サボロー母の日常的記録(たまに謎解き) -37ページ目

サボロー母の日常的記録(たまに謎解き)

ダラダラ時間さいこー!
その為に仕事時間との線引きはしっかりやるよ!
そんなサボロー母「ちぃぱっぱ」のバトルな日常。
出版社で教科書教材を作るお仕事の傍ら、猫を愛で、介護に行き、たまに謎解きで頭使って。Xでも謎解き:@chipapa03

2024年1月18日。義父が亡くなりました。
葬儀社の斎場にたどり着いたところまでは、書きました。↓
私の代わりにお義姉さんがやってくれたことを書き出します。

まず、
参列者の人数の確認や、
祭壇の規模や、供花の数確認。
親族のどこまでを「家族葬」として呼ぶのか、判断は義姉がしてくれました。

少し前に叔父様を亡くされていらっしゃるため、経験に基づき、テキパキと親族に連絡をしてもらいます。

日程や時間は後でお知らせしますね。と、前置きし。
決まり次第ショートメッセージで通夜と告別式の案内のページリンクを送ります。
そのページに、供花や供物の購入リンクもあるので、私も実父に送りました。

あとは、その参列者のうち、着物の人が居ないか?着付けなどの必要性も含めて、義姉が手配を進めてくれます。

22時ごろ、斎場に義父を残し、一旦解散です。
義母をケアハウスに送迎し、私とパートナーは家へ。1時間くらいかな。
義兄と義姉は高速利用して2時間かかるので、本当にきてくださってありがたい…。


さぁ、お通夜まで時間がありません。
(これ、1日空き時間ができたから良いけど、無かったらどーすんの?)

翌日になりました。
まず、銀行へ
お義母さんに、現金がどれくらい要るかわかりませんが、とりあえず、100万用意します。
予想では、お布施50万、その他の手続きで10万、車代などで10万…てところかな?(宗派によります。)

市役所が開くと同時に死亡届の提出です。が、先にコピーを取ります。市役所の中にはコピーサービスが、必ずありますので、探してください。

死亡診断書の隣に、死亡届がついていますので、診断書部分には何も書かず、届け部分に記入して、住民課へ提出します。

受理までかなり時間がかかるので、
この間に、
年金課に問い合わせと、
介護保険の抹消手続きと、
税務課で確定申告の相談と、
障がい者手帳の返却に行きます。

年金課がクセモノでした。
遺族厚生年金などの、年金にかかる手続は、市役所ではなく、年金事務局での手続となりますが、予約制で、近くはすでに、3月アタマまで埋まっているとの事…遠くに行こう。そうしよう。
予約を取ったら、2月後半でした…ガーン😨

あとは、税務課で、「準確定申告」のやり方を聞いたり
亡くなった方が、確定申告前「1〜2月」に亡くなった場合、前年の確定申告も、年明けから亡くなるまでのその年の確定申告も、
「準確定申告」の名前になり、4ヶ月以内に申告すれば、大丈夫なようです。

ようやく受理された死亡届。
受理の証として、火葬許可証がもらえます
受付時に、どこの火葬場を何日の何時に予約してあるのか聞かれました。

昨夜、病院で電話したときの情報は、ちゃんとメモしておきましょう。

次にケアハウスに、写真を探しに行きます。
写真の場所を聞いて、勝手に出して、
付箋紙を貼りまくります。

食事の終わった義母を連れて、まくら回向へ
13:30には斎場に入ります。

お茶を出す準備をしながら、遺影を決めます。
なんと、私のスマホで撮った写真が一番柔らかく笑っている…との事。
スマホ写真を葬儀社に送り、加工可能か聞いてみます。
スマホ写真は現像しなくても、メール添付や、ネットサイト経由で提出が可能です。あまりサイズが小さいと、使えない(加工できない)可能性がありますので、早目に送りましょう。

