いよいよ明日に迫った


プロレスリングNOAHの1.1 日本武道館大会


刺激的なカードが出揃う中、


目玉カードの1つ


と言っても差し支えないのは


GHCタッグ選手権試合


王者組:丸藤正道&拳王

VS

挑戦者組:BUSHI&XXXX


でしょう。




BUSHI選手のパートナー「XXXX」は誰なのか?


巷では様々な説が囁かれています。


ブルーザー・ブロディ


ムック



中でも大本命と言われており、


拳王選手も「あいつだろ?」と


名前を出さないまでも、ほぼ確定だと思われているのが


内藤哲也 選手





私も、最初はそう思いましたよ


いや、内藤選手以外に誰がいるんだ?と 笑


だって、シルエットはまんまだし、


LOS TRANQUILOS de JAPON

のメンバーは内藤選手を除けば


まだ、デビューをしていないRYUSEI選手

日本では馴染みのない、アンヘル・ロイス選手


しかいない。


だからこそ、皆が思ったはず


「お前、内藤だろ?」



でも、今の私は違う



XXXXは内藤哲也であって、内藤哲也ではないのではないか?


もっといえば、XXXX選手はXXXX選手なのではないだろうか?


と思うのです。


何を言っているのかわかりませんね。


その3日後、


内藤選手らの古巣の新日本プロレスでは


1.4 東京ドーム大会があり


あの、棚橋弘至選手の引退試合が行われます。




棚橋弘至選手の引退試合の相手は

オカダ・カズチカ選手


東京ドームは超満員札止め

この時点で、チケットの売上の天井は達成しているのです。

もう、隠し玉は用意しなくてもいい

でも、内藤哲也という棚橋弘至を語る上で外せない選手を、出さないのか

内藤哲也の物語を語る上での最大の心残りになるのはもちろんのこと

新日本プロレスとしても、このまま未消化でいいのか?

そう思ってしまうのです。

オカダ選手が棚橋選手の対戦相手に決定した時

内藤選手は
「これで自分が新日本プロレスに再び上がる理由が無くなった」
と語っていました。

私のような、夢見がちな内藤哲也ファンは

どうしても、フリに聞こえてしまう。

何らかの形で棚橋引退に絡んでくるのではないか?と。

内藤選手は新日本プロレスを去った2025年5月4日以降、日本のリングには立っておらず、各所で
「今のところ日本のリングで試合をする予定はない」と語っています。

しかし、「日本で試合する内藤哲也をみたい」という声は日に日に日本のファンの間で強くなっています。


だからこそ、内藤哲也が日本で試合を再びする日は、誰もが歓喜する最高の舞台であって欲しいと、拗らせたファンとしては思ってしまうのです。

それは、1月4日東京ドームしかないと。

無論、プロレスリングNOAHは素晴らしい団体ですし、日本復帰の舞台として分不相応だと言いたいわけではありません。

ただ、内藤選手自身も
「日本で再び試合をするなら、棚橋弘至に触れる時だ」
と思っているとしたら…

1月1日は内藤哲也としてでなく、XXXXとして出てくるのではないかと

そして、内藤哲也として日本のマットを踏むのは、棚橋弘至引退試合に絡んでではないかと

1月4日、棚橋弘至vsオカダ・カズチカの試合終了後、

突如流れるあの男のテーマ曲

そして始まる、棚橋弘至引退試合第2ラウンド

それはまるで、武藤敬司選手が内藤哲也選手との引退試合後にリングに蝶野正洋選手を呼んだあの時のような…

そういう奇妙かつ運命的な意趣返しがあるのかもしれません

それが当たるのか当たらないのか
 
その答えはもちろん…








この世に起こる全ての事象は
自分のために起こっている

 
ここ数ヶ月、自分で色々学んで

これまでの人生を振り返り

これからどう生きたいかを考えた結果

たどり着いた結論です



身を削って助けた女性に都合よく振り回され
次の男が来るまでの精神的繋ぎにされた経験

「お前は大切な仲間だ」と言ってきた知り合いを信じたら、徐々に主従関係となり、私の人間関係や生き方まで全て口出し・管理され自我が崩壊しかけたあの経験

やっと築いた幸せも、一瞬の誤解で無に帰した最近のアレ

全て思い返すと、

屈辱的だったし

地獄のような日々だったし

人間不信になるような

私にとって

二度と起きて欲しくない出来事です


でも、「それらがなかったら何も努力していないんじゃ?」


そう思うのです

それらがきっかけで

自分を見つめ直し

何かを変えないといけないと思い立ち

少しずつ学びや実践

トライアンドエラーを繰り返し

日々成長しているのが今


あれ?

