。
現実の世界の中にもうひとつの現実の世界が確実にあるのです。
ただ、ひとつの違いは時間の経過が現行の現実とは違い止っているかのように
ゆるやかだということです。
私の記事を読んでくださった あなたはわたしにとって特別な方です。
「まさか、この時代でまたお会い出来るとは思っていませんでした。」
「会えてよかったです。」

( ↑ 2017年12月23日 ルイちゃん 作)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。