加工、服の着替えや、背景の変更、余分な写り込みの消去…有料ですが、やってもらえます。
ジャージを着たお義父さんは、スーツ姿に変身して、遺影となりました

遺影以外の、スライドショー用写真も、一部はメール添付で送り、紙のアルバムに貼り付けてある分は、アルバムごと斎場に持ち込み、スタッフさんに加工してもらいます。


それ以外にも、義姉から「この写真を使って欲しい!」要望や、ハトコから「一緒に写った写真はお棺に入れられる?入れられないならかざってもらえる?」、義母から「お父さんが大事に飾ってる書を、お棺に入れてあげられないか相談したい」…要望増えてくなぁ。


こーゆー時、家族葬だから、身内である私がバタバタするけれど、家族葬じゃ無い場合は、スタッフさんがいて、そのスタッフさんがこーゆー話を調整するのかしら?


まぁ、バタバタしましたけど、やりますよ。

写真も、書も飾りまくりましたよ。

お通夜の朝までかかったわ…。

↓この書のうち3枚を、額から抜いて、お棺に納めました。



さて、時を戻そう。


19日の15時

仮通夜とまくら回向です。

服装は、喪服では無いけれど華美ではない、セミフォーマルくらい。

私は紺のスーツ。義母は黒のセーターアンサンブルで参加しました。


お寺から住職が1人で来られ、

お義父さんの前にある祭壇にご本尊を納めます。

ご本尊は、仏像の場合もありますが、うちの宗派日蓮宗本門佛立派の場合は、掛け軸のようなものに「南妙法蓮華経」が書かれたものを、吊り下げます。

祭壇の内側に吊り下げ金具があるので、一般的なんだと思います。


それが終わると、楽器を取り出し…(木琴とか、おりんとか)仏具って音が出るのは楽器だよね?

木魚とかも、吹奏楽でも使うし…


おもむろに、お経が始まります。

そばには、お義母さんだけ。

慌てて、私もそばに座ります。お茶の準備してたのよ。


お経が終わると、ご本尊はそのまま、告別式が終わるまで、ここにかけておきます。

楽器はまた持ってきます。


さて、打ち合わせ

普通はお坊さんの数だけ打ち合わせして終わります。

我が家の場合は、引き連れてくる信者の数をバトル…スタート!

「家族葬だから、ご遠慮ください!」

「いや、お役員サマの葬儀ですよ?5人は顔を出させてください!」

「おもてなしできかねます!」

「必要ありません!」

「人数増えたら、お布施も増えるでしょう?払えませんってば!」

「お気持ちですから、大丈夫です!」

「大丈夫だった事なんて無いじゃないですか!」


…義母が、「もうええで、住職の言われるとおりに…」


「(勝った!)」

「(…負けた…)」

誰の心の声かは、ご想像にお任せします。


信者さんの参加は、お通夜に5人、告別式に7人。火葬場まで同行4人。となりました。


お昼ごはんの数、カウントし直さないとな。

お経をあげるお坊さんの数は、まくら回向1、お通夜2、告別式2.、初七日1の延べ6人となりました。

…普通じゃないって大変。


ほら、めっちゃ遅くなってしまったやん。

17時まわってるやん。

17:30義母をケアハウスに、送り届けてから、

18:30自宅に到着!


私が夜ご飯の準備してる間に、

パートナーと息子は、紳士服のAOKIへ、急げ!


吊るしの喪服を買わねば!!


裾のお直しが、明日の朝10:30にしか出来ないらしい。ヤバいね?朝の打ち合わせに間に合わんよ?


