2025年に入ってから、確実に私は呪われています…


仕事でも、プライベートでも。



2月 

最も尊敬する上司の退職が決まる。しかも、会社とかなり揉め、半ばクビのような形で…。


4月 

その上司の業務の最も重い部分を引き継ぐ。

それに際して、会社に今まで抱えていた業務の整理をお願いするも、8割がた残ったたま担当移行。

休日出勤+残業地獄


5月 

新卒時代からお世話になった顧客が、お亡くなりに。


6.7月

依然として激務が続く。理不尽な顧客のクレーム処理、その他常にタスクが溜まり、終わらせど終わらせど、急な業務やトラブルの対処に追われる。心身共に疲弊。


7月

最もそばにいて欲しい人から別れを告げられる。

理由は私が多忙を理由に扱いが雑にしたからだと。

そんなつもりはなく誤解だと伝えるも…。

約3年、多くの時間を共有し、その先も考えていたけれど、自分を保っていた最後の糸がプツンと切れたような感覚。


8月

詳細は言えないけれど、仕事上のトラブル。

(自分にはどうしようも防げなかったこと)




はい。

ここまで来ると神様に「4ね」と言われている気しかしませんね(笑)


でも。不思議と絶望していない。

なぜかワクワクしてしまう…。


自分にはどうしようもないトラブルに立て続けに見舞われたことは2016年に


自分のキャパ、能力以上の「やること」に押しつぶされて鬱状態になったのは2020年に


思い返すとありましたよ。過去にも「呪われた年」が。


その時はあまりにも自分は無力でした。

あまりにも受動的でした。


2016年はただ身に降りかかった不幸を嘆くだけ。

何なら周りに「俺可哀想でしょ?」というウザいアピールをしていた。


2020年は何もせず、ただ時間が過ぎるのを待っていただけ。「いつか」楽になるだろうと。

でも、心身共にさらに追い詰められ、希死念慮に苛まれ実行に移そうとした。


ただ、確かに「このままではいけない」と危機感を覚え、失敗を繰り返しながら、自分なりに乗り越えたのも事実です。


2016年問題は2022年にそれなりの成長として表れ、2020年問題は、2021年以降に仕事に対する向き合い方を変えるきっかけとして生きてきたし。


乗り越えた経験があるからこそ、2025年の呪いの年も、変わるきっかけとして、いつか結果に繋がる日が来るのかな?と。


そのために、今確実に自分は行動をしている。

正しい対処法かはわからないけれど、もがいてもがいて進んでいる。


これはどこかで何かしらの結果に繋がるはずだと信じています。


だから、今年の不運の連続は、神様から

「お前、もっと上に行けるだろ?この状態で満足するなよ!」という激なのかな?と信じています。



まぁ、こんなブログに書いているので、

どこかで「頑張ってるね」「大変だね」と、同情や慰めを求めているのも本音です💦


でも、「可哀想だね」とは思われたくないし、自分でも思いたくない(←めんどくさい奴)


この激動の時を乗り越えた先に、確かな成長をしてみせますよ。


故に、偉大な某カリスマ船出のキャッチコピーをお借りして



El COMIENZO ~ここからはじまる~


と題させていただきます。






最近、学生時代の友人とサシ飲みする機会がありまして


彼、パートナーの女性に振られてしまったそうです、、、


失恋話は自分事も含め、慣れっこですが、


まぁ振られた理由が可哀想といいますか、


何となく相手の気持ちもわかるし


胸が締め付けられる思いなのです。


順を追って説明すると


遡ること1ヶ月前、彼女さんが中学時代に好きだった先輩から、彼女さん宛に「今、○○駅に居なかった?」と10数年ぶりに突然LINEがあったそうで、


中学時代に彼女さんは何度もその先輩へアプローチをしたけれど、結局恋は実らなかったようで、


ずっと封印していた甘酸っぱい想いがその些細なLINEで再燃してしまった、というところでしょうか


そこからは先輩と2人で何度か食事に行ったそうで


そして、数日前、今度は先輩の方から交際の申し込みがあったとのことです。


まぁ、それは勝てっこないですね。


個人的には彼の友人として、彼女さんの行動に思うところはかなりありますが、


もしかしたら、彼と彼女さんの関係は終わりかけていたところに、たまたま先輩からの連絡という偶然があったかもしれないし、


こればかりは部外者が首を突っ込めません。


彼は「別れてほしい」としか彼女さんに言われなかったらしく、


理由を問いつめたら、渋々話されたとのこと。


彼はしばらくフリーズして動けなかったようですが、私と飲んだ時はかなり怒り狂っておりました…

 