人生が楽しい

最近そう思っているのです


でも、過程を楽しむだけでは

努力自体が目標や快楽になって

肝心の目標が達成されない

本末転倒な結果に終わる人で止まってしまう


でも、こんなに楽しいと思ったのはいつ以来だろう

この楽しみを享受しつつ

自分が定めた目標を見失わないように


歩いていきますよ


その今を提供してくれた

それらの経験は無くてはならないものだったと思うし


いつか究極目標を達成し

幸せと自信と誇りに満ちた

日々を送る自分はきっと思うでしょう


「あの時の経験は、今の自分に至るために必要な経験だったと」


故に

この世に起こる全ての事象は
自分のために起こっている
 










かつて私は2026年1月4日  


通称 「イッテンヨン」で行われる

棚橋弘至選手引退試合のカードを


棚橋弘至&中邑真輔

vs

オカダ・カズチカ&内藤哲也


と予想しました




が、、、


9月30日


新宿にて行われた公開記者会見にて


棚橋選手は引退試合の試合形式を


「シングルマッチがいい」


と断言したのです。

あっ、、

ということは、私の予想したカードは
違うかもしれない…。

(まぁ、あくまで棚橋選手の願望なので、完全に可能性が消えたわけではないですが、かなり可能性は低くなったのは確か)


※ちなみに、この会見で、ウルフアロン選手と棚橋選手のシングルマッチの可能性もさらっと否定されました。



ということは、


シングルマッチの選ばれし1人は一体誰なのか




超本命は、やはり中邑真輔選手


でしょうか



でも、現所属のWWEとの契約関係の複雑な事情もあるでしょうし



新日本

「中邑を引退試合に呼んで問題ないですよね?」


WWE

「いいよ」


と言うほど簡単な話ではありません。



となると、新日本の未来を担う選手か



新日本プロレスとAEWの提携関係をみるに


やはり、現実的なのは

オカダ・カズチカ選手か


もちろん、上記2名も感涙ものですが、


内藤哲也選手が絡んでこないのは、寂しい



内藤選手はフリー選手なので、

契約関係では交渉次第。


裏を返せば呼べないこともない


 が、、、



相当な覚悟をもって自らが愛した新日本プロレスのリングを去った内藤選手が


憧れの棚橋選手引退のためとはいえ、


そうすぐにセルリアンブルーの上に立つか?



プロレスラー内藤哲也をずっと推してきた私からすれば、期待とある種の諦めもあるのです



そんな時、こんなXのポストが




https://x.com/inc_kes/status/1976886427087781940?t=BxgpDfUPcKwUTKZZQHLTng&s=19



投稿主は内藤選手&BUSHI選手

のプロデュースをしている方

(詳しくは知らないが、行動を共にしており、かなり深い関係者と思われる。)



「来年に向けて」


来年…



2026年1月4日



あるのか、、、



その答えはもちろん……



敬虔なクリスチャンの前で聖書を踏みつけにしたらどうなるか…。


イスラム教徒の前でコーランを燃やしたら?


その昔、とある少年雑誌が、チンギスハンの額に、彼の名をもじった卑猥な落書きをして国際問題になりました。


宗教や民族、国など大規模な単位のみではなく、我々個人でも、他者が簡単に侵してはならない領域や、侮辱的な行為は存在します。


例えば、


出身地を悪くいう

とか

その人の親御さんや、家族を悪くいうなど。


そのあたりは、余程意地が悪いか、想像力が乏しい人ではないと安易に発さない言葉でしょうが


案外皆がやってしまうこと


 それは

 


