615. 森繁久弥氏の講演の思い出
多分今から十五年以上前に 旅行エージェント会社の JTBさんのセミナー
で氏の講演を聴いたことがあります。
内容は申し訳ないことに記憶にないのですが 一つ奇妙に記憶に残って
いるのが開口一番おっしゃった 「 数日前に 建設関係の会(だったか 省
関係だったか・・失念 失礼 )で 『 皆さんが 建蔽率なんてつまらんものを
守っている( 作ってしまった )がために 日本の家屋から「 縁側 」という
素晴らしい装置がなくなってしまい この国の世界に誇る文化や伝統を破壊
しているって悲しい現実をご存知か??? 』って叱ってきたところです。」との
一言て゜した。
テレビでも雑誌でも「 何とか放談 」とか 「 言いたい放題 」なんて結構辛口
で筋を通した一言が健在で わが町のご近所でも まだまだ 口やかましい
辛口のおじいちゃん方がそれなりにご健在だったけれど 「 叱ってきました。」
なんて口調は まだまだ僕には新鮮で テレビでしか拝見できない氏のなんと
なしに愉快で 時にスケベな発言しか知らなかった僕にとって かなり強い
印象として残ったのでした。
その後 この国に対しての真摯なご発言や ご忠告に なるほど なるほど と
理解できることも多く 大変興味のあった方でしたので かなりご高齢だとは
存知あげながら 突然の訃報に 大変残念に思ったのでした。
それにしても 奥様にもお子様にも 早く旅立たれたというご体験にはびっくり
しました。
新婚当時だったか しばらく後だったか、さだまさし さんの 関白宣言がヒット
した数年後 わがパートナーに 「 いまから言うのもおかしいけれど 僕より
先に逝くのは 子のためにも許されない。必ず僕を送ってほしい。」と命令の
ような お願いのような 懇願のような 哀願のような 祈りのような 発言をした
ことを覚えているか、確認してみようかなぁ、とテレビを拝聴しつつ感じた 山口
長門の湯本温泉 宿屋の おやじなのでした。
皆さん 特に おとこの皆様 元気で長生きしましょうや。
614. 朗らかな笑い
そのお二人の笑いにつれられて笑ってしまい、( いかんいかん、言うべき
事は言わねば、・・・。)と思いつつも やはり笑い声とはいいもので 「 気を
つけられてくださいね。」が精一杯。
わが宿のお風呂が 九時を堺の入れ替え制であることからのトラブルだった
わけですが 「 いやー、ごめんゴメン。そうですか、女性のお風呂だったん
ですか。」 「そりゃ、立腹されたでしょうね。」と頭を下げられると それに
おっかぶせて 文句もいえず やはり 齢八十を超えられたお二人に僕が
ごまかされたのかなぁ、とも感じつつ 女性も いきり立たれてという状態でも
なかったのでとりあえず 事なきを得たのでした。
今も静かに 雨が降っております。静かなしずかな 温泉の里の朝です。
そこの 宿屋の おやじ でした。
きっと今日も素敵な一日です。
613. 雨の湯本温泉です。
朝六時過ぎに降り出した雨が次第に強くなってまいりました。
昨日は 久しぶりに 随分と酔っ払われたお客様がお二人 男女の
お風呂を間違われて 走り回りました。
ここ数年前から 宴会場でのお酒が少し控えめに、全国の飲み屋さんで
そんな傾向が出てきたようですが、そんな流れの中で平穏な時間が経過
していたのに 昨日は 女性のお客様から 「 男性が入っている。」とルーム
係りi通報があって 事務所に誰もいなかったためにおっとり刀で駆けつけ
ました。
八十過ぎのおじいちゃん同士で 目がお悪かったための 単純な勘違い
だったようでしたが お二人ともに 「 いや すまん、すぐに着替えるから。」
と言われながら なんとも動作の鈍いこと。
「 わはは、わはは。」と笑われながら着替えられるのを 少々イライラしつつ
見ながらも、あまりの明るさに 時にもらい笑いも頂きつつお部屋に帰られる
までお付き合いいたしました。 いろいろあります。
さて 深川中学校の同窓会の案内が 大井加奈江ちゃんから今日あたり