2024年1月20日。

お通夜当日。

私が、10時にキタムラで写真現像して、10:30に斎場入りして、お弁当の数とか打ち合わせ、最終。


パートナーと息子と娘は、喪服を受け取りと同時に着替えて、その足で、コンビニで、私のお昼を買って、斎場へ。


遠方から義兄と義姉と従兄弟が、到着し、従兄弟を下ろして、すぐに義母を迎えに出て行きました。


義母は着替えに多分手伝いが要る

義姉は、義母のために、ヒートテックのインナーやタイツを調達してきたので、着替えのお手伝いを買って出てくれました。


14時、義母が到着

14:30 納棺師到着。湯灌開始。

15:30、義姉と私は受付の準備

…同時に住職到着。信者さん、もう来てて、ウロウロされて、邪魔。

16時、受付開始。

17時、お通夜開始。

18時、お通夜終了。

ご参加の皆様に、助六寿司とお茶を渡してお見送りし、明日の朝の打ち合わせをしてから、


19時、義母を送ります。


20時帰宅、先に帰宅した娘の習い事の送迎

↑こーゆーの、忘れがち。

ちゃんとやらないと。



1月21日告別式


朝7時私だけ出発。義母をお迎えに。

到着すると、疲れた顔の義母が、着替えを前に固まっています。昨夜ネックレスが外れなくて、お風呂に入れなかった…と。(何のためのケアハウス!スタッフに言えや!)

義姉にもらったタイツや、防寒対策をして、雨の中、斎場へ


斎場に9時到着。写真撮影?なんで?

地域によってやるらしいです。告別式での撮影。


9:30受付開始

10:00告別式開始(お棺に入れるものに金属がついていないか、昨日チェックした

11時出棺(乗る車の順番とか、昨日決めた

11:30火葬場、待ち時間に控え室でお弁当

お弁当の運ぶ車とか、ゴミの片付けとか、個数とか、昨日決めた。)

13:15 お骨拾い(骨壷の数が最大3つ。宗派によって使う数が異なる。うちは、3つ、お買い上げ。昨日決めた。)

14時 斎場戻り(骨壷をもつ人を指定される、これも昨日決めた。)


斎場に戻り、骨壷が祭壇におさまると。

初七日法要。(火葬場でお坊さんはご飯を食べない。ご不浄なので、そのまま初七日のお坊さんと交代。)


終わってから、相続手続きについて、パートナーは兄弟で話し合い。

お寺への入金は振り込みにしてもらった。(お布施は、領収書が出ないから。振り込み明細があると控除証明になる。という目論見。)


葬儀社への振り込みは計算が終わったら、振込用紙が届く。


義母をケアハウスへ送って

部屋でお着替えさせて、



ここから、相続の手続きなんだけど。

今後の話し合いは。またパート3にて。




一つ感想を。


葬式の祭壇のお花。そんなに要らん。

たくさんありすぎて、最後、束で植えたもん。

義姉と私で、縦に植えまくった。

おかげでせっかく着せたスーツ見えへんやん。


生花の祭壇、高かったのに。


(悲しいとか、涙の感想は、忙し過ぎて、無かったわ。)



義父が亡くなりました。
ターミナルケアのできる施設に移送予定の2日前でした。

この日、義母に「義父の状態があまり良く無い事」「別の施設に行ったらもう戻って来られ無い事」「心の準備をして欲しい事」などの説明のために、息子2人と嫁2人が義母の部屋を、朝から訪れておりました

義父のターミナルケア施設に入る物品の準備も兼ねており、前あきの下着に名前を書いていたときに、
病院から電話がなりました。
私のスマホです。(10:30ごろでした)

「血圧が70を切りました。何分で来られますか?」

病院、面会不可では?

コロナで面会制限があると聞いておりましたが、状況的に病院は、もう、もたないと思っていたのでしょう。
緊急入院時には、コロナ患者と同じ階だったはすの義父の部屋は、

対面可能な外科病棟に移されていました。
「◯◯◯号室に直接お越しください。」

15分で全員着きます!

到着すると、
うっすら目を開けた義父が、空を見つめて横たわり、酸素マスクをつけたまま、荒い息を繰り返していました。目の焦点が、こちらを見る事はありませんでした。

先ほど告げたばかりで、まだ実感が湧いていなかった義母は、泣き崩れ、息子達は叱られました。
「なんでこんな事になってるなら、早く言わんの?!💢」

お義母さん、ごめんなさい。
私達にもわからなかったんです。
意識が戻ったと聞いて、ホッとしていたんです。

お義父さん、ごめんね?
次の施設、遠いから、お義母さんから離れちゃうし、知ってるスタッフさんだらけの、この病院から離れたく無かった?
(義父は年に2回のペースでここに、入院しております。その都度、診療科は様々ですが。)



