SHINeeWorld3LIVE演出Story② | こつぶろぐ

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なんとなくvol3
萌え乱れて…

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セトリ
 
出所:yeonooyeonwooインスタ
 
<Sleepless Night> 
現場で使う隠語の中に「ニジュを敷く」という言葉がある。 
「ニジュ」は、公演場の舞台を作る時、床を組み立てて作る木片を「ニジュ」と呼ぶ。 
つまり、自分が何かをするために、前から準備をしていくという意味だと考えればいいと思う。 
この話をなぜしたのか。 前の曲があった「Aside」の配置理由にある。 
僕はSHINeeのバラードナンバーが好きで、他のアイドルとは違う色を見せられる強みの一つだと思った。 
だから、彼らのバラードを「リアル」に見せてあげたかった。 
前での強烈なパフォーマンスとミュージカルのような明るいステージ裏にバラードがすぐ来るのではなく、自然な流れにするために「Aside」というニジュを用いたのである。 
そして中間にコメントを与え、前の雰囲気とは異なる雰囲気を出すことができるようにした。 ステージに特別な演出はなかった。
しかし、むしろないのが演出だった。そして、歌う5人の姿が皆に見られることを願って、
以前言ったことのある5分割の絵を使った。 
たいしたことではないように見えるが、このシーンを書くためには考慮すべき要素がいくつかある.
まあすごく気難しいとかじゃないけど詳しいことは秘密だ!^^ 
今も時々この歌を聴く時は僕は目をつぶって何の邪魔もなく完全に音に集中するのが好きだ
 
<Orgel>
ムードのあるバラード曲!! このような曲は実は演出しにくい。 
ただ歌うには何かが足りないし、 だからと言って踊るのは難しいと思うし…その他, 考慮すべきことが多い曲だ。 
見える全体的な姿はオルゴールの中にメンバーたちが住んでいて、メンバーたちがオルゴールの中の鉄板一つ一つになって音を出すような姿を見せたかった。 ステージに上下に動く階段があるから、似たような感じがするんじゃないかと思った。
しかし、変数は階段を現場で確認できること、そしてスピードも動きもどうか確信がなかった。 
今の動きキューは、リハーサル前に即練ったキューだった。 
不思議なことにメンバー個人のパートに動くと速度が巧妙に合って、メンバーの位置も仮想に決めていた動きとぴったり合った。 
それぞれのパートにポイントを与えると同時に、前提的に動く姿も見せるステージ!! 幸いだという思いと表現しようとした感じがよく見えたステージの一つだった
 
<Symptoms> 
バラードセクションに傍点を打ったステージだった。 手の込んだりもしたし、
以前の公演では試せなかったレーザーも多用されたステージだった。 この時代はレーザーが出ると、舞台が暗くなり、
アーティストがよく見えないからといって、あまり試みない演出だったが、僕はこのような雰囲気が好きだったし、
似合う曲があれば十分挑戦できるという意志で、多くの人々の引き止めにも挑戦したことを覚えている。 
SHINeeの歌と振り付けがすべてできるという強みを劇化し、それを芸術的に表現できるアーティストのステージを披露したかった。 このようなテンポの歌は振付が下手だとぎこちなく見えてステージもダサく見えるのが普通だが、
SHINeeの成熟した姿と共にステージも暗い感じでユニークに表現されたようだ。 
当時、日本ツアーを見てヒントを得て、韓国でさらに華やかで雰囲気を出すのに活用することができた。 
音楽によって本番のステージから始まり、次第に歩き出してきて、それに伴ってレーザーの効果も変わり、
ステージの照明とともに電飾ポイントまで皆の努力が溶け込んでいるステージだった。 いま見ても垢抜けた感じがする
 
<Kiss Yo> 
闇が過ぎれば、再び最も明るい光が昇る番だ。僕が公演を作る時、常に忘れてはならない部分が観客という存在だ。 
ステージの真っ最中のアーティストと呼吸しステージを楽しんでいると、いつの間にか観客という存在を忘れがちだ。 
それで、僕はそのような部分を一つにセクションに反映するのが好きだ。 
主に楽しい曲ではアーティストが歌も歌っているが、一緒に呼吸してステージを越えて観客席まで公演場全体が一緒に走り、
歌う空間へとステージを拡大させる概念というか。^^;;; !! 
悩みの多かった選曲だった。 日本のステージをベースにしているのでVCRも日本のものを活用したが、
当該セクションの後の映像ソースと前の映像が続いており、この曲に代わる韓国の曲はなかなか見当たらなかった。 
そして、正直に言って、韓国のコンサートのステージであえて日本の曲を歌う必要があるのか?という問いがずっとかかっていた。 周囲に質問も多くし、答えと正当性を見つけるために努力した。 
その時、当時SHINeeの音楽を担当してくれた職員が僕に意外に簡単な答えをくれた。
「SHINeeを見に来るファンたちに日本語でも韓国語でもSHINeeの歌なのは変わりないし、
むしろ日本の曲のステージは見たことがないだろう」という答えを...
僕は頭が瞬間的にガンってなって、日本語でも韓国語でもSHINeeであり
日本の曲に見えるSHINeeの姿も多様な姿の中の一つだと思った。 
どうして最も本質的なものを置かれていなかったのだろうか。
今は他の会社で働いていらっしゃるが、公演の度に心から一緒にいてくれ、助けてくださったその方に感謝の言葉を申し上げたい。
 
