【どんなもの?】


エドガー・ケイシーは約14,000件のリーディングを残しましたが、


そのうち、約9,000件で癒しとホリスティックな原理について語っています。


ケイシーは、人間は肉体と心と魂で構成されており、この三者が調和する


ことで、初めて完全なる健康体になれると述べています。


リーディングでは、病気の対処方法を述べたのではなく、生き方、考え方、


心の持ち方など、トータルにその人自身にアプローチしていきました。


そのため、時には「貴方は何のために健康になりたいのか」ということを


患者に考えるよう、促したこともあります。


病気になる前の不健康な生活に戻るために病気を治したいのであれば、


治さないほうがマシであるとさえ述べたことがあります。


リーディングの主な健康に関するアプローチは下記の4つに集約され、


4つの頭文字をとって、CAREと覚えます。



Circulation (循環) 血液・リンパ液からなる体液の循環


体液(血液やリンパ液)が滞りなく体内を流れていること


循環を改善させるために適度な運動、オイルマッサージ、整骨療法をする



Assimilation (同化) 食べた物を適切に消化吸収すること


食物を消化吸収する能力のことを言い、ケイシーは、毎日の食事を


酸性食品20%、アルカリ性食品80%で構成し、水を1日7~8杯


飲むようにとアドバイスしています。


更に、不用な毒素を生じない食べ合わせや調理法などにも言及しています。



Relaxation / Rest (休息/休眠) 体を充分に休めること


十分な睡眠、リラクゼーションを取り入れる。



Elimination (排泄) 体内の老廃物を適切に排泄すること


身体の毒素を排出し、体内を浄化することで、身体を健康に保ってくれます。


排泄を促すために、運動、洗腸、蒸気浴、呼吸法、


水を飲むこと、などがよく勧められました。




NPO法人 エドガー・ケイシーセンター

ケイシー療法とは、エドガー・ケイシー氏によるリーディングと


呼ばれる催眠状態からの引き出された情報から生まれた療法。



【はじまり】


エドガー・ケイシーは1877年3月18日、ケンタッキー州の田舎町


ホプキンスビルに農家の長男として生まれました。


伝記によれば、ケイシーはかなり内向的な少年であったようです。


ケイシーは少年時代に、後の彼を形成する上で重要な意味をもつ出来事


にいくつか遭遇しました。まず9才の時に、地元の町にやってきた福音伝道士


の影響で、キリストの生き方に魅せられたとされています。


ケイシーは、キリストの生き方にあこがれ、自分も将来は病人を癒やしたり、


苦しんでいる人々を救うような仕事をしたいと、子供ながらに真剣に願うように


なったのです。そして10才の時に、父親から聖書を買ってもらうと、それこそ


寸暇を惜しんで聖書を隅から隅まで愛読するようになりました。


ケイシー自身は高校・大学と進んで、将来は医者か牧師になることを


夢見ていましたが、父親が農場を担保にして始めた商売に失敗したために、


ハイスクールを1年で中退して働きに出なければならなくなりました。


農場の手伝い、本屋の店員、乾物屋の店員、靴屋の店員など、いくつかの


職を転々としましたが、何をやっても内的に満たされないままでした。


医者にも牧師にもなれなかったために、ひどい挫折感にあったのです。


仕事を転々としていたケイシーは23才の時、風邪をこじらせたことがきっかけで、


原因不明の失声症になりました。


当時、保険の外交員と文房具の行商を行っていたケイシーですが、


声が出なくなって仕事を続けられなくなり、ついにホプキンスビルの実家に帰って


写真館の見習いとして職を得ることにしました。


地元に戻ってからも色々な病院や治療法を試しましたが、どれも効果なく、


もう不治としてあきらめかけていたちょうどその時期に、ケイシーは催眠療法が


できるという人物に出会うことになりました。


彼の名はアル・レインといいました。


レインは、ケイシーが15才の時に、昏睡状態で自分の怪我を自分で診断し