部屋に入ると、血圧が73まで回復しています。
ですが、意識が戻る事は奇跡に等しいとの事。

痰の絡んだ咳をするたびに、酸素マスクがズレ、義母は泣きながら、酸素マスクを口の真ん中にあてがう…そんな時間が、5時間続きました。

その間、義母はトイレにたったり、お茶を口にしたり、売店で買った羊羹を口にしながら、義父に呼びかけ続けました。

私と義姉は、諸々の準備の為、2人で、銀行を回ったり、万が一のときのエンディングノートを探すために、義母たちの部屋に戻りました。

義父の部屋の鍵が紛失していたり、
義母の通帳が無かったり、
このタイミングで、無くすとまずいものばかりです。
部屋を片付けながら、探し物をしていると、
パートナーから連絡が入りました。

心拍が落ちてきた。病院に来られる?」

探し物をかき集めて、病院に向かいます。
エレベーターが開くと同時に、聞こえてきます。
「お父さん、戻ってきて!」
「まだいっちゃダメだよ!」

泣き崩れる義母と、支える息子達の姿が部屋の入り口に。
ベッドには心臓マッサージを続ける看護師の姿がありました。
計測器の血圧は、看護師の手に合わせてしか動かず、私たち全員が揃ったところで、看護師は心臓マッサージの手を止めました

計測器のアラート音を止め、酸素マスクを外し、
看護師は一歩下がりました。

義父の顔を撫でながら、泣く義母を見ながら、



…頭の中は
この後やる事のリストが駆け巡ります。
なんて薄情なんだろう、私は。

お義父さん、この後の手続きとかさ、
私、頑張るから。
だから、お義母さん、そこに居させてあげてね。悲しむ事は、お義母さんに任せるよ。


死亡診断の医師が到着し、時間を記録しました。
2024年1月18日17:00ちょうど。
死因は膵臓癌でした。

2024年
1月1日には私達とすき焼きを食べ。
1月4日には便秘だからと正月早々に病院に連れて行き。
1月10日にデイサービスで歩行練習中に倒れ。また緊急で病院へ。そしてショートステイへ。「上げ膳据え膳の生活だぞ?いいだろう?」憎まれ口を叩く余裕もありました。
1月15日にショートステイにて意識が途切れ。入院。
1月18日、10時ごろ血圧が低下し、17時ごろ、うっすら開けていた目が閉じ、呼吸が浅くなり、家族に見守られながら息を引き取りました。



義姉と協力して各所に連絡をします。

まず、ケアマネ
入所予定のターミナルケア施設への中止連絡も兼ねます。お支払いはまた、後ほど

次にケアハウス
本日、義母、帰りが遅くなる連絡、義父の死去の連絡を入れます。

そして、ナースステーションへ。
この後の流れを確認します。
葬儀社から迎えの車がくる、60分前には、お身体を綺麗にして差し上げるので、何時になるか教えてください。
またそのときに着せる服をお持ちください。」

葬儀社…先ほど探してきたエンディングノートは、真っ白で書き込みがありませんでした。
お義父さんたら!
代わりに、「積み立て」と書かれた葬儀社の名刺が3枚発見。片っ端から電話をかけて、義父の登録を確認します。

葬儀社が特定できたら、次は斎場の確定です。

斎場の場所によって、葬儀社の連絡先支部などが違うため、選択肢を3箇所あげてもらい、義姉に伝えます。
義姉が息子たちに選択肢特定をしてもらっている間に、ケアハウスの部屋に服をとりに行きます。

本当は、ターミナルケア施設への移動のために使う予定だった。暖かいパジャマ。
せっかくだから使ってください。

病院へ戻る途中、義姉から「AとBどっちでも良いって!」

葬儀社には車の中から電話をしました。お迎えに来てもらう連絡をしなければなりません。
葬儀社は「今日は他の連絡が無いので、何時でも行けます。何時が良いですか?」

19時でお願いします。場所は◯◯病院です。

次にナースステーションに、どの葬儀社が何時に迎えに来るか伝え、服を渡します
ここで、死亡診断書が私に渡されました

葬儀社が来る前にやる事は。
荷物はまとめておくこと。
支払い関係は、後日、私のスマホに連絡する事など、電話番号も確認します。

葬儀社から連絡があり、空き状況を教えてもらいました。
Aは家族葬のみの一部屋、現在空いています。
Bは3部屋あり、2部屋埋まっています。
義姉と相談し、Aにしてもらいました。

