
私ははやく終わって欲しい派!
本文はここから早く終わった方がいいかな?
夏が嫌だというわけではありません。
ただ秋が来れば暑さも少しは和らぎ過ごしやすくなるし、体調を崩しがちな隊士さん達も体を整えやすいと思うから。
今年の夏は異変を感じた季節でした。
美しく咲く紫陽花の写し絵をたくさん見かけたのですが、その反対に蕾のまま朽ち果てていくたくさんの紫陽花をこの目で見ました。
花をつける紫陽花のそばで頑なに蕾の姿でいる紫陽花を見て私は、紫陽花の花期は意外と長いのだなと思っていました。
でも一月経っても蕾が開く事はなく…枯れた花のそばで蕾達も無残な姿を晒していました。
例年より陽射しが強く雨の量が少ない、今年の気候の変化についていけなかったのかもしれませんね。
同じように私の周りの状況も少しずつ変化し始めています。
何か欠片が見える度に見えぬ未来を思う私の心に不安が落ちる。
一つの季節が終わりを告げる。
それは月日が確かに流れているという証。
それでも私はどんなに不安を抱えていても、季節の流れと共に未来へと足を進めなくてはならないのです。
夜の見廻り組の皆さんが出かけた直後、屯所の中は慌しい雰囲気に包まれていました。
(なんだろ?沖田さんがまた猫を屯所の中に入れたとか?永倉さんがお酒に酔って広間の襖を破ったとか?くす…まさかね…)
その頃私は、山南さんのお部屋に食事を運ぶため廊下を歩いていました。
「雪村、どこへ行く?」
「あっ、斎藤さん。お疲れ様です。山南さんに食事を…」
「俺が代わる。あんたはすぐに部屋へ戻れ。そして部屋から一歩も出るな。」
「えっ?えっ?」
「一君、そんな子構ってる暇なんかないんじゃない?」
「総司、副長命令だ。総司、先に行け。俺は総長に声をかけたらすぐに後を追いかける。」
「はいはい。」
「『はい』は一回でいい。」
「はーい。」
斎藤さんはいつも以上に気迫を感じ、沖田さんはいつもの口調であったものの、何か焦りのようなものを感じました。
有無を言わせぬ雰囲気にただ頷く事しか出来ず、斎藤さんに膳を手渡し急ぎ足で部屋へと戻りました。
状況はなんとなく理解出来ていました。
(きっとまた羅刹が京の街へ…)
変若水により羅刹と化した人間の多くは理性を失い、悪鬼の如く血を求めてさ迷い歩く。
彼らは羅刹を追い、その偽りの命に終わりを告げるのです。
(なんだか雨音がしてるみたい。でも襖閉めちゃったから暑いし少しも涼しくない…いつも以上に汗が流れる)
暑さも寒さも感じない彼らは、汗が流れる事すらも感じる事は出来ないのでしょう。
(風間さんは羅刹を『まがい物の鬼』と呼んでいた。人の手で創り出された『鬼』。父様…どうして羅刹になど関わっていたの?)
何故父様が羅刹を生み出す薬の製造に関わっていたのかはわからない。
今父様が誰とどこにいて、何をしているのかもわからない。
父様が見つかった後、父様と私がどうなるのかもわからない。
(それでも私は…自分自身で選んだ道を進む事しか出来ない。)
「…ふぅ。」
襖の隙間からそっと空を見上げると、空は墨色の雲に覆われています。
「月は当然…見えないよね…」
襖の隙間からそっと外の様子を覗き込むと、雲の間から明るい月明かりが地上を照らしていました。
「あっ…満月。」
私はふと土方さんに言われた言葉を思い出していました。
『千歳、知ってるか?海の向こうの国では、月の光を浴びると狂人になるって話があるらしい。特に満月の光を浴びると人の心に悪しきものが宿り、人外のモノに変貌する…とかな。』
「…」
辺りを見渡し人がいない事を確認すると、私は襖を開けて少しだけ外に出てみました。
言いつけを破ったと酷く咎められてもいい。
でも…どうしても今夜空に浮かぶ望月に願いをかけたかった。
今夜優しい月明かりで地上を照らすのなら、その光が人を狂わすものでないのなら…
どうか彼らの最期は『鬼』ではなく『人』でありますように。
夏が終わるのなら、彼らが見ている夏の悪夢もどうか…今夜で終わりを告げるように。
静寂が彼らを優しく包み込んでくれるように…。
