大破壊が生み出したボランティアパワー | ちょこボラ!しよう

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「ちょこボラ」とは、「ちょこっとボランティアする」こと。今すぐ簡単にはじめられる「ちょこボラ」の数々を紹介します。

 もはや理想や建て前ではなく、良心に忠実に生きること、「ちょこボラ」な気持ちを大切にして生きていくことが、人生を豊かに送るための一大ポイントだということを、すでに多くの人が気づきはじめていると思います。
 このような感覚を人々に気づかせる大きなきっかけとなったのが、一九九五年に起きた阪神淡路大震災です。
 被災地の惨澹たるありさまを、メディアの報道を通じて知った多くの人々が、援助物資を送ったりみずから被災地におもむくなどして被災者たちの力になろうとしたことは、いまだ記憶に新しいところ。約六五〇〇人の死者を出し、四〇万もの世帯を瓦礫と化したこの震災は、私たちの文明に未曾有の大破壊をもたらしました。が、その一方で、一日平均二万人、三ヶ月で延べ一一七万人ものボランティア参加者を生み出し、人々の善意を集結させた“一大ボランティアパワー”を発揮させもしたのです。現在、阪神淡路大震災の起きた一九九五年は「ボランティア元年」とされ、震災日の一月一七日は「防災とボランティアの日」と定められています。
 これがきっかけとなって、これまで日本ではあまり一般的でなかった“ボランティアする”ことがにわかに活気づきました。非営利で社会貢献活動をする市民団体などが、税制上の優遇を受けられるためのNPO法案が制度化されるなど、ボランティア活動を国家レベルで支援しようという動きも少しずつ見られるようになりました。ボランティアという行為が、ようやく日の目を見始めた、市民権を得始めたわけです。
 もちろん、この阪神淡路大震災で活躍した人々のなかには、ちょこっとどころか、ものすごいボランティアパワーを発揮した人が数多くいたと思います。でも、こうしたものすごいパワーを発揮した人たちが、ボランティアに関して常日頃から高い意識をもっていたかというと、決してそんなことはないのじゃないでしょうか。震災のインパクトにショックを受けて、突き動かされるようにして不慣れなボランティアに踏み出したという人のほうが、むしろ多数派だったのではないでしょうか。
 震災のもつはかりしれないパワーが、ひとりひとりの心のなかにかくされていた「ちょこボラ」な気持ちに火をつけて、一気に爆発させた。小さな種か、あるいは芽程度だったものをあっというまに大樹にまで急成長させた。この震災で発揮されたボランティアパワーは、まさに「ちょこボラ」の大集結だったのはないかと、そう思います。
 人間のなかで冬眠状態だったともいうべき「助け合う」という本能。それを目覚めさせるほどの出来事だったと思うと、震災のおそろしさをあらためて痛感せずにはいられません。

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