内側の静けさを
自分の内の 「静けさ」を掴もうと集中すればするほどうまくいかず、雑念が増えるだけ上手くやろうとする力みに気づき、内側からの "呼びかけ" に従って自らの中心、静けさ、揺るがない場所に合流する方が簡単そう、”合流”なのだ内なる静けさ、自分軸、永遠、完全性、神聖守護霊、ハイヤーセルフ、真の自分、本心など...さまざまな呼び方があるけれどそれらはずっと流れ続けている微細な流れどんな人の中にもあるものそのほとんど何も音を発していないような、微細で静かないのちの流れに合流する尊敬する人の言葉に「完全に見えない世界をそのまま不完全だと見るのは自分が世界の完全性を見ることが出来ていないからである。自分の内の不完全性を通して、その不完全性を含めて自分や自分が住む世界の完全性に気づいてゆく過程こそが尊いのである。」という表現があった不完全な世界そのままで(今は)完璧な現れと見ることが分離という両極に陥らずにいることなのだろうかこれは自分以外、どうなったって無関心、という態度とは違っていて自分が住む世界の不完全性を「プロセス」としてみるということだろうかニュースを(自分に)入れる事を最小限にしている事実だけであればほんの数分の情報だけで十分なのだ「自分の」不安や心配があるからそれが「外側に」よってどうにかなると信じ込んでいるから自分以外の誰かの「正しい」意見を知りたいと思ってしまうどう考えれば正解なのかを求め過ぎてしまうそしてそれが更なる混乱を生んでいる自分の内の静けさを見つけ、その地点からさまざまな情報と接してみると話された内容や書かれた文章に対して違和感を覚えることが多くなったその多くはその内容や文章とは反対のエネルギーが乗っている心を安心させるための方法論が、無意識の不安から発信されていたり批判ではなく否定する言葉にはその人自身の癒されていない負のエネルギーが乗っている自らの癒やされていない部分、または自らを裁いているその部分から言葉を発しているのだろう自分が何に対して不快を感じるのかということを意識的に気づいてゆけば自分の癒されていない部分自分が自分を裁いている部分(ダメ出しをしている部分)に気づいて内側の分離を統合してゆけるユーミンが歌ったように、本当に外側のものはすべてメッセージわたしは自分の内なる静けさを広げてゆきたいと思ったこんな世界がダメと決めつけるより今こそ内側の静けさを見つけてゆきたいちょうど人生もそういう段階不安を埋めるために情報を入れるのではなく不安をなくすための新たな行動を始めるのではなくこれまでの経験にダメ出しするのではなくWhile hiding in a safe place, withholding or deliberately obscure good things as if limited possessions, continuing their voyeuristic behavior and gathering material or from dirty curiosity. But forbid others from doing it.