ふぅ~。とうとうまた律儀にこの時期がやってきましたよ。そう、躁の時期(-_-;)

躁になると私の判断で薬を上限まで様子を見ながら増やすのだけれど、以前からどのぐらいの段階で薬を増やすのがいいのか!?というのが悩みどころでした。あまり他人の判断で薬を増やして押さえつけるのもなんだか悪い?ような気がしたり、軽いうちから増やすとひどくなった時に効果がなくなるかも、と思ったりして・・・家族の方は皆そうなのかな・・・

で、先月メンタル診察時に先生に「ほんのちょっと予兆があっただけで薬を増やしたらその後少しは軽くなるんですか?」と聞いてみたところ、「少しは効果があるかもしれません(^_^;)」という返答で、今回はちょうど診察日から気分が上がりかけたところだったのだけれど先生もすぐに気付いて「全然前(躁でない時期)と様子が違うのわかりますねぇ~。予防的に薬を増やしていいですよ」と言われたので、思い切って上限に近いぐらいまで一気に増やしてみました。

そしたら次の日はいきなり落ち着いていて、やっぱり早く多くしたほうがいいのか、と思ったけれどその3日後ぐらいにはまたUP(; _ ;) それでまた0.5錠増やしたところ、夕方は少し落ち着いた様子になって喜んだけれどまた翌朝は元通り(>_<) でも増やすとすぐ効果が感じられたし元通りとはいえまだごく軽い状態なのでやっぱり薬はすぐにかなりの量に増やすべきなのかも。そんな訳で今日は遂に覚悟をきめて(^_^;)リスパダールを上限まで増やそうかと思っています。(といってもあとたったの0.5錠だけど) あと追加できるのは睡眠薬1錠だけ(T_T)

うちは高齢者のため副作用の心配が大きいのであまり多く飲めないのがツライところです。

本当に躁がひどい時は全く薬の効果が感じられないのでもっと薬を増やしたい!!という衝動にかられる私(; _ ;) 短い間なら先生に指示された上限よりもう少し増やしても大丈夫なのかも?と最近考えたりします。これも次回先生に聞いてみよう。

今回はこの先どれぐらいの状態になるのか・・・薬を増やしたい衝動との戦いになるのかなぁ。

前回のひどい躁の終わりから1ヶ月半ぐらい?経った頃からまたまた律儀に次の波がやってきています(^_^;)

これまで少しupしたかなと思ったら少し薬を増やし、また少しupしたら少し増やす、という方法で早めに躁を抑えるよう対処してきたのだけれど、前回の躁がひどかったのを受けて今回は「少し上がったな、でもまだ躁ではなく少ーし元気になっただけ」という第一段階で思い切って一気に薬を躁の状態の時の量まで増やす、という方法をとってみました。そのおかげなのかはよくわからないけど、前回よりは上がらずに終わりそう。でも薬を増やしてすぐ大人しくなるとかそういう即効性は感じられなくて、メンタルの先生に聞いてみたら(早めに増やすのは)「少しは予防になるかも」だそう(-_-;)

私がそれを聞いた診察の時に姑が先生に聞いたのは「躁は悪い事ですか?」でした・・・(; _ ;)

毎回躁になりかけの時期に一生懸命「今躁になりかかってるから気をつけてね」と説明してきた私としては、躁時は病識をもつのは難しいというのは知ってはいたけれど、聞きたくない言葉でショックでした・・・

先生に「この病気の人は皆そうです。躁の時は自分が病気だということがわかりません」と言われ、そうだよなぁ、と思いつつも、でも具体的なやめてほしいこと等はあきらめずにお願いしていこう、と思ったのでした。

