
桃色の小さな花の群生。
残念ながら私はこの花の名前がわかりません。

足元に落ちている花を拾い上げ、日が落ちるのを待ってあの人の元へと向かいました。
「これはさるすべりですね。」
「さるすべり…ですか?変な名前ですね、山南さん。」
「さるすべりは別名『ひゃくにちこう』。漢字では『百日紅』と書きます。海の向こうにある大陸から渡来した植物ですよ。百日紅とは次から次へと花を咲かせ、百日経ってもどこかで花を咲かせているからという意味のようです。『さるすべり』の読み方はこの国独自のものでね、幹がつるつるしているから木登りの上手い猿も登れないだろう…というのが由来です。確かに可笑しな名前ですね。ふふっ…猿が聞いたら気を悪くしそうだ。」
青い空を背に咲き誇る百日紅の花は可憐でとても美しく見えました。
春の桜といい夏の百日紅といい、空の青に紅(あか)はよく映えるのだと思いました。
でも地に落ちていた紅を見て私は…
「うっ…ぐぅ…」
「山南さん?山南さん!しっかりしてください!」
気がつけば目の前にいる山南さんの髪は白く染まり、赤い目が私を真っ直ぐに捉えていました。
(山南さんが羅刹に!?)
慌てて山南さんのそばに駆け寄ると、強い力で跳ね除けられてしまいました。
「雪…村君…早くお…いきなさい…私が…正気である…う…ち…に…。」
「そんな…。」
この場を離れたくはなかった。
離れるべきではないと思った。
私に何か出来る事があるのなら、山南さんの苦しみを和らげる事が出来るのなら、手を差し伸べたい。
でも私は無力で、私には何の力も能力もなく、そんな私が与えられるものはただ一つだけ。
(私に出来る事は求められるまま血を分け与える事だけ。でもそれが最善なのかわからない。どうしたら…どうしたらいいの。)
「ぐっ…はぁぁぁ!」
「山南さん!」
もがき苦しむ山南さんの手が机の上の小瓶をなぎ倒し、部屋に赤い液体が飛び散りました。
(!?)
それはまるで血の様で…
私は恐怖で体が動けなくなって、その場に立ち尽くす事しか出来なくて…
「早く行きなさい!」
「…」
「早く!」
山南さんの大声に弾かれるように、私は部屋を飛び出しました。
地面を埋め尽くす紅い百日紅の花。
机に零れた忌まわしい赤い液体。
それはまるで血の様で
まるで一面が血の海のようで
あの夜に見た鮮やかな血飛沫のようで
あの夜に見た禍々しい赤い液体のようで
空を見上げれば青を背に紅が咲き誇っていて
(あぁ…そうか…)
私は決して赤から逃れる事は出来ない。
青の行く末を見届けると決めた私は、あの赤から逃れる事など出来ないのだと…そう思いました。