また、葬儀社曰く。
先に火葬の予約が必要になるそうです。
火葬場の埋まりが20日に空きが無いので、21日に出棺になります。つまり19日は何もせず、20日が通夜。21日が葬儀になるのね?

パートナーに確認すると、土日に通夜、葬儀、出棺で大丈夫との事。
この時、出棺…火葬場の予約もしてしまいます。11時出棺。11:30から13:30で火葬。決まる事早い早い…。

その予定で、親戚に連絡を入れます。
子ども2人にも連絡。バイト先に休みの連絡入れさせました。

18時、全員が部屋から出されます
身体を拭いてもらい、点滴の針が抜かれ、柔らかいパジャマを着せてもらい。ベッドも整えられ。手が胸の位置に組まれました。
この時、お顔に白い布がかけられました。義母がすぐに取ってしまいましたが。

18:30 から18:50 綺麗になったお義父さんのそばを離れないお義母さん。
葬儀社の車に乗るところまでついていくと困るので(裏口から出るので)

棺桶に入れるものを取りに行くからついてきて?と、義母を誘います。
一旦ケアハウスの部屋に戻り、着せたいスーツや、ネクタイを選びます。(イマドキは白装束でなく、故人のお気に入りを着せる事が多いようです。)

その間に、葬儀社が裏口から義父を連れ出してくれました。
私達は、荷物を持ち、病院ではなく、葬儀社のA斎場へ向かいます。

斎場につくと、すでに、お義父さんは遺族控え室の一画に、ドライアイスのベッドかな?寝かされて、真っ白なお布団がかけられています。

お義母さんは、そばに椅子を持っていき、顔のそばを離れません。

なので、息子達と嫁達で、これからの予定を組みます。

葬儀社のコーディネーターさんが到着20時です。
葬儀プランや、規模。
宗派の確認や、お坊さんの数。
そして、まくら回向の有無

まくら回向とは、お通夜の前に、お坊さんが故人だけに捧げるお経の事で、
「貴方の葬儀はちゃんと最初から最後までやって、送り出してあげるからね。」という、挨拶のようなモノだそう。
宗派によっては簡略化してやらない事も。

実は義父は、とある宗派のお寺の熱心な信徒で、一時期、そのお寺の管理職のようなお仕事に携わっておりました。
なので、その宗派からすでに、戒名13文字をいただくことも決まっており、連絡しないわけにいかない…あの寺、高いんだよなぁ…。なんて言ってられない。
住職に直接連絡すると、まくら回向は、当然やります!坊主何人連れていきましょう?!意気込みがすごい…

まくら回向のあとに坊主の人数とか話し合う約束をし。

コーディネーターさんとの打ち合わせに戻ります。

一番大事なのは「火葬許可」です。
明日、必ず取ってきてください。
市役所で、死亡診断書と、死亡届を提出すると、火葬許可証がもらえます。

死亡診断書は3枚くらいコピーを取っておくと良いでしょう。

遺影の写真は19日の16時までに持ってくること。
スライドショーの写真は10枚選んで、同じ時間までに。
湯灌のときに着せるスーツは、金属を取り除き、20日の12時までに揃える。
20日のお饅頭の数と、お通夜の後で配る助六の数は20日14時まで。
21日のお弁当の数は20日の18時まで。

なんか、もっといっぱい言われた気がする…

でも、とりあえず、長い長い1日が終わりました。

明日は許可証を取りに行くので、会社休みます!
↑あ、その連絡がしてない。
一番ヤバい。夜中にLINE連絡しました。


やる事は、まだ、半分も終わっていません。
でも、お義父さんに約束したし。
お義母さんに悲しむのに専念してもらうために、頑張ります!

