「君さぁ、明日から幕張に出張だから」



「え…?」



僕は井藤課長の言い放ったその一言の全てをすぐに理解する事はできなかった。でも、一つだけ瞬時に分かった事があった…。


それは…



朴さんと離れてしまうって事…


「ちょ、ちょっと待ってください!!僕は今取り掛かっている仕事が残ってますし、誰か他の奴ってわけにはいかないでしょうか!?」


僕は必死に抵抗した。朴さんと離れるのはどうしても耐えられなかったからだ。


「もう決定した事だ。残ってる仕事は小田切君に引継ぎなさい。」


「そ、そんな~」


その後も粘って抵抗したが、どんなに僕が頑張ってもしょせんはサラリーマン。決定が覆る事はなかった。


(まぁ、この出張もいい勉強になるだろう。たぶん3週間も行けば帰ってこれるしな。うん、もしかしたら昇格もありえるしな!!そうだ、出張から帰って来たら昇格を手土産に朴さんにプロポーズしよう!!!)


自分のポジティブな性格が僕をやる気にさせてしまった。こうなるともう止まらない。僕はプロポーズの事で頭がいっぱいになった。それが僕と朴さんの間に溝を作る事になるともしらずに。



井藤課長に呼び出された翌日に僕はすぐさま幕張に行くことになった。



「あの…、高男さん。ちょっと良いですか?お話したいことがあるのですが…



「あ、朴さん!!ご、ごめん!明日出張に行くことになったから今準備で忙しいんだ!!帰ってきたらゆっくり話聞くからさ。ごめんね!」



急な出張の為、僕はその日のバスケにも行けず準備に追われていた。朴さんの話に耳を傾けることさえできないほど忙しかった。



翌日。僕は行く前に朴さんを一目見ようと会社に寄った。



「おっ、渡部!これから行くのか?」


「小田切先輩!おはようございます。行く前に朴さんに会っとこうと思いまして。どこにいますかね?」


「は?」


先輩は不思議そうな顔をした。


「何言ってんだお前?朴さんは今頃空港だろ」


「え?何言ってるんですか?」


「お、お前聞いてなかったのか?お父さんが昨日、急に倒れたから仕事を辞めて韓国に帰ることになったんだぞ!?」


「聞いてないっすよ!!」


背筋が凍った。あの時、朴さんはその事を僕に相談したかったに違いない。でも俺はプロポーズの事ばかり考えていて話を聞いてあげることができなかった…。


「先輩!!自転車借ります!!」


「おいっ!お前空港まで行くつもりかよ?」


「はいっ!!」


返事をしながら僕は走りはじめていた。頭で考えて行動したと言うより体が勝手に反応した。おそらく僕の本能は知っているのだろう。僕にとって空港に行くことは必然なんだと…


空港まで車で1時間。でも、タクシーを拾っている時間はない。僕は無我夢中に自転車をこいだ。



サドルのない自転車を。



つづく







駅を出た僕らは、会社へと向かった。


会社に着くと、朝礼で簡単に朴さんの紹介があった。


「…慣れない事が多くて迷惑かけるかもしれませんが、これからヨロシクオネガイシマス。」


(え!?)


朴さんがそう言った時一瞬だが、僕と視線が合い、そして恥ずかしそうに視線をそらした気がした!


(これって!これって!もしかして運命!?)


こうして、僕と朴さんは知り合い、同僚として働くこととなったのだ。


ちょうどその頃には、雲間から日がさしはじめていた。


さっきまでの豪雨がうそのように…





容姿端麗な顔だちで、明るく、やさしい朴さんは、誰からも好かれすぐに職場の人気者になった。


(株)B.E.Mは、大企業という訳でもなく他の中小企業と一緒でバブル経済崩壊の不景気の波に煽られ深夜まで残業なんて日が続いていた…時には徹夜なんてこともあった。


そういった環境の中でいつの間にか新人の時の気持ちを忘れ、ただ漠然と家と会社を行き来していた僕にとって朴さんの入社は大きな意味を持っていた。


朴さんの笑顔が見れる!!そんな単純事が?って思うかもしれないけど、それだけでつまらなかった仕事を頑張れるんだ♪


朴さんが入社して数週間も経っただろうか…


小田切先輩の誘いでバスケの練習にも来てくれるようになっていた朴さんとは、仕事中は同僚として、プライベートでは、チームメイトとして、仲良くなるのにたいして時間はかからなかった。


