私がこの日記を手に入れてから一年。
私の時間は止まってしまったと思っていたのに…私の時間は再びゆっくりとゆっくりと動きだした。
「ふぅ…一年分か…。思ったより書けない事が多かったかな。でも楽しい事も書いたし、悲しかった事も、泣き言や愚痴もずいぶん書いちゃったな…。」
「余計な事で騒ぐわ騒動を巻き起こすわ…俺の前で絶対に泣くなって言ってもお構いなしに泣き出すわ…ったくお前は人の言う事が理解出来ねぇのか?」
「へ?」
振り向くと部屋の外には呆れ顔の土方さんが立っていました。
「ひっひとりごと…聞いてたんですか?」
「聞きたくなくてもでけぇ声で喋ってりゃ…嫌でも聞こえるってもんだ。」
土方さんはひょいと日記を取り上げ、ぱらぱらと頁を捲りながらため息交じりの声で呟きました。
「ふん…これだけ良く書く事があったもんだ。」
「すいません…暇なので。」
「別に悪いなんて言ってねぇ。」
「すいません。」
「謝る事なんざねぇだろ?これに好きな事を書けって言ったのは俺だ。」
「すいません。」
「だから…」
「すいません。」
「…ふっ…くくくっ…一年も経てばすっかりここの空気に馴染んでやがる。遠慮ばっかりして縮こまってたお前が、今や総司に食ってかかるわ、斎藤と対等に話しをするわ、左之助に助言するわ…俺に『石田散薬を飲んでも本当に牛にならないんですか?』って真剣に聞きに来た事もあったな。」
「も~忘れてください。たくさん迷惑をかけてるって事くらいちゃんと自覚してるんですから!」
恥ずかしさを誤魔化すように日記を取り返そうと手を伸ばした先には
「膨れっ面してると、また総司や斎藤に河豚や紙風船に似てるって言われるぞ。」
珍しく穏やかな顔で笑っている土方さんがいて
「なんだ?人の顔をじろじろ見やがって。なんかついてんのか?」
「いえ…」
あの夜私を斬ろうとしていたこの人と、こんな風に笑ったりお話をしている事がすごく不思議で
「なんか変な感じだなって…そう思っただけです。」
なんだか長い長い夢を見ているみたいで
「変なのはお前だろうが。」
土方さんが私の頭を軽くこつんと日記で叩く。
私はその痛みで見ているものは夢ではなく、紛うこと無き現実なのだと知らされるのです。
「もし暇なら茶を頼む。そうだ…勝手場の棚に菓子があるかもしれねぇから、あったら総司に見つからないように食っちまえ。ふっ…くれぐれも口に菓子のかすつけて屯所中歩き回らないように注意しろ。小姓のお前が恥かいたら、この俺まで恥をかいちまうからな。」
「土方さん!」
背中を向けて部屋を出る土方さんを、私は大きな声で呼び止めました。
「なんだ?まだなんか用か?」
「あの…ありがとうございました。私にこの日記を与えてくださって。私はこの日記を通じていろんな人と出会い、別れもあったけど…楽しい時間をたくさんもらったり、大切なものを見つける事も、私が生きる意味も見つける事が出来ました。土方さんのおかげです。本当に…本当にありがとうございました!」
「ふん、大げさな奴だな。たかが紙切れの束じゃねぇか。」
「土方さんから見たら単なる紙切れかもしれませんけど、私にとっては大切な『自分のもの』です。』
「…せいぜい大切にしろ。」
「はい!」
一瞬だけ私に笑みを向けると、いつものぶっきらぼうな顔でくるりと背を向けしまいました。

「土方さん…ありがとうございました。私の居場所を、帰る場所を見つけるきっかけを与えてくれて…。」
私はここで言葉を紡ぎ続けよう。
流れる時間に身を任せ、ゆっくりとゆっくりと。
そしてまた新たな頁が生まれるのです。