『空間』 ~Sさんより頂いた詩
白・黒・赤・青…。幾つもの光がソノ場所を照らす。
そして、光と影。人の心の『陰と陽』を映しているようだ。
君はソノ中に居て、自分を輝かせ始める。
また、空間を動かし、流れを作り出す音・音楽。
空間に居る全ての者たちが、それを基点にし、
今ある全ての自分の想いを体で表現する。
今日、僕は初めてソノ場所へ行き、
ソノ場所の「迫力」「大きさ」「強さ」を感じた。
僕の体の中に、堂々の存在を残して…。
僕の目は、空間の中心に趣く。
君の姿を追うも、空間に圧倒され、ソコヘ引きづり込まれる。
全員が作り出す空間に。
これが目に見えない力なんだと感じさせられた。
気持ちを落ち着かせられるようになり、
やっと、君を感じられる時間を持てるようになって、君を見詰めていた。
ソノ空間で、輝きを増した君は、僕に伝えた通りに、
光と空間を感じ、体を精一杯に使い、気持ちと勢いを込めて、表現をしていたね。
僕は、君の居る場所が何だか遠くに感じ、
届かないところに居る人なんだなと悲しくも想ってしまった。
君の生きる場所、君の活きる場所。それがソコに在る。
光と空間とその中に…。
君の輝きと躍動は、僕に激動と感動を伝えた。
君の輝きはソノ全体に負けず、
自分と言うもの、君それ自身という表現を残していたと想う。
君の姿、君の強さ、君の存在意義。
少なくとも僕はソレを感じ、ソレを見守った。
輝き、舞う、素晴しき君。『愛』という言葉の表現さえも作る君。
君の目指す、光と風と空気を感じる気持ち。感じる舞。
君にはソレが出来ていると想う、僕には伝わったのだから。
君を包む人達が、君のソノ力に圧倒され。賞賛していたよ。素晴しいことだよ。
君は輝き。君は舞う。この気持ちを伝え続ける事が出来るまで。
君の居る限り、意識は続き、受け継がれる。
君の舞う場所に居られた事に、心より感謝。ありがとう。
これからも、輝き、愛すべき君で居て欲しい。君の輝きが僕の力になるから。
進め!光れ!輝け!君の全てをこれからも…、ずっと。愛しいほどに…。
★ ★ ★
舞台を観てお友達が感想を詩にしてくれました。
嬉しかったのでここに…
本番
すばらしく楽しかった。
素敵な仲間たちと最高の時間を過ごすことができました。
観にきてくださった方、応援や元気をくださった方、ひそかに見守ってくださった方、本当にありがとうございました。
ちょっとよろよろもしちゃったしテンションもちょっと高すぎたけれど…私らしく踊れたと思います。
また、ゆっくり書きます。
がらがら鞄、リンクするものごと
新宿村でのリハーサルが終わった。
やっぱり広い場所での空間の保ち方は難しい。お客さんがいて自分の気持ちをもっと満たしてくれたら違うのだろうということはわかってはいるのだけれど。
終わってから出演者だけでダメ出しをする。
こういう時間って本当に楽しい。そして本当に勉強になる。
私はこういうとき「○○ちゃんの立ち姿が男役みたいにりりしいよね」とか「そこジャズってる」とか「目立とうとしすぎ」とか言われて笑われてしまうんだけれど。それも、まあ、楽しい。個性だ!ともいえるし、ちょっともしかして浮いていないか、心配だけれど。
でもバレリーナたちはちゃんとそこから盗むべきものを見て取り、持ってゆくように思う。
私も本当に見習わないと。
自分の土俵を大事にしつつ。もっと自分自身をopenにして受け入れて一緒の呼吸を感じないと。
そのあと荷物が多いのでガラガラ引くカバンを渋谷に買いに行く。
出演者の一人がバレエダンサーであり今は芸能人のNさんの個人的なパーティに出るというので(TV音痴の私も知ってるひと!)それまでの暇つぶしにも付き合わせてもらう。
この一緒に出演するYちゃんは私が以前観に行った舞台でなんだかとてもいいなと思っていたダンサーだったので、色々話せたことがうれしかった。
本当はもっと早く仲良くしたかったのに・・・引っ込み思案な私は、どきどきしてちゃんとうまく自分から話し掛けることが出来なかったから。
私が観てYちゃんに惚れた時の舞台の苦労話(愚痴とかじゃなくて。本当に前向きで素敵なの。本当に真剣に取り組んでいたからその苦しかったこととか)を聞くことができた。
あの時私に感動を与えてくれたダンサーがそんな想いで踊っていたなんて。
「すごく素敵でしたよ」って、LOVEを伝えにゆけばよかった。
いつか一緒になにかを創りたいな…って、次の舞台はその子の振付けなのだ。そっか。うん。もっと深い話ができる。
結局、パルコ3に行ってカバンを探そうと思っていたのだが大中にでかい丈夫そうなのがあったからそれにしちゃった。
