協力隊が行くような国ではよくある話かもしれない。

 

 

ノッスとは、この国の言葉で『半分』のこと。

 

つまり、この国の通貨【1ポンド】の半分、【0.5ポンド硬貨】のことである。

 

 

 

ノッスをはじめ、硬貨は流通量が少なく、ことあるごとにお釣りがないと言われる。

 

 

ある日のスーパーマーケットにて。

 

紙幣で支払うと、お釣りの代わりに正体不明の10円ガム的なものを手渡される。

しかも何の断りもなく、シレっと次の客の対応を始める店員。

ポカーンな僕。

(まるでガムがお金そのものであるかのようにレジ脇にディスプレイされている)

 

 

こんな状態なんで、なるべく多くの硬貨を確保しておこうと、財布は常にパンパン。

 

ついには5円玉貯金的なのを始めることになる。

 

 

と、

ここでひとつ問題が生じる。

 

 

僕の家から配属先までは、ミクロバスという乗り合いワゴンに乗って向かうのだが、

先日、このミクロバスの運賃が、あろうことに1.5ポンドから1.75ポンドに値上げされたのだ!

 

ノッスでも足りないのに、ロバァ(0.25硬貨)まで必要になる。

 

 

もちろん硬貨不足は僕だけじゃないので、他のお客さんも困っているし、運転手さんも困っている。

そんな時は助け合いの精神で見知らぬ同士が互いに両替し合ったりしている。

 

 

僕は財布パンパンな癖に、硬貨持ってないんだよねとシラを切る。

(毎朝のように繰り返される不毛な駆け引き)

 

だってこんなの、彼ら自身がほんとに困らないと制度は変わらない。

(強引な言い訳)

 

 

 

ホントにお釣りがなくて運転手が困ってる場合は、乗り合いバス同士の連携が素晴らしい。

 

顔見知りか何か知らないけど、並走する別の乗り合いバスに近づき、クラクションをププッと鳴らす。

運転手が窓から紙幣をヒラヒラさせると、それで意思は伝わるのか窓越しに両替。

 

あえて強調するが、器用に運転しながら。

 

 

それで済んでしまうということは、彼らにとって特に問題じゃないのかもしれない。

 

 

ある爺さんの乗客は「硬貨持ってないんだよねー」と言い捨てて強引に降りていったりする。

 

 

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5回目ともなると、特に何って話もない。

だからワークショップ本編のことはさて置きとして、まずは思うことを書く。

 

 

僕は、ワークショップはよりシステマチックであっていいと考えている。

(そのうえで参加者との臨機応変な関わりは重要)

 

わかりやすく言うなら、マニュアルが作れて誰でも真似できるくらいが望ましい。

 

 

新しいネタを求められることはもちろん多いが、手を変え品を変えコロコロやってたところで得られる効果は薄い。

(この国は人口過多のため、1つの学校や保育園につきワークショップ1回という暗黙のルールがあるのも理由)

 

 

いま現在、この国の環境教育はなんかフワフワしている。

ねらいや意図が曖昧で。

実施者も参加者も互いに迷走してて、探り探りな感じ。

 

 

そんな時には、所作が身につくまで何度も何度も繰り返し練習する必要がある。

(もちろん実施者にとっての練習だ)

 

僕はお茶や空手を習っていたが、ちょうどそんなノリで。

 

 

最初は難しくても、だんだん意識しないで体が動くようになったりする。

 

 

 

人間が(特に大人が)何かを習得する際には、ある4つの段階を踏むことが必要だと、前に聞いたことがある。

 

 

【第1ステップ】  意識してないから出来ない。

【第2ステップ】  意識してるけど出来ない。

【第3ステップ】  意識してるから出来る。

【第4ステップ】  意識してないけど出来る。

 

 

で、

 

【第1ステップ】から【第2ステップ】へ移行するためには『学習』

【第2ステップ】から【第3ステップ】へ移行するためには『練習』

【第3ステップ】から【第4ステップ】へ移行するためには『習慣』

 

がそれぞれ必要になるという訳だ。

 

(自転車に乗れるようになるまでの過程を重ねてみるとわかりやすい)

 

 

そして今まさに、保育園でのコラボワークショップは、【第3ステップ】から【第4ステップ】へ移行する段階に差し掛かっている。

 

すなわち『習慣化』。

 

 

 

という長めの前フリで。

 

 

 

実施者:Gさん、幼児教育隊員ふたり、僕 計4人

参加者:保育園の園児20人ほど

 

上司は会議があって見に来られず。

 

 

ワークの内容は、『手遊び歌、紙芝居その1、寸劇、ゴミ拾い玉入れ、ぬりえ』。

習慣化のためにはコンスタントにこなすことこそ大切である。

 

 

特筆すべき事項のみをいくつか。

 

 

 

今日はGさんの活躍が特に光っていた。

 

僕は撮影担当という名目で、紙芝居は幼児教育隊員にフルサポートしてもらった。

Gさんにすべて委ねてボードを支えるだけにしてくれる幼児教育隊員。

 