今回もまたあと二週間ほどで波がひいていくことがわかっているのだから、私なりに毎回少しは成長しながら波をかわしていかなくてはね。




前回書いた2年に1度の一大イベント、遠方への墓参りから姑・夫が帰ってきて一カ月以上が経った。

行く前から躁転していた姑は帰ってきてから更にパワーアップ(>_<) 前回のブログで私自身の自己分析をして、周りは大変でも元気のいい時もあるほうが姑にとっては幸せだろう・・・と少し今までの自分を反省するようなことを言っていた私だけれど、やっぱり躁状態に我慢できなくなって、思っていることをいったらものすごくキレられたり、夫の見当違いな言動にイラッとしたりしているうちに、ある日突然心が「ぽきん」と折れてしまって、「もうムリ。この場から逃げたい。私がいないほうが姑と夫は幸せだ」という気持ちになってしまった。姑も「私がいないほうがいいだろう。出て行くから!」と言い、最悪の状態(結局出て行かなかったが(-_-;))

家族ででかけるはずだったゴールデンウィークの一日も「もうムリだから私は行かない」と夫に言い放ち、一人家でずっと泣いていた。

でもやっぱり娘は私がいるほうが絶対にいいのだから、どうしていいかもうわからない!!と思いながら何日かが過ぎていき、結果とりあえず私はこの家の家政婦のミタとして過ごそう(「ミタ」は余計だけれど)、となんともネガティブな結論を出し、また何日かが過ぎていったのでした。家政婦なら自分は他人だから家族なら腹の立つことも第三者の立場で「ここの人達は厄介ね」ぐらいの感じでやり過ごせるかも、と思ったから・・・

そうこうするうち、躁の時期が終わり、今はすっかりまた別人に(-_-;) それとともになにか悲しいけれど私は逆に元の自分を取り戻し、また元気になったのでした。このままずっと暗い気持ちが続くかと思ったけれど、状況が変われば意外と人間は持ち直せるものですね・・・

ところで今回の躁が終わってみて思うのは、今まで姑はⅡ型だと勝手に思っていたけれど、本当にⅡ型なの?ってこと。本等で見るとⅠ型とⅡ型の違いは躁が入院が必要な程だったり、他人に被害を及ぼすぐらいのものがⅠ型で、 すごく元気がいい程度で他人は気づかないぐらいがⅡ型、と書いてあるけれど、姑の場合入院まではいかないけれどお金があるだけすぐ使ってしまうし、どなりちらすし、どう考えても他人に迷惑がかかってる。でもたまにしか会わない人はわからない程度かもしれない。でももともとの同居のきっかけは躁状態?(だったかどうかは遠方で暮らしていたため不明)で入院し、認知症と誤診されたのが始まりなのだ。ということは・・・?Ⅱ型だけどかなり回復して今の状態になったということ??Ⅱ型の人がよくなってくるとⅠ型に変わるの??

Ⅰ型でもⅡ型でもうつの程度は変わらないらしいけれど、姑はうつも普通より軽いのです。デイサービスや老人会の集まり等の決まった用事は一度も休まず行けているのだ。同居してすぐの頃は薬ものまない、お風呂も入らない、とか言っていたがその後はそんなこともなく軽い状態。「軽うつ」という言葉は聞いたことがないからⅡ型だけど服薬等でかなり躁もうつもおさえられている、ということかしら?

この点謎です(^_^;) メンタルの先生に聞けばいいことではあるんだけどね。

とにかく今後もまた私自身がこわれてしまう可能性もあるので、今回は結局行きそびれてしまったけれど、要介護の人向けのショートステイの精神障害者版的なものがないか市の相談窓口に相談しないといけないかも。

やっぱり前回書いた心配がその通りになりつつあるかも・・・という状況になってきました(汗)

イベント(遠方への墓参り)がいよいよ近づいてきて、途端にじわじわUpしてきている。笑ったり、娘に声をかけたりする度「ギクッ」としながらも、まだうつではなくなってきた程度だなーと何日か前までは思っていたけれど、この間は朝から化粧して、口数も増えて「あ~っ、とうとうか?!」という感じ(泣)

でもこのギリギリ中間の状態が長く続くなら、それはベストの状態なので喜ぶべきことなのだけれど、うちの姑は今まで中間期がほとんどなく上か下かなので私にとってはどうしてもショックでしかないんですよね(-_-;)

本人に「上がってきたみたいだけどどんな気分?」と聞いてみたら、いつものように、「わからない」だって。多分「ちょっと元気になるとすぐ調子悪いって言わないでほしいわ」と心の中で思ってるのかも。

