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嫌いな食べ物…確かにありますけど、あれは嫌い、これが食べたいなんて贅沢が言える立場でも状況でもありませんしね(笑)
あっ…あれは酷い味だった記憶が…。
父が「非常に珍しく体にいいものを手に入れた」と言って一口だけ舐めさせられた【蜜蜂の分泌物】です。
一体蜜蜂の何であるかもわからない上に苦いとも酸っぱいとも言えない複雑怪奇な味で…三日間は口の中が変な感じになりました。
味は酷かったけど…その分効き目はあるのかしれません。
もしあれが手に入れば…沖田さんの体調も良くなるかも。
『良薬は口に苦し』と言いますから。
明け方の冷たい風に油断していたせいもあり、少々体調を崩してしまいました。
(一日中部屋に籠もりっきりなんて…単なる居候よりわけが悪いな。早く直さなくっちゃ。)
こんなにも長い時間部屋に引き籠っているなんて事は、本当に久しぶりの事でした。
(でも、居心地が悪いわけじゃない。ここに来た頃は自由なんてなかった…)
しかし寝ている事しか出来ないなんて、なんて歯がゆくて…暇なんでしょうね(苦笑)
(沖田さんがお布団でじっとしているのを嫌がるのがわかるな…でも、体調を整えるにはちゃんと寝ててもらわないと困るし…ってそれは今の自分か(笑))
「千歳ちゃん、起きてる?」
数え慣れた天井の節目を数えていると、沖田さんの声が聞こえました。
「はい、少し待ってください。」
「いいよ、寝てて。今日は君が病人なんだから。」
襖が開き、お盆を手にした沖田さんが現れました。
と同時に、なんとなく変な匂いがした…気がしました。
「君がいつもお節介を焼いてくれるお礼にね、精のつくものを持ってきたんだけど…食べられるかな?」
「…沖田さんが作ったんですか?」
「何?その顔。あははははっ…大丈夫だよ、心配しなくても。味ならね、皆に味見してもらったから。何?疑ってるんだ。用心深いな~。」
(用心深くなるくらい沖田さんの味付けは【すごい】んです!)
「一君に左之さん、山崎君に…そうそう、通りすがりの土方さんにも味見してもらったっけ。口に出来ないくらい酷い味ならさ、とうの昔に鬼さんの怒鳴り声が屯所中に響いてるはずじゃない?」
「そう…ですね。確かにそう言われれば、今日はまだ静かですもんね。」
「体起こせるかな?今日は君がいつも僕にしてくれるみたいに食べさせてあげるよ。言っとくけど残すなんて事は…絶対に無しだからね。」
自分で食べれます…と言いかけて、私は口を噤みました。
自分で食べられるという沖田さんの意見を無視して私が食べさせていたのは、絶対に残させないため。
それを自分だけ除外すると言うわけには行きません。
「じゃあ口を開けて。」
そう言いながら沖田さんが手にしているものは…
「それ…なんですか?」
「何って…体にいいものだけど?」
(体にいいものって…一体何!?)

不味そうな匂いを放ち、湯気を上げる真っ黒な物体がそこにはありました。
「それって…本当に口に出来るものなんですか?」
「僕の事疑ってるわけ?酷いな~。せっかく親切で持ってきてあげたのに。」
(そうだよね?親切だよね?病人に酷い事するほど暇じゃないよね?でも…)
「あの…本当に皆さんそれの味見をされたのですか?」
「うん。ちゃんと口に入れて飲み込んでたよ。」
(…見た目で判断しちゃいけない。味はそこそこ不味くても、きっと口に出来ないほどじゃないんだ)
仕方なく口を開けると沖田さんは匙で私の口にそれを流し込み…
「………ううっ…」
「吐き出さないで。君さ…いつも僕に言ってるよね、『良薬は口に苦し。効き目があるものほど苦く飲みにくいんです。いいですか、絶対に残さないでください!』ってさ…。」
「でもこれ石田散薬より酷過ぎる…」
(本当に皆さんこれを口にしたの?もしかしてあまりの不味さに悶絶してるとか…)
「石田散薬より効くって事じゃない。それにこれならいくら口にしても牛にも島田さんみたいな巨漢にもならない。風船みたいに体が膨らんで飛んでいく心配ももちろんない。だから安心して食べて。」
居候の私にはそれを拒絶する権利など一つもなく…
沖田さんは満面の笑みを浮かべながらその黒い物体をさらに匙ですくい上げ…

「さぁ!しっかり食べて早く元気になってね。元気のない君なんてらしくないんだからさ。」
いつもの台詞をそっくりそのまま返された私は素直に口を開ける事しか出来ず…
お碗の中身が空になるまでの間、長くて地獄のような時間を過ごす事となるのでした。
質問:嫌いな食べ物なに?
答え:蜜蜂の分泌物と…
沖田さんが食べさせてくれた真っ黒な物体です(泣)