少し前にNHK BSで『幻の剣大滝』というドキュメンタリーをやっていました。
岩と雪の殿堂と言われる剣岳から黒部峡谷に注いでいる剣沢にかかる、A滝からI滝まで9
つの滝を剣大滝と呼んでいます。
剣沢が黒部川と交わるところが十字峡と呼ばれる難所で、十字峡からはその大滝は見えず、剣沢を1kmほど遡上していかなくては見えないので、ほとんどの登山家は実際に見たことがなく、幻の大滝と呼ばれています。
(十字峡 左から流れ込む沢が剣沢 右からは棒小屋沢)
左上から右下に黒部川が流れ、そこに剣沢と棒小屋沢が流れ込み、十字の形をしています。
(十字峡の地図 縦の青い線が黒部川)
私も若いころ黒部峡谷に彫られた水平道を阿曽原から十字峡を経て下ノ廊下(しものろうか)を通り黒部ダムまで行ったことがありますが、そのころのザックは今のように縦型ではなく、キスリングと呼ばれる横に広いタイプでした。
水平道の幅は狭いところは50cmくらいしかなく、キスリングが岩肌に触れないように蟹の横這いのごとく歩いたのを思い出します。
もし、触れて横に大きく振られようものなら、100m以上の断崖絶壁を落ちることになるので、肝 を冷やしながらの歩行でした。
(水平道の写真1 黒部峡谷の断崖絶壁に幅50㎝ほどの水平道が掘られている)
(水平道の写真2)
(水平道の写真3)
(水平道の写真4 場所によっては木を組み合わせただけの道もある)
(水平道の写真5)
あの頃は振られてもまだ踏みとどまれる体力、脚力があったので何とか命を長らえていますが、今は空身でも御免こうむりたい。
今までに剣大滝を遡上した人は数えるほどで、いかに困難なルートかが想像できます。
そこに、ヒマラヤやカラコルム登山の映像で有名な写真家の石井邦彦さんと登山家の中島健郎さんが挑むドキュメンタリーでした。
ドローンを駆使して先のルートや泊まり場を見つけ登って行くのですが、岸壁のへつりの場面で、健郎さんが思わず 怖え~! 死にそ~! と悲鳴を上げていました。
この怖いという感情があるから登山家は命を長らえているのでしょう。
怖いから怖くならないように、体を鍛え、登山技術をひたすら磨くのだと思います。
怖いという感情が無かったら人類は滅亡していたかもしれません。
夢枕獏に『神々の山嶺(いただき)』という作品があります。
チョモランマ(エベレスト)南西壁に登る途中、登山家が酸欠で朦朧とする頭で自問自答する場面があります。
何故山に登るのか?
頂きに答えがあるわけではない。
頂きには何もない。
それは自分の内部に眠っている鉱脈を探しに行く行為かも知れない。
何故山に登るのかという問いは、なぜ生きるのかと問うことと同じではないか・・・
そんな場面をふと思い出した映像でありました。
(写真はお借りしたものです)