あなたがいるだけで
今日は 休む間もなく 今に至ります!
仕事を終えて 帰郷した友達の家に行きました。
二人とも 食事をしていなかったので パスタ屋さんに。
最近の様子をおしゃべりしました。
帰りがけに、二年ほど昔の結婚式のビデオ 今も 大事にしてるよ。
家族が撮ったのは、短かったそうです。
旦那さま も 感謝してくれているというお話を聞いて、とても嬉しく思いました。
さらに、
私の結婚式の時は、撮影を買って出てくれるそうです。
そういう言葉が嬉しいです。
明日は、お休みです。
勤務表は、昨日、残業して仕上げましたし。
明日はまた 車で 2時間ほどかけて いつものサークルへ 顔を出す予定です。
毎日 いろいろですけど、あなたが元気でいてくれれば、それだけで嬉しいです。
仕事を終えて 帰郷した友達の家に行きました。
二人とも 食事をしていなかったので パスタ屋さんに。
最近の様子をおしゃべりしました。
帰りがけに、二年ほど昔の結婚式のビデオ 今も 大事にしてるよ。
家族が撮ったのは、短かったそうです。
旦那さま も 感謝してくれているというお話を聞いて、とても嬉しく思いました。
さらに、
私の結婚式の時は、撮影を買って出てくれるそうです。
そういう言葉が嬉しいです。
明日は、お休みです。
勤務表は、昨日、残業して仕上げましたし。
明日はまた 車で 2時間ほどかけて いつものサークルへ 顔を出す予定です。
毎日 いろいろですけど、あなたが元気でいてくれれば、それだけで嬉しいです。
もしもの時
私は 途方に暮れました。
事件に巻き込まれて 連れ去られてしまったのではないか。
向こう側に 車を運ぶ 大きな トラックのような 車が止まっていました。
気になりながらも スーパーの駐車場や アパートの階段に 座り込んでいないか
懸命に探しましたが、どこにも 父は いませんでした。
悪い予感だけが頭をよぎり、
「お父さ~ん。」
「お父さ~ん。」
と真夜中に 何十回も 叫びました。
近所迷惑にも関わらず、誰ひとりとして この寒い冬空の下に佇む私に対して、怒鳴る人間はいませんでした。
唯一 ヨリドコロとして かけた彼の携帯は 繋がることがありませんでした。
私は 絶望感の中 気力を失いました。
結局、職場の方が 電話で力を貸して下さり、励まし続けてくれました。
私はまず 事件性を考え 警察に電話をかけましたが、
「我々には どうすることもできないので ご自分で 病院等に 電話をかけて 探して下さいという回答でした。」
愕然としました。勿論 捜索してくれるとばかり思っていましたので ショックは大きかったです。
それからは 市内の大きな病院に 片っ端から連絡を入れ、 こういう男性が搬送されていないか 確認を取りました。
そういう方は 搬送されていないという言葉が返ってきました。
そのうち、近くを通る バイクの音が聞こえ始め、新聞屋さんが走り回っていました。
すでに夜明けです。
もし、父が倒れていたら、生存率はかなり低いだろう。でも、絶対に諦めない。誰よりも先に、私が父を見つけるんだっ!と希望を持ち続けました。
近くに来た新聞屋さんを捕まえて、この辺りで こういう男性を見掛けなかったか 尋ねました。
が、見ていないという回答でした。
南側を走る 女性のバイクが通り過ぎたのですが、呼び止めることができませんでした。
そのうち 近くの消防団から 一台 救急車が出ていく音が聞こえました。
もしや・・・
親戚も駆け付けてくれ、残されたニ台の車を見てもらいたいとお願いしました。
私は 向こうから走ってくるパトカーを見つけました。横断歩道で止まったパトカーの窓を叩いて お巡りさんに
「男性が倒れている連絡が入りませんでしたか?」
と 息を切らしながら 尋ねました。
すると、
「今、女性の新聞屋さんから連絡を受けて、酔っ払って倒れている50~60代の男性が道端で発見したと通報を受けました。」
と答えてくれました。
私は声を大にして
「それは 酔っ払いなんかじゃありません!発作で倒れている私の父親です。現場に連れて行って下さい。」とパトカーに乗り込みました。
どうか 神様 父親が生きていますように!!!