発送されるようです。どうぞ お楽しみに。正月二日 五十過ぎの再会を
楽しみにしております。
同窓会では その会の当時の精神的な学生に即座になれる 宿屋の
おやじ でした。 今日もいいことが起こりますように。
612. なんとも寒い
なんとも寒い朝が続いております。
こんな日が続きますと あの「 温暖化 」という問題が 心の中から少し
遠のいてしまう気がします。
いけないぞ、と思いつつ 正直なところ そんな感じです。
今朝の湯本温泉は、少し厚めの雲に覆われているのですが やっぱり寒い。
先程から売店の方から 老人会のおばあチャマの声や ロビーから男性の
声でコーヒーを注文される声が聞こえてまいりました。
そろそろお顔を出さねばなりません。故 ちょいと失礼いたします。
皆様 どうぞお元気に。きっと今日もいいことが起こります。
宿屋の おやじ でした。
611. 昨日も今朝もきれいなお月様でした
昨日も今朝もきれいな まんまるお月様でした。
毎年この頃には 月の入りの時間が 朝早くになるようで 玄関を出た後は
右手に見える 門前という地域の向こうにある山のうえに輝いている月を
鑑賞しながらの出社になります。
雲も少なく当然のように寒くて 手をこすりながらの出社になりました。
好きな季節 嫌いな季節なんてものが存在しなくて 四季折々を元気に
過ごせる性格をありがたい、と思いつつこのページを打っております。
今日も一日 素晴らしい一日でありますように。
宿屋の おやじ でした。
610. 寒い雨でした
久しぶりのというか、今年初めての寒い雨だった気がします。
今日から寒くなるそうで、とはいえ いつもと変わらず元気に過ごしたいと
考えております。
今朝も何の夜中の電話連絡もなく ありがたいなぁ、嬉しいなぁ、で目覚め
させていただきました。
ただ仕事関係のアレコレでいいますと「 ほうじ 」という つついたりチョッカイを
かけると 妙なにおいを発する虫が出始めて困っております。
お掃除さんや フロントのメンバーで 入れ替わり立ち替わり 客室での駆除に
努めているのだけれど なかなか追いつきません。
一部に この虫 を退治するために 使用された 水溶性の薬剤、
『 ネオ ニコチノイド 』 という名のドイツで開発されたという成分の薬に
代わってから、昨年今年と、全米で そして日本でも大問題になった
「 ミツバチ 」達の全滅につながった なんていう情報も耳に入っており、
なんとも 根の深い問題のようですね。
あの・におい・さえなければ それなりに愛嬌があって ガラスにぶつかって
仰向けにひっくり返る様や 独特の姿もかわいい気がするのですが これ
ばかりは 対処せざるを得ませぬ。
まぁ、なにはともあれ、本日も多くの皆様が この 山口 長門の 霊泉
湯本温泉に おいでになりますように。
宿屋の おやじ でした。
609. 何も無い事のありがたさ
これまでも ずっと思い続けてきたし これからも感じ続けるであろう
「 何も無い事への 感謝の気持ち 」。
他業種から参入された ビジネスホテルの社長氏や やはり製造業から
縁あって 宿屋の おやじ氏になられた方が つぶやかれたりボヤいたりされる
のが「 この仕事についてから ゆっくり 夜眠れなくなった。」事のようです。
僕もこの地元 湯本温泉に帰ってから 消防団にいれていただいて 自身が
驚いたのが はるかかなたの 仙崎の市が開くときに鳴る かすかなサイレンの
音に 夜中の二時ながら 目が覚めるようになったこと。
市内の方で毎月九の付く日に鳴る夜の九時のサイレンにも そんなものが
十日おきに鳴っている事さえ知らなかった。
夜中に鳴るナイトフロントさんからの電話は 「 お客様が大変喜んでおられ
ます。」なんて事は絶対になくて、たいてい ○○○号室の方から コレコレ
の電話が入って救急車を呼びました。」とか 「 ほうじ( カメムシ )をご存じ
なくてペチャンコにつぶされた方が 『 くさい 臭い 』って言われてます。」