<start> 
日本ステージセクションの2番目の曲で希望的な雰囲気の曲だった。 
この曲ではステージの随所を歩き回るメンバーたちの姿がもう少しいたずらっ子のように見えるようにと希望した。
そこで、広いステージを活用し、普段ステージではあまり乗らないキックボードと自転車などを利用した。 
5人の子供たちが一緒に明るい姿で進む姿というか.. そしてこの曲の本当のポイントはファンライトを利用した振り付けで、
今のコントロール「ペンライト」が出る以前、SHINeeのペンライトは特有の色と明るさで有名だった。 
そのペンライトを利用して簡単なリズムを共にすることで、ステージ上のアーティストとステージ下の観客に分かれるのではなく、
コンサートという一つの場で一緒にできるステージになればと思ったし、
少し不慣れな日本語曲に対する短所も補完するには良かったと思った。 
歌詞がよく分からず、サビの時、合唱するには難しい代わりに、「皆が一緒にするダンス」で表現されることを望んだ。 
もちろん、サビの歌詞が簡単で、合唱もある程度は可能だった^^;:
多くの人々がペンライトで空を突いたり回したりしながらみんなで楽しむ姿を見せてくれて、
その後のツアーでも海外のファンと一緒に楽しむ姿を見せてくれた。 
この公演を通じて、言語というものは表現の手段に過ぎず、一緒にするのに大きな障害ではないということを身をもって感じた。
 
<Dazzling Girl>
日本語セクション最後の曲!!僕が一番好きなSHINeeの日本語曲の中の一つだ。
この曲はSHINeeの清涼感を見せたかった。
考えてみると、SHINeeに一番期待して見たがっている ステージの上の姿の一つではなかったかと思う。 
曲や振り付けに何の手もつけずに、彼らが持っている原曲の感じと振り付けで、皆に爽やかさをプレゼントできるのではないかという選曲だった。
曲にはポイント部分があるが、幸いにもこの部分が難しくなく、韓国のファンもよく知っている歌なので、
現場で観客の手拍子まで合わさって雰囲気をつなぐブリッジの役割を十分に果たしたようだ。
 
<Real>
日本語曲の次にもっと雰囲気を出したかった。それなら方法は何があるだろうか?
僕が出した答えは、一緒に走り回って歌うことだった。 
移動車の使用は好き嫌いが分かれる演出で、特に照明監督や中継監督が苦手とされる部分だ。 
ほとんどのカメラはステージに向かっており、照明もステージに集中しているのでステージ外は設置が難しいからだ。 
しかし、僕は公演会場にカッコよさとときらめきで見せなければならない部分もあるが、
雰囲気を盛り上げる部分も必要だと思っている。
特にファンに近づいて少しでももっと笑って手を差し伸べることができる機会も必要だと!! 
移動車に乗って一緒に歌ったり大声を出したり、一緒に走りながら呼吸する雰囲気は、
時にはどんな演出よりもエネルギーを持つことができる。今はできないこのようなステージがとても懐かしい。
 
<3.2.1>
SHINeeコンサートでだけ見られるステージ、前奏が出たら皆が歓呼に包まれるようなステージを作ってあげたかった。 
そうやって選んだ曲が、 まさにこの曲だった。SHINeeの日本の曲だが、日本のコンサートを見て何か心残りな気持ちが残った。 
韓国のファンならこの歌で公演場を爆発させることができるような...^^ 
それで他の曲は分からなくてこの曲だけはコンサートでだけで聴けるバージョンで韓国語で歌ってほしいと思った。 
この部分は思ったより簡単ではないが、以前の曲で言及したことのある音楽担当者の方が難しい問題を解決してくださった。 
そのように韓国語バージョンの歌が誕生し、その後もコンサートでだけ歌われた。 
ステージの上で休まずに遊び、堂々と走り、腕を上げてタオルを回すというコンセプトだった。 
最後にステージのサイドに広がっていたメンバーたちが交差してタオルを投げる場面は、
ただプレゼントを投げることとは違う喜びがあった。
そしてこの投稿を通して感謝を申し上げたいのはダンサーさんたちだ。 
今、写真を見ても不便な衣装を着ているし、時にはメンバーたちの小物を渡してくれたり、服を受け取ってくれたりと、
大変なご苦労があった。そして特にこの公演は写真では感じられないが曲数も多かったしその流れもとてもタイトで
ダンサーさんたちが本当に大変な公演だっただろう。 
当時、僕より年上の先輩たちもいたが、毎回感謝して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 
 
つづく・・・