伊勢の旅 | 私の気づきは誰かの気づき

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自分の内側と深く繋がった時に生まれる言葉は私だけのものでありながら普遍的と感じられ、どこかの誰かと共有したいという思いから書いています。
人生で起こる全ては自分の本来の光を見つける魂の意図であり、その完璧なまでに入り組んだ美しさに驚嘆するばかりです。

 

二泊三日の伊勢神宮詣りの旅に行って来ました。

 

 

 

今回のこの旅は行く気になった経緯とか時期に参加者全員の意味があるようで、でもそれが何かは未だに掴めない‥‥。

 

 

 

とにかく終わってホッとしている自分が居ます。業務完了?とかに近い感じ。と言っても、やらされた感がある訳でもなく。

 

 

 

前から一度は行きたいと思ってた伊勢神宮ですが、偶然寄った近所の神社が伊勢の分社と分かったので唐突に行く気になり、

 

 

 

検索一発目で目に付いたホテルを予約、中国地方に住む弟夫婦も参加する事になり(=旅先でのアシが確保)

 

 

 

サポートが入ったのか、不思議なスムーズ感で進行しました。

 

 

 

 

GW直前の伊勢市は人も少なく、交通規制もまだ始まっていない状態で、天気も含め観光にはうってつけの状態。

 

 

 

外宮も内宮もお参りしました。昔から多くの人が同じ思いを持って行った道にはエネルギーの流れがあるようで、

 

 

 

通るうち内側から自然と整ってゆくような感覚があります。

 

 

 

どの神域にも多くの大木があり、神社や神域とは元々、エネルギーの交差点につくられたパワースポットだという記事を思い出しました。

 

 

 

その場に居る心地よさはもちろんある。でも今回はなんだか違和感があった。

 

 

 

どうしても「形式」という気がしてしまう。

 

 

 

何故か考えたら、外に求めていない自分が居て、そのあり方に後から気づいた感じです。

 

 

 

私はいつもこんな風に、身体の方の在り方?変化?に後から意識で気づく事が多いです。

 

 

 

いつからか分からないが自分はすでにそんな風に存在していて自分のなかでは当たり前になっていた事に、

 

 

 

環境や状況が変わる事によって気付かされる。

 

 

 

肉体があるからこそ感じられるのだと思いました。

 

 

 

そして先日の満月。

 

 

 

身体と意識の重力を存分に感じた気がします。重くてしんどかったな〜。