如月が終わり弥生を迎えました。
まだ寒いものの、少しずつ春は近づいて来ています。
昨日、如月の最後の日は一週間ぶりに非番をいただきました。
少しの雑用を手早く済ませ、一日を部屋でのんびりと過ごしていました。
言い換えれば『一人部屋でぼんやりしていた』ですが(笑)、たまには体を休める日も必要だと思います。
夕刻外に出てみると、まだ青い空が広がっていました。
(日が長くなってきたんだな…まだこんなにも明るい。)
空を見上げると…細い筋状の雲が見えます。
(何…あれ?)
異常な形の雲は自然災害の前兆とも言われています。
私は専門化ではありません。
でも、あんなに細くて…しかもどんどん上へ伸びていく雲は見たことがありません。
驚きのあまりに目が離せず、じっとその雲の先を追ってみました。
その先には、信じられないくらい早い速度で動く『何か』がいました。
鳥ではありません。
鳥はあんなに早く空を翔る事は出来ません。
でも鳥以外に『空を飛ぶ』ものなんて、私が生きるこの世にあるわけがないのです。
ふと視線を右にずらすとまた細い筋状の雲があり、やはりその先端には『空を飛ぶ』何かがいます。
(何?天変地異の前触れ?鬼の仕業…とか?)
どんどん長く伸びる二本の白い雲は止まる事を知らず、空を駆け抜けていく。
(あっ…月…白く光る…月が…)
空には上弦の月に近い白い月。
幻想的な風景はまるで白昼夢のようで…今日私が感じた幸福は全て夢だったんじゃないかと…そう思った。
あの人はここにいた。
ずっと会いたいと思っていたあの人は…確かにここにいた。
貴方と言葉を交わした。
今の貴方は心を痛めているのではないかと…だから声が聞きたいと思っていた貴方と言葉を交わした。
それらは全て夢だったんじゃないかと…夢なら醒めないで欲しいとそう思った瞬間…
「ねぇ、邪魔。いくら非番だとしてもさ、そんなところで惚けていたら邪魔なんだけど。さっさとどかないならさ…斬るよ。」
「総司…無闇やたらと『斬る』という言葉を口にするなど、少々問題ではないか?雪村は女子だ。言葉に配慮しろ。」
巡察帰りの沖田さんと斎藤さんが、私のすぐ後ろに立っていました。
「あっ…お帰りなさい。すいません…空にすごい速度で移動する何かがいて、それで…雲を見ていたんです。」
「空に何かいるのか?…何もいないようだが。」
「あ~あ…とうとう頭がいかれちゃったかな?それとも熱でもあるのかな?くすくす…石田散薬を飲まないとね。」
「雪村、具合が悪いのか?すぐに石田散薬を用意しよう。」
「大丈夫です!元気です!なんか今日は嬉しい事がたくさんあったんで…きっと浮かれ過ぎただけです。」
「浮かれてるのはいつもじゃない?君って緊張感まるで無しだし。」
いつもの沖田さんのちょっとした嫌味も、今日はなんだか単なる軽口に聞こえました。
「何へらへら笑ってるのさ?」
「いいえ、いつもの沖田さんだな~って。やっぱり夢じゃなくて現実なんだな…って、そう思ったんです。」
いまここでこうやって彼らと言葉を交わしている事は紛れもない現実で、やっとあの人に会えた事も、彼と言葉を交わした事も現実なんです。
でもあの不思議な雲は白い月が見せた夢だったのかもしれません。
初花月の最後の日、私はほんの少しだけ夢のように幸福な時間を過ごした。
それは確かな現実で、決して夢なんかじゃない。
空に浮かぶ白い月が気まぐれに見せた夢は…
それは遠い遠い…あの人がいる未来の空の風景だったのかもしれません。