そりゃあ、そうだわなぁ。

逆に自己嫌悪に陥らず、一旦は怒りとして昇華できて、微かに安心しました。



さてさて、ここからが私の考えたこと

(持論という名の屁理屈)



典型的な※「ツァイガルニク効果」ですね。


※達成できなかったことや中断したことを、達成したことに比べてよく覚えている心理現象。


上手くいかなかった恋、後悔の残る恋

まさにそれですよ。


それが解消されるとなると、舞い上がりますし、冷静ではいられなくなりますね。


でも、待って。考えて欲しい。


過去の実らなかった恋。

今それが10数年越しに報われるドラマ性。


もっと言えば、自分自身が主人公の運命的な

ラブストーリー。

 

勝手にそのシチュエーションに酔っているに過ぎないということを。


大抵、そういう恋は幸せな結果を生まないのです。


実らなかったが故に、広がり続ける先輩への憧れや渇望。


その過程で美化され続ける先輩という存在。


でも、酔いはいつか覚めるもの。


いつか、美化のフィルターは外れ


いつか、ありのままの「その人」が見えるようになる。見えてしまうようになる。


部屋を散らかす

だらしがない

時間にルーズ

言い訳が多い



そして彼女は思うだろう


「なんか思っていた人と違う」


まぁ、言わずもがな、勝手に美化していたに過ぎないのですが。


9割がた妄想でしたね。


でも、予想できる未来ではないでしょうか。



つまるところ、現状を変えたいと思わないのであれば、思い出は思い出のまま大切に閉まっておいた方がいいし、思い出と戦っても勝てないのです。



前提として、私の友人が良い彼氏だったかはわかりません。


彼にも問題があったかもしれないし、彼女さんは先輩が居なくとも別れる気でいたかもしれないし。


でも、彼に対し大きな不満がなく、先輩が居なければ交際を継続していたのであれば、


さしずめ、彼女は思い出に振り回された傀儡であり、

彼は思い出の被害者というところでしょうか。



繰り返しですが、あくまで2人のことは2人にしか分からないので、私が言うことは全て妄想です。



偉そうにいっておりますが、かく言う私も、思い出の被害者となった経験が多々ありますので、思い出に対する私怨というのが、一連の駄文の帰結でしょう。


同時に、恋に限らず実らなかった出来事、わだかまりを残したまま人間関係を絶った経験はありますし、


私もいつか思い出の傀儡となる危険性も持ち合わせているでしょう。



ゆえにこそ、思い出は思い出のままで














今日の私(山羊座)は


「疎遠な人に連絡を取るといいとき」


だそうです。。。。

























お久しぶりです。


2年以上、お留守にしておりました💦


もともと読者なんていない このブログ


「待ってました!」なんて声はきっとないでしょうが、


ぼちぼち思ったことを駄文&駄文で書き連ねていこうと思います。


またお付き合いいただけると幸いです。




最近世間が荒れておりますね


中居くん騒動


まさか、数十年間、最前線にいたスターがこんな形で幕引きになるとは


個人的な話ですが、


中学時代にお小遣いを貯めて初めて買ったCDが


SMAPのアルバムでして、


ファンと名乗るには、本気で推している方々に失礼とは思いますが、


青春の一部をSMAPに彩っていただいていた身としては


今回の騒動は悲しく、残念でなりません。



この件、何か意見を言うにしても、


真偽のほどはわからないじゃん


これに尽きます。


だから私は誰を責めることも出来ないし


善悪を論じることはしたくないのです。


無論、性加害や他者の尊厳を踏みにじる行為そのものについては断じて肯定してはいけませんが


ただ…


この目で見た


メディアの情報に踊らされ、


中居くんやテレビ局、反しては被害者とされる人を責めたり、叩いたりした人々がいたということ


これは紛うことなき事実です。


21世紀も四半世紀が過ぎようとしています


先人たちの失敗や教え


その歴史の蓄積が数多くあり


高度に情報化し、それらに何不自由なく触れられる文明化した現代において


真偽はわからぬ情報にこれだけ多くの民衆が


惑わされ、扇動される


見ていて諦観すら覚えるのです。


しかも、一応「先進国」と言われるこの国で起きたという事実。


これは日本でルワンダ虐殺のようなことが起きるのも時間の問題だな






※ルワンダ虐殺(1994年):アフリカのルワンダで少数民族のツチ族を多数のフツ族が虐殺した事件。わずか100日間の虐殺の犠牲者は80万人超にのぼったという。

その一因と言われるのが、ラジオ局「千の丘」から流された虐殺を扇動するラジオ放送だという。





ルワンダ虐殺をまとめるには知識不足ですし


下手に書くとボロが出るのでこの辺で



こうも不確かな情報に振り回される現代日本の有様をみて


また歴史は繰り返されるのだろうな


そう思います


少なくとも私も当事者の1人であり


こんなに達観したようなことを言っても


もしかしたら、加担する側に転じるかもしれませんし、


無関係ではいられませんが。


現代のルワンダ虐殺が起きてしまうのが、


今日なのか?1年後なのか?

