Underground Session

Underground Session

最深部で見た夢

最近、生活習慣病に起因する自律神経失調症にかかり、現在は療養も兼ねて規則正しい生活を心掛けております
整体の先生から教わったメソッドに救われ、浴場に通ってマグネシウムを浴びたり接種したり忙しいです
実は全身の血の気が引いて普通に気を失いかけ、その時は筋肉の硬直(運動不足)と内臓が明らかに不調で
頭痛と吐き気が止まらなくなった、脳梗塞の前兆と似ていたので身辺整理も始めたくらいでね
何故こんな事になってしまったのか・・・色々あって医療機関を頼れなかったのと
どうしても飛ばせない仕事があり、気合で乗り切ろうとしたのが原因だと思う
結果として全てのキャリアを失いかけ、社会的な意味で生死の境を彷徨った

身も蓋も無い話なんですけど、体調不良を感じていたのに煙草を吸い続けても、回復する訳ないよね
でも回復すると思っていたんですよねその時点では・・・
酒飲んで眠れば何とかなる人・・・いるじゃないですか、それを参考にしたのが不幸の始まりだった
私の場合は徐々に悪化していったので、自分で自分が嫌になって、それを認めたくなかった
自宅に電気の関係で設備の業者が来ているのにも関わらず、自室でずっと寝てましたからね・・・
確認作業で何度も起こされて、自分で呼んでおきながらグダグダして申し訳なかった

10月に記事を書いていた時は、正気を保っていたし、やりたい事も沢山あった
ただ、そこから気を失いかけてからは、加速度的に仕事の内容のみならず
生活スタイルも人間関係も完全に変わってしまったし・・・不思議な感覚がありますね
いきなりメインストリームへと押し上げられたような感覚です
音楽で例えるなら、チャートで100位圏内くらいを彷徨っていた曲が突然バズりだしてTop10に入るみたいな感じ
それくらい環境に変化が生じて、突然周りからチヤホヤされ出すという経験をした
仕事において褒められるという経験が今まで無かったので、少し怖い

ストレスを少しでも軽減させる為に、酒も煙草も創作も完全に断つことにした

とある食堂で昼食をとっていた時、これもまた良いタイミングで窓の外に西日を受けた紅葉が見え、心が洗われるようだった
そこで私は全てを捨て去り、思考を止め、身を委ねてみようと思ったんです、実に有意義な事だ・・・

予定していた「サークル・ヒストリー」「長編作品の続編」「ヴィジュアル・ポエトリー」のお披露目は全て無かった事にしたい

闇に葬り去りたいと思いました

中でも「長編作品の続編」のプロットは断片的に存在するが、今見返すとナンセンスで嫌気がさしてくる

ちなみに書き出しは「たった一つの犯したミスが、彼の人生を台無しにした」というものだった

 

「リパブリック・エラ(讃歌)」
「アルゴリズム~放逐された矛盾~平坦化された人格を惑わす抽象」
「背徳の宴」
「陽気なジニアス」
「ダーウィンフィンチ」
 

Part6-10の構成も決まっていましたが、今となっては何の意味も持たない


 

旅の計画が狂った時、私は性別を偽り、街は変革の最中にあった
おとぎ話をポケットに詰め込んだ男は、一夜にして死を遂げた
それが、放逐された矛盾である事の証明

両性具有の犯した罪は、激情となって顕わになる
それは力を誇示できない兵士達の嘆きと似ている
秘匿に怯え、狂い始めた人生の歯車

彼らは星々の沈黙を見ただろうか
私には天使達の歌声が聞こえる
それは繰り返される病の告白でもある

取り残された島は熱情的に揺れていたが
その時の私は目を震わす患者そのものだった
運命は決して引き留めはしないだろう
機運の高まりが、私の名と思想を奪い去っていくまでは
 


「作品解説及び近況報告」

引退宣言してからはいかに隠遁生活をエンジョイするか、ただそれだけを考えております
もう既にプレイヤーではないという事と、方向性の違いから盟友とも決別しました
決別なんて格好付けた言い方で、単に私はクビを切られたんです
作品のみならず、プロデュースも契約内容もビジョンも整合性を保ちたいという想いが強く
時間をかけて修正するスタイルも相まって、知らず知らずのうちに周囲を疲弊させるみたいで
つまりドーパミン中毒者達にとって、私との仕事は耐え難い苦痛そのものだったのだろう
なぜかしら、クリエイティブを追求すればするほど、界隈との折り合いが悪くなっていくという・・・
まあそんな事は終わった話なので、誤解を紐解く必要もないし、今となってはどうでもいいんだ

作品を発表する予定も無かったのですが急遽、素材をかき集め拵えた理由として
最近とあるゲームに熱中しており、その中でどうしても勝ちたい試合があった為
ミッキーのドーナツを食べながらお祈りしてました
後にも先にもこれほどまでにジーザスを意識した事はなかったです
結果として無事勝利を収めることが出来ましたので、この作品を主に捧げる事で契約を完了したい

