長編小説「生きがい」
3話連続投稿ですが、夜中あたりに最終話の#5まで更新しようと思ってます。
今年は時間がないので、今年は始まったばかりですが、年内最後の話になるかもしれません。すみません。
「おい、なんだこれは」
部屋で勉強をしていると、和博が私の携帯電話を持ってきた。
「あ、落としてた?」
「落としてた、じゃない。お前、家族以外の名前があるじゃないか」
「なにみてるの?最低」
「親になんて口きいてるんだ」
平手打ちをされる。これは日常茶飯事で、無論慣れていた。叩かれない方法も知っている。けれど、これは口答えせざるを得なかった。
「人の携帯なのに」
「お前、誰かと遊んだりしたのか?」
「違う。ただ交換しただけ」
「男か、女か?」
「男だけど、何?」
「くだらない。消すぞ」
「ちょっと、やめてよ、勉強ならたくさんしてるじゃない」
「足りないんだ。学生時代を無駄にするな」
「遊んでないから、消さないでよ」
思っていたよりも和博の機嫌は悪く、何度も訴えても、最終的に無理矢理消されてしまった。いつもいつもこう。学生時代を全て勉強に費やすことが本当に合理的なのだろうか。最近になってそう考えるようになったのは、岸谷凪に出会ったからだ。
私はたまらず外へ飛び出した。すると、10メートルくらい走ったところで誰かと衝突した。
どうしてだろう。こういう時に、必ず姿を現す。
「すみま……って、霧島さん?」
顔を上げると、岸谷凪がびっくりした表情で倒れかけた私の腕を掴んでいた。
「大丈夫?」
「……」
「……?どうし――」
彼はそう言いかけて、不思議そうな表情から、一気に目を見開いた。その顔を見て、私は、初めて自分の目から涙がこぼれている事に気がついた。
「……あっ、霧島さんっ」
彼の手をふりほどいて走る。すると、後ろから私を追う足音が耳に入ってきた。
「ついてこないでっ」
「待って、待って霧島さん」
いつも出している体力以上の気力を振り絞って追いかけて来ていた。おかげで、息も荒くなり、今にも倒れこみそうだった。
そんな彼の姿を後ろに、走り続けることなどできなかった。
「……霧島さん」
「死んじゃうじゃない、どうして追いかけてくるの?」
怒鳴るようにそう言った。けれど、彼は当然のごとくただ一言、「心配だったから」と告げた。
「……病院に居たのでは?」
「忘れ物してたから、届けに行こうと思って」
「動いて大丈夫なんですか?」
「会えるならいいよ、帰り道で倒れても」
「……馬鹿ですよ、あなた」
「知ってる知ってる。逆に、俺より馬鹿な人見たことないもん」
「……」
泣いてる理由は訊かれなかった。代わりに、ニコニコとしながら言った。
「なんか、霧島さんに出会って、楽しくなってきた」
「何がですか?」
「毎日が」
「まだ、出会って3日も経ってないですよ」
「俺には1年分だよ、誰かと遊ぶ約束したのも、こうして話したりしたのも。本当に、楽しい」
今までにも何度か彼の笑顔を見てきた。けれど、それは今以上幸せなものではなかった。本当にニコニコしている。私自身も、自分のことばかり考えていたため、人の役に立てて嬉しかった。
けれど、幸せそうな笑顔を眺めているうちに、以前彼が言ったセリフを思い出した。
――まあ、理解者がいて、生きたいって思ったら、死ぬことが怖くなっちゃうもんね。
途端に、不穏な思いが私の頭をよぎった。私が今、彼にしている事は、彼にとって「良いこと」なのだろうか。
「霧島さん?」
彼が私の名を呼ぶが、答えられなかった。
――先生の言う通りの、つまんない人生を送っている方がいいね。
「はーあ……皆こんな人生送ってるのかあ……それなら悪くないかもねえ」彼の声が追い打ちをかける。
「……すみません」
「何が?」
「私が、関わらない方がよかったですか?」
「何で?良かったあ、って思ってるよ。でも、ちょっと羨ましいなあ」
「……何がですか」
「みんなみんな。俺、今までずっと病院に居て、出ても皆に無視されて、つまらない人生送ってきたから、これなら20歳と言わずにもっと早くてもいいのにって思ってたんだけど、ずっと何十年も生きる皆は、こんな幸せだから生きるんだね」
