これを書くのは気が引けて、なかなか手が動かなかった。
他人からすれば何でもない事かも知れないが、僕にとっては非常に苦しい言葉である…
非常に苦しくさせる、あの時のみさきの言葉…。
話を戻そう。
翌日、起きて昨夜の事を思い出すと学校に行く事が嫌になった。
だから僕は朝から行かずに午後から行った。
みさきは多分、学校に来ていた。
僕は気持ちと裏腹でもポーカーフェイスが出来るタイプで、みさきが来ていようが来ていまいが、挨拶をして研究室に入った。
この時、みさきはまだ学校に来てなかったと思う。
しばらくして、みさきがやって来た。
そういう記憶がある。
そして、夜遅くなるまで、作業をしたのだと思う。
どういう過程を踏んで、みさきが僕の車の助手席に乗ったのか、まるで覚えてない。
おそらく、みさきが僕にメールをしてきたのだと思う。
普通にみさきは帰ろうとして、途中でメールを送ってきたのだと思う。
覚えてないが、シュチュエーション的に僕の車の中にいた風景だけは鮮明だ。
今考えたら、みさきがここで何も言わなければ、曖昧なままだったのかもしれない。
だが、僕は何度も言うように心が折れていた。
その雰囲気は多分みさきに伝わっていて、みさきは言ったんだと思う。
僕は、それに対して何も答えれなかった。
「取り消したいんだけど…ダメかなぁ?」
「取り消したいんだけど…ダメかなぁ?」
「取り消したいんだけど…ダメかなぁ?」
何度も横で呟くみさき。
動揺した様子で何度も横で呟いていた。
独り言のように何度も呟いていた。
僕の方を見て言うわけでなく、正面を向き、ややうつむき加減で呟いていた。
その光景もまぶたの裏に焼き付いている。
僕は、折れきっていた。
そして、僕は、10回は繰り返したその言葉の後に言った。
言ってしまった。
「…取り消せない」
と。
みさきは、ふさぎ込んで泣いてしまった。
僕は、この後にみさきを、〇〇駅まで送って行った。
みさきの実家の最寄駅まで送って行った。
ずっと泣いていた。
僕は、この"取り消したいんだけど…ダメかなぁ?"が、耳に残っている。
今でも、声が聞こえる。
これを思い出すと、みさきの声が聞こえる。
そして、それを聞いた僕は…今でも普通に心が乱される。
今ならば思う。
もう少しだけ、我慢するべきだったと。
でも、それは今だから思える事で、あの時の僕は折れきっていた。
そしてまた、僕はこの帰りの車中で大きなミスを犯してしまう。
決して、言ってはならないことをみさきに言ってしまった。
それについても後悔しかない。
でも、あの時の僕は普通に言ってしまった。
その時は、"それ"に関して、その気が無いからこそ、言えたセリフ。
事実、ちゃんとみさきに対しても、その気は無いと言った。
もし、その気があったならば、僕はこの事実をずっと、みさきに対して隠していただろう。
言う必要が無いこと。
これが、分岐点の1つであると思う。
数々ある分岐点…。
その中の1つでも回避できたら、"あの日"は来ていなかったんじゃないか…。
もし、僕が、ここでもう少しだけ我慢出来ていたら、"あの日"はやって来なかったんじゃないか…。
そう思えば思うほど、今なお僕の心は苦しさで満ちていく。
僕は、まだ聞こえる。
「取り消したいんだけど…ダメかなぁ?」
が。
そして、僕はみさきに言ってしまった事とセットで、僕の心を締め付ける。
僕は、泣いているみさきに、幸菜から電話があった事を言ってしまったのだ。