なんてのばっかりで すべてのことに反応して出社しているわけではない
けれど、 朝 何もなしに目覚められた事そのものに感謝し続けている。
お蔭様で ここずっと平和な朝を迎えさせていただいていて 感謝 感謝の
山口 長門の 湯本温泉 宿屋の おやじ でした。
ついでに言うと その呼び出しを受けた あれやこれやのびっくりするような
思い出話を 勿論 匿名で いつか本にしてみたい、とも思っているのも
ウソではないのですが。そんときにゃ リンダ よ、スナックでの笑い話と
あわせて共著にしないか・・???。
608. あるOB会
昨夜は ある大手自動車会社の某工場のOB会の皆様においでいただいて
にぎやかに騒いでいただきました。
今朝 出社しますと 朝風呂をすまれた方がロビーにいらっしゃって 話し
かけて頂いていろんな話しをしました。
昭和二十九年に十五才で入社してずっと勤めてきた。安い給料から訳の
分からないいろんなものを引かれて 髄分不満をぶつけ合ったこともあった。
今は それがあったおかげだと理解できるようになったけれどね。
ただ 今の若い人には冷ややかに言われたりすることもあるけれど
「 夢 」って言葉に真剣に向き合って取り組めて そのためのケンカもあった
けれど 今から思えば 幸せな時代だったんだろうねぇ、としみじみ話されて
おりました。
こういう方々がいらっしゃってこの国の経済をささえてこられたのだなぁ、と
皆様の職場や 飲み屋での討論の場を想像しながら勉強させてもらいました。
「 あんた 昭和二十九年いうたら 生まれちゃおらんじゃろう。今の若いもんは
話しを聞きゃあ聞くほどかわいそうになるのぉ。」と 僕の後ろに多分見えるので
あろうお孫さんか あるいはお知り合いの方かのお顔を考えながら 本日の
スタートをした 宿屋の おやじ でした。
607. 思えばもう
昨夜 ひさしぶりに、 大学時代の花野君と言う仲のよかった友達とメールで
やりとりいたしました。
思えば 電話の方が意志も直接つながるし もっとくだけた話しもできるのだ
けれど 僕がちょっとある人からの連絡待ちだったこともあり 四、五通の
やりとりになりました。
「 おもえば 後五年で定年、・・・・。」なんてのが一文にあって、少しシンミリ。
僕の希望は 死ぬまで現役、が希望であり、役職は別に変化するにしても
子供の、可能なら長男坊の手伝いをしながら 歳を重ねたいのが 心からの
変わらぬ願いで生きているから その辺の日々の思いに違いがあるのは仕方
のない事なんだろうなぁ、と正直 しんみりしてしまいました。
二十歳前後の四年間、いろいろありまし、あの頃を一緒にすごした友とは生涯
縁の続くものなのだなぁ、と時の流れを感じて いつかあの頃の悪友達と一献
傾けたい、といつも以上にセンチメンタルになって 「そのときには しっかり
幹事役をたのむよ。」と一筆送った 宿屋の おやじ なのでした。
606. 昨日の朝
昨日の朝、前の日のきれいだった夜空の事を書こうとページを開きましたら
ちょうど アメーバブログの全面的なメンテナンスの日だったそうで その後
外に出かけてしまい記入ができませんでした。
三日月が南の空に光っていて 空全体が深い青色というか紫っぽくて 一つ
ひとつの星が 何故かキラキラと輝いていて しばらく 見とれておりました。
その感動を 言葉にも音楽にもできないことを残念に感じながら さりとて
夏のセミの鳴き声や 秋の夜長の虫達の声が雑音にしか聴こえないという
欧米人でなくてよかった。 いろいろな文豪や芸術家が「 めでる。愛でる。 」
といわれた言葉が、 その深奥なところは無案内であったにしても それなりに
理解できる民族のひとりであってよかった、とシミジミ感じた 宿屋のおやじ
でした。
今日のような 寒い朝は、 自分でたてた待っちゃ いえ 抹茶ながら その上
立ち飲みながら おいしいなぁ、と感じます。
本日もすべての皆様に あふれるほどのお幸せが訪れ られますように。
ではでは。