私は夢を見る。
何度も何度も繰り返し見る夢。
どこにいるのかがわからない。
必ず誰かが私の傍にいる。
そして私は、いつも胸が詰まりそうなくらいの幸福感に包まれている。
私の手を取る大きな手。
その大きな手が私の頬を撫ぜ、耳元で優しく私の名を呼んだ。
「千歳」
でも誰の声なのかはわからない。
すぐ傍にいるのに、顔が見えない。
手を伸ばそうとするけれど、触れた先は頼りなく消えそうになって…
嫌だ
離れないで
一人にしないで
いなくならないで
私を置いていかないで
声にならない叫びを上げながら、私は手を伸ばした。
「行かないで!私を一人にしないで!」
目を開けると、いつもの見慣れた天井が見えました。
「夢…か。なんか変な夢…見たな。」
少しうなされていたのでしょうか?
側にあった何かを、私は強く握り締めていた様子です。
握る力を緩めたり強めたりしながら、私は頭の中を整理しようと思いました。
「すごく幸せな夢なのに、なんでこんなに胸が苦しくなるのかな…。」
「あんた、胸が悪いのか?すぐに石田散薬を用意しよう。」
「いえ?夢を見ていて…それでなんだか胸が苦しくなったんです。」
「夢見が悪い…寝る前に冷たいものでも食したのではないか?」
「いいえ、昨日は夕餉の後土方さんの仕事のお手伝いをして、何も口にせず眠りましたが…」
私…誰と喋ってるんだろう?
ここ、私の部屋だよね?
なんか握ってるもの…生暖かい。
なにこれ?
座布団じゃないの?
「雪村…そろそろ手を離してはくれぬか。そして早く着替えて勝手場に来てくれ。朝餉の準備が滞る。」
声の主に思い当たり、恐る恐る視線を向けると…そこには冷たく私を見下ろす斎藤さんが座っていました。
「え?あ?あれ?」
「朝餉の準備に現れぬ故様子を見に来た。なにやら面妖な顔で笑っていたと思ったら、急に様子がおかしくなったのだ。それで様子を窺っていた。…病でなければよい。勝手場で待つ。早く来い。」
斎藤さんはそれだけ告げると、すばやく部屋から立ち去って行きました。
「面妖…変な顔で笑っていたの…見られた!?」
恥ずかしさと焦りで、胸の中を支配していた幸福感はすっかり吹き飛んでしまいました。
「変な寝言…言ってなかったかな?嫌だ~。意地汚い寝言叫んでたら恥ずかしいよ~。」
すばやく着替えた私は、髪を結わえながら慌てて勝手場へと走り出しました。
始まるのはいつもの日常。
夢のように胸が詰まりそうな幸福感は味わえないけど、きっと小さな幸せが待っている。
日常の些細な出来事が、今の私の幸せ。
いつか夢のような大きな幸せを手に入れたとしても
きっと忘れない 忘れられない
ここで暮らした日々を 皆ですごした日々を
私が新しく手に入れた この小さな幸せを…。