その人の「推し」を悪くいうこと



芸能人

アーティスト

キャラクター

スポーツ選手

歴史上の人物…etc



実在する人

実在した人

人ではなくキャラクターや物、他の生物など


ありとあらゆる「推し」が、人の数だけ存在します。



中にはただ、「好き」「いいな」という比較的軽い感情をもつ「推し」の形もあるでしょう



ただ、気をつけて欲しい


人生を救ってくれた

生きる希望

自己投影している人(もの)


そういう「推し」の形もあるということを。


尊敬・思慕・崇拝

そんな仰々しい言葉を尽くしても足りないような


「宗教」に近いものがそこにはあると思う。



故に、それを悪くいう行為は


先に述べた、キリスト教やチンギスハンの事例にも匹敵するような侮辱的な行為に値すると思います。



大袈裟じゃない?


いや、私が証人の一人だから



小学生の頃、私はとある歴史上の人物を尊敬していました。


経緯はよく分からないのですが、母が私に

「あんなキ○★イな人間のどこがいいの?」と呆れたように言ってきました。


その時私は、持っていた先の尖ったボールペンを母に思い切り投げつけていました。


今思ってもやりすぎですが、当時の私は心からその人物を尊敬していたので、自分に対する侮辱の何倍も許し難い言動だったのです。


まあ、うちの母は、人の好きな物や人を小馬鹿にする癖があるので、(今も治っていない)、そこは本当に人として最低な部分だと今でも思います。  


話が脱線しましたね。


他に例を挙げるなら

3年くらい前にも、

私が尊敬しているスポーツ選手を、(今だから言えますが)好意を寄せていた人から、私の尊敬の想いの丈を知った上で「えー、私この人の顔好みじゃない(笑)」と言われ、すぅーっと「あっ、こいつ嫌い」となったのを覚えています。




長い付き合いで、数年ほど想いを寄せていた方でしたが、百年の恋も覚めるとは、このことなのかと…


自分語りが多くなりましたね。



いつもこうです…。



自分のこの鬱屈した思いを



何とかこじつけて、ある種の一般化をして、 

書いたのがこの駄文の帰結です。



もう少し、色々な方のデータがあると、より説得力が増しますが、


社会学の論文を書くわけではないので、

 

どうか大目に見てくださいm(_ _)m














自分の最期はどうなるのだろうか?

 

どんな最期を迎えるのか?


最近ふと、そんなことを考えます。



別に、特別心身に異常があるわけでも


死の願望があるわけでもないですが。




今年私は29歳になります



早くね?(笑)


そんな声が聞こえてきますが、


まぁ、人生いつ何があるかわからない


不慮の事故や病気、災害

何で命を落とすかはわからない


故に、ふとどんな最期を迎えたいか


その思案に耽るのです。


畳の上で家族に見守られ


愛する人の腕の中で


教室を襲撃したテロリストから皆を庇って





己が究極目標を達成する間際


思わぬところから足元をすくわれ


首を獲られる


その首を、仲間が必死に取り返し


首を抱かれ


「悔しいか?左様な顔を致すな」


と悔やまれたい…



何を言っているのか分からない方は



2007年放送の大河ドラマ


「風林火山」


を是非ご覧ください









仕事上、


とりわけ、チームで足並みを揃えて行かねばならない時、どうしても足枷になる人種がいます


それは


不幸を探してくる人


なんぞや?