この頃には、仕事帰りに二人で食事に行くなんて事もしばしばあった。


(もうほぼ100%!いや、冷静に考えても95%!はイケル!!)僕は告白する決心を固めていた。


だが、幸せな時間はそう続かないものである…




ある日、いつものように仕事をしていると、


「渡部君。」…パソコン越しに声のしたほうに目をやると、僕の上司である井藤課長が呼んでいるみたいだ。


「はいっ?」と返事をし課長の元に行くと、申し訳なさそうな顔をして一言…





「君さぁ、明日から幕張に出張だから…」








つづく





「朝からあまり感心しないなw」



先輩はずぶ濡れで、自転車のサドルのはみ出たかばんを片手に笑っている。



「おっ、おはようございます。先輩!」 


「かなりずぶ濡れですよ、しかもなんでサドルが…大丈夫ですか??」



先輩は会社の近くに住んでいるわけではないが自転車で通勤している。


毎日、自転車で通うことでバスケのために足腰を鍛えているのだ。


バスケの事となるとストイックなのだが…




「お~、途中までチャリで来たんだわ、でもこんな豪雨なると思わなくてさ~」


「ビショビショでかなり寒いし、もうすぐ会社だけど電車に切り替えたんだわ」


「そんでサドルはチャリ盗まれたくないから持ってきた!」


「チャリで一番大事なパーツはサドルだからな!」


「サドルがないチャリは可愛そうだから盗まれないし!いい考えっしょw」



体育会系のストイックさを見せつつ、かなりのお笑い気質…このキャラのギャップ。


僕もついついノリを合わせてしまう。




憧れの先輩ながらバスケも普段も僕とはいいコンビなのである。




「今、先輩のチャリ盗んだら立ちこぎ専用ですね!」


「そうだな、ずっと立ちこぎは意外ときついぞ~」


「渡部との1on1くらいきついわ…最近渡部のドライブ早いからな~」


「ってか、そうだ今日バスケの日だぞ!もちろん来るんだろ?」


「はい!行くに決まってるじゃないですか!」


「趣味、喧嘩とナンパですから!」


「でた渡部のそれ!趣味、喧嘩とナンパ!」


「嘘ですw趣味バスケですって!」


「知ってる!ってかその子ナンパしてる途中だったな、すまん!すまん」




僕と先輩のたわいもない会話の最中、さっきまで黙っていた彼女はクスクスと笑っていた。




(うわ!!笑った顔もいい!!!いいタイミングで先輩が来て、彼女の笑顔見れて、やっぱりこの流れ…)



「あっ、この子はさっき会ったばっかりなんですけど、今日からうちの会社に派遣で来る朴さん」


「韓国から来たんだけどもう6年くらい日本にいて、あと…あとはまだ聞いてないっす」




「はじめまして、今日からB.E.Mでお世話になります。朴と申します。」




「へ~うちの会社にくるんだ!渡部の先輩で小田切です!」




「あの~、話しを聞いていたら気になったんですが…」


「お二人ともバスケをしてらっしゃるのですか??」



彼女は笑顔で問いかける。



「私、バスケ大好きなんですよ!」





僕は正直驚いた、こんなことがあるなんて。





「やるな~さすが渡部!ナンパした子がうちの会社に派遣で来るなんてさ、しかもバスケ好き!」
「すごい偶然じゃん!」



先輩のフリはバスケの時のパスと同じく、鋭く、そして唐突である。





「先輩、偶然じゃないっす!きっと必然っすよ!」






そのパスを受け取るように、ついつい思っていたことを言ってしまった。


あせっていたわけじゃない、ぼくの思いは確信に変わっていた。





ちょうど、電車は僕らの降りる駅につく頃だった…




つづく