5年後なのか?10年後なのか?


その答えは…












私のスマホには、1年前に撮った写真とかを表示してくれる機能があるのですが、


今朝方表示されたのが、地元の田園風景


 そうか、あれ以来地元に帰っていないんだなぁ


そんなことを考えておりました


その気になれば、電車で1.2時間あれば帰れる場所ですが、何やかんやで帰っておりませんでした



そもそも、何で1年前は帰ったのだっけ?


恐らく取るに足らない理由でしょう


今は特に帰る理由もないですが、


あまりにも帰らないと、歳をとって後悔することになるのでしょうか



近々、帰るのもありですかね



押し入れに隠した、いかがわしいビデオの安否も気になりますし



「優しくなくなったね」


久々に会った知り合いから言われてしまいました。


いつもなら

「うるせぇ」と思ってしまいますが、

これ

ばかりは自覚しているので、言い返せないです


こうなったのも、

昨年の今頃、

他の誰よりも心から信頼して、心を許していたひとに

「都合よく利用されていた」

経験からでしょう。


このブログのどこかで、詳細は話したと思いますが


そして、己に気づいてしまったからでしょう


見返りは求めないと思っていても、いざ都合よく利用されていたとわかると、屈辱的な感情を抱いていた己に


「こんな惨めな思いをするなら、最初から見返りを求めて動いた方がどのみち楽だ」


そう思ってしまったのです



だから、私は己に得がないと動かない


そんな打算で動く、心の狭い人間になってしまった

のです


でも、今は物凄く身体が軽くなったのです


だからもう、優しさなんて重りを自分につけたくない


優しくなりたくない


そう思います



すみません💦


サボってました。

コロナ感染から2日程度で症状が寛解し、あとの療養期間は何事もなく過ごすという方もおられるようですが、私はずっと、発熱、喉の痛み、倦怠感、咳…フルコンボだドン!!という状態でした。


いや、誰だよただの風邪とか言った奴


そんなこんなでずっと更新をサボってましたが、

後ほどちゃんとまとめて投稿します。



割と症状は落ち着いてきたものの、時折現れる謎の胸痛。


アタシコンナショウジョウキイテナイヨ




7月11日、療養2日目です。


この日はようやく通院ができました。


またまた時系列順で書いていきます


9時:医療機関に電話。1件目は感染者増加により当日分は受け付けておらず、2件目で16時30分からの診察予約を取る。


10時:上司から電話がくる。簡単な聞き取りと安否確認をされる。これがまぁ辛い😅 いや、10分くらいの電話でも咳き込み、喉痛、声のカスレなどでまともに会話できない。上司にめっちゃ体調を気遣っていただいたのに、無愛想に接したみたいになってしまう。


13時:簡単にお粥を食べるも喉が痛く上手く食せない。そして、何故か苦く感じる。これが味覚障害か。


16時30分:通院。受付の方に声掛けて良いのか分からず、2mほど離れてアイコンタクト。すんなり通していただける。問診や簡単な触診もあるが、本当に声が出ない…。天龍源一郎さんみたいな声になる。

案の定、病院の検査結果も陽性。


ここでびっくりしたのが、案外病院の対応がインフルエンザで通院した時と大差ないこと。

もちろん、医師は防護服にこまめなアルコール消毒をしていたけれど、想像していた院内完全隔離やビニール等で全身を覆われるなどはなかった。

やはりパンデミックから2年以上経過し、それなりにウイルスへの落ち着いた対応マニュアルが出来てきたという事なのかな。

お医者さんや研究者さん、政府自治体の皆さんには感謝してもしきれません。


17時:薬局で薬を貰い帰宅。


ちなみに、病院も薬局も家から徒歩2分だったので、本当に東京最高となりました!


