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小説ブログ

まったりと創作小説を書いていこうと思います。
忙しい人には短編を、暇な人には長編を読んでもらえればと思っています。

長編小説「生きがい」#4



時間があるので最終話まで更新します!




旅行に行く前日、私は岸谷凪と最後に会って以来、初めてメールを開いた。「旅行行くから、返答できない」と送るためだ。

中身を見ると7件溜まっていて、古い方から順に見て行った。「明日は自習室来る?」から始まっていた。

「ごめん、何かしちゃったなら」

無視して2日が経った時のメールだ。それからは突然、「今日こんなことがあった」という日常の内容になった。

そして、最後7件目で息をのんだ。

「もう、読んでくれないかもしれないけど、霧島さんが大好きでした。最後にもう1度会って話したいけど、無理かな?ありがとう、ごめんね」

慌ててこれが届いた日付を確認した。昨晩のメールだった。

「出掛けてくる」

私は家族の返事を訊かずに家を飛び出した。

病院へこれまでにないくらい全力で駆けた。受付を済ませて病室を訪れた。

「……どなた?」

知らない男性と女性がいた。そして、彼らに見守られて、酸素マスクをして眠っている彼もいた。

「……もしかして、『霧島さん』?」

女性が私のことを不思議そうに見ながらそう言った。きっと彼の母親だろう。

「どうして、私の名を……」

「あなたの話、楽しそうにしていたからね。数日分しか訊いてないけど、覚えちゃった」

彼女はそう言って、初めて笑顔を見せた。疲れ切った笑顔だった。父親らしい男性の方も「ありがとう」と私に頭を下げた。

「いや……私は」

「……けれど、もう駄目かもしれない」

彼の父親は肩を落としながら言った。大人とは思えないくらい、背中が小さくなっていた。

「どういう事ですか……?」

「おととい、倒れて……その時は元気だったんだが、昨日の朝容態が急変してな……今みたいに昏睡におちいる最後まで携帯をいじっていたよ。叱ろうと思ったんだけど、泣きながら、震える手でいじってたから、何も言えなかった。君と連絡を取っていたのかな」

涙ぐみながら出た彼の父親の言葉が、一つずつ私の胸に刺さった。目に涙が溜まる。

「……もう、目を開けませんか」

「今は眠っているだけだから、しばらくしたら起きるだろうが……多分、それももう残り数回だと思う」

「死ぬ」と何度も言っていて、私はそれを何度も聞いてきた。それなのに、いざ目のまえに降りかかると、呼吸が出来ないくらい苦しかった。

それに、容態が急変したのも私のせいだろう。私が返事を返していたら、会ってあげていたら……泣きながらメールする彼の姿を想像し、私のしてきたことの無意味さと、単純さと、愚かさを誰かに責めてほしかった。きつく、怒鳴ってほしかった。

しかし、母親が私の思いを裏切るように言った。

「泣いてくれてありがとうね。本当に、凪は、幸せだと思う」

「……」

「……多分、もうすぐ起きると思うの。会ってあげて。私たちは、お医者さんの所にお話しを訊きに行ってくるわ」

2人は、重い足取りで出て行った。

彼が目を覚ましたら、なんて言おう。なんて謝ろう。どうしよう。どんな顔で会えるんだ。あんなひどいことをしておいて……今にも逃げ出したかった。けれど、逃げ出さなかったのは、彼が2人が出てすぐに目を覚ましたからだ。

「……霧島さん?」

弱々しい声が聞こえた。その声に、ぽろぽろと涙があふれる出てきた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

何度も謝った。声がかれても、出なくても、何度も謝った。彼はずっとそれを黙って聞いていた。やがて、泣き崩れる私を見て「理由、訊いてもいい?」と優しい声で尋ねた。

「私のせいで、死ぬのが恐くなったらどうしよう、苦しんだらどうしよう、辛くなったらどうしよう、って……思って……」

「そっか」

「でも……私、馬鹿で……こんなになることが想像できなくて……」

「ごめんなさい」ともう一度言うと、彼はにっこり笑った。

「今、それ聞いてホッとしてるよ。俺、何かしたかな?嫌われたらどうしようって、ずっと思ってたから。そんな追い詰めてたんだね。ごめん」

「……どうして、あなたが謝るんですか?」

「俺も、無責任に、色々なこと言っちゃったから」

「私のせいで……私、本当に馬鹿でした……」

「俺より馬鹿な人間はいないって以前に言ったでしょ」

「……」

「お父さんとお母さんどこに居るか知ってる?」

「お医者さんの話を聞きに行きました……」

「そっか……」

すると、彼は酸素マスクを外して、起き上った。

「ちょ、駄目ですよ、はずしたら」

「ううん、いいよ、もう死ぬんだから」

寂しげにそう言った後、「あ、これは禁句だったね」と微笑した。

「……」

「ありがとうね、本当に。確かに、霧島さんに出会って、まだ生きたいって思ったよ。何で俺は死ぬのって。何で俺は皆と同じように、生きられないのって、神様を初めて恨んだ」

