十五夜の夜以来、夜空に浮かぶ月を探す事が新たな日課となっていました。
だから今夜も、私は一人で夜空を見上げていたのです。
「満月でもないのに月見か?」
ふと振り向くと、私の後ろには土方さんが立っていました。
「すいません、こんな夜遅くに部屋を出て…すぐに戻ります。」
「いや、かまわねぇ。まだ寝てないのなら、茶を頼もうと思ってここに来た。」
そう言いながら、土方さんは静かに私の隣に腰を下ろしました。
「あんまり月ばっかり眺めていると、馬鹿になるらしいぞ。」
「えっ!そうなんですか!どうしよう…私十五夜の日以来ずっと月を眺めていました…。」
「くっ…本気にするな。冗談だ。」
「じょっ…冗談…ですか?」
からかわれた事に気がついて、だんだんと顔が熱くなってきます。
「まぁ…まんざら冗談…って事もねぇがな。千歳、知ってるか?海の向こうの国では、月の光を浴びると狂人になるって話があるらしい。特に満月の光を浴びると人の心に悪しきものが宿り、人外のモノに変貌する…とかな。」
「人外のモノですか?えっと…『鬼』の事でしょうか?」
ここに来て何度か耳にした『鬼』という言葉。
それを耳にするたび、口にするたび、何故か心がざわざわとして落ち着かない。
「鬼ならお前のすぐそばにいるだろ?新選組の『鬼副長』がな。」
「土方さんは鬼ではないですよ。」
「そんな世辞を言ったって、ここから出してやるわけにはいかねぇな。」
「そんなつもりでは…。」
お世辞ではない。
この人はわざと『鬼』になることに徹している。
自分が選んだ道を、自分の誠を通すため…自分達の誠を貫くためにあえて『鬼』になることを選んだのだと、私はそう感じていました。
そう思っていても、それを口にする事は出来ません。
「お前に何がわかる」と言われると思ったから。
「お前にそう言われるなんざ…俺はまだまだ甘いのかもしれねぇな。」
今晩の土方さんは珍しく饒舌だと思いました。
もしかしたらそれは淡く地上に届く、月の光のせいなのかもしれません。
「今晩が満月じゃなくてよかったな。あの眩いばかりの月の光を浴びたら…さすがの俺も本物の鬼になり、今度こそお前を斬った…かもしれねぇな。」
その言葉の中には、不思議と恐怖も脅威も感じられませんでした。
ふと見上げた彼の顔に浮かんでいたのは…何故か穏やかな笑顔でした。
「せっかくの月見の邪魔をして悪かったな。邪魔したついでに茶を頼めるか?お前が入れる茶を飲んだら、他の連中に頼む気がしねぇ。」
静かに立ち上が背を向け立ち去るその姿を、私はぼんやりと眺めていました。
月の光を頂き、静かに舞う美しい狂い咲きの桜。
いつか彼の手にかけられたとしても…私は最期の瞬間まで、彼から目を離すことが出来ないのかもしれない。
「…何嫌な事考えてるんだろう。やめよう。考えていても仕方ないもん。」
私も静かに立ち上がり、急いで勝手場へと向かいました。