夫に「やっぱり墓参りに行くって言ったから気分が上がってきた(泣)」と言うと「ていうか時期的にもう躁になってくる時だろう」とのいつもながらの潔い?答え。確かに今回いつもよりかなり長いこと躁にならずにもちこたえてきたので夫の言う通りなのだ(^_^;) でもやっぱり一因になってるには違いないと思うんだけど・・・

毎回毎回躁の時の色々な迷惑行為が辛くて少しでも上がってくるとイヤで仕方なくて、でも「ちょっと上がっただけでそんなにイヤがることじゃないんじゃないの?せっちゃん(斉藤和義サン)も「Don't Worry. Be happy. 全然大したことじゃない。命取られる訳じゃない♪」って歌ってるじゃん(^. ^)」と自分で自分の気持ちについてあらためて色々考えてみた。

大体姑が笑って話したりするだけでイヤな気持ちになってしまうなんて・・・ずーっとただ静かに過ごしてるだけの人生ってどうなの?そんなの気の毒だから元気でいられる時期があるほうが絶対いいよね?じゃあどうしてこんなにイヤなんだろう?と考えてみると、結局「ジコチュー」なんだよなーという考えに至りました(-_-)

静かにしてくれていたほうが何も邪魔されずに私の思い通りに事が運ぶというか・・・特に娘のことに関しては、気分が上がってくると当然色々娘とも関わるようになって、私とはしつけ方等考え方が違うのでよくある嫁姑問題みたいな悩みもでてくる訳で・・・

躁がひどくなるとツライからだけじゃなく、自分の思うようにラクに生活したいという自己中心的な考えが強いからこそ姑が気分よく話をしたりするだけで拒否反応がでてしまうんだろうなぁ(; _ ;) そもそもこのブログも自分の悩みを吐き出したいからやっているようなものだし・・・ もう少し人の幸せも考えられるような人にならないといけないですねぇ。でも性格とかってなかなか簡単に変えられないんだよなー(T_T)

まだまだ色々模索しながらの日々が続きそうです。



P.S 3時のおやつ様

突然すみません。

以前メッセージ頂き返信させて頂いたのですが届いていましたでしょうか。

ブログ等はやってみえないようなので、メッセージ受信のページも見られるのかどうかなと少し不安になったので・・・

3月中頃からいつものように「そろそろ躁が来るかな」と思っていたけれど、なんと今のところまだ軽いうつの状態が続いている。こんなにもつなんて、また感謝感謝。でも「躁にならずにもっている」っていう表現は患者本人からしてみればおかしいですよね。でも家族としてはどうしてもこういう表現が率直な表現なのですm(_ _)m


私達の暮らす地域は桜がだいぶ咲いてきたけれど、春は精神を患う方達はどうも調子が悪くなる人が多いとか聞いているので、夫が「花見に行こう!」と言った時は真っ先に姑のことが頭をよぎってしまった(-_-;;)

それと今月は2年に1回は主人が連れていくと決めている墓参り(遠方)にも行くことになり、以前も書いたけれどイベント事は患者さんにとって躁のきっかけになったりするらしいのでまたまた一人不安を感じている私(.>_<)

夫にとにかく姑の負担にならないようにと話すと「もうそんな先が長くないんだからゆっくり(墓参り以外にもついでに色々行ったり)させてあげたほうがいいんじゃないか」との返事。なんてやさしいんでしょう!!本当に感心してしまう。やっぱり実の親かそうでないかの違いも大きいんだろうけれど。私も自分の親だったらそう思うかなぁ。

墓参りに行く時期も大変だから躁時でない時を狙って行った方がいいよね、という私に「確かに大変な時もあるけどでもまぁうつの行きたくない時に連れてくよりいいんじゃない」という夫。躁の時は必要に迫られない限り姑と一緒に外出しないようにしている私とはえらい違いだー。あ、ちなみにこの墓参りも娘が小さい事を理由にいつも私と娘は留守番です(^_^;;)


さあ、この先どうなることやら・・・