「ごめんなさい……」

「謝らないで。それでもね、神様を恨んでも、大切な思い出が作れて、その思い出と一緒に眠ることが出来るって、素敵だと思う。死ぬのが嫌だってことは、幸せな証拠。霧島さんに出会わなかったら、ただただ、産んでくれた両親に申し訳なく思いながら死んじゃってた。つまり……かっこよくいうと『生きがい』ってこと。それを与えてくれたのが、霧島さんだった」

優しい声だった。ぽたぽたと私の目から涙が落ちる。彼は、指先を私の顔にそっと近づけて、その涙を拭った。そして、恥ずかしそうに笑った。

「昨日ね、生きたい、もっと生きたいって、両親の前で泣いちゃった」

「……えっ」

「それで、2人にひどいこともいっぱい言った。何で俺だけこんなふうに産んだのって、それなら産まれて来なくても良かったって。そんなわけないんだけど、その時は気が動転しちゃって」

「……」

「まだ生きたい、助けて、助けてって……二人とも、俺以上に泣いてた。ずっとごめんねっていってた。それを言うべきは俺だったのに、俺はありがとうもごめんねも何も言わなかった。だから、2人が帰ってきたら謝らないと。そして、今まで看病してくれたことに感謝しないと」

彼の泣く姿が全く想像できなかった。私の中では、いつも困ったように笑っていて、人に気を使って、恐いもの知らずの男の子だ。

突然彼ががくんとベッドに手をついた。「横になって」と促すと、「ありがとう」と笑って横になり、続けた。

「それに、何度も『生きたい』とは思ったけど、『死ぬのが恐い』とは思わなかったよ」

「……どうして?」

「どうしてだろう、また会えるって思うからかな」

「会えますよ、絶対」私は強く頷いた。

「うん、そうだよね。ありがとう」

「私も、勉強ばかりで、いつしか人と関わることもなくなって……でも、あなたに会ってから、もっともっと大切なことが学べました」

「良かった」

「だから、産まれて来なくてもよかったなんて、もう絶対言わないでください。私は、あなたがいて良かった。あなたと出会えてよかった」

「ごめん」と、呟くような声が聞こえた。そして、その声は震えながら、「ありがとう」と言った。

さっきまで笑っていた彼の目から、雫が溢れた。一滴、もう一滴と、頬をしたたる。

私は、思わず彼の白く細い手を握った。

帰らねばいけない時間になり、彼の両親が私を車で送ると言ってくれた。始めは断ったが、「送らせて」というため、そうしてもらう事にした。

「俺、ちゃんと両親と話すね」

去り際に彼が私を寄せて、小さな声で言った。「頑張ってください」と応援し、外に出る。

「雪だわ……きれいねえ」

彼の母親が運転しながら呟いた。父親が万が一の為病院に居た。

「そうですね」

「あの子にも、見せてあげたかったわ」

「……見れますよ」

「そうかしら」

「雪が降るのは今日だけじゃないんですから」

「そうね……」前を向いているため彼女の表情は解らなかったが、涙声だった。「きっと、元気になったら見れるわね」

「はい」

「びっくりしたの。あの子がね、『生きたい』なんていうから。今まで一度も言ったことがなかったのよ。泣いたのも、赤ん坊の頃が最後だった」

「……そんなに生きたいと願っている人が、生きられないわけないじゃないですか」

「そうね。本当にありがとう。あの子に良い思い出を与えてくれて」

「私のしたことなんて大したことじゃないです」

「ううん、本当に感謝してるわ」

「……いえ、私は酷いことをしてしまいました」

私は、彼が倒れるまでの自分の行為を全て語った。語り終わった後に、何て言われるだろうと目を閉じた。きっと怒られるだろうと思っていたが、優しい声が聞こえてくる。

「気にしないで。あの子、あなたの顔を見て幸せそうだったから」

「……」

「こんなにあの子のことを考えてくれるお友達も初めてだから。ありがとう」

顔はそうでもなかったが、声や心に触れ、改めて彼女らは親子だと思った。

やがて、家に着くと、美紅が出迎えてくれた。

「……お父さんとお母さんは?」

「ママたち、お姉ちゃん探しに行ったよ」

「えっ」

「急に出て行くから」

すると、「桜っ」と後方から声が聞こえた。沙希が駆け寄ってくる。

「ごめん、急用が」

「ばか、私もお父さんもすっごい心配してたのよ。連絡するから――って……」

沙希は私の傍に居る女性を不思議そうに見た。

「友達のお母さん」

「送ってもらったの?まあ……このたびは本当に申し訳ありませんでした」

2人で頭を下げると、彼女は「いえいえ、こちらこそ」と言い、「また明日」と見送られて帰って行った。

そして、数分後に和博が戻ってくる。

「なにしてたんだ」

「ごめんなさい、友達の所に」

「何で急に」

私は中に入って事情を説明した。「そうだったの」と沙希が驚いた顔を見せる。

「じゃあ、明日も会ってあげないと」

「でも……」

「行ってあげなさい。旅行ならいつでも行ける」そう言ったのは和博だった。友達、しかも男の子と聞いて一番怒ると思ったが、そう言ったきり黙ってしまった。

「ありがとう」

頭を下げるが、その私の声にも何も答えなかった。









続く