動物福祉とばんえい。⑦ | あれちくブログ

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あれちく、こと帯広畜産大学競馬サークルAllez_chikudaiです。
中央競馬からばんえい競馬、また、馬に近い環境を生かして身近なかわいい馬の紹介まで、毎週更新を目標に発信していきます!

さてさて#ばん馬になった感想 企画、後半戦です。

 

引き続きTwitterのハッシュタグでつぶやいてくれたトーマス!

 

坂を上るときだけでなく、下るときにも非常に力が必要だということがわかった。見てるほうからすれば、下ってしまえば後は伸びるだけみたいな感じがあるが、そんなことはなくてとても重かった。ばん馬のすごさがわかり、ばんえい競馬の見方が大きく変わった。

 

重かったです。重かった…まあこのときの人間ばんばはコースが短いうえに一騎打ちだったので一旦止まって駆け引きとかしてる余裕がなく、最初から全力出しすぎたみたいなのもあったのかもしれないですけど、差し馬とか追い込み馬とかの気が知れねえなって思いました。なんで障害下りてから伸びるの?!伸びない馬がいても、もう軽々しくヤジを飛ばせないですね。まあひどいヤジ飛ばしてる部員なんてもともと見たことないけど。

 

 

最後は1年女子、みなみちゃん。LINEで感想送ってくれました…おばさんうれしい…!

 

・障害を越えたり、重いソリを曳くのはけっこうなストレスになる。どうせ走るなら思いっきり走りたいのに、重いものを背負っている分動きが制限されるし、それでさらに坂を上らなきゃいけない。しかも実際の競馬では障害は2つあって、1つ超えたと思ったら次の障害はさっきの何倍もつらいなんて。膝を折っちゃうのも理解できるし、自分だったら嫌になる。

 

・人間ばんばはチーム戦だからやったけど、個人戦だったらすぐ諦めていたと思う。もっときついコースを、個人戦の状態で何度も走らされて、ばん馬たちはどう感じるんだろう…

 

・コースに出たら、速度が遅くて周りがよく見え・聞こえてしまう分、サラの競馬より怖いのではないか。周りを気にせずレースに集中できたり、周りの声を全部自分のやる気に変えられるならまだしも、臆病な馬にとっては本当に怖いと思う。それに、サラと違って完全な競走馬として生産されているわけではないから、気の弱い馬、臆病な馬も普通の競馬より多そう… コース脇からの声援も、人間どうしなら何を言っているかわかるけど馬にとっては応援なのか罵声なのか理解できるのかどうか。

 

・自分だったら一回経験しただけで泣いて2度とコースに出たくなくなると思う。でも馬はレースに出なきゃいけなくて、それで一定の成果を出さなきゃ淘汰されてしまう場合がほとんど。残酷なのではないか…

 

いっぱい書いてくれてありがとう…おばさんほんとうれしい…

しばらく前の記事で、わたしは「外敵のいない安全な環境下で過負荷にならない運動を毎日させてもらえるのは幸せなことに思える」みたいなことを書きました。でも、その運動の中身というか内容というか、そういうことまで踏み込んで考えてなかったなあ。確かに重いもの引っ張るより身軽に自分の体力の範囲内で好きなように走り回るほうが体伸ばしてる感じがあって馬にとって幸せなのかもしれない…し、そうしたくてもなかなか競馬場の範囲内では難しいものがある…だからこそリフレッシュのための放牧があるんでしょうけど、でもそう頻繁に放牧にも出られないし…

 

周りがよく見える分余計怖そう、という視点も今までなかったものでした。個人的な知見では重種馬はサラに比べていろんなことに対して鈍感かつ温厚なので、一概にサラと比較はできないのかなとは思いますが、それでも2歳戦とか、能検とか、毎年やってる1歳馬のやつとか、パドックでやたらびびってる様子の馬やレース中に物見しちゃう馬とかよくいるし、だからといってレース中だとびびっても内には逃げられないし、前に進むにも全力ダッシュで逃げられるわけじゃないし。こういうストレスはたしかにありそう。まあ毎週のように走ることで慣れたり、外で騒いでても柵を越えてこっちに襲い掛かってくるわけじゃないと理解することでこれは軽減されていくのでしょうし、理解するためには場数踏んで経験つむしかないんでしょうけど、でもたしかに慣れるまでの間、つらいよなあ…

 

ばん馬はもともと競走用に生産されてるものじゃないからサラより闘争心とかのない穏やかな馬が多そう、というのは、確かにそうなんだけど、ただ日本輓系種としての改良が進むにつれてこれはそうでもなくなってきてるんじゃないか、と感じます。合宿でお世話になった本寺さんも、「競走馬になる馬は群れの中でも闘争心が強くて気性のきついやつが多いし、母馬もきつい性格の馬が多い」って仰ってたし。しかし、そうだとすると、もしかしたら前述した「重種馬はサラに比べて鈍感で温厚」っていう前提も崩れ始めているのかもしれないですね。鈍感だから温厚ってわけじゃないけど、闘争心があって気性が荒い=敏感で臆病なところがある みたいなイメージもあるので…

 

第4回のとき引用した谷あゆみ先生の道新連載記事だったり、パドックで(「やだやだおうち帰りたい~~」じゃなくて)「早くスタート地点行きたいぞ~~」ってイレ込んでる馬を見れば馬たちが一概にレースを嫌っているとは思えませんが、だからといってみんながみんなレースに対して前向きな気持ちを持っているかというとそうでもないのかもしれません。(前向きになれない馬は見えないところで淘汰されているのかもしれませんが…)確かにわたしやみなみちゃんのような性格でレースに前向きになれない馬にとっては、つらいだけかもしれない。

ここらへんについてのわたしの意見は個人ブログで記事にしたことがあるので、気になる方は読んでいただければと思います

 

でも、競走が嫌いな馬も、重いの引っ張るのが嫌いな馬も、みんなそれぞれ得意なことがあるはずで、でも今の環境では「レースが好き、競争が得意」という点しか生かせる環境が整っていない。このことについては、前回記事のDKくんのくだりで言っていた内容に加えてまだまだ改善の余地があると思います。みんなが得意なことを生かして楽しく働けるように、馬も人間もなれたらいいなあ。

 

というわけで、人間ばんばを通して考える、動物福祉とばんえい。企画。

ばんえいをよく知らない人向けに始めたシリーズでしたが、今回のトピックに関しては関係者の方々の目にもたくさん触れたらいいなあと思います。わたしたちは、こんなことを考えながらばんえいを見ています。

 

たくさん考えてくれた部員のみんな、ありがとう!