過去を総括する意味で昔所属していたサークルについて少しずつ語っていきたいと思う
まだ記憶がはっきりしているうちに、この場をお借りして書き留めておきたい
肉体的にも精神的にもタフだった20代の頃は、全てが無意識的に進行していたように思う
プロットの状態であれば、つまり未完成の作品であれば、限られた時間で多くの作品を残すことができると考えてました
「その気になればM.C.エッシャーのような作品を作れるのだが、今の僕は仕事が忙しく
時間がないので2000倍に希釈したクロード・モネで勘弁してやるか」といった調子だった
「3000倍率の傷」という作品を投稿するくらい、ナメ腐った態度であった事は間違いない
その作品の所在すら今は分かりません、2015年くらいだったかな・・・むしろ闇に葬られた事を祈る(笑)
昔は自分で詩や歌詞、あるいは小説を書いてサイトに投稿し、評論し合うなんて事は当たり前のように行われていた
収益化という概念も無かったので、行き着く先はアマチュアとプロという線引きしかない
つまり出版社の恩恵にあずかるかどうか、ただそれだけの話だった
時期は伏せるが、私がサークルに所属していた頃はサイト全体の参加者の数がかなり多かったし
老若男女問わず、しかもプロ・アマ問わず混在していた
それには理由があって、そのサイトは詩と小説のみならずイラストや写真の投稿もできましたからね
投稿サイト自体も群雄割拠で、極めて流動的だった、利用者が学生ばかりのサイトもあって
ポエムなんて学生の段階で卒業するものだけど、私のような創作エンジョイ勢を凝縮したようなサイトもあった訳ですね
「365日クリエイティブ三昧」
自費出版していた方もいて、住所を調べたらかなり近所だった事もあった、その方は新聞にも載ったと思う
そういった状況の中で名声を獲得した人たちには常に明確な意図があった、半端な部分が無かった
政治的思想も皆無で、極めてクリーンかつ模範的活動だった、これは間違いない
実際に作家としてデビューした方もおられましたよ、つまり絶好の草刈り場だった訳ですね
その相乗効果によって完成度の高い作品がかなり生み出されていたように感じる
当初、私はいわゆる「ROM専」で、作品を鑑賞するのが趣味でしたから、投稿するつもりはなく
詩人の追っかけをしているうちに、気が付けば自分も書いていたという流れでした
調子に乗って中途半端な作品を投稿すれば、しっかりと批判されましたからね(笑)
しかも私の作風は先述の通りモネのような印象主義に基づいておりましたので、全く見向きもされなかったと思う
今思えば、そんなサイト世界中探しても無かったと思いますよ・・・何せ米津君がハチだった時代でしたから
結果的に自己プロデュースできたクリエイターだけがメインストリームへと浮上する形になったが
優秀なプロデューサーやパトロンにさえ恵まれていれば、相当なものが生み出されたと思う
あれはかなり勿体なかった、皆若かったし、経営理念のような発想が皆無に等しかった
私がプロデュースした作品もありますよ・・・かなり評判良かったです
「おしん」ではないが、雪国の少女がテーマだった、ただ、これも闇に葬られたファッキンコールド
「理解者との出会い~美しき悪夢」
無責任だと批判されるのも当然だと思うが、ある時期を境に幻聴も聞こえ始め、ナイアガラの滝の如くアイデアが降り注いだ
それらが大聖堂の大きな扉であったり、修道女のシルエットが見えたり、会った事もない人物のイニシャルなんかを彷彿とさせれば
もう何も言う事はない、かけがえのない出会いは至る所にあると気づかされるし、何より自身の傲慢や幻想に惑わされる事がない
創作のプレイヤーとして、度重なる不摂生と精神不安定の反動が、思わぬ形で露呈していたのだと思う
2016年くらいだったと思いますが・・・仕事の帰りに車を運転していた時、突然活字の羅列であったりアイデアが湧いてきた
薬の飲み過ぎか疲労だと思い、家に着いて仮眠をとろうにも何度も目が醒めてしまうので
意識朦朧としながらもPCに文字を起こしてみると叙事詩だった事がありましたね、しかもそれを作品にしました
「作者本人ですら意味の分からない作品」なんて当たり前のように批判される訳ですが
ここで奇妙な事が起こり、理解できるという一定数の人達が現れ、私は支持を受ける事になりました
それが誰だったのか未だによく分かりませんね・・・なぜコンタクトを取らなかったのか・・・
私が拒絶したのか拒絶されたのか、記憶がない、誰もが複雑な心境であった事は確かで
「これは洗礼に他ならない、理解者と語る者達は洗礼を受けている」という憶測が脳裏をよぎる
ちょうどその頃、私は友人の影響で量子力学であったり、旧約聖書と新約聖書の類似点や矛盾点について考えており
この一連の出来事は、長年にわたる空白期間を穴埋めするには妙に辻褄が合うな、と感じてしまった
異様なテンションだったとしか言いようがない
つまり「矛盾は真実によって補完される」という、身も蓋も無い話になってしまいますが
当時は本気でそう考えてましたからね、それを意識し始めてからは事あるごとに身体がガタガタ震え
「ビューティフルドリーマー」を自称する私にとって思いがけない出来事が頻発しましたね
何より女性のクリエイターとの交流が増え、作品の完成度よりも全体的に美的感覚の追及になってきた
「これはよくない」と思ったし、私自身その方針に満足していなかった
聖書がKindleで電子化されたタイミングでもあった、宇多田ヒカルさんの「Fantome」がリリースされ、未だにヒリヒリしますよ・・・
「君の名は」が上映されたのもこの時期で、私は未視聴ですがサークルの誰もが押し黙っていたのを憶えている
とにかく全てにおいて異様だった・・・何かにスイッチが入ったような感覚があった
今思えば、そのスイッチこそが「美しき悪夢」の始まりだったのかもしれない