前回は紙芝居をめくる手順など心配な点が多かったが、今回はパーフェクトと言っていいだろう。

 

 

紙芝居は、Gさんが得意とする講義系の環境教育とも相性がいい。

子どもたちの前に立つGさんは自信に満ち溢れていて、それがとても嬉しかった。

 

 

 

ワークショップ全体の流れについても、Gさんは状況を見て的確に指示してくれた。

「次は寸劇よ」「ここでゴミ拾い玉入れよ」「あなたはそれを持ってて」など。

 

 

打ち合わせについては良くも悪くもあまりしていない。

(ワークの順番すらその場の思いつきでGさんが決めている)

 

でも、だからこそ日本人が頑張り過ぎないで(現地人主体で)ちょうどよくバランスが取れていたように思う。

 

 

誰もやらなきゃ誰かがやるのである。

 

我慢して見守ることの大切さ。

 

 

 

それと、行き帰りの道中、Gさんが自分から紙芝居を持ってくれた。

今までは一緒に持ってよって頼んでも断られてたくらいなのに。

 

 

何だろう。

 

何かが変わり始めている!!

 

 

 

配属先に戻り、今日のワークショップの動画を上司に見せてみる。

 

トータル30分弱の動画を上司は食い入るように見てくれた。

(早回しされるかなと思ったけど)

 

 

協力隊あるあるだけど、ひとりぼっちの活動だと動画や写真を撮るのって難しい。

 

 

帰国後とか、いろんな隊員の活動風景を撮影して世界を旅するのもいいなと思った。

 

 

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今回の記事は、ひとつのプレゼンと捉えている。

 

 

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変な請求メールは届いたりしないので、もっとお気軽な気持ちでいい。

 

 

 

僕はいま、活動の調子がいい。

 

その根拠はさて置きとして、これは紛れもない事実なのだ。

 

 

こういう発言をすると、あいつは傲慢だ説がすぐに流れるのが日本人社会である。

 

でも今回だけは臆せず言う。

 

僕はいま絶好調!絶好調、絶好調、ちょう、ちょう、、(こだまのイメージ)

 

 

そして調子がいいだけではなく、お節介な僕は誰かの為に何かしたいと考えている。

 

こういう出過ぎた発言こそが傲慢なのだろうか。

 

 

でも、一時期ホントに活動が底辺の底辺でてぇへんだった頃。

自分なんか消えてしまった方が世界は平和なんじゃないかと想像してしまってた頃。

 

他の人の活動がやけに輝いて見えて、羨ましくて妬ましくて、そんな自分が嫌いだった頃。

 

 

そんな時期が僕の2年間にはあった。

 

 

たとえば誰かが何か励ましてくれたり、すこしでも活動の糸口になるような情報があればどんなに救われただろうなとか。(実際に心優しき人々の支えがあった)

 

 

帰国まであと1ヶ月の今、あの頃のいろいろが急にフラッシュバックしたりする。

 

 

僕のブログが誰かにとって、そういった支えになれているという自負がある訳ではないんだけど、すくなくとも自分としては目指しているつもりだし、実際にそのための工夫もしている。

 

 

自作の教材のデータを共有したり、YouTubeで動画を残したり、ある意味恥ずかしいような失敗を公開しているのも、どこかで誰かの役に立てばいいなという思いからである。

(クダらない文章を書いてる日もあるけど)

 

 

そこに僕の価値観を押し付ける意図はない。

 

僕はただ投げているだけであって、必要でない場合はスルーしてくれたらいい。

 

 

 

話を冒頭に戻す。

 

ブログランキングはそのための手段であり、高いところから呼びかければ、必要とする人の元に届くんじゃないかと思って始めた。

 

つまり、より人々の目に留まるところに身を置きたいのである。

 

届かないならば、存在してないのと変わらないから。

 

 

影響力のある発言は伝搬する。

 

 

僕は他者に影響を与えることから逃げたりしない。

 

同時に、他者に影響を受けることからも逃れようとしない。

 

 

 

大げさな意味じゃなく、世界は僕が作っているし、僕は世界に作られている。

 

これは僕だけではなく、同様に誰もがそうである。

 

 

僕らの任国は地球なのだ。

 

 

 

幼児教育隊員とのコラボワークショップもこれで4回目。

ちなみに毎回別の保育園である。

 

 

前回のワークショップ後、幼児教育隊員との話し合いでこんな気づきがあった。

 

 

「てゆうか今の感じ、コラボっていうよりも環境に偏り過ぎじゃね?」

 

たしかにそうなのだ。

 

 

「私たち(環境教育側)は環境教育のワークショップをしたい。なので(幼児教育側は)保育園のアレンジとサポートをお願いします。」

おそらく双方の配属先の認識としては、その程度。

 

これは大切な話だ。

今のうちにその誤解について切り込んでおく必要がある。

 

 

