今日は一日中雨のようです。
私の心の中も…雨が降っています。
ところで、皆さまには『好きな人』がいますか?
好きな異性が…という事ではありません。
たとえば友人として、仲間として…一人の人間として。
その相手に自分の思いを伝えるためには、どうしたらいいんでしょうね。
『好き』という言葉は時には軽すぎて、本当の思いを伝えてはくれないのです。
土方さんは朝から外出されたので、お帰りになるまで私は屯所の中の掃除をする事にしました。
と言っても今日は雨、庭掃除は出来ません。
行動が許されている範囲内を丁寧に掃除しましたが、それもすぐに終わってしまいました。
私が与えられている部屋の掃除を…と思いましたが、部屋にあるものと言えば文机と寝るための布団くらいです。
(土方さんの小姓を任されたものの、この屯所内の仕事しかお手伝い出来ないし…あまりお役に立ててないのかも…。)
ため息をつきながら廊下を歩いていると、前方の襖が開き、中から山南さんが出てきました。
「おや、雪村君。仕事は終わったのですか?」
「こんにちわ、山南さん。土方さんが外出されたので、私は留守番です。山南さんは…部屋の掃除をされているのですか?」
山南さんの手には濡れた手拭いが握りしめられていました。
「えぇ…仕事も一段落しましたから、気分転換にね。しかし…なかなか進まなくて…。」
そう言いながら左腕をさする山南さんに、私は言いました。
「もしよかったら、私にお手伝いさせてください。」
言葉を口にした次の瞬間、私の背中に嫌な汗が流れました。
「私は左腕が不自由で、ろくに掃除も出来ない…君はそう思っているのですか。」
痛いほど突き刺さる冷たい視線。
私はただ…山南さんの震える唇を見つめていました。
違う
そうじゃないんです
そんな言葉が頭を過ぎる。
でも…言葉にならない。
「剣も握れず、食事もままならない、自分自身の世話もろくに出来ない。総長など名ばかりだ。私を頼りにするような口ぶりで声をかけながら…皆、心の奥底で私をあざけ笑っている。」
「山南さん、私は…」
氷のように冷えた目が、私をジロリと睨みました。
「私は…私は山南さんのお役に立てるのなら…そう思って…」
「何が目的なのですか?」
「目的?」
「土方君に私の動向を探れと、そう命じられたのですか?」
「おっしゃっている意味がわかりません。」
「わからない?ふふっ…君は思ったより芝居が上手いのですね。」
本当にわからない。。
頭の中が真っ白になって…何を言われているのか、私には一つも理解出来ませんでした。
「君はさぞかしいい気分でしょう。この新選組の中で立場のない君以上に、存在価値のない私に情けをかけ、善人ぶって…」
「止めてください山南さん!何故そんなに卑屈な事ばかり言うのですか?私の好きな山南さんは…」
「好き?君が…私を…ですか?私の事など何も知らないくせに!」
それ以上山南さんの言葉を聞くことは出来ませんでした。
私は弾かれるようにその場から立ち去り、自室へと飛び込みました。
部屋の隅に重ねられた布団に顔を押し付け、声を殺して泣きました。
情けをかけたわけじゃない
善人のふりをしたんじゃない
ただ、山南さんの役に立てればと思った。
山南さんの負担が軽くなれば、また笑ってくれると思った。
ただ…それだけだったんです。