常識と正義 | 千歳日記

千歳日記

この先にある未来を…

たとえどんな未来でも私は見届けてみせる

最後まで…必ず

【常識】健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。

常識ってなんなのでしょうね。

私が常識と思っていても、周りの多くの人が「それは違う」と思えば…私が【非常識】になるのでしょうか?

常識の中に「同情」を折り込む必要はあるのでしょうか?

ふぅ…

人間関係の事で、色々疲れてしまいました。





【常識】と【正義】は近しい言葉なのかなと、ふと思いました。

【正義】とは正しい道理。人間行為の正しさを指します。

以前も触れた話題ですが、【義】はこれ一文字で正しい道、道理にかなったこと、人道に従う事を指します。

少し詳しく触れると、【義】は【羊】と【ギザギサの刃の付いたのこぎり】の象形から、「羊を生け贄として神に捧げる」、「きちんとわけること」を意味しています。

そこから「正しい」という意が生じました。

正しいの意を持つ漢字を二つも並べた【正義】の言葉は【常識】より強く、重いのでしょうね。


考えても答えがでない。

考えなければ進まない。

答えが出たとしても、それは正しく無いのかもしれない。

それでも…何時か答えを出さなくてはいけない。

これも【自立】する為に必要なはずだから。





以前の日記はこちらから義の理