ちなみに処方薬は、咳止め、解熱剤、うがい薬、トローチ。

当たり前だけれどウイルスに直接作用するものではなく、症状抑える系ですね。



18時:早速夕食を食べ。服薬。

ようやく白米を口にできるようになった。

そして、昨日から水分補給で飲んでいたポカリが苦い…。例えるなら、特茶とかヘルシアとかのカテキンマシマシの健康飲料を飲んでいるような感覚です。


ちなみに熱は39℃付近をウロウロ。


19時:東京都の自宅療養サポートに食料等の援助を申し込む。

政治や行政に文句を言う人もいるけれど、本当にこういう救済措置を用意してくれる方々のお陰で我々は命を繋いでいるのだな、と改めて感じました。




さて、今回とても驚いたのは、

薬代がタダという事。



病院で先生から、「咳止め要りますか?」「うがい薬は?」と薬の要不要を聞かれたのですが、保険適用でも絶対高くなるなぁと思いつつも、背に腹はかえられぬと提案された限りの処方箋を出してもらいました。

そして、隣の薬局の薬剤師さんから薬の説明の後に言われたひとことが「お代は今回掛かりませんので、お大事に」。


めちゃくちゃ驚きましたが、この国は何とサービスの充実した国なのだと、改めて感謝の気持ちが出てきました。


普段我々が政府や自治体のコロナ対策について文句を言ってしまいがちですが、実際に罹ってみると、如何に我々が恵まれた場で生活しているのかが分かります。


とはいえ、対策も全てにおいて完璧ではないでしょうし、このような対策があっても困っている方や亡くなる方もいらっしゃるので、見直しやその働きかけは必要でしょうが、感謝の気持ちは忘れないようにしたいと思った次第です。


今回かかった費用は、病院の診察代と私の場合初診だったので初診料の合計2500円ほどです。

倍以上は覚悟していたので、本当に驚きです。



私がこの日の出来事を通して言いたいことは、


「感謝しながら施されるサービスは受けましょう」


と言うことです。

無料だからと必要以上に薬や支援物資を要求するのは倫理的に如何なものかとは思いますが、コロナ感染した時の最低限のサービスは保障されていますので、ご安心を。







何となく自分はコロナに罹らないという謎の自負がありましたが…



罹りました…


感染経路はなんとなくの心当たりはあるけれど、推測でしかないので控えます。


7月9日まではめちゃくちゃ元気でしたが、10日早朝から急に体調が悪化し、今に至るという感じです。


これだけは言っておくけれど、


「コロナはただの風邪じゃない!」


めちゃくちゃ辛いじゃねぇか!!


という訳で、今後感染しないことが1番ですが、もしもの時、少しでもお役に立てればと思い、精悦ながら私の経過を時系列順に書いていきます。



7月10日


5時:その日の1時頃の入眠だったが、喉の痛みで目覚める。うがいや水分補給も効果なし。

常に喉に乾燥した空気をドライヤーで当てられているような感覚。


7時:体温を測る。36.5℃。エアコンで喉がやられただけだろうと判断し、そのまま再度寝る。


10時:熱が37.7℃に。コロナを疑う。PCR検査可能な医療機関を探すも、日曜日なので軒並み休み。


12時:都の発熱相談センターに連絡する。休日診療が隣町の病院だったため、移動のリスクを考え断念。会社に電話。翌日を欠勤にしてもらう。

空腹なのに食欲なし。たまたまあったスポーツドリンクをチビチビ飲む。


16時:熱が39℃を超える。会社備品の抗原検査キットを配達してもらい検査。陽性。やっぱりなぁ。  






17時:吐き気と頭痛と悪寒が起こる。飲酒した後の朦朧とした気持ち悪さに近い。直ぐにトイレに直行し吐く。


18時:頭痛が酷い。常にガンガンしている。熱を測ると40.2℃。終わった…。通院するまでは自己判断はしないようにしようと服薬は控える。


19時:再度吐く。


21時:水を飲んでも気持ち悪くなる。


22時:頭痛が常時おきており、熱も40℃付近を記録しているので、耐えきれず解熱薬を飲む。

ワクチン接種の時に買っておいた自分に感謝


23時:熱が38.5℃に下がる。悪寒と吐き気、頭痛がなくなり、会社の方に買っていただいたプリンと自作のお粥を食べて就寝。


これを書いている11日現在、10日の夕方以降が症状のピークだと感じています。



自己判断は良くないけれど、解熱剤飲んでよかった…発熱している時は身体とウイルスとが闘っている証拠と言いますが、生命の危機を感じたら迷わず飲んでください!


