アマヤドリ -246ページ目

しがみつくばかりじゃなくて、

ちょっとずつ氷が融けてきてるのかなぁっていう気がする。
その先にどこにも辿り着かないんだけど…辿り着くことが目的じゃなくていいや、って思うように少しなれたから。

わー。
もう。
色んな気持ちを抱えてずうっと進んでいくのは大変だなぁ。

でも最後まで放棄しない。
見届けたいんだろうな。ただそれだけ。辿り着かないなら辿り着かないその道筋のこと。


★   ★   ★


バイト先に、辞めることがだいぶ浸透してきた。…といってもすぐに出戻るかもしれないのに…なんだか恥ずかしい。頼む、大げさにしないでくれ~!大げさなのは私の心の中だけで十分。
とはいえ、やっぱり淋しいし送り出してくれることは嬉しいな。みんなが楽しんでくれたらいい。

…まぁ、いっか。戻るときにはえへへ、ってまたお世話になれば。




それに。
ポロの香りみたいに、融けたらその雪と一緒に流れていってくれるものもなければいけないんだ。

きっと。

Newborn baby

多分他の多くの大人の人にとって分かりきったこと、を、私はやっと今実感として掴もうとしている。びっくりしちゃうくらい当たり前のことで私だって分かってるよ、って思っていたことなのに。ここにきて初めて、本当の意味でスタートラインに立ったのかもしれない。別に自分を必要以上にきびしく見ている、とかそんなんではなくて。
何事も考えるよりも感じることのほうが大事なのに、分かっているという思い込みがそれを邪魔していることはすごく多いのだなと思った。

私はもっと自分は素直な人間だと思っていた。感じるまま、ありのまま、すっと受取れるし放出もできる。
でも、そうでもなかった。
ものすごく思い込みが激しいし頑固だし、自分の感性とか感覚とかに頼りきってしまうその甘えが、自分を変な場所に縛っていたかもしれないと思う。
そして、それに気付いた今も、だったらそれをどうしたらいいという明確な方向が分からないでいる。真相に気付いてまだ呆然としている段階。

そのせめぎあいでお互いを押し上げてゆけるようになるのかな。
そんなに私は賢くあれるだろうか、不安だ。



私の手帳には岡本太郎の言葉がいくつか書いてあって、昨夜それを寝る前にふらふら読んでいた。どの言葉も今の私に当てはまる言葉のように思えて、ああ、きっとどんな人もこういうことを通ってゆくんだなあ、という思いを新たにした。

私の友達たちも、お父さんやお母さんや、上司や、先生や、信号ですれちがうおじいさんも。

私が悩んだり楽しかったりするこの時間があるように、それぞれの時間を生きていて葛藤したり幸せがあったりするんだなあ。



ね、こんなの当たり前のことでしょう。

でも本当にこういう風に思えるように、私は今更、なったのです。




戦争がなくなるために一番必要なものは、想像力。

ってかねてから私は思ってきたけれど、その真の意味を私は今まで知らずにいたのかもしれない。

ハリケーン到来

今朝の夢。

俯瞰したかんじで緑や赤膚の山を越えてある土地に来る。
その、途中の景色もとてもすばらしかったんだけれどちょっとうまく思い出せない。
私は誰と一緒にいたんだろう?母かな。でももう少し他人に近かったように思う。
普通の目線で、ガラス窓の向こうに見える景色がすごく綺麗なことを喜ぶ。私が喜んでいることをそのひとが嬉しく思ってくれていることが分かる。

急に気圧が下がって雲が低くたれ込めてくる。ものすごい嵐が来る土地だと分かっている。
一瞬すごい気圧が耳や体にかかる。でも嵐は一瞬で去る。雨も降らないし風で何かが飛んでくることもない。去った後雲を追い掛けるように空を見るとものすごく大きな台風の雲が北へ移動してゆくのが見えた。
すごく厚くて固そうな雲。


こういう気象の異常の夢はよく見る。空間がひずむような感じはいつも似ているかも。

山やら、谷やら。

昨日の通し稽古を終えた後に振付の先生に「みんなの踊りを見て、今日初めてこの振付を通じて何がやりたかったのか、わかった」と言ってもらった。

なんだかものすごく嬉しくて、ちょっとうるうるしてしまった。

自分自身、今とても迷っているというかスランプの時で、自分のよさや自分の信じる方向がわからなくなっている。これは全然落ち込むようなことじゃなくてただもがくべき時期なんだということがわかってるから大丈夫なんだけど…でも、がむしゃらにもがきさえすれば感覚が戻ったり行く先の光が見えてくるというものでもない。無駄、はないんだけれど、やっぱり冷静にもがくべきほうこうを見定めなきゃいけない時があって、今はまさにその時なんじゃないかという気がする。

要するに今までがただ盲目に、いい加減な方向に走ってみすぎだったのだということなのだけれど。

自分が思いっきり踊って満足すればそれでお客さんも満足、という風に考えていたつもりはもちろんないのだけれど、でも私にはもう少し、冷静であることが必要だと感じる。冷静というか、色んな角度から自分を見ること。客観的な視線を想像すること。

もしかしたら本番に、ではなくて練習の時に。

今やっているのは自分の踊り慣れてきた、そして「これが素敵」という感覚を養ってきた分野の踊りじゃない。まだどんな風に踊りたいのか、自分で分かっていない状態。無理やり自分の畑にもっていけるほど浅いものでもないし。

だからちょっと悩めるところだ。イメージを持つには…まずは見ないといけないな。多分、一流を見ることも必要だけれどそうじゃないもっと身近なところから探ること。

微妙ななにか、をつかめるようにならないといけない気がする。

単純でおおまかすぎる。がさつすぎる。

そういうひっかかりは、踊りのうえでもやっぱりひっかかる。

たくさんヒントは与えられているはず。それを敏感に感じ取るのは自分次第。

頑張ろう!

真空パック

としさんに影響されて今日の朝ご飯はヨーグルトにフルーツブランをかけて。それから野菜ジュース。喉もおなかも乾いていたからじんわりしみ込んでゆくように思える。目には空の青が染み込んで。

読みかけて寝てしまった本を最後まで読む。これでこのシリーズを全部読み終えたのだなあと少し淋しい気持ち。でもこれ、改めて最初から読もう。


★   ★   ★


鈍感になってよいことも、あるんだ、

なんだかふと思った。
なんだっけな。
歯磨きをしていてふいに、
あたしが夜、駅からの帰り道に自分の吐く白い息を見ながら『LOVE LOVE LOVE』を歌ってしまうこと、
それをマンションのエレベータで気付いてまただ、って思うこと、
そんなことをぼんやりと想いながら。

少し鈍感になってもいいこともある。
って。


なんでも説明したり追求したり分析できることばかりじゃないって自分のこの中身をみれば分かることなのに
外界にそれを反映させて考えられない、なかなか。
ちょっとわかってきたけれど。
そうしていつのまにかかちかちに
どうして?
なぜなの?
と、追い詰めてしまうことがあった。

鈍感でもいい。
ほおっておいておかなきゃいけないこともある。

全部を表にひっくりかえそうとしなくてもいい。

言ってはいけないこともある。

いわなきゃわからないよ、
とだだをこねるのは、
しばらくやめてみよう。



森 博嗣
赤緑黒白


TRACKBACK

SONNETTEさん へ。

 理解できないことを理解して、初めてやさしくなれるのかもしれない。

 って、思うようになったよ。