有難いことに、私はこの春昇進し、

とある大口の顧客の担当者になり、

それに関わる一部の社員とアルバイトさんを管轄することになりました


詳細は言えませんが

その顧客に急かつ深刻なトラブル(財産や生命に関するもの)があり

チームで一丸となって早急に問題解決をしていかないといけない状況が今




ですが、メンバーの1人から


「今日、顧客関連で○○があったムカつく」

「○○で嫌な思いをした」


 など、私の休みや、喫緊の課題に直面している状況でも関係なく、


愚痴や不満のメールが定期的に来るのです


はじめは


「そうですか。○○に関して○○という解決策が考えられますがどうでしょう?」


「大変ですね。もう少し詳しく聞かせてくれますか?」


など、具体的な解決を目指しアプローチをしていたのですが、


一切返事なし


でも、定期的に愚痴や不満メールは来るのです



私は思いました


 「あっ、聞いて欲しいだけね」

「聞いていれば本人はスッキリするあれね」


それから、


それなりに同情や労いの言葉をかけ、


それがある種、その人の心の安寧を保てる方法になっていると信じていました




つい先日、禁句を言われてしまった


「私もう限界です。辞めたい」   



これを言われたら立場上、放ってはおけません


すぐに返しましたよ


「電話や面談はできますか?」


返答

「疲れているので難しいです」


「お辛いですね。では、具体的に何があって、どういう気持ちになって、辞めたいとなったのか教えて貰えますか?」


1週間返事なし

 こちらから催促し


返答

「顧客との間に○○と××と△△があって。私が悪いのでしょうか?」


「辛い思いをしましたね。でも思い過ごしもあるかも。顧客にもその件には直接触れずに、やんわり尋ねてもいいですか?」

 


以降、返答なし



 本当にごめんなさい 

冷酷なことを言います

 

会社は利益追求や、共通の目的や問題解決に向けて進む組織なのです


無論、反対意見を言ったり、自身の直面するマイナスな感情を吐露したりしても、それは問題ない

 

でも、それって上記の目的を達成するのに

必要な過程やアクションに限ると思います

 

組織で働く人は大切にしたい


もしかしたら、その人の発言の裏には

会社の運営体制や人間関係の問題

その人の過去や今の生活を取り巻く問題 

などもっと根ぶかいものがあるかもしれません


それを紐解く糸口として面談などを提案しても

その機会すら突っぱねられてしまう状況です



もちろん、ただマイナスな感情を聞くだけで、本人がスッキリして、気持ちよく仕事をしてくれるなら、それは管理する立場として必要な業務です

 


でも、「限界」や「辞めたい」発言は

完全に一線を超えてしまいました   


それが出た時点で、管理者は立場上、

問題解決に向けて動かないといけない


恐らく、その方は、自分のマイナスな感情に同情してもらい、自分の努力を認めてもらうことが快感になっているのでしょう  


だから、自分で解決しようとしないばかりか、

こちらから具体的な解決策を提案しても、それに協力しようとも、聞く耳を持とうともしない


不幸であること、愚痴や不満を聞いてもらうことが目的化してしまっているのでしょう



だから、わざわざ不幸を探してくる




それがエスカレートし、本人も気づかぬうちに一線を超えてしまう


そんなところでしょう


繰り返しになりますが、

そうすることで、気が楽になってモチベーションを維持できる人もいます


愚痴や不満を聞くことも管理者の必要な仕事です



でも、大局をみてほしい

原点に立ち返って欲しい



我々の目的は?

利益追求や問題解決、チームとしての目的の達成ではない?


具体的には

その顧客を取り巻く問題を解決することではない?


決して

その1人のスタッフの承認欲求を満たすことではない

 

それに私やチームの限られた時間や労力は割けない


仮に、友だち、家族、恋人などのプライベートなコミュニティであれば、

そのような行為はある程度許容されるのでしょう



でも、会社は仲良しクラブではありません

 

もちろん、チームの仲が良いことは、大事な要素

 

でも、人に話を聞いてもらって単に満足する場でも、溜め込んだものを吐き出す場でもないのです


申し訳ないけれど、


それが目的化している人間は

 

チームの足枷でしかない   


とはいえ、その人を悪者にするつもりはありません


述べた通り、もっと根ぶかいものがあるかもしれない


もっと根気強くアプローチするつもりですし、

必要に応じて上長も巻き込んでいくつもりです


が、それにも限度があります


顧客のため、チームのため、そのスタッフを切るという選択肢をとる必要も考えないといけない



私が徐々に非情な人間になっている自覚はあります

 

立場上そうならざるを得ないのか、もともとそういう人間だったのか


それはわからないけれど、


私が判断を誤れば、その顧客に重大な損害を与えることになる


最悪、財産や生命の危機に晒してしまう


その未来が冗談ではなくてリアルに見えている



だからこそ、冷酷な判断をも下さないといけない



辛いし、葛藤はありますよ



でも、いつかそのカードを切る日は来るのかもしれません



願わくば来ないでほしいですが









  