3,045円。
チャックの開け閉めがややつっかかって怪しいけれど、まぁ当分はいいや。
お話をしたのはスペイン坂にあるcafe「人間関係」。
ウッディな感じの素敵なお店でした。
白い靄から逃れない音
空気が冷えて地面の方にたまっているからこんなに遠く感じるのかな、と、その音の層を耳で見ようとする。
疲れてお風呂にも入らず寝てしまったみたいだ。電気もついていたし体にはなにも掛けていない。コンタクトもつけっぱなし。
こんなこと久しぶりだな。
朝早いからお風呂は後回しにすることにしよう。
電気を消して携帯を開く。そしていつものようにお友達の日記を読む。
思い出についての考察。過去を思い起こす自分自身のこと。
読んでいるうちにまた地上の音が気になってくる。今日の音はいつもより…小さいときに親戚のうちに泊まりに行った時に分厚いカーテンの向こうから聞こえてきた外の音に似ている。
いつも思い出の縁どりにある音。メインじゃない、その他のところにある本当におまけみたいな。音だけじゃない。ふと見上げた空の色やレンガ色のたてものの壁、隣のおうちの幸せな匂い。思い出それ自体じゃない、そのまわりにくっついているだけなのに何故か際立っているその感触たち。
でも最後に残るのはその縁取りばっかりのような気がする。記憶がただ繰り返しの洗濯に耐えたあとの褪せたぺらぺらになっても強烈に香りを残すのは、その感覚。
残骸みたいに、時々何とセットなのかわからなくなって一人歩きをはじめたりする。
そしてある時またぴた、ともとの場所に納まって息をしだす。
そんなことを考えながら、朝の光でシルエットになっている自分の指の形を眺める。
薬指が、指の中で一番綺麗だ。私の、というわけじゃなくて総じてそうだという気がする。たぶん一番力がない指だから。
小さいころからキャッチボールや球技をするとよくこの薬指を突き指した。そのおかげでこの指は妙に反るようになっちゃって、形も変だしイヤだなあと思っていた。ずっと習っていたエレクトーンを弾くときも思うように動かずリズムを崩すし。
だけどこの薬指のラインから爪、そして戻って小指の関節、そして手首の小さな骨、それから親指方面。そうやって視線を泳がせて手を眺めると、私の手って変わったなあと思う。
こんな手じゃなかった。
もっとごつごつして女の子らしさがなくて嫌いだと思っていたのに。
今ははっとするようなラインを見いだすことができる。
手が美しくなったのではなくて、きっと今の私の目は、見つけだすことが前よりもずっと上手になったのだろう。
鳥が鳴いている。
それから虫も。
目の見えるようになった鳥たちに見つかっちゃうよ、と心の中のメガホンに口をつけて警告した。
ひとりで立つわけじゃないということ
ついに3日前。
余計な力が抜けている。
でももうひと粘りしたいところだな…まだ全然満足いかない。だめだ。ぐつぐつ煮詰めたい。
今まで、リハーサルでは死ぬ寸前までやる、みたいなところが私にはあったから、そういう満足感はないけれど。
うん、でもちがう部分を磨けていると信じたい。
みんなでビデオを見て、「ビデオってあんまりすごくみえないよね」とさも自分が本当はすごいかのような発言をして笑われる。「実際はもっと飛んでるのにね~」とか「ホントはもっとキレよく踊ってるよね」とかみんなふざけて言い出す。そして笑う。
舞台って。
こうして仲間になれる。
経験もジャンルも私はみんなと違うのに。でもこうして同じ舞台にのることでお互いを認めあう。
不思議に通じてしまう。愛しくなるみたいに。
楽しくて、どきどきした。
そうだ。
この気持ちがもしかしたら足らなかった。
この仲間たちと踊るんだ、っていう、一番の喜び。
はぁ、気付けて本当によかったな。
こうして何でも土壇場で私は気付く。一番ピュアなところに還ることができる。たぶん、うーんと考えたりもがいたりした結果に辿り着くことができたんだろうな。
プレッシャーなんて大好きだし、踊りが好きだからしょうもない自分の弱さには負けない自信…覚悟はある。
でも。
そりゃあいっぱいぐるぐる考えていたんだろうな、私。
苦労なんかじゃないけど。楽しかったから苦痛なんかまったくないけど。
でも見つけだせたのはおそらく少しは頑張った証。
ちょっとへこむのは衣裳がめちゃめちゃラブリーなこと。
萌えられちゃうよ。
★ ★ ★
今日は先生のひとりのお誕生日だった。
くす玉を割ってクラッカーでびっくりさせる。
そのときにYちゃんがこけた。
大事な足をうっていておかしかった。
プレゼントはバズーカ砲。ちゃんと踊らないと撃たれるのだ。

