芦屋川に沿って南に下ると、阪神電車のガードをくぐります。
昨日は阪神が勝ったので、今日の電車はスピードがいつもより出ていそうです。
振り返ると六甲山が見えます。
ガードをくぐって更に南に下ると、左手に立派な市庁舎が見えます。
どこの自治体でも、市庁舎は立派です。
例え赤字に転落しそうな自治体でも、疲弊した街の建物をしり目に、市庁舎は立派に聳えています。
これは、日本の七不思議のひとつです。
更に南に下ってゆくと、瀟洒な建物が立ち並ぶ住宅街に出ます。
その一角に、虚子記念文学館がありました。
緑陰に半分隠れるように、虚子記念文学館と書かれた看板がありますが、もう少しで見落とすほど、主張をしていません。
建物は高浜虚子の孫、稲畑汀子さんの敷地の隣に建てられた洋館で、稲畑邸に合わせてスパニッシュスタイルです。
(虚子記念文学館 正面)
入口を入ると、自動の検温器と消毒液が置いてあります。
コロナ禍も三年になりますが、身体が自動的に反応し検温器に手を差し出し、消毒液の入ったボトルのポンプを無意識に押していました。
消毒液がアルコールなのか次亜塩素酸なのか、はたまた単なる水なのか最近は頓着しなくなりました。
高浜虚子は正岡子規の薫陶を受け、俳誌『ほとゝぎす』発刊に尽力し、後に『ホトゝギス』として継承しています。
『花鳥諷詠』を主張し、仏教的思惟を深め『極楽の文学』へと高めたことで知られています。
白牡丹といふといへども紅ほのか 虚子
受付で入館料を払い小部屋に進むと、虚子の写真と愛用した机が飾られていました。
(中央が虚子、その右が稲畑汀子)
(虚子愛用の机)
小部屋の先には庭がありそこには、俳句を呉須でタイルに染め付けた俳せんが壁面一杯に張られています。
その中から虚子の句を探すのも楽しみです。
高浜虚子の愛弟子の森田愛子は私の故郷近くの福井県三国市の旧森田銀行の令嬢でした。
森田愛子が若くして肺結核で亡くなる直前交わした俳句が感動的です。
虹たちて忽(たちま)ち君の在る如し 虚子
虹消えて忽ち君の無き如し 虚子
虹消えてすでに無けれどある如く 愛子
他に見学者のいない建物の中で、俳句の空気に包まれて過ごした貴重な時間でした。