残すところあと100日となった、新日本プロレス所属、


100年に1人の逸材 こと


棚橋弘至選手の引退



2024年10月14日の両国大会で、
「棚橋のゴールを決めました」と
2026年1月4日東京ドーム大会での引退を突如発表した棚橋選手。

現地で観戦していましたが、それはもうショックでしたよ。
目の前が真っ暗になりました。



(写真右が私)

目の前を棚橋選手が通って、タッチも出来て
舞い上がっていた10数分後には、お通夜状態でした⤵⤵

この日は最推しの内藤哲也選手が、IWGP世界ヘビー級王座から陥落するし、色々な意味で忘れられない大会でしたよ…。

私が初めて現地観戦に行ったのが2019年1月4日 東京ドーム大会。
そのメインイベントが
IWGPヘビー級選手権試合 
王者 ケニー・オメガ
vs
挑戦者 棚橋弘至

(失礼ながら)目的は彼らの試合ではなく、どちらが勝っても良かったのでしたが、いつの間にか
「棚橋!」と応援し、彼が勝利してマイクを握った時は一筋の涙がこぼれていましたよ。

そこから棚橋弘至というプロレスラーの虜になり、
彼から元気をいつも貰っていました。

「彼がいなければ、ここまでプロレスにのめり込んでいなかった」
そう思える選手の1人です。




さて、引退宣言から1年近く経ち、東京ドーム大会が眼前に迫ってきた昨今。

やはり話題になるのは、棚橋選手の引退試合の相手…

巷では色々言われていますね

2000年代から2010年代前半にかけて、ライバルとして新日本プロレスを共に盛り上げた

中邑真輔選手


新日本プロレスの新世代にバトンを渡す意味でも

新世代、特に

海野翔太選手





上村優也選手





辻陽太選手







新日本プロレスに入団が話題となり、

棚橋選手引退の日に、デビューを決めた

東京五輪柔道金メダリストの

ウルフアロン選手




などなど。

そうそうたるメンバーですが

私はあることが引っかかっていました。

それは

最前列の席の値段が100万円

ということ。。

最初に見た時はびっくりしましたよ。
桁1つ間違えているのではないかと。


※9/26時点

恐らく日本国内で行われるプロレスの試合では過去最高値ではないでしょうか。

しかも、引退宣言のカードが発表される前にチケットの販売を開始しているので、ファンはある意味、予想や期待値をもとにチケットを買っているのです。

席に余りがあれば、試合当日までチケットは買えますが、大抵いい席は早い段階で完売してしまいます。


つまりだ。

これ、

下手なカードを組んだら暴動起きるんじゃない?

とすら思う…

そのくらい、棚橋選手引退という付加価値を入れても、この値段はかなり強気に出たなと。


よって、相当エグいカードが引退試合に組まれるのではないかと。


100万円、数十万円を払って見に行く人は、
相当な棚橋選手のファンや新日本プロレスのファンのはず。

(話題作りのために、変なインフルエンサーや著名人の手に渡って欲しくないのは正直なところ)

その人たちが納得するのは

棚橋弘至の集大成

棚橋の新日本プロレスの総決算


なのではないかと。

そう考えた時にふとあるカードが浮かびました。


棚橋弘至&中邑真輔
VS
オカダ・カズチカ&内藤哲也







ある者は棚橋選手と時代を創り、
ある者は棚橋選手から時代を奪い
ある者は棚橋選手から時代を進めた

そして、彼らは皆、棚橋選手と道を違えた
 
中邑真輔(2016年新日本プロレス退団 現 WWE)
オカダ・カズチカ(2024年退団 現 AEW)
内藤哲也(2025年退団 現 フリー)

棚橋選手と共に時代を彩ってきた選手たちが、

棚橋引退のもとまた集う

個人的には号泣物の展開だと思います。


泣いても笑っても、来年にプロレスラー棚橋弘至はゴールを迎える

その最後の瞬間を彩るのは一体誰なのか?

