17 彼女の家庭事情と"起"の最終話 (起の結) | ななめ後ろ向きな日々〜みさきとの記憶と記録〜 みさきのうつ病

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うつ病のみさき…
佐藤の中にある、いまだ鮮明なみさきの記憶を記録する。

「私ね、家では安まらないの。」

この言葉は頭に残っている。

彼女の家族構成は、祖父母、父母、妹とみさきの6人家族。
祖父母は農業を営んでおり、実家のすぐ裏は田んぼになっている。
また、目の前にある山があり、そこで果樹を作っている。
彼女はその山があまり好きではなかった。
なぜなら、その山の登り口あたりにお墓が立ち並んでて気持ちが良くないとのこと。
当然、彼女らの一家のお墓もそこにある。

父親は、公務員であり、ここから1時間以上かけて運転し通勤している。そして、マスオさん的立場だ。
長く続いた福本家は、女系でとうとう男性がいない世代になり、名前を継ぐためにだそうだ。
みさきは、小さい頃から、父から礼儀や常識について厳しく躾けられて育ったらしい。

母親はどうかと言うとあっけらかんとした方だ。
みさきは、少し母親に苦手意識があるらしい。
僕から言わせれば、ライバル視していると感じている。

妹は、彼女曰く、世渡り上手。
姉である彼女が、怒られている様子を見てきて、そこを避けて来た感じだ。
そして、彼女と大きく違うのは甘え上手なとこだろう。姉を慕っていて仲良しだ。
顔もあまり似てないが。

僕からすると一般家庭の長女なのだが、彼女は、センシティブ過ぎるのだろう。
そして、本当に素直過ぎる。

彼女と話をしていて、よく思ったのが、父親を尊敬しているんだなって事だ。

決して、経済的に厳しい家庭ではない。
むしろ、少しゆとりがある家庭だ。
しかし、

「働かざる者食うべからず」
「頼み込んで私学の高校に入れてもらったのだから、絶対、国公立の大学に行かなければならない」
「大学はともかく、就職せず自分が行きたくていった大学院なのだから、自分で学費は稼ぐ」
などなど、これを真剣に言ってるのだから、いわゆるの良い学生であり、両親にとっては自慢の娘だろう。

しかし、この白黒はっきりつける性格と幼い時からの躾は、一度、鬱になると厄介だ。
いや、こういう性格だから鬱になるのかな。

アダルトチルドレンは、幼い時の家庭環境が影響すると聞いたが、そんな変な家庭ではない。
むしろ理想に近い。

もし、変ならば、妹も多少おかしくなっていても不思議でないし、家を出たがっても良いのに自由気ままで、実家が大好きである。
甘えまくっている。

彼女も、少し甘えて欲しい両親は大学院の学費を出すと言ったものでも、彼女は自分で出す。

つまり、頑固でもあるのだ。

親にも友達にも甘え下手な彼女。

僕が一番ビックリしたのが、父に対して敬語である事だ。

ありがとう、ではなく、ありがとうございます…のように。

鬱になって学校を休学になり、働きもせず学校に行きもせず…と彼女は考えてるそうだ。

父もしっかり治したらいい。
母は、せっかくなんだから遊びに行ってきたら?的な感じだ。

なぜ、みさきは家族を敬遠気味なのか?

その厳密な理由を聞いたわけでもなく、本人もなぜかよく分かってないのだが、僕は彼女と色々話していて、僕なりに理解した事がある。

彼女の話でよく覚えているのは犬の話だ。

僕は何度同じ話を聞いても、「それ、前も聞いた。」的な事はしない。
最初は、それを言うと相手は少なからず嫌な気持ちになるからってのもあった。
でも、何度も聞くたびに同じ話なのに微妙なニュアンスの違いがある事に気がついたからだ。
何度も聞き、いっぱいのニュアンスの違いを総合する事で、相手がその時どう思ったのか、どう感じたのか、そしてそれを僕にどう伝えたいのかという、自分が本当に相手の伝えたい真意が見えてくるからだ。
何度もいうって事は、相手が自分の真意に気が付いてなく残念がってるって裏心理でもあると思った。
時に、相手の発言の途中に「前言ってた時は、こう言う感じで言ってたけど、本当はこう言う意味だったんだね!」と自分の意見も言う。
そうする事で、お互いの理解が深まる。