通報を受けたその現場は、私が探し回っていた所より、南側。 通りから外れた 住宅街は、車で5分程の場所でした。
暗がりの中、車のライトの先には、見覚えのある制服を着た父親が横たわっていました。
あ あ っ ・・・
父は 倒れていました。
「お父さん。」
抱き抱えてみたものの すでに身体は冷たくなって、大きないびきをかいていました。
この状態は、すでに助からない・・・
私が着ている上着を被せ、体を擦って 少しでも暖かくなるように、目が覚めるように、祈りました。
お巡りさんには、救急車の手配と父親が置いて行った車についてお願いしましたが、車に関しては 何もできないと言われ、呆然と立ち尽くしているお巡りさんを尻目に、私は、救急法を行いました。
意識、呼吸、脈を確認し、気道確保。頭を動かさないように 側臥位にし、口に異物がないか確かめ、入れ歯を外す。いつ嘔吐してもいいように、口を下に向け、救急車が来るのを待ちました。
「お父さん、しっかり。必ず、助かるよ。だから、生きててね。」
救急車は、さっき出たばかりなので、当分来ないだろうと覚悟を決めました。
周りを見渡すと、新聞屋さんが見たという缶は、お酒の缶ではなく、珈琲缶でした。
父が好きな飲み物です。
もし、新聞屋さんが、父のそばに来てさえくれたら、異変に気付き、救急車を呼んでくれただろうに。でも、連絡をして下さったのは、おそらく、私が声を掛けそびれたあの新聞屋さんだろうと思いました。
それでも、「ありがとう。」
心の中で呟きました。
10数分後、救急車が到着しました。
お巡りさんに、お礼を言い、救急車に乗り込み、いつもの手順で、救急隊員の質問に答えました。
病院に着くと、
看護士さんが、「先程 お電話をいただいた方ですね。この方だったんですね。。。」
その方が、私の電話を取り次いで下さった方でした。
それから、父は処置室に運ばれ、私は、救急にただ一人残されました。
急に悲しみに襲われて、一人、救急室の外に出ました。
涙が止まらなくて、母に父のことをどう説明したらいいか 考えました。
この時間は、私の体に、世界中のすべての悲しみを背負ったように思えました。
孤独でした。
それでも、まだ父は生きている。精一杯、 今、 私ができることをしよう。私が落ち込んでどうするっ!
自分を正して、救急の待ち合い室に戻るのでした。
事件に巻き込まれて 連れ去られてしまったのではないか。
向こう側に 車を運ぶ 大きな トラックのような 車が止まっていました。
気になりながらも スーパーの駐車場や アパートの階段に 座り込んでいないか
懸命に探しましたが、どこにも 父は いませんでした。
悪い予感だけが頭をよぎり、
「お父さ~ん。」
「お父さ~ん。」
と真夜中に 何十回も 叫びました。
近所迷惑にも関わらず、誰ひとりとして この寒い冬空の下に佇む私に対して、怒鳴る人間はいませんでした。
唯一 ヨリドコロとして かけた彼の携帯は 繋がることがありませんでした。
私は 絶望感の中 気力を失いました。
結局、職場の方が 電話で力を貸して下さり、励まし続けてくれました。
私はまず 事件性を考え 警察に電話をかけましたが、
「我々には どうすることもできないので ご自分で 病院等に 電話をかけて 探して下さいという回答でした。」
愕然としました。勿論 捜索してくれるとばかり思っていましたので ショックは大きかったです。
それからは 市内の大きな病院に 片っ端から連絡を入れ、 こういう男性が搬送されていないか 確認を取りました。
そういう方は 搬送されていないという言葉が返ってきました。
そのうち、近くを通る バイクの音が聞こえ始め、新聞屋さんが走り回っていました。
すでに夜明けです。
もし、父が倒れていたら、生存率はかなり低いだろう。でも、絶対に諦めない。誰よりも先に、私が父を見つけるんだっ!と希望を持ち続けました。
近くに来た新聞屋さんを捕まえて、この辺りで こういう男性を見掛けなかったか 尋ねました。
が、見ていないという回答でした。
南側を走る 女性のバイクが通り過ぎたのですが、呼び止めることができませんでした。
そのうち 近くの消防団から 一台 救急車が出ていく音が聞こえました。
もしや・・・
親戚も駆け付けてくれ、残されたニ台の車を見てもらいたいとお願いしました。
私は 向こうから走ってくるパトカーを見つけました。横断歩道で止まったパトカーの窓を叩いて お巡りさんに
「男性が倒れている連絡が入りませんでしたか?」
と 息を切らしながら 尋ねました。
すると、
「今、女性の新聞屋さんから連絡を受けて、酔っ払って倒れている50~60代の男性が道端で発見したと通報を受けました。」
と答えてくれました。
私は声を大にして
「それは 酔っ払いなんかじゃありません!発作で倒れている私の父親です。現場に連れて行って下さい。」とパトカーに乗り込みました。
どうか 神様 父親が生きていますように!!!