明日投稿しますが、翌日の病院でも解熱剤が処方されたので、余計な我慢は本当に無用だったんだなぁと反省です…







あちぃ…


電気代も値上がりした事だし、今年は極力冷房を使わないぞ!!と決意してから3日


私の決意は水泡に帰しました。。。


エアコンの代わりにと買った冷風機ですが、

風量がよそ風レベル…

普通に扇風機の方が涼しい⤵︎⤵︎⤵︎


この夏1番無駄な買い物をしました。


結局エアコンが最強でしょ!

と気がつき、来年以降は無駄な痩せ我慢は辞めることを決意しました。



さてさて、本題に入ります。

別にどこが悪いかは上手く説明できないけれど、最近何となく違和感を覚えることがあるのです。


それは、勝手に感情を決めつけられているような気持ち悪さなのです。


そのきっかけは

とある人との会話の中で、最近趣味仲間が増えて色々趣味について話をしているということを私が話すと


「それは嬉しいね」


と返されたことです。


いや、何が悪いの?と思うかもしれません。


別に何も悪くはないのです。



ただ、こちらは「嬉しい」など一言も言っていないのに、まるで感情を決めつけられたかのような気持ち悪さがあるのです。


もちろん「嬉しい」という感情はあるとは思いますが、そんな単純な定義で片付けられるほど、私の感情とは簡単ではない、と。


「嬉しい」というのは、あなたの感想ですよね、と。

それをあたかも私の感情のように話されている違和感というか、何と言うか。


これは想像の話ですが


例えば、親しい方が亡くなったとして、それを他人に話したら「悲しいね」と言われたとします。私であれば「そんな簡単な言葉で片付けんな」と心の中で思ってしまうし、「勝手に自分の感情を決めつけんな」と思ってしまいます^^;


うん、めんどくさいやつですね…

自分でもそう思います。

絶対こいつに友だちはいません。


少しばかりの自分語りが許されるなら、こうなったのは幼少期に「素直な子」である事を暗に求められたことが発端なような気がします。


元来、私は感情を素直に表現する事に気恥しさを覚える、ひねくれた子どもだったのです。

同居している父方の祖父母や両親はそれを理解していたので、私がどんなに憎まれ口を叩いても、真意を理解してくれていました。


ただ、同居していない母方は、私の本質を知らなかったのもあるでしょうが、「素直な子」に矯正しようとしていた節がありました。


例えば、ご飯を皆で食べている時に母方が「みんなで食べると美味しいよな」と言ったことに対して、私が「別に」とふざけて言うと怒られたりと、ただの気恥しさからおちゃらけて言ったことに対して、小一時間説教をされ、公式通りの感情を抱き、それを素直に表現する「素直な子」である事を強制されたという記憶がずっと残っているのです。


故に素直な子を演じてきた自分と本来のひねくれた自分の乖離がずっと私について回ったのかも知れません。


だからこそ、「嬉しいね」「悲しいね」と言った感情の決めつけのような事に妙な違和感と若干の拒絶反応を示してしまうのかもしれません。


私の感情を一般的に正しいと考えられる公式に当てはめるな!

勝手に定義すんな!

素直な感情とやらに矯正すんな!と。


それを言った本人はそんな意図はないと思いますし、その事が原因でその人を嫌いになるということはないでしょう。


それに、私も感情の決めつけのような行為を他者にやっていたと思うので、その人を糾弾する権利はありません。


ただ、たった一言から覚えた妙な違和感と、その原因をこうして文字に起こしてみた次第です。



最後に一言、

こいつ「めんどくさいね」







2021年11月14日



内藤哲也選手が帰ってきた


遡ることおよそ2ヶ月前


9月18日、G1CLIMAXの公式戦のザックセイバーJr戦で左膝内側側副靭帯損傷・半月板損傷の怪我を負い、その後欠場となった。


11月8日、彼本人が会見をし、11月14日のWORLD TAG LEAGUE での復帰を宣言した。



チケットは即売り切れ。



追加販売を期待して、一日中スマホとにらめっこする日もあった。


そして、取れた!


そして、行った!!


しかも入場口から最も近い席だった!!



新日本プロレスの主な試合をテレビ朝日系列の「ワールドプロレスリング」で放送している。



自分が観に行った試合。


感慨深く見ていると、、





映ってた!!


推しと同じ画角に収まった!!


心臓止まるかと思った😅



残念ながら東京では既に放送されてしまったそうだけれど、



名古屋地域のメーテレでは


本日深夜3時より放送されるらしい!!



誰への宣伝なんだ…