ケイシー療法とは、エドガー・ケイシー氏によるリーディングと
呼ばれる催眠状態からの引き出された情報から生まれた療法。
【はじまり】
エドガー・ケイシーは1877年3月18日、ケンタッキー州の田舎町
ホプキンスビルに農家の長男として生まれました。
伝記によれば、ケイシーはかなり内向的な少年であったようです。
ケイシーは少年時代に、後の彼を形成する上で重要な意味をもつ出来事
にいくつか遭遇しました。まず9才の時に、地元の町にやってきた福音伝道士
の影響で、キリストの生き方に魅せられたとされています。
ケイシーは、キリストの生き方にあこがれ、自分も将来は病人を癒やしたり、
苦しんでいる人々を救うような仕事をしたいと、子供ながらに真剣に願うように
なったのです。そして10才の時に、父親から聖書を買ってもらうと、それこそ
寸暇を惜しんで聖書を隅から隅まで愛読するようになりました。
ケイシー自身は高校・大学と進んで、将来は医者か牧師になることを
夢見ていましたが、父親が農場を担保にして始めた商売に失敗したために、
ハイスクールを1年で中退して働きに出なければならなくなりました。
農場の手伝い、本屋の店員、乾物屋の店員、靴屋の店員など、いくつかの
職を転々としましたが、何をやっても内的に満たされないままでした。
医者にも牧師にもなれなかったために、ひどい挫折感にあったのです。
仕事を転々としていたケイシーは23才の時、風邪をこじらせたことがきっかけで、
原因不明の失声症になりました。
当時、保険の外交員と文房具の行商を行っていたケイシーですが、
声が出なくなって仕事を続けられなくなり、ついにホプキンスビルの実家に帰って
写真館の見習いとして職を得ることにしました。
地元に戻ってからも色々な病院や治療法を試しましたが、どれも効果なく、
もう不治としてあきらめかけていたちょうどその時期に、ケイシーは催眠療法が
できるという人物に出会うことになりました。
彼の名はアル・レインといいました。
レインは、ケイシーが15才の時に、昏睡状態で自分の怪我を自分で診断し
治療法を与えたというエピソードを聞いて、ひょっとしたら催眠状態でも、
ケイシーは自分自身を診断し治療法を与えられるのでは、と考えました。
そこで早速、催眠実験が行われることになりました。1901年3月31日のことでした。
ケイシーは長椅子に横たわると、レインの暗示にすぐに反応しました。
深い、深い、催眠状態に入ると、エドガー・ケイシーは自分の病状を診断しました。
「声帯の筋肉の一部が麻痺している。暗示によって、この部位の血流を
増加させ、麻痺を取れば声は出るようになる」
ケイシーは長椅子に横たわると、レインの暗示にすぐに反応しました。
深い、深い、催眠状態に入ると、エドガー・ケイシーは自分の病状を診断しました。
「声帯の筋肉の一部が麻痺している。暗示によって、この部位の血流を
増加させ、麻痺を取れば声は出るようになる」
ケイシーの指示に従って、レインが暗示を与えると、喉の血流がみるみる増加し、
30分後には喉が腫れ上がるほどになりました。
そしてケイシー自身の「もうよい。麻痺は取れた」という言葉を合図に、催眠が
解かれました。
エドガー・ケイシーは催眠から醒めると、おそるおそる声を出してみました。
「あ~、あ~」一年ぶりに声が戻ったのです。これが記念すべき最初の
リーディングとなりました。
この現象の意味は、ケイシーよりもむしろ催眠術師のレインの見抜くところと
なりました。レインは、ケイシーの能力は、他の病人の診断や治療にも使える
はずだと考えたのです。そこで一週間後、今度はレイン自身を実験台にして
催眠透視が行われることになりました。
期待にたがわず、ケイシーはレインの肉体を透視し、診断と治療法を述べることが
できたのです。そして、長年患っていた消化器系の病気を、数週間で
治癒できたのです。
この結果に勇気づけられたレインは、次から次へと、ケイシーに透視診断を
頼みました。しかし、エドガー・ケイシー自身は非常に不安を覚えてました。
というのも、ケイシー自身は自分が催眠状態で語ったことを何一つ
覚えていなかったのです。自分の言ったことで誰かに害を与えはしないだろうか、
といつも思い悩んでいました。
そこで、ケイシーは自分が催眠状態で語ったことをすべて記録するように
求めるようになりました。このようなケイシーの催眠透視は、
後に「リーディング」と呼ばれるようになりました。
ケイシーには、リーディングがケイシー自身の全く知らない専門用語を
駆使して、病気を診断したり治療法を述べるということが不思議で
なりませんでした。そしてそれ以上に不思議だったのは、自分の指示した
治療法に従うことで、多くの難病患者が健康を取り戻しているという事実でした。
エドガー・ケイシーは最初、このようなリーディングの方法が、
何かクリスチャンの信仰に反するもののように思えて、何度となくリーディングを
止めようとした時期がありました。しかし、不思議なことに、その度に
再び声が出なくなったり、あるいは自分の妻が結核になったり、長男が
怪我をするなどして、リーディングを取らざるを得ないような状況に遭遇したのです。
こうしてエドガー・ケイシーの能力は最初の22年間、もっぱら病気治療に
使われました。
エドガー・ケイシーは、その生涯で、ホリスティックヘルスを中心に、
14.000件にものぼるサイキックリーディングを与えた謙虚な人でした。
彼が遺したリーディングは、病気を克服し、また予防するための食事、
瞑想の練習法、心霊的な治療法、健康的な環境まで広範囲にわたっています。
事実、それらの情報は、今日のホリスティック医学の礎の一部となりました。
人生のうちの約43年間、彼は助けを求めたあらゆる依頼者の身体を、
超意識レベルの中で調査し、病気の原因を述べ、更に背骨の調整や湿布、
オイルマッサージ、水治療、薬草による治療薬、祈り、アルカリ食の食事療法、
体内の浄化などの必要な手当てを指示しました。
彼は一貫して肉体、精神、そして魂の協調がその人全体を癒し、
身体のバランスを整えるプロセスに不可欠であることを強調しました。
ケイシーが治療法を述べた病気のなかには、現代ですらまだ難病、治療不能
と言われているALSやパーキンソン氏病を初めとする進行性の病気、
乾癬などの皮膚病も含まれ、難病で苦しむ人々や心の病に悩む人々に、
大いなる希望と光明を与え続けました。
②へ続く。