治療法を与えたというエピソードを聞いて、ひょっとしたら催眠状態でも、


ケイシーは自分自身を診断し治療法を与えられるのでは、と考えました。


そこで早速、催眠実験が行われることになりました。1901年3月31日のことでした。


ケイシーは長椅子に横たわると、レインの暗示にすぐに反応しました。


深い、深い、催眠状態に入ると、エドガー・ケイシーは自分の病状を診断しました。


「声帯の筋肉の一部が麻痺している。暗示によって、この部位の血流を


増加させ、麻痺を取れば声は出るようになる」


ケイシーは長椅子に横たわると、レインの暗示にすぐに反応しました。


深い、深い、催眠状態に入ると、エドガー・ケイシーは自分の病状を診断しました。


「声帯の筋肉の一部が麻痺している。暗示によって、この部位の血流を


増加させ、麻痺を取れば声は出るようになる」


ケイシーの指示に従って、レインが暗示を与えると、喉の血流がみるみる増加し、


30分後には喉が腫れ上がるほどになりました。


そしてケイシー自身の「もうよい。麻痺は取れた」という言葉を合図に、催眠が


解かれました。


エドガー・ケイシーは催眠から醒めると、おそるおそる声を出してみました。


「あ~、あ~」一年ぶりに声が戻ったのです。これが記念すべき最初の


リーディングとなりました。


この現象の意味は、ケイシーよりもむしろ催眠術師のレインの見抜くところと


なりました。レインは、ケイシーの能力は、他の病人の診断や治療にも使える


はずだと考えたのです。そこで一週間後、今度はレイン自身を実験台にして


催眠透視が行われることになりました。


期待にたがわず、ケイシーはレインの肉体を透視し、診断と治療法を述べることが


できたのです。そして、長年患っていた消化器系の病気を、数週間で


治癒できたのです。


この結果に勇気づけられたレインは、次から次へと、ケイシーに透視診断を


頼みました。しかし、エドガー・ケイシー自身は非常に不安を覚えてました。


というのも、ケイシー自身は自分が催眠状態で語ったことを何一つ


覚えていなかったのです。自分の言ったことで誰かに害を与えはしないだろうか、


といつも思い悩んでいました。


そこで、ケイシーは自分が催眠状態で語ったことをすべて記録するように


求めるようになりました。このようなケイシーの催眠透視は、


後に「リーディング」と呼ばれるようになりました。


ケイシーには、リーディングがケイシー自身の全く知らない専門用語を


駆使して、病気を診断したり治療法を述べるということが不思議で


なりませんでした。そしてそれ以上に不思議だったのは、自分の指示した


治療法に従うことで、多くの難病患者が健康を取り戻しているという事実でした。


エドガー・ケイシーは最初、このようなリーディングの方法が、


何かクリスチャンの信仰に反するもののように思えて、何度となくリーディングを


止めようとした時期がありました。しかし、不思議なことに、その度に


再び声が出なくなったり、あるいは自分の妻が結核になったり、長男が


怪我をするなどして、リーディングを取らざるを得ないような状況に遭遇したのです。


こうしてエドガー・ケイシーの能力は最初の22年間、もっぱら病気治療に


使われました。


エドガー・ケイシーは、その生涯で、ホリスティックヘルスを中心に、


14.000件にものぼるサイキックリーディングを与えた謙虚な人でした。


彼が遺したリーディングは、病気を克服し、また予防するための食事、


瞑想の練習法、心霊的な治療法、健康的な環境まで広範囲にわたっています。


事実、それらの情報は、今日のホリスティック医学の礎の一部となりました。


人生のうちの約43年間、彼は助けを求めたあらゆる依頼者の身体を、


超意識レベルの中で調査し、病気の原因を述べ、更に背骨の調整や湿布、


オイルマッサージ、水治療、薬草による治療薬、祈り、アルカリ食の食事療法、


体内の浄化などの必要な手当てを指示しました。


彼は一貫して肉体、精神、そして魂の協調がその人全体を癒し、


身体のバランスを整えるプロセスに不可欠であることを強調しました。