彼女の犬の話とは、野良犬を拾ってきた話。
彼女は小さい頃、野良犬を拾ってきたらしい。
可哀想でほっとけない。
小さい頃、多くの人が経験する事であろう。
彼女も同じように拾ってきた。
飼ったりする事もあるだろうが、これは稀で、「元の場所に戻してきなさい!」と言われるのがありがちなパターンだろう。
それが、できず、こっそり世話をして、見つかって、親に元に戻される。
彼女も同様にこっそり飼ったのだろう。
そして、ある日いなくなった。
その時、彼女は思い切って父に犬の事を聞いた。
すると父は、
「あの犬は、保健所に連れて行った。かわいそうだろう?だから、安易に犬を拾ってきてはいけないよ。」と。
彼女は幼いなりに、それに小学生だったから当然分かっているが、保健所=死だ。
相当ショックだっただろう。
また彼女の父は役所の人間だ。
変にリアリティがある。

それでも何度か拾ってきたらしい。
で、同じような対応を取られたそうだ。

僕は彼女のお父さんの色々な話を何度も聞いて、そんな事をするような人ではないと理解していた。
そして、後々、お話しする機会があった時も、そんな事をする人では絶対ないという自信があった。

彼女も成長し、父はそんな事をする人じゃないと分かっている。しかし、言葉少なめな父は、そんな事は分かるだろうって感じで、変に後から説明はしなかったのだと思う。いや、彼女から聞く限りはしていない。

彼女は父からの言葉だからこそ、嘘だろうなと思いながらも、分からない…になっている。
僕は何度もこの話を聞くたびにそう思った。

そんな大好きで尊敬の念もある父。
でも、優しい彼女は、その父の残虐性な言葉から、遠慮が生まれてしまったのだと思う。
そういう気持ちを持ちながら思春期を過ぎてしまったので、もうなかなか変わらない。

母に対しては、女性的な部分が嫌だったのだろう。
彼女の母は、彼女も認める美人だ。
私は昔結構モテたのよってボーイフレンドがいた話をする。
心の中で父が大好きな彼女は、その話は微妙だったのだろう。
普通ならば、そうだったのね!で終わりそうな話だが、彼女の父は、戸籍上、母の姓を名乗っており、家にいる祖父母も母方だ。
家に来てくれるから選んだのか?
と思ったのだと思う。
そう彼女は僕に言ってはいないが、彼女の話ぶりからそう聞こえた。
だから、母にも違和感を持っている。

妹に関しては、羨ましい…だ。
言いたい事を言えて、自由で。
だからといって、妹のようになりたいとは思っていない。
でも、羨ましい…だ。

彼女はアダルトチルドレンなのか?

彼女をずっと見て来た僕の見解は違う。

彼女の優しさ、気にし過ぎるくらい他人に気を使う性格、甘えたい願望、家族に甘えられない自己嫌悪があった上での、彼Aによる心の傷、彼Bによる男女関係の不信感、その他の中身をちゃんと見てくれない男性の嫌悪があり、恋愛に対する意味合いがよく分からなくなって、恋愛の自然な形が分からなくなったのだ。
そう思った。

だから、本気で好きになったら怖くて逃げたくなる。
好きな人は遠目で見ておく。
傷付きたくないし、失望したくないから。
そして、離れていれば、少なくとも嫌われないから。

これは僕の中では、アダルトチルドレンでなく、トラウマだ。

世間でよく使われるトラウマでなく、本当の病気であるトラウマだ。

彼女はトラウマと鬱の併発状態なのだ。

もちろん、彼女の性格が引き込んだもの。
優しく、純粋で、生真面目な愛すべき性格が裏目に出た。


だから、僕は、この病気に向き合った。


そろそろ1話目の序章に続き、2話から始まった起承転結の起に当たる部分もこの17話で終わりかな。