その時を焦らずに待ちたいと思います。










そんなわけない

 「努力は必ず報われる」

それが真理なら、
今頃私は年収億超え
一等地に庭付きの一軒家を購入し、
わんちゃん、ねこちゃんに囲まれて
悠々自適な生活をしていますよ。

現実はどうか。
平均年収の一般的なサラリーマン
家賃8万円の郊外のアパート住み
孤独な一人暮らし
家計簿をチマチマつけながらの生活…

「努力は必ず報われる」
なんて
苦労知らずのボンボンか
たまたま幸運が連続した人間か
頭の中お花畑の朝ドラヒロイン
の妄言でしょう。

早いところ
一生トラウマになるような挫折や
この世の全てを恨みたくなるような理不尽に
遭って、曇ってしまえばいいのに。


はい。
すみません。
言い過ぎました。


しかしながら、
「努力は必ず報われる」
これは虫唾が走るほど大嫌いな言葉です。


でも
全くもって虚偽の言葉では無い
そう思います。


大抵努力をした経験は誰しもあると思います。

「私はしたことないよ~」
そういう人はなんて謙虚で自分に厳しい方なのでしょう。
皮肉でも嫌味でもなく、そう思います。


そういう人は、自分に課すハードルが高い人
自分を常に律している人でしょう。

大丈夫。あなたは人並みか、それ以上に努力しています。
どうか自分を認めてあげてください。

でも、なぜ
「成功する人」
「成功しない人」
に分かれるのか?

(何をもって「成功」と定義するかを話すと論旨がズレるので、あくまでその人の自認としての「成功」と定義しましょう)


個人的には
「努力の方向性が違った」か
「努力の量や、したタイミングが誤りだった」か
だと思います。

月を目指しているのに、ひたすら地面を掘っていたか、
あと少しで月にたどり着くのに、諦めたり、乱気流の日にロケットを打ち上げたりしてしまったか
そんなところでしょう。


でもね。

「努力した経験は、その道では実を結ばなくても、違う道で成功する糧にはなる可能性がある」

それは言えるのです。


そう、ある種の光は見える。

以前、どこかの記事で書きましたが、

2016年、あらゆる理不尽に打ちのめされた経験
2020年、夢を諦めて挫折し、死すら望んだ
そんな過去が私にもありました。

その時はがむしゃらに「努力」していたつもりですが、

今思い返すと、方向性は間違っていたし、あんな量で努力したと思っていたのか?と恥ずかしさすら覚えます。


でも、その経験は別の形で役に立ちましたし、
その時を俯瞰的に見返せている自分に成長したなぁと手前味噌ながら実感があります。

発明王エジソンの名言に

~私は失敗したことはない。うまくいかないやり方を10000通り見つけただけだ。~

というものがありますが、
それらも成功への糧だったのかな?と。

さて、
2016年、2020年の挫折はその数年後に成功として表れました。

でも、その成功が新たな「うまくいかない事象」に繋がっているのが、今この瞬間。

人生って面白いですね。

禍福は糾える縄の如し 

まさにそんな感じです。

でもね。
今、私は間違いなく努力していますよ。

直接的な成功に繋がらなくても、今この瞬間の行動が、何かしらの結果に繋がると信じて。

数ヶ月、数年後に今を思い出し

「あの時の自分はまだまだだったな」

と思えたら、

私の勝ちでしょうか。











2025年8月


玉造の恥こと私は、約3年ぶりにフリーとなりました✨



はい。内藤哲也選手同様に、私もフリーです!


仕事を辞めた?


フリーランスになった?


いや。





恋人と別れました.



はい。すみません。



ここでブラウザバック推奨です…。



ここからは、つまらない自分語りを続けます…。


きっかけは私が相手からのLINEを24時間未読で返信しなかったこと。



え?それだけで?


私もそう思いました。



LINEの未読事件は、最後のトドメに過ぎず、それまでの不満・不安等々の蓄積はあったのでしょう。実際にそれらが堰を切ったように、伝えられましたよ。



言い訳が許されるのであれば


2025年に入って、尊敬していた上司の退職に伴う、業務の引き継ぎ、穴埋め的な昇進


それに伴う激務


12時間労働、休日返上何でもござれ!!