ケイシーが治療法を述べた病気のなかには、現代ですらまだ難病、治療不能


と言われているALSやパーキンソン氏病を初めとする進行性の病気、


乾癬などの皮膚病も含まれ、難病で苦しむ人々や心の病に悩む人々に、


大いなる希望と光明を与え続けました。


②へ続く。

ナチュラル・ハイジーンとは、健康と栄養に関する運動です。



【はじまり】


アメリカにおけるナチュラル・ハイジーンの歴史は「アメリカ生理学会」が


設立された1830年代に始まります。


1850年頃4人の医学博士、シルベスター・グラハム、ウィリアム・オールコット、


メリー・ゴーヴ、アイザック・ジェニングスが最初のナチュラル・ハイジーン活動を


始め、続いて多くの医師が参加しました。


ラッセル・トゥロール博士は1852年ハイジーン原理に基づいた学校を


ニューヨーク市に建設しました。また、1862年「全国ハイジーン協会」を設立。


1872年「Hygiene System」を出版し大歓迎を受けました。


メリー・ゴーヴ(1810-1884)と夫のトーマス・ニコルス博士は1851年


ニューヨーク市にアメリカ水治療法研究所を設立。


ドッヅ博士は1887年内科医と外科医のためのハイジーン大学を


セントルイスに設立。


ドッヅ博士、ゴーヴ博士、ハリオット・オースチン博士は女性と子供の性教育、


人権、女性の権利、そして女性の服装の改良の最前線に立っていました。


当時の女性の服装はとてもひどいものでした。


固い鯨の骨でできたコルセットと長いドレスが呼吸を妨げ、活動を制限されていました。


南北戦争のずっと前からオースチンとドッヅは、健康と男女平等を示すため


スラックスを唱道していました。また、ゴーヴは奴隷制度に反対し、当時女性の


基本的権利を認めない婚姻の法律に反対していました。


1990年代中頃、ハーバート・シェルトン博士はハイジーンの医師達の文献を検討し


当時の科学的知識に合致するように修正をするという記念碑的な仕事をされました。



【どんなもの?】


<基本の考え>


人間は皆「自らの浄化力」、「自らの治癒力」、「自らの機能維持力」


を持ち、全人類の治癒力は、すべて体の中に存在していると教えています。


そしてライフスタイルに七つの要素を取り入れた生活をしていれば、


人間は健康でいられ、健康維持していけるということ、また病気の人も


本来持っている、自分の治癒力を最大限に発揮させることが出来、


健康を取り戻せるという教えです。


人間が健康でいるために必要な七つの要素


1、新鮮な空気


2、純粋な水


3、人間の身体にふさわしい食事


4、適度な運動


5、十分な睡眠


6、日光


7、ストレスマネージメント


<食事について>


○新鮮な野菜が主食
生野菜をたっぷり食べること。火を通さないものには、人間の身体に
必要な酵素がたくさん含まれています。


○午前中は果物だけ
午前中は、果物を食べたいだけ食べます。


○炭水化物と肉・魚は同時に食べない
炭水化物(ご飯・パン)と一緒に動物性のたんぱく質(肉・魚など)を食べると
消化器官に負担がかかります。肉や魚を食べたいときは、生野菜と一緒に

食べることを勧められています。


○水分は食事前、中、後は飲まない
水分は、胃の中がからっぽの時に飲むと身体の中をきれいにしてくれますが、
食べ物と一緒に取るのは、あまりよくないのです。
食事中に飲むのなら、コップ1杯程度が適量です。



<実践方法>


ナチュラルハイジーンでは、「自然の生理学的法則」と「人体のサイクル」
という自然の緒法則に基づいた健康法です。


そこでポイントになるのが、補給・同化・排泄のサイクルです。
このサイクルとは、「24時間周期の身体のリズム」のこと。
それは、「人間の食べ物はを処理する能力は、毎日決まって起こる3つの
サイクル(補給・同化・排泄)が効率よく機能しているかどうかにかかっている」
というもの。


12:00~20:00・・・補給(摂取と消化の時間帯)
20:00~04:00・・・同化(吸収と利用の時間帯)
04:00~12:00・・・排泄(排泄の時間帯)