先日の事です。
屯所の掃除を手伝っていた時、箪笥の角が手首の辺りを強く擦りました。
「痛っ!」
「大丈夫か?ほら見せてみろ。怪我なんかしたら大変だろ?」
血が出ているわけでもなく、私の手首にはただ一本の赤い線が描かれているだけです。
「原田さん、大丈夫です。かすっただけですから。」
「何言ってる、傷が残ったらどうするんだ?」
「おわっ!千歳大丈夫かよ。血出てるんじゃねぇか?」
「平助君、本当に大丈夫だよ。平気だから心配しないで。」
私が女だから…そんな理由で過剰に心配される行動は正直言って不本意でした。
対等に…なんてずうずうしい事は思っていませんが、女の身であることを盾にして甘えて生きる事は耐えがたかった。
それに、他の隊士から見ればただの『過保護』としか見らない。
平隊士以下の私が、幹部の皆さまと行動する事をよく思わない人がいる事も、薄々気づいていました。
それともう一つ…大きな理由があります。
「念のために包帯巻いてくるね。傷痕が見苦しいし。すいません、すぐに戻ります。」
そう言い残し、私は自室へと走り出しました。
包帯を取り出し、着物の袖を捲り上げ、傷ついた手首に目をやりました。
「…やっぱり。」
手首に赤く鮮明に描かれた線は、もうほとんど見えなくなっていました。
どんなに傷をつけても、傷はやがて消えてしまう。
「傷なんて…いっそ消えなければいいのに…。」
消えた傷痕
それは私の犯した罪から目を逸らした証
自分は悪くないと 自分の言葉が正義だと
真実から目を逸らし生きている証
消えない傷痕
それは私が罪を犯し認めたという証
犯した罪を忘れるなと お前は罪人だと
真実を受け入れ、贖罪のために生きていく証
赤く染まった傷は、やがて黒く薄汚れていく
まるで私の心のように
ならば…いっそ私に戒めの印を
私が犯した罪を忘れないように…