思遣 | 千歳日記

千歳日記

この先にある未来を…

たとえどんな未来でも私は見届けてみせる

最後まで…必ず

今元気? ブログネタ:今元気? 参加中
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もし今私が「元気がない」と言ったら、皆さんはどうするのでしょうか?

………

どうもしませんね(苦笑)

私は新選組預かりの身であり、新選組幹部でもなく隊士でもない。

いえ…

私が今辛いとか嫌とか元気がないとかは特に問題ではなく

「元気?」と聞かれて「元気じゃない」と返されては、誰だって困ると思うのです。

だから「元気?」の問いかけに「元気です」以外の答えは、禁句ではないのでしょうか。











父様は見つからない、野良猫が勝手場に侵入して貴重な食材を盗られる、おまけにただ今仕事で大失敗…

(すごいな…ここ数日間で良くない事が立て続けだ。)

なんだか疲れて、私は縁側でぼんやりと庭を眺めていました。

父様が見つからなくても誰にも文句は言えない。

猫を追いかけたところで、食べかけの魚を奪い取っても誰も食べない。

泣きたくても仕事中に泣くわけには行かない。

(ないないない…ないないづくしだな…)

「…はぁ…」

「どうしたの?ため息なんかついちゃって。珍しいね、元気ないんじゃない?」

ちらりと視線を上げれば、そこには沖田さんが立っていました。

「そんな事ないですよ。元気です。」

「そんなにでっかいため息ついてるのに?」

「………」

「土方さんに怒られたんだ?」

「………」

「すごい怒鳴り声が聞こえてたもんね。」

「………うっ…ぐす…」

うかつにも涙が溢れてきて、嗚咽が漏れてしまいました。

(泣くもんか)

泣くまいと歯を食いしばり、膝に顔を埋め涙を堪えました。

「元気が出る薬あげようか?」

自分の耳元に届いた、沖田さんの優しい言葉に我が耳を疑いました。

「…石田散薬ですか?」

「あれは君にとって牛か島田さんみたいな巨漢になる薬でしょ?」

「違います。石田散薬では牛にも島田さんにもなりません。ちゃんと土方さんにも確認しました。」

「クスクス…土方さんにまで聞いたんだ?疑り深くなっちゃったな~。でも、心配しなくていいよ。今回は正真正銘、ちゃんと元気になる薬だから。」

顔も上げず渋々手を差し出すと、手のひらに ころころ と何かが転がりました。

ゆっくり顔を上げ手のひらを見つめるとそこには…

「金平糖…綺麗…。」

「僕のお気に入りの店で買った金平糖だよ。ほら、口開けて放り込んで…ゆっくりと舐めたら元気出てくるから。」

口に含んだ金平糖は口の中で溶けて、ゆっくりと私の心を癒していきます。

「おいひいです。」

涙でぐしゃぐしゃの顔ですが、何とか笑顔を作って見せました。

「無理に笑わなくてもいいよ。泣きたければ泣けばいいんじゃない。土方さんの前じゃ泣けないでしょ。僕は慰める気なんてさらさらないから。だから遠慮しなくていいよ。勝手に泣けば。」

我慢していた涙が堰を切ったようにあふれ出します。

自分に向けられた優しさが、『仲間だから』と言った理由じゃなくても、沖田さんなりの気遣いだと気がつき胸が熱くなりました。

私が泣いている間沖田さんは何も言わず、ずっと私の隣に黙って座っていました。

ひとしきり泣いてすっきりしたところで、私は仕事をするために立ち上がりました。

「沖田さん、金平糖ご馳走さまでした。まだ仕事が残っているので、これで失礼します。」

「まだがんばるんだ?君、懲りないね。」

「明日は非番ですから、今日する事はしっかりとお手伝いしないと…。」

「ふ~ん。僕も明日が非番なら気分転換にどこかへ連れ出してあげてもよかったけど…そうだ、いいもの貸してあげる。なかなか読み応えがあると思うな。この本は。」

沖田さんは一冊の本を私に差し出しました。

「?」

「じゃあせいぜい土方さんの足をひっぱらないように、仕事がんばってね。」

相変わらずの苦言に苦笑いしながら、私は部屋に借りた本を置き、副長室へと走り出しました。











翌日

私は沖田さんから借りた本をパラパラと眺めていました。

「『しれば迷いししなれば迷わぬ恋の道』…恋…恋ねぇ…。この句集書いた人、恋多き人なのかな?う~んと次!『人の世のものとは見えず梅の花』…梅とか春とか…この人よっぽど春が好きなんだな。」

さらにぱらぱらと捲ると、筆で書かれた絵が見えました。

「これ…どう見ても土方さんだよね?上手いな~土方さんちゃんと馬に乗ってるもん。馬の顔が変だけど…くすくす…ついでに土方さんの顔も可笑しい。…もしかして、これ土方さんの句集なのかな?」

閉じた本の表紙には

豊玉発句集 土方義豊

とかいてあります。

「土方さんの家族のとか?屯所内で貸し出しするほど人気があるんだ。」

再度句集に目を移すと、廊下から聞きなれた足音が聞こえてきました。

「千歳、いるか?休みなのに悪いが茶を頼めねぇ…」

「はい、ただいま。」

句集と手にしながら振り向くと、すごい形相で睨みつける土方さんと目が合いました。

「千歳!てめぇこれをどこで手に入れた!」

(えっ?えっ?)

呆然としている間に、句集を奪い取られてしまいました。

「えっ…えっと…あの…そこに…その辺に落ちてました!」

「ちっ…総司の奴…あの野郎…で、どこまで読んだんだ!」

「今…パラパラと眺めていただけで…その全部は…見てません。」

「嘘じゃねぇな?」

「もちろんです。」

「…わかった。見た事は忘れろ。」

「わかりました。あの…とにかくすぐにお茶をご用意します。」

句集を手に副長室へ戻る土方さんの背中を見送り、緊張が解けてほっとため息をつきました。

「そうか…あれは見ちゃだめなものだったんだ。でも…びっくりして、とっさに嘘…ついちゃった。」

私が土方さんについた嘘は三つ。

一つ目は、句集は拾ったのではなく沖田さんから借りた事。

二つ目は、句集を眺めていたのは今が初めてではなく、昨晩から合わせて三回目だった事。

そして…

「うめのはな いちりんさいても うめはうめ」

三つ目、目に留まった俳句を一つだけ憶えてしまった事。

「うめのはな いちりんさいても…うめはうめ…だって。くすくす…当たり前なのに…わざわざ歌にするなんて変なの。」

これが秀作なのか駄作なのかなんて、私にはわかりません。

ただこの歌を見たとき『私は私のままでいいんだ』とそう思えたんです。

この屯所の中で私一人だけが異質だけど、梅の花がたった一輪でも梅の花であるように、私はどこにいても私である事にはかわらない、このままの私でいいんだとそう思えたんです。

だからなんだか嬉しくなって、何度もこの歌を口に出しては眺めていたんです。

「無理に交わらなくてもいい。ここにいる限り、ここで自分が出来る、自分のすべき事をこなして過ごせばいい。そしたらいつか…自分の進むべき未来へ、自分が決めた未来へとたどり着くはず。」

いつか彼らの願いが叶う事を信じて、それをこの目で見届ける日まで、私は私らしく生きていこう。

そう心に誓ったのでした。