愛知県犬山市の骨董店 「珍品家」 です。
幕末に土佐の坂本、薩摩の西郷、長州の高杉等の偉業によって、明治維新が成し遂げられました。
いわゆる大政奉還(たいせいほうかん)です。
時の権力が徳川幕府十五代将軍 徳川慶喜から明治天皇に移行した偉業で、徳川家康から約265年も続いた江戸幕府の終わりです。
この明治維新から多くの外国文化が入ってきます。
その一つがボ~ンボ~ン時計です。
明治維新から6年、改暦で太陰暦(たいいんれき・月の運行を基準)から西洋に合わせた太陽暦(太陽の運行を基準)に変更されて、それに合わせて四つ丸時計や八角時計が輸入されます。
下の写真、
両脇の小さい丸を入れて4つの丸ですよね。これが四つ丸時計です。
今日紹介します時計は、一部を除いて全て日本製ですが、外国から輸入されてから、この時計が量産
されるまでに約15年位掛かっています。
輸入当時は、一部の財閥しか所有できませんでしたが、大量生産できるようになると、庶民の家の柱でボ~ンボ~ンと時を知らせるようになります。
下の写真
ちょっと珍品のボンボン時計です。
何れも明治の時計ですが、時間経過で少しずつ姿形がお洒落になっていきます。
見るポイントは、
初期の頃は、振り子室が小さく当然振り子も小さいんですね、その後は振り子の柄を長くして精度を高
めたり、振り子を大きくしたりしています。
洋物を最初に写したものは、振り子が小さく、年代的に古いんですよね。
文字盤が八角の物は珍しいです。
洋物でも、
セス・トーマス
イングラハム
ギルバード
の江戸時代後期頃の時計は高価です。
下の写真
最近まで、古民家の古老宅にあったボンボン時計です。
今でも正確に時を刻みます。(以前紹介しました)
下の写真
この時計も古い時計ですが、100年位前に中国で作られたボンボン時計です。
置時計にもなり、掛け時計にもなる珍品です。
今でも正確に時を刻んでいます。
下の写真
四つ丸時計以外は、時代は少し下がって、現代の「SEIKO」の前身の「精工舎(セイコーシャ)」の時計
です。
精工舎は服部時計(現セイコーホールディングス)から独立した製造部門の会社で、明治25年に東京での創立です。
下の写真、
左から四つは、精工舎の柱時計で、ボンボン時計です。
今でもこの手の時計は数多くありますが、ダントツに人気のある時計は精工舎の時計です。
珍品家の時計は高価な物はありませんが、ボンボン時計だけで15個も集まりました。
懐かしくて集め出したものですが、今ではごみの中に混ざる時代になって、何時かは消え去る身なんでしょうね。
我々には、ボ~ンボ~ンって、低い音で時を刻む音が忘れられないんですが、珍品家の四軒長屋の隣人曰く
「午前零時の12回のボ~ンボ~ンにやっと慣れました」
だと。