そして、その日は


・顧客の急病に伴う緊急の業務の調整

・急に組まれた非常勤の採用面接対応

・社内研修の資料まとめ

・これまた急な外部への出張


これが立て続けにありまして、ほとんど無心で仕事をしていたら、時計は22時


そんな時、(当時の)恋人から数度の着信


それに気づかず


数十分後、スマホを開くと


「別れましょう」のLINEのメッセージ


一瞬何が起きたか理解できずに、折り返すと

そこにはドスの効いた声の彼女が


LINEを24時間も未読にされている

=自分が何か怒らせることを私にしてしまったのか?と不安になり、そうこうしているうちに、その状況に疲れ、私への気持ちがプツンと切れてしまったと



それを受け、不安を抱かせたことをお詫びし、上記の理由を言い、怒っていないと伝えましたが、


「私の気持ちは離れたので修復は無理」


の一点張りでして…。


恨みがましく書いていますが、背景がどうであれ、そのような解釈を相手に与えてしまったことは全て私の落ち度です。


とはいえ、私からすれば「誤解」で関係が終わることは、やるせなく。。。。


その場での「破局」の結論は保留にしてもらい、彼女が再構築か、やっぱり破局か、気持ちが定まったらまた連絡を貰うことを約束して、通話は終わりました。




しかし、その2週間後、彼女の連絡を待たずして


私から「破局」を申し入れました。




えっ?なぜ?




その2週間悶々と考えていました。

自分の心と対話を繰り返していました。


そして思ったのです。


なぜ別れたくないのか?


誤解されたのが単に悔しいからじゃない?

その人と一緒にいることが日常になってしまい、それが失われるのが怖いからじゃない?

その日常の外に出るのが怖いからじゃない?



あれ?その人と一緒にいたい理由って無くない?


言い換えるなら

その人じゃないとダメな理由なんてなくない?


薄情ですね。


いや、私はたしかにその人を想っていましたよ。


それなりに言葉や態度で示していましたよ。


それまで毎日LINEを返していたし、大切にしていましたよ。



でもね。


改めて思い返すと、恋人がその人でなければいけない理由が見つからなかったのです。


たまたま知り合いの中から、お互いに好意を抱いて交際したに過ぎない。


例えば、そのコミュニティの中に、別の人物がいたら、その人と私が交際していたかもしれないし、彼女が別の人と交際していたかもしれない。


存外、ドラマみたいな運命的な引き寄せなんてものは、そうそうなくて、「偶然」どうしが重なり合った、これまた「偶然」の結果であると。

ある条件が変われば、容易に変わってしまった未来であると。



はい。最低ですね。



でも、だからこそ、その人に執着することは、


別の選択肢を自ら消し去っているのではないか?


自分の可能性に蓋をしてしまっているのではないか?


今以上の「幸せ」を手に入れるチャンスを自ら放棄してしまっているのではないか?


そう考えたわけです。


もしかしたら、別れた先で

・結婚詐欺に遭う

・今後恋人が一生できない

・不幸と感じる交際や結婚生活を送る

という未来があるかもしれません。


そんなに自分に都合よく、世界は回らない。



でも、


別れたくない=日常を失いたくない


が引き止めた深層心理だと自覚した以上


もう、その人を求め続ける理由はありませんでした。


どの道、再度彼女から「別れる」という結論を出されたかもしれません。


こちらから引き止めておいて、本当に申し訳なかったのですが、


自分から新たな可能性に向けて一歩踏み出すため、

「破局」を申し出た次第です。



本当にこの不義理を深くお詫びしたい気持ちです。







そして今、


相変わらず仕事に忙殺されています。


本当に呪われているのかと言うくらい、トラブル続きですよ(笑)



でも、不思議とワクワクしてしまうのです。

不思議と楽しいのです。


ちょっとずつ、


髪型を変えてみたり

ファッションを変えてみたり

日々のルーティンを変えてみたり

言葉遣いを変えてみたり

振る舞いを変えてみたり


小さな、本当に小さな変化を取り入れて、

試行錯誤している状況です。



有名な格言にもあるように、日々の小さな変化が運命を変えると信じて。



それが目に見えてわかるのが、

いつなのか?

どんな形で表れるのか?

その時どんな気持ちになるのか?


それはわからないけれど、


日々の一歩一歩を新鮮な気持ちで歩いていますよ。



故に、新たな自分を探して、


ささやかな旅に出た


「フリー」の今というこの瞬間を


めいっぱい楽しみたい


そう思います。