姐の部屋 -86ページ目

疲れた

合宿中は何も考えるヒマもなく怒濤のように弾き続けていたし
独りになる時間もなかったけど
帰りの高速を運転しながら徐々に自分の現実に戻ってゆくのがわかった
  

音楽で生活する身でない自分がこれ以上「音楽」に走るには
この2年の私は稼ぎがなさすぎる、というのは深刻な問題。
現実の生活基盤を自分以外に負っているというのは、
自分の依って立つ基盤をとても不安定にするんだな。
特に私のこれまでしてきたような生き方を貫こうとすれば。
  

3年前私はまだ音「こちらがわ」にいなかった。
「あちらがわ」にいた。
だけど年々「こちらがわ」に心の住処が変わっていくのを感じる。
そしてそれが自分の「元居た側」だったことも自覚している
 
そのことが「あちらがわ」で築いてきたものに亀裂をつくっているのも感じる。
 
 
いつかはその亀裂は決定的になるのか、
それともやり過ごして逃げ切れるのか。
わからない。
  
 
自分の人生は周期的に不安定になっていたけど、
そろそろその不安定周期が来ているということなのか?
もうないと思っていたのになぁ。
  



人生でどうにもならないことは、やっぱりあると思う。 
お金のことなどではなく。
 
 

たとえば自分を含めて「ひとの心」。
 

一度「気づいてしまったもの」に再び蓋をするのは良いことなのかどうか。
 
 
悩ましい。
 

「流れ」に逆らわないのが自分のこれまでのやり方だったが。

 
不惑どころか惑い続ける人生だよな。
 

 
 
 

明日からお留守

「運転はオトコにまかせとけ!」タイプの夫と一緒になって15年(16年だっけ)
 
それまでの彼は、んなこと言わなかったし、昔はひとりでどこでも運転して行ったのに、もう、すっかり「ハンドル不精」になっちゃったんだよね
 
「気分転換に安曇野」とか「日光まわってこよ」とか日帰りで走り回っていた日々はいずこ。
 

近場や都内は自分で走るけど高速に乗ってお出かけのときは、いつも助手席になってしまってたから、ひとりで軽井沢までなんて私大丈夫かしらん。
 
まあいいや。
 

でもな
 

私ねえ 「相部屋」だめなタイプなの。
寝るとき独りがいいのね。
  
若い頃はもっと極端だった。
彼氏以外とは泊まりで出かけなかったぐらい。
 
まあ その頃に比べたら、鍛えられて大丈夫になったものの、本質は変わらないから選べるなら独りが断然いいです。

人と居るとものすごーーーーーーーーーーーく気を使うんだよね。
消耗しまくる。
 
端からはそう見えないかもしれないけどね…

まあ 3泊ぐらい頑張るわ。
 

渋滞したらイヤだからゆっくり出発しよう。
ガソリンも満タンにしなきゃ。
 
関越を独りで走るなんて超久しぶりだ~
 



 

 

ああ

この夏と秋を一気に走り抜けなければ
 
なんとしてでも
 
イザナギとイザナミじゃないけど
振り返れば黄泉の坂を転げ落ちそうになる