「……知らない方がよかった幸せですよね」
「ううん、知れて良かったよ。どうしたの?なんか変だけど」
急に、心が冷え切った。彼は優しい。私が出会ってきた人間の中でずば抜けて、優しい。それだからこそ、私は、自分が彼にしてしまったことに後悔しか得られなかった。
「……これからも生きたいですか」
突然過ぎた問いだったが、彼は動じずに、頷いた。
「うん、もっと、話したりしたいから。でも親も最近、学校さぼったりする俺に対してピリピリしてて、居づらかったんだよね。だから、霧島さんだけが頼りなんだけどね」
「……」
何故だかわからなかった。けれど、この時、確かに、彼が生きたいと思ったことが、彼の首を絞めると思い込んだ。
死にたいと思って死ぬ人や生きたいと思って生きる人が世の中に居る。
彼は、初めは前者だった。自分が望んでいるのなら、辛さや恐さなんてなかったと思う。後者の私だって、時々家や勉強のことで嫌になるけれど、常に将来の為に頑張ってきたのだ。それに、死ぬことを考えたら恐ろしく、長生きしたいと望んでいる。
そんな状況が「生きたいと思っているのに死んでしまう人」に変わってしまったとき、辛さは何倍になってしまうのだろうか。苦しさは、かなしさは、恐さは、どれくらいになってしまうのだろうか。
彼は本当に無意識だった。無意識に、純粋に、無責任に、「楽しい」と感じた。そして、私に、「楽しい」と言った。「生きたい」と言った。死ぬことを忘れた、無意識から言った。
無意識とは重い罪だ。
「……どうしたの?」
心配そうな声が聞こえる。思えば、私は黙り込んでしまっている状態だった。
「なんでもないです」
「そう?」
「もう、帰りますね」
「えっ?帰るの」
「はい。勉強しなきゃなので」
「そっか……頑張って」
私は、寂しそうに呟く彼を背に、振り向きもせず歩いた。
彼のこれからの期待や、不安や、恐怖のことを考えると、それらは背負うにはあまりにも重すぎた。
それから私は、彼に対し、連絡を控えた。急なことに驚いた彼は、メールではなく、電話を寄越したが、それも知らないふりをした。
無意識は罪だと言ったが、それ以上に私は重い罪だった。
人に中途半端に優しくして、期待させて、生きる希望を与えて、突き放す。場景だけを並べればこうなり、これを見たどこかの人々は、本当に酷い女だと思うだろう。それでも、こうするほか仕方がなかった。それは、笑顔を作るのが下手で、感情が見えやすい彼がどうしても、「良い人生が送れてよかった」と笑顔で目を閉じるとは思えなかったからだ。
「死にたくない」と嘆かれてしまったとき、私はどう反応したらよいのだろうか。
「お前、最近勉強に集中してるな」
ある日、和博が部屋へ入ってきてそう言った。
「うん」
「美紅も、幼稚園で賞をもらったんだ。今度、息抜きに旅行へ行かないか」
純粋に驚いた。今まで、旅行など一度も行ったことがなかったからだ。話を訊くと、沙希の提案らしい。和博は渋々了承した感じであったらしい。
今まで旅行はなかったが、和博のこういう面は何度かあった。厳しく叱りつつも、時々おにぎりを部屋へ持ってきてくれたり、参考書を買ってきてくれたりするのだ。
「うん、いいけど……」
「それと、この間は叩いて悪かった」
「それは大丈夫だよ」
「じゃ、そういう事だ。日付はあとで決める」
そう言って和博は出ていった。
旅行かあ……日帰りで遊ぶことはあったが、どこかに家族で泊るのは記憶上では初めてだ。
ワクワクしていると、携帯電話のライトが光った。おそらく、いつものように岸谷凪からだろう。連絡先を追加し直したものの、連絡しなくて10日が経ち、罪悪感に見舞われていた。
けれど、こうして突き放すことが、お互いにとって良いと思っていた。
続く
今すぐ連絡するんだあああああああ(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)
と言ってしまいたくなるほど、(作者ですが)ドキドキします。