通報を受けたその現場は、私が探し回っていた所より、南側。 通りから外れた 住宅街は、車で5分程の場所でした。
暗がりの中、車のライトの先には、見覚えのある制服を着た父親が横たわっていました。
あ あ っ ・・・
父は 倒れていました。
「お父さん。」
抱き抱えてみたものの すでに身体は冷たくなって、大きないびきをかいていました。
この状態は、すでに助からない・・・
私が着ている上着を被せ、体を擦って 少しでも暖かくなるように、目が覚めるように、祈りました。
お巡りさんには、救急車の手配と父親が置いて行った車についてお願いしましたが、車に関しては 何もできないと言われ、呆然と立ち尽くしているお巡りさんを尻目に、私は、救急法を行いました。
意識、呼吸、脈を確認し、気道確保。頭を動かさないように 側臥位にし、口に異物がないか確かめ、入れ歯を外す。いつ嘔吐してもいいように、口を下に向け、救急車が来るのを待ちました。
「お父さん、しっかり。必ず、助かるよ。だから、生きててね。」
救急車は、さっき出たばかりなので、当分来ないだろうと覚悟を決めました。
周りを見渡すと、新聞屋さんが見たという缶は、お酒の缶ではなく、珈琲缶でした。
父が好きな飲み物です。
もし、新聞屋さんが、父のそばに来てさえくれたら、異変に気付き、救急車を呼んでくれただろうに。でも、連絡をして下さったのは、おそらく、私が声を掛けそびれたあの新聞屋さんだろうと思いました。
それでも、「ありがとう。」
心の中で呟きました。
10数分後、救急車が到着しました。
お巡りさんに、お礼を言い、救急車に乗り込み、いつもの手順で、救急隊員の質問に答えました。
病院に着くと、
看護士さんが、「先程 お電話をいただいた方ですね。この方だったんですね。。。」
その方が、私の電話を取り次いで下さった方でした。
それから、父は処置室に運ばれ、私は、救急にただ一人残されました。
急に悲しみに襲われて、一人、救急室の外に出ました。
涙が止まらなくて、母に父のことをどう説明したらいいか 考えました。
この時間は、私の体に、世界中のすべての悲しみを背負ったように思えました。
孤独でした。
それでも、まだ父は生きている。精一杯、 今、 私ができることをしよう。私が落ち込んでどうするっ!
自分を正して、救急の待ち合い室に戻るのでした。
あれから
それから彼と連絡をとらないまま 一ヶ月が経とうとしていた頃です。
夜の11時頃 けたたましく携帯が鳴りました。
まるで 何か 起こる予感のような・・・
ただ 私は 夢うつつになりながら TVドラマを見て 彼がどうしているか 考えていました。
電話の内容は 父親が具合が悪くなったから帰ったという職場の方からの電話でした。
ならば 30分で帰ってくるだろうと 軽い気持ちで 電話を切りました。
あの電話から30分が過ぎた頃、私の脳裏に 恐怖が沸き上がり、気付いたら、 外に 走り出していました。
ここなら 父が来れば 分かるだろうと・・・
父が、寄り道するはずもなく 時間だけが流れていきました。
すると 携帯が鳴り 職場の方から 父親が着いたかの確認の内容でした。
「それが まだなんです。私 探しに行きます。」と 電話を切り、また走り出しました。
「お父さ~ん、無事でありますように。」
泣きながら 車を発進させました。
家では お母さんに電話番を頼んで・・・
父親が通る道は いつもいつも 同じ道で 長年 知っています。
もしかしたら もしかしたら
公衆電話に寄って、電話をかけるかもしれない
コンビニ にいるかもしれない
疲れて路肩に路駐しているかもしれない
バイパスを2、3往復した頃、家に電話をすると、
まさに今、父から 電話があったというのです。
「◯◯◯◯(町の名前)にいる。車で休んでから帰る。」
それだけで言い残すと 電話は 切れたそうです。
なんで どこにいるか 問いたださなかったのか と 母に言ってみましたが、母には 言語障害があり、それ以上の追求には意味がなさなかったのでした。
直ぐさま 呼吸を整え、その地名の範囲を 頭に浮かべました。
営業をしていた父の土地感にかなうはずもなく、私は自分の勘に頼らざるおえない状況でした。
