皆さん、こんばんは。


河西景翔です。

昨日の記事、たくさんの方に読んでいただけたようで嬉しく思います。

さて、皆さんはSDGsというワードを知っていますか?

この、SDGsを保育に取り入れているアソシエインターナショナルさん。

その様子を記事にしたものが公開されました。


日本の保育を変える。

アソシエさんの取り組みに、今後も大注目です。





おはようございます。

先日、私がインタビューを受けた記事が公開されました。



なんと!トップ記事だそう。






なんで保育士になったんだろう。

辛い。

苦しい。

そんな場面に何度もたちました。

立ちながらも、子どもや未来の保育士のためにも自分が頑張らなきゃって感じ、頑張っています。

そして、今回のインタビュアーは、森永拓郎氏のご子息である、森永康平さんだったのですが、森永さんともmiracoを経由して知り合いました。

私がそこに出向いて行かなかったら、きっと出会うことは無かったでしょう。

先日、こんなこともありました。


六本木アートナイトからの帰りに、最寄駅の階段で、おじさんが豪快に寝ていて、


大丈夫かなー。と横目で通り過ごしたのですが、その方の近くに挙動不審のようにフラフラしていた(置き引きか?)人がいたので、益々目が離せなくなってしまったんです。


近くのコンビニに水を買いに行き、飲ませてとりあえずタクシーか交番まで連れて行こうと、肩にかけて歩き出したけど、重い。


飲んでるから余計に、負荷がかかり重いんですよね。


そうこうするうちに、その方の電話のバイブが震え、電話に出させると、電話越しに奥様?の声が。


おじさんは呂律が回らず、自分が代わりに事情を説明。


すると、駅から近いので迎えに行くと奥様。


おじさんを支えながら待つこと10分。



 『すいません。本当にすいません。』


 頭を下げる奥様。


私は、



『お互い様ですから。』


と答え、帰ろうとすると、後ろから更に声をかけられ、


『迷惑をかけたから』



とお金を渡されそうに。


そんな気持ちじゃないからと断り、その場を去ろうと再度挨拶をしたところで、



顔を上げると…


お互いに 『あー!!!!!』 


と声をあげた私たち。



なんと、以前勤めていた保育園で仲の良かったパートの方でした。


お互いに、旦那さまをそっちのけで、懐かしさに握手握手。




この方は、現場でヘマばかりしていた私を、先輩からかばってくれたり、時には勇気付けてくれたり、職場のストレスで食事が取れなくなってしまった時も、気を遣い、タッパーに食べられるものだけでも…と煮物などを作って持ってきてくれたっけ。


本当、びっくりし過ぎるくらいに偶然。



 『私も先生に会いたかったのよ。元気かな?っていつも思ってたんだから。』 



そう声をかけてもらい、昔の思い出が蘇り、更に涙がこみ上げてしまいました。


連絡先を交換して、またゆっくり再会する約束をして、旦那さんをタクシーに乗せて帰って行きました。


人は1人じゃない。


そう教えてくれたのは、この人でした。


だから、私も出来る限りは誰かの助けになりたいし、そういう人でいたい。


切に願うんです。


最近嬉しい引き寄せばかり。


これからも沢山引き寄せられますように。


記事、是非シェアしてくださると嬉しいです。



よろしくお願い申し上げます。。




子ども図書館で出会った絵本。


『青い目のペサラク』


なんでも青く見えてしまう彼は、両親や周りの大人から非難されてしまう。


本人は、青い世界が気に入っていたのに、無理やり医者に連れて行かれ、目薬をうたれる。


途端に、彼の目の前に広がっていた美しい世界が、真っ黒になってしまい、彼は『こんな目に合わせて嬉しいのか!』と嘆く。


私は、この本を読んで、3歳児の時に受け持っていた子を思い出した。


黄色が好きなその子は、色を塗る時にいつも黄色をメインに塗っていた。


髪も黄色。服も黄色。花も木も黄色。


周りの子は、『こんな木はないよ!』と言われても、彼は黄色で塗っていた。


保護者も、展覧会で我が子だけ黄色一色しか使わない作品を見て、私に対して


『他の色も使うよう指導してください!』と訴えてきた。


私は、絵というのは色々な色を塗ればいいわけではなく、そこに何を表現したか?というのが重要だと思っている。


それに加えて、日本のクレヨンは大体が12色。それしかない中で、違う色を使うなんて酷。


だから、様子を見ていた。


朝登園して、自由時間に画用紙に絵を描いていたのだが、ある日を境にぱたっと描かなくなった。


元気もなくなり、俯くことが多くなり、ある日その子に聞いてみた。


『どうして絵を描かなくなったの?』と。


すると、堰を切ったように泣き出し、その子は


『ママもパパもジジもババもきいろのクレヨンかくしちゃった。きいろはだめだって。なんでだめなの?』と訴えてきた。


私は、返す言葉が見つからず、こんな小さな子がそんなにも悩んでいた事に悲しくて悲しくて仕方なかった。


直ぐに、保護者と面談をして、日中の様子などを話した。色を奪ったことで起きた弊害に、お母さんも泣いてしまい、これからどうしていくかを話していった。


黄色い世界を返してもらうと、またいつものように画用紙に絵を描いたり、元気になり、一安心した。


3月のある日。彼は登園すると、いつものようにクレヨンを出して描き始めた。担任が変わることがわかっていたので、こんな姿もあと少しかー。とその姿を見つめていた。


『せんせー。はい。』手渡された、画用紙には黄色の他にピンクや赤いチューリップが描かれていた。



『わー。絵が上手になったね。ありがとう。』


色々な色が使えるようになったんだね。と喉元まで出かけたけど言わなかった。

色が使えることが偉いことではないから。


ただ、その子は黄色に満足したんだなーと同時に感じた。


ペサラクの青く見えていた世界は、病気だったのか、彼の色の捉え方がそうだったのかは、わからない。


ただ、1つ言えるのは、大人が勝手な価値観で、子どもの価値観までを奪ってしまうのは絶対にダメだということ。


子どもの目線に立って、考えていく。


全てが大人の価値観が正しいとは限らないのだから。