ヴィジュアル・ポエトリーの実験について① | Underground Session

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最深部で見た夢

「ヴィジュアル・ポエトリーの実験について①」

今年は長編作品を制作し、しばらくの間はその充実感だけで過ごしておりました
その勢いで随分昔の話をしたと思います、あまりにも正直に話し過ぎたので
該当のコラムについては一時的に閲覧権限を設けました、大変申し訳ございません
今はそういう意味で編集を繰り返してます
完成させる為の時間がないというのが一番の理由で、スケッチという形で公開し直そうかなと

結局、完成させるつもりないだろうと、察しの良い方であればお気付きだと思いますが
自身の回顧録や作品をアーカイブ化しようと思えば思うほど、つまり編集を繰り返す度

触れたくない過去に触れる事になるので、精神的に参ってくる

幸いな事に、作家や研究者ではなく締め切りが無いので「サークル・ヒストリー」については一旦凍結したい


正直、2025年は本当に良い事が無かった・・・

母親に連れられて心療内科に通っていた2014年辺りと、ほぼ同じくらい絶望したかもしれない

ちょっと言い過ぎたか、2013年と2014年を超えるものはないですね
服薬すると何の気力も湧かなかったですし、時間の経過だけが唯一の救いであったという意味で
不愉快な出来事ばかり続いた2025年には見放されていて、表現できるものが何一つ無かった

何だかんだ、苦痛を感じながら創作を続けていた時の方が、幾分充実していたという虚しさがあった・・・

私は当初「ヴィジュアル・ポエトリー」のジャンル確立を目論み
「長編作品 Part1-5」はその試作としてデビューした、セラピーの一環でもあったし、大いなる実験として登場した
これは服薬した時に感じた「時間そのものになりたい」という感情を満たす装置に他ならない
つまりそれが次元世界への入り口になるという仮説(テーマ)を携えております

その時の感覚を思い出す度、つまり物質世界と次元世界の交わりのようなイメージです
例えば私は今、人類として君臨してますけど、その感覚にエラーが生じて
全てが一つに帰結しかける、決定的な瞬間みたいものを捉える事ができたなら
それでようやく、私の作品は完成(証明)されると考えている訳です
過去に「永劫回帰」という作品を制作したと思うのですが、あの作品もテーマは同じですね

一つに帰結するとはどういう事なのか?それはブラックホールについて考えるのと同じくらい壮大なものだ
例えるなら、全知全能の状態であるという事なのかもしれないし
まるで無重力空間を遊泳するような多幸感に包まれるのかもしれないし
私は物書きなので、集中力を高めた時に湧き上がるテキストの配列を適当に選んで
一つ一つインプットする感覚に似ているのかもしれない
何にせよ、創造的な世界と現世との境目がなくなるという訳です

それらを全て表現できるのが、今はヴィジュアル・ポエトリーの世界のような気がしている

ヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)というジャンルを目の当たりにしたのはつい最近なんですが
一発でその世界観が好きになったし「図形詩」「形象詩」という言葉もあるくらいで、世界の広さを実感する
「文字を造形として割り切ったスタイルで書く」という行為そのものが、詩人としてはかなり振り切ってますからね

いわば詩人を自称しながら新聞記者のようなスタイルで作品を書くようなもので、それは時としてスクリプトやプログラミング言語をも彷彿とさせる


人間は発想を出力するタイプライターに過ぎない、と信じ込めば言葉はいとも簡単に造形になるだろうと思ってました
私が叙事詩を書いた時も造形的なプロセスを辿りましたからね・・・
それを単なる「詩」として発表したのが間違いだったのかもしれない

当時の私は前衛的なものに対する批判や弾圧を恐れ、作品としての体裁を保つ為に、それらを歌詞のように仕立て上げる事に専念していました