金錯銘鉄剣が出土した埼玉県行田市のさきたま古墳群の一つ
稲荷山古墳を訪れました。
最初の写真は、稲荷山古墳を前方部より見た全景です。
さきたま古墳群全体は、良く整備されている!!
次は、稲荷山古墳の説明板
5世紀後半造営、 墳丘長さ120m、後円部径62,6m 高さ10,4m
前方部最大幅82,4m 高さ9,4m、後円部西側にはし出部有
次の写真は、後円部を前方部より見る。
次の写真は、後円部の墳頂の「金錯銘鉄剣」が出土した
礫槨の模型です。実物は地中に保存されている。
次の写真は、前方部を後円部から見た処です。
次の写真は、金錯銘鉄剣です。
通常は実物は、さきたま古墳公園内の「さきたま史蹟博物館」
に展示してあるが、明年3月末まで改修工事で閉館中で、複製品が
将軍山古墳展示館に展示してありました。
写真は観光資料拝借したものです。
諸説ありますが、雄略天皇の儀仗官の「おわけの臣」が先祖から
自分の代までの人名を刻んだ115文字からなる金錯の鉄剣です
今回、これがお目当ての訪問でした。
<ご参考>
①鉄剣の発見
1968年古墳の発掘調査の時、神獣鏡(国宝)と同時に当該鉄剣
が発見された。
②金錯銘文の発見 1983年国宝指定
1978年に腐食が進む鉄剣の保存処置のためX線検査を実施
した処、鉄剣の両面に115文字が金象嵌を発見した。
③銘文については、雄略天皇の臣、オワケ臣説から、関東の王
の重臣説があり、定説はまだない。
鉄剣の外、国宝指定の画文帯環状乳神獣鏡などが出土しており
身分の高い人物の古墳と推定されている。