運転中、いつも 父が立ち寄る ドラッグストアに公衆電話があるのではないかと バイパスからルートを変え、左折しました。
深夜を過ぎた頃、ためらいましたが、親戚の応援を頼み、職場の近くを捜してもらっていました。
親戚に連絡を取り、心当たりがあるので、そちらに向かうことを伝えました。
私は 目的地のドラッグストアには、公衆電話がないことを車から 判断でき、通り過ぎていきました。
この先には、確かスーパーがあったので、そこまで行ってみることにしました。
スーパーの駐車場に 公衆電話があったものの 鎖が張ってあって 誰も中には入れない状況になっていました。
諦めて スーパーの向かいにある不動産屋さんの前に車を止めました。
車を下りた私は 暗がりに グレーの車が横にあることに気付きました。そこには、誰もいないことを目で確認しました。
でも、なんとなく気になって、グルリと運転席側まで一周すると、窓が開いていて、椅子の上には、私が父親にプレゼントとしたバックが置いてありました。
これは、父の車でした。
運転席の座席を触ってみましたが、温もりはなく、外は、ひんやりと冷たい空気が漂っていました。
夜の11時頃 けたたましく携帯が鳴りました。
まるで 何か 起こる予感のような・・・
ただ 私は 夢うつつになりながら TVドラマを見て 彼がどうしているか 考えていました。
電話の内容は 父親が具合が悪くなったから帰ったという職場の方からの電話でした。
ならば 30分で帰ってくるだろうと 軽い気持ちで 電話を切りました。
あの電話から30分が過ぎた頃、私の脳裏に 恐怖が沸き上がり、気付いたら、 外に 走り出していました。
ここなら 父が来れば 分かるだろうと・・・
父が、寄り道するはずもなく 時間だけが流れていきました。
すると 携帯が鳴り 職場の方から 父親が着いたかの確認の内容でした。
「それが まだなんです。私 探しに行きます。」と 電話を切り、また走り出しました。
「お父さ~ん、無事でありますように。」
泣きながら 車を発進させました。
家では お母さんに電話番を頼んで・・・
父親が通る道は いつもいつも 同じ道で 長年 知っています。
もしかしたら もしかしたら
公衆電話に寄って、電話をかけるかもしれない
コンビニ にいるかもしれない
疲れて路肩に路駐しているかもしれない
バイパスを2、3往復した頃、家に電話をすると、
まさに今、父から 電話があったというのです。
「◯◯◯◯(町の名前)にいる。車で休んでから帰る。」
それだけで言い残すと 電話は 切れたそうです。
なんで どこにいるか 問いたださなかったのか と 母に言ってみましたが、母には 言語障害があり、それ以上の追求には意味がなさなかったのでした。
直ぐさま 呼吸を整え、その地名の範囲を 頭に浮かべました。
営業をしていた父の土地感にかなうはずもなく、私は自分の勘に頼らざるおえない状況でした。
運転中、いつも 父が立ち寄る ドラッグストアに公衆電話があるのではないかと バイパスからルートを変え、左折しました。
深夜を過ぎた頃、ためらいましたが、親戚の応援を頼み、職場の近くを捜してもらっていました。
親戚に連絡を取り、心当たりがあるので、そちらに向かうことを伝えました。
私は 目的地のドラッグストアには、公衆電話がないことを車から 判断でき、通り過ぎていきました。
この先には、確かスーパーがあったので、そこまで行ってみることにしました。
スーパーの駐車場に 公衆電話があったものの 鎖が張ってあって 誰も中には入れない状況になっていました。
諦めて スーパーの向かいにある不動産屋さんの前に車を止めました。
車を下りた私は 暗がりに グレーの車が横にあることに気付きました。そこには、誰もいないことを目で確認しました。
でも、なんとなく気になって、グルリと運転席側まで一周すると、窓が開いていて、椅子の上には、私が父親にプレゼントとしたバックが置いてありました。
これは、父の車でした。
運転席の座席を触ってみましたが、温もりはなく、外は、ひんやりと冷たい空気が漂っていました。