これは「長編作品Part1-5」の続編として練っていた素材だったんですけどね
当初のタイトルは「リパブリック・エラ」に続く「背徳の宴」だったんです
汚職や浄化がテーマでしたが、改編して神へのギフトとしました

今年の半ばから不愉快な出来事が続いており、正直なところ何もかも企画倒れという事態に陥っている
「サークル・ヒストリー」も「長編作品の続編」も「ヴィジュアル・ポエトリー」も何一つとして進歩してません
進歩や覚醒どころか、制作を拒むかのような出来事がずっと続いており距離を置いてます

従来のやり方であれば徐々に思考は開けていくもので、年末にかけてある程度素材を揃えていく予定でしたが
それが全く捗らないという・・・仕事も創作も全てにおいてミスマッチが発生し、前もった打診もなく、何度も修正を強いられ
怒りよりも先に、貴重な時間を浪費するばかりでただただ虚しくなる、そんな感じだった・・・
あと健康診断が控えていた矢先に、煙草の吸い過ぎで体調も崩した・・・本当に最悪の1年としか言いようがない
長期の休暇に恵まれた事が唯一の救いとしても、その代償は大きすぎた・・・

今はメキシコの音楽を聴きながらゲームに勤しんでいるが、これが大いなる気分転換となっており
情報統制をはじめ、言論弾圧やナショナリストの思想に怯える事無く、こうして本心を打ち明けることができる
作品も同様に、それは予期せぬ形となって現出するのだと思う・・・繰り返すようだが、作者自身が最も驚いている

 

「ヴィジュアル・ポエトリーの実験について①」

今年は長編作品を制作し、しばらくの間はその充実感だけで過ごしておりました
その勢いで随分昔の話をしたと思います、あまりにも正直に話し過ぎたので
該当のコラムについては一時的に閲覧権限を設けました、大変申し訳ございません
今はそういう意味で編集を繰り返してます
完成させる為の時間がないというのが一番の理由で、スケッチという形で公開し直そうかなと

結局、完成させるつもりないだろうと、察しの良い方であればお気付きだと思いますが
自身の回顧録や作品をアーカイブ化しようと思えば思うほど、つまり編集を繰り返す度

触れたくない過去に触れる事になるので、精神的に参ってくる

幸いな事に、作家や研究者ではなく締め切りが無いので「サークル・ヒストリー」については一旦凍結したい


正直、2025年は本当に良い事が無かった・・・

母親に連れられて心療内科に通っていた2014年辺りと、ほぼ同じくらい絶望したかもしれない

ちょっと言い過ぎたか、2013年と2014年を超えるものはないですね
服薬すると何の気力も湧かなかったですし、時間の経過だけが唯一の救いであったという意味で
不愉快な出来事ばかり続いた2025年には見放されていて、表現できるものが何一つ無かった

何だかんだ、苦痛を感じながら創作を続けていた時の方が、幾分充実していたという虚しさがあった・・・

私は当初「ヴィジュアル・ポエトリー」のジャンル確立を目論み
「長編作品 Part1-5」はその試作としてデビューした、セラピーの一環でもあったし、大いなる実験として登場した
これは服薬した時に感じた「時間そのものになりたい」という感情を満たす装置に他ならない
つまりそれが次元世界への入り口になるという仮説(テーマ)を携えております

その時の感覚を思い出す度、つまり物質世界と次元世界の交わりのようなイメージです
例えば私は今、人類として君臨してますけど、その感覚にエラーが生じて
全てが一つに帰結しかける、決定的な瞬間みたいものを捉える事ができたなら
それでようやく、私の作品は完成(証明)されると考えている訳です
過去に「永劫回帰」という作品を制作したと思うのですが、あの作品もテーマは同じですね

一つに帰結するとはどういう事なのか?それはブラックホールについて考えるのと同じくらい壮大なものだ
例えるなら、全知全能の状態であるという事なのかもしれないし
まるで無重力空間を遊泳するような多幸感に包まれるのかもしれないし
私は物書きなので、集中力を高めた時に湧き上がるテキストの配列を適当に選んで
一つ一つインプットする感覚に似ているのかもしれない
何にせよ、創造的な世界と現世との境目がなくなるという訳です

それらを全て表現できるのが、今はヴィジュアル・ポエトリーの世界のような気がしている

ヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)というジャンルを目の当たりにしたのはつい最近なんですが
一発でその世界観が好きになったし「図形詩」「形象詩」という言葉もあるくらいで、世界の広さを実感する
「文字を造形として割り切ったスタイルで書く」という行為そのものが、詩人としてはかなり振り切ってますからね

いわば詩人を自称しながら新聞記者のようなスタイルで作品を書くようなもので、それは時としてスクリプトやプログラミング言語をも彷彿とさせる


人間は発想を出力するタイプライターに過ぎない、と信じ込めば言葉はいとも簡単に造形になるだろうと思ってました
私が叙事詩を書いた時も造形的なプロセスを辿りましたからね・・・
それを単なる「詩」として発表したのが間違いだったのかもしれない

当時の私は前衛的なものに対する批判や弾圧を恐れ、作品としての体裁を保つ為に、それらを歌詞のように仕立て上げる事に専念していました