会場である保育園に向かう前。

上司とすこし話せたので、そのへんを伝えておいた。

 

どちらかがどちらかを手伝うとかじゃなく、もっと対等でありたい。

互いの配属先が求めるものを協力しあって作ることこそ真のコラボである。

つまりウィンウィン的な。

 

 

これには『マンパワーとして扱われがちな協力隊』という隠された副題もある。

(マンパワーは是か非か?という永遠の論争はさて置き)

 

「じゃぁ幼児教育の人たちは何がしたいの?」って上司に切り返され、言葉に詰まったが。

 

 

とにかく、ボランティアをお手伝い要因として貸し借りし合う今の関係ではなく、必ず双方の配属先を巻き込んで、ふたつのチームとして協力し合いたいという思いを告げた。

 

 

 

そんな前フリからのワークショップ。

 

 

今日はうちの上司も幼児教育側の上司も見に来てくれた。

ふたりが揃うのは初。

この機会を逃す訳にはいかない。

 

 

実施者:パートナーGさん、幼児教育隊員ふたり、僕

参加者:保育園の子ども達60人ほど(多い!)

 

 

ワークショップの内容は『紙芝居その1・寸劇・紙芝居その2・ぬりえ』

Gさんも僕らも、もう慣れてきた感じ。

 

 

特筆すべき点のみをいくつか。

 

 

 

ワークショップの前、アイスブレイクとして幼児教育隊員の手遊びの時間を設けた。

幼児教育の色をちょっとプラスしようという作戦。

 

手を前に伸ばし、歌に合わせて広げた手をちょうちょや星に見立てて遊ぶ。

 

僕も幼児教育隊員みたいなもんなので、もちろんノリで一緒に。

パートナーのGさんも一緒にやってくれたのが嬉しかった。

 

 

 

紙芝居のくだりでは、Gさんと幼児教育隊員が初めて組んだ。

これは僕が夕べ夜なべして作った腹話術人形【ノハちゃん】を使い、ワークの流れそっちのけで子どもとキャッキャふざけてたら、たまたま紙芝居のタイミングを見失ったことによる。

 

 

無茶ぶりな感じで幼児教育隊員に紙芝居のサポートを投げてしまったが、Gさんがイイ感じにリードしてくれて、僕の帰国後も紙芝居を活用してくれてるであろう光景が想像できた。

 

 

 

すべての催しが済んで、ワークショップの締め。

 

上司が子どもたちに何やら短いまとめのセリフを投げかけている。

 

 

それがこの国ではすごい珍しくあっさり2分くらいで、「○○だと思う人は手を挙げて?」子ども達「はーい!」みたいな、子どもの扱いが良くわかってる先生のようで感心した。

 

 

 

終わってから幼児教育隊員と僕だけでジャパニーズなふりかえり。

 

 

せっかく互いの上司が来てたのに、ワーク本編に巻き込まなかったのはもったいなかったねという気づきを得る。

 

寸劇のパパ役や司会などを、その場の思い付きで柔軟に振ればよかった。

 

このへんは回数を重ねて大御所芸人のような回しのテクニックを身につけるしかないだろう。

 

 

やはりワークショップは日々成長していくようだ。

回数を重ねるごとに自己採点も着々とアップしている。

 

 

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ちなみに両親は健在である。

 

いま何歳なんだろう。

 

自分の歳すら意識することがあまりないので、改めて考えないと思い出せない。

ふたりとも65歳くらいかな。

(ずっとそう思っていたが、僕の記憶が数年前でストップしているだけだった)

 

中学校の同級生→からの初恋同士で結婚という、稀にみる幸せカップルだ。

そして今も変わらず仲良し。(のように見える)

 

 

 

両親にはこの国に来て最初の正月にLINEをしたっきり。

つまり1年8カ月ほど互いに連絡を取っていない。

 

別に家族仲が悪い訳でもない。

 

 

ただ、メールや電話をしたところで何をどう話していいかわからない。

(いちおー仲介役の姉ちゃんが、互いの安否確認をしてくれている)

 

 

 

自分は気持ちが下がっている時には引きこもるタイプだ。

 

 

だって今めちゃめちゃ困ってますとか報告しても仕方ないし。

「元気なの?」って聞かれて、調子いいフリするのとかもめんどくさい。

(ちなみに今は元気だけど、来月には帰るので連絡しても今更感がある。)

 

 

一時期、(任短がよぎってた頃は特に)両親のことを考えるだけでもしんどかった。

 

こんな息子でごめんなさい的な。笑

 

 

協力隊としてこの国に来ることを(未だに!)反対されているという経緯もあって、心配かけるようなことは言えない事情もあった。

(合格通知が来たことを報告した時、「お前は死にに行くのか」とも言われた)

 

 

たまに「娘を訪ねてはるばる遊びに来ました」みたいなハッピーでアクティブな親御さんを見かけるけど心底羨ましく感じる。

 

 

我が家における国際化の夜明けは遠い。

 

 

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