2冊もあるのに、まっさら…↓ガーンガーンガーン





続き。↓書いた。
葬儀編

久しぶりに、介護ネタを連投しようと思っています。


謎解きメインの方はスルーしてくださいね。


まずは、「自立型介護施設に居られなくなったら、どうしたら良いか。」これを書いてみます。


まず、原因について、です。


自立型介護施設の条件としては、

「食事を、食堂で摂ることが可能」

「移動が、自力で可能」

「排泄や着替えなどで、スタッフの手をほとんど借りずとも生活可能」

これが、自立です。


入浴をデイサービスにお出かけし、そこで機械浴していようと、

電動車椅子で食堂まで移動しようと、

排泄が全部オムツの中であろうと、

部屋のゴミ出しをヘルパーさんに頼んでいようと、

それは、自立なのです。


ですので、

ベッドから車椅子への移動ができなくなった。り、

車椅子を同室の連れが押していたが、同室の連れが入院して、1人で食堂に行けなくなった。

り、

すると、自立ではなく、スタッフの手を煩わせる事になりますので、自立型介護施設を出なければなりません。



そーゆー場合の行き先、

候補をいくつか挙げてみます。


①特養、サ高住などの、看取りまで可能な、上位施設

②病院または、入院からの老健

③ショートステイ


①施設によって異なりますが、24時間介護スタッフがナースコールに対応してくださったり、車椅子などの補助が可能なところがあり、安心できます。看取りまでできる施設もあるので、終の住処となる場合も。

ただし!入るまでに時間がかかります。待機人数もあります。最低でも入所までに、2週間〜6週間ほどかかるでしょう。待機は年単位で待ちます。また入所条件介護度など、施設ごとに異なります。審査もありますし、入居金などが高額になる場合もあります。申し込みはケアマネを通します。自分で探す事もできますが、介護認定が絡むため、ケアマネを通した方が手続きもスムーズです。

ですので、突然の出来事には対応できません。


②病院、つまり、自立では無くなってしまった原因が治るまでの入院ならば、空き病床があれば、入れる可能性があります。また、一度入院して、改善が見られ無い場合、老健などに移動し、①の特養やサ高住に移るまでの時間を稼ぐ事ができます。

空き病床があれば、入院に条件は有りませんが医師の判断が必要です。

老健は入院だった方が、自宅や施設に戻るまでのリハビリを兼ねた施設です。要介護からしか入れませんが、認定審査中の方も入れる場合があります。退院しても自宅のリフォームが間にあわないとか、次の施設探し中などの場合に、入る事ができます。入れる場合も、あります。



③ショートステイ。特養や、介護看護付き施設は、1日〜30日までのショートステイを受け入れているところがあります。

①と同じスタッフがいるので、車椅子を押してくれたり、機械浴させてくれたりしますので、意思疎通ができればショートステイを利用可能です。65歳以上で、要支援1以上の認定が必要です。ただし、看護付き施設のショートステイは、常に満室が多いので、いきなりは難しいと思った方が良いでしょう。申し込みはケアマネを通します。




こういった、空き状況や、手続きにかかる時間を考えて組み合わせて利用するのも、一つの考え方だと思います。





ここからは、具体例としての、我が家の場合です。


胃腸の痛みを訴え、足にチカラが入らなくなった義父。

車椅子ならば動けるが、ベッドから車椅子への移動に人の手が必要なのと、

母が車椅子を押すチカラが無いのと、(脳梗塞影響で握力5しかない)

義父自身でも車椅子を動かせ無いこと(左手が麻痺しており右手のみ動かせても、車椅子を前進させられない。)から、


まず、

③ショートステイを利用しようとおもいます。

ショートステイはケアマネを通して申し込みます。

最短半日で入所可能なので、ケアマネとの連携が大切です。根回しももちろん。


義父が立てなくなったのは、午前中、デイサービスでの運動中でした。

病院受診もしないといけないと思いつつ、ケアマネに電話で、すぐに、ショートステイ利用可能な施設を3ヶ所ピックアップして、空き確認してもらいました。


その間に、デイサービスで借りた車椅子で、介護タクシーを使って、病院受診です。


病院の診断は、病気の影響が横隔膜(つまり腹筋)に出てきており、お腹にチカラが入らないと思われる。治しようが無い。

ついでに、病床も空いていないので、入院するなら、他を紹介するよ。



…ちっ。

あわよくば、②病院の入院を狙っていたのに。



仕方なく、義父を連れてショートステイへ。

本来、ショートステイは、入る前に本人の面談や、できる事確認などが必要です。

ですが、前もって、利用した事があると突然の利用もスムーズにできます。

何かあった時のために、2泊の旅行…くらいのつもりで、ショートステイを元気なうちに利用しておくと良いでしょう。


義父は。

何度もショートステイの利用を促していたのに、全部断ってきたので、今回が初利用です。

しかも、空きが確認された施設が、看護ナシ。

さらに、今回立てなくなっていることで、できる事が極端に少なくなっています。

家族も把握できていません。排泄とか、できるんでしょうか?


そういった聞き取りを、ケアマネ、ショートステイスタッフと一緒に、話し合いします。


許可が出れば、3日分ほどの着替えや、髭剃り、パジャマや、手元にある薬などを全て揃えて、ショートステイに入所です。

着替えが3日分なのは、洗濯してもらえるからです。全てに記名が必要です。




ショートステイに入って、◯日経った頃。

スタッフから連絡がありました。

朝、声をかけてもボーッとしたまま、返事ができない。病院へ連れて行ってください!


この時、私ではなく、パートナー(実の息子)が病院へ連れて行こうとしましたが、意識の無い義父をどうやって病院まで連れて行けば良いのでしょう?

ショートステイに到着するよりも前に、ケアマネに相談したところ。

「そこのショートステイは、ストレッチャーの載るワゴン車を持ってますので、頼み込んで病院まで搬送してもらってください!救急車呼ばれるの嫌がると思うので、たぶん送ってくれます。」


その通りになりました。ケアマネ、さんきぅ!


病院にストレッチャー搬送された義父は、即入院。ただし、短期間で、他所に移動するのが、入院の条件でした。


なぜならば、

義父の状態が、看取りに近い事。

現在、病棟にコロナ患者がいる為、万が一の時に家族が駆けつけても、病棟立ち入り禁止で、会わせられない可能性がある事。

近くの老健にも空きが無いこと。


なので、①の、看取り可能な施設を探して、移動する事を条件に、②の入院となったのでした。



入院して、2日目には、意識が戻り、寝たままだが、うなずいたり首を横に振ったりの意思表示ができると、報告がありました。


ほっとしました。


さぁ、①の施設を急いで探します。

実は義父、ガンの転移が横隔膜を蝕んでおります。ガン末期の受け入れができる、ターミナルケア施設で、義母が、最後は泊まり込んででもそばにいられる施設を3ヶ所探し(ケアマネが)家族で手分けして、施設見学に行きます。


24時間看護師常駐であり、義母が泊まり込める、面会可能な施設。

その中で、一番早く入れる施設に申し込みしました。


施設見学→申し込み書類提出→施設のスタッフが義父を見に行く→入所許可→ベッドや車椅子レンタルの手配→入所日の決定→ストレッチャータクシーの手配→入所日に医師の診察→入所


ここまでを1週間でやるわけです。普通はそんなに急がない!

もう少し余裕あるときに、やるべきですね。


こうして、私は、施設に居られなくなったときの、他施設3パターン、全てを経験する事になりました。


皆様は、こんなに急ぐ事無く、

もっとじっくり検討して欲しいと思います。


だって、終の住処となるかも知れないんだもの。


一般的には、

②入院して、その間に①を探して、老健が無ければ③に入りながら、ゆっくり①を探す…。

あれ?一般的でも①②③全部経験はするね。


なんにせよ、ケアマネとの連携や、事前の情報収集。できれば、ショートステイの体験などができていると、グッドですよ👍って事でした。




次